上 下
124 / 130
第十五章 CECIL

(5)

しおりを挟む
 こんなふうに髪を撫でてくれる。

 こんなふうに抱いてくれる。

 その仕種は確かに兄としてのものだった。

「お前には辛い想いはかりさせてきて悪かったよ、レダ。でももうおれはここにいる。これからどこにいても、なにをしていても。おれがおまえたちの長子であることは変わらない。だから、もう泣くな」

 レダが頷いたそのときのとき、いったいなにがあったのか。

 すべての者がギョっとするような凄まじい悲鳴を亜樹があげた。

「亜樹っ!」

 ほとんど条件反射といった感じで、一樹が駆け寄っていく。

 亜樹は膝をつき両手で頭を抱え、何か堪えているようだった。

 小刻みに震える体から蒼い閃光が迸る。

「まずい! 力の暴走だっ」

 一樹にも止められないのか、絶望的な響きを帯びた声に、すべての者が結界を張って亜樹を
凝視した。

 近付くに近付けないのか、一樹は悔しそうな顔をしていた。

 最強と呼ぼれたマルスさえ近付けないほどの力。

 その意味に気づき神々は今更のように亜樹の強さを知る。

 そうしてすべての者が、世界が崩壊するかもしれないと賞悟したとき、それは起きた。

ふわりとだれかの影が、亜樹の前に降り立ち、片手を驚すと、急に関光は途絶え亜掛がその場に崩れ落ちた。

「セシル」

 一樹が茫然としたように名を呼ぶ。

 かつて大賢者と呼ばれた伝説の偉人は、頼りない少年のような、少女のような形容に困る姿でそこにいた。

 ゆっくりと一樹を振り返る。

 その容貌をはっきりと知って、思うと言った風情アストルの呟いた。

「これは水神マルスに勝るとも劣らない美貌だね。これが神でもないって? 嘘みたいだ」

 だが、ふたりの真の姿を知った今、このふたりがとても似合っていたことは認めざるを得ない。

 マルスを奪った相手が、もしマルスに相応しくないなら、また怒ることもできたが、認めざるを得ない姿に、エルダは憮然としている。

 それにかつての大賢者は、現在の大賢者とどこか似通っている。

 その美貌という意味では、決して亜樹も負けていないのだ。

 そして一樹も黒髪、黒い瞳をかつての他に置き換えたなら、別段昔と関わってはいないのである。

 一樹自身もそれほどの美貌の持ち主だったのだ。

 それはマルスとセシルの姿を知れば、だれもが茫然と頷く事実だった。

 これが真の姿なら転生しても、同じくらいの美貌を持っていても不思議はない、と。

『亜樹にマルスの姿を見せたのが失敗だね、ガーター』

「セシル」

『オレの記憶の中で一番鮮烈で忘れられなかった強烈なもの。それはガーター。おまえの真の姿』

「‥‥‥」

『亜樹の力はもう目覚めている。記憶もやがて戻る。でも、急激な変化は亜樹の自我を壊してしまう。オレの力と記憶膨大で、全てを一度に受け入れたら、亜樹は壊れる』

「そんな」

『オレの方に底がないことは自覚している。記憶だって普通の人間とは比較にならないく永い。それをすべて一度に受け入れさせたら、いくらオレの転生でも受け止めきれなくて壊れてしまうんだ』

「どうしたらいいんだ?」

『今、あるていどの制御をかけた。すぐに戻らないように。そうしないと亜樹の自我は壊れていただろうから。でも』

「でも?」

『オレのと記憶はあまりにも強大で膨大で、制御をかけてしまったら、いくらもう目覚めていても、切っ掛けさえ必要のない状態でも、完全に戻るのがいつになるのかわからない。一年後か、二年後か。それとも十年後か。それはオレにも保証できない』

