弟妹たちよ、おれは今前世からの愛する人を手に入れて幸せに生きている〜おれに頼らないでお前たちで努力して生きてくれ〜

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第十五章 CECIL

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 こんなふうに髪を撫でてくれる。

 こんなふうに抱いてくれる。

 その仕種は確かに兄としてのものだった。

「お前には辛い想いはかりさせてきて悪かったよ、レダ。でももうおれはここにいる。これからどこにいても、なにをしていても。おれがおまえたちの長子であることは変わらない。だから、もう泣くな」

 レダが頷いたそのときのとき、いったいなにがあったのか。

 すべての者がギョっとするような凄まじい悲鳴を亜樹があげた。

「亜樹っ!」

 ほとんど条件反射といった感じで、一樹が駆け寄っていく。

 亜樹は膝をつき両手で頭を抱え、何か堪えているようだった。

 小刻みに震える体から蒼い閃光が迸る。

「まずい! 力の暴走だっ」

 一樹にも止められないのか、絶望的な響きを帯びた声に、すべての者が結界を張って亜樹を凝視した。

 近付くに近付けないのか、一樹は悔しそうな顔をしていた。

 最強と呼ぼれたマルスさえ近付けないほどの力。

 その意味に気づき神々は今更のように亜樹の強さを知る。

 そうしてすべての者が、世界が崩壊するかもしれないと賞悟したとき、それは起きた。

 ふわりとだれかの影が、亜樹の前に降り立ち、片手を驚すと、急に関光は途絶え亜樹がその場に崩れ落ちた。

「セシル」

 一樹が茫然としたように名を呼ぶ。

 かつて大賢者と呼ばれた伝説の偉人は、頼りない少年のような、少女のような形容に困る姿でそこにいた。

 ゆっくりと一樹を振り返る。

 その容貌をはっきりと知って、思わずと言った風情でアストルが呟いた。

「これは水神マルスに勝るとも劣らない美貌だね。これが神でもないって? 嘘みたいだ」

 だが、ふたりの真の姿を知った今、このふたりがとても似合っていたことは認めざるを得ない。

 マルスを奪った相手が、もしマルスに相応しくないなら、また怒ることもできたが、認めざるを得ない姿に、エルダは憮然としている。

 それにかつての大賢者は、現在の大賢者とどこか似通っている。

 その美貌という意味では、決して亜樹も負けていないのだ。

 そして一樹も黒髪、黒い瞳をかつての他に置き換えたなら、別段昔と関わってはいないのである。

 一樹自身もそれほどの美貌の持ち主だったのだ。

 それはマルスとセシルの姿を知れば、だれもが当然と頷く事実だった。

 これが真の姿なら転生しても、同じくらいの美貌を持っていても不思議はない、と。

『亜樹にマルスの姿を見せたのが失敗だね、ガーター』

「セシル」

『オレの記憶の中で一番鮮烈で忘れられなかった強烈なもの。それはガーター。おまえの真の姿』

「‥‥‥」

『亜樹の力はもう目覚めている。記憶もやがて戻る。でも、急激な変化は亜樹の自我を壊してしまう。オレの力と記憶は膨大で、全てを一度に受け入れたら、亜樹は‥‥‥壊れる』

「そんな」

『オレの力に底がないことは自覚している。記憶だって普通の人間とは比較にならないく永い。それをすべて一度に受け入れさせたら、いくらオレの転生でも受け止めきれなくて壊れてしまうんだ』

「どうしたらいいんだ?」

『今、あるていどの制御をかけた。すぐに戻らないように。そうしないと亜樹の自我は壊れていただろうから。でも』

「でも?」

『オレの力と記憶はあまりにも強大で膨大で、制御をかけてしまったら、いくらもう目覚めていても、切っ掛けさえ必要のない状態でも、完全に戻るのがいつになるのかわからない。一年後か、二年後か。それとも十年後か。それはオレにも保証できない』

「亜樹が生きているあいだに戻るのか?」

 亜樹も一樹も今度は普通の人間として生まれている。

 寿命がそこまで永いとは思えなかったし、その場合、亜樹は条件を満たせず、一生を水の神殿で過ごすことになる。

 一樹の問いかけにセシルは小さく笑った。

『記憶と力に目覚めた以上亜樹の外見が歳を取ることはないよ、ガーター』

「それは亜樹はもう人間じゃないって意味か?」

『それはガーターが一番よく知っているはずだろ? 出逢ってからオレの姿は変わった?』

「‥‥‥」

『ちょっと意地悪だったね。ガーターが亜樹のことばかり言うから、苛めたくなったんだ。ごめん』

「セシル」

 どこか複雑な声で一樹が名を呼ぶ。

『正確に言うとガーター。お前だってもう普通の人間じゃないんだよ?』

「え?」

『水神マルスの転生がいつまでも普通の人間の器のままではいられない。思い返してみて記憶が戻ってから一年。ガーターの姿はあのころから変わったの?』

 静かなセシルの声に一樹が言葉に詰まると、リオネスが驚いたような声を上げた。

「そう言われてみれば十代って人間の