「亜樹が生きているあいだに戻るのか?」

 亜樹も一樹も今度は普通の人間として生まれている。

 寿命がそこまで永いとは思えなかったし、その場合、亜樹は条件を満たせず、一生を水の神殿で過ごすことになる。

 一樹の問いかけにセシルは小さく笑った。

『記憶と力に目覚めた以上亜樹の外見が歳を取ることはないよ、ガーター』

「それは亜樹はもう人間じゃないって意味か?」

『それはガーターが一番よく知っているはずだろ? 出逢ってからオレの姿は変わった?』

「‥‥‥」

『ちょっと意地悪だったね。ガーターが亜樹のことばかり言うから、苛めたくなったんだ。ごめん』

「セシル」

 どこか複雑な声で一樹が名を呼ぶ。

『正確に言うとガーター。お前だってもう普通の人間じゃないんだよ?』

「え?」

『水神マルスの転生がいつまでも普通の人間の器のままではいられない。思い返してみて記憶が戻ってから一年。ガーターの姿はあのころから変わったの?』

 静かなセシルの声に一樹が言葉に詰まると、リオネスが驚いたような声を上げた。

「そう言われてみれば十代って人間の成長では、一番急激なはずなのに一樹は一年前となにも変わってないよ。どうして気づかなかったんだろう?」

「そう指摘されれば確かに身長も体付きもなにも変わっていないね。外見年齢が変わったようには見えないよ、私にも」

「十四から十五にかけて一樹は急激に伸びて、ようやくあどけない子供らしさが抜けてきていたから、本来ならもっと大人びた外見になっているはずだよね? 言われるまで気つかなかったよ。ほくらが変わらない種族だから」

 一樹の成長を見守ってきた親代わりの三人の言葉に、エルダが一樹に問いかけた。

「本当なのか、マルス? そなた成長が止まっているのか? 人としての」

「知らないよ、おれも。成長したかどうかなんて、別に自覚して鏡を見ていたわけでもないし。でも、確かに身長は伸びてないな。十五のときも十六になってからも、同じだった。結構ショックだったんだけどさ」

 それでも意識しなかったのは、アストルの言うように十四
から十五にかけて急激に伸びたのだ。

 それこそ急激すぎて体が受け止めきれず、骨が軋んで痛むほどに。

 そのせいで伸長は長身と言われるほどに伸びていて、別に伸
びなくても、気にならなかったからだって。

 いつかは伸びるだろうと軽く考えていたのだ。

 まさか成長が止まっていたとは思いもしなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺が総受けって何かの間違いですよね?

彩ノ華
BL
生まれた時から体が弱く病院生活を送っていた俺。 17歳で死んだ俺だが女神様のおかげで男同志が恋愛をするのが普通だという世界に転生した。 ここで俺は青春と愛情を感じてみたい! ひっそりと平和な日常を送ります。 待って!俺ってモブだよね…?? 女神様が言ってた話では… このゲームってヒロインが総受けにされるんでしょっ!? 俺ヒロインじゃないから!ヒロインあっちだよ!俺モブだから…!! 平和に日常を過ごさせて〜〜〜!!!(泣) 女神様…俺が総受けって何かの間違いですよね? モブ(無自覚ヒロイン)がみんなから総愛されるお話です。

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

【父親視点】悪役令息の弟に転生した俺は今まで愛を知らなかった悪役令息をとことん甘やかします!

匿名希望ショタ
BL
悪役令息の弟に転生した俺は今まで愛を知らなかった悪役令息をとことん甘やかします!の父親視点です。 本編を読んでない方はそちらをご覧になってからの方より楽しめるようになっています。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

悪役令息に憑依したけど、別に処刑されても構いません

ちあ
BL
元受験生の俺は、「愛と光の魔法」というBLゲームの悪役令息シアン・シュドレーに憑依(?)してしまう。彼は、主人公殺人未遂で処刑される運命。 俺はそんな運命に立ち向かうでもなく、なるようになる精神で死を待つことを決める。 舞台は、魔法学園。 悪役としての務めを放棄し静かに余生を過ごしたい俺だが、謎の隣国の特待生イブリン・ヴァレントに気に入られる。 なんだかんだでゲームのシナリオに巻き込まれる俺は何度もイブリンに救われ…? ※旧タイトル『愛と死ね』

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

奴隷商人は紛れ込んだ皇太子に溺愛される。

拍羅
BL
転生したら奴隷商人?!いや、いやそんなことしたらダメでしょ 親の跡を継いで奴隷商人にはなったけど、両親のような残虐な行いはしません!俺は皆んなが行きたい家族の元へと送り出します。 え、新しく来た彼が全く理想の家族像を教えてくれないんだけど…。ちょっと、待ってその貴族の格好した人たち誰でしょうか ※独自の世界線

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

処理中です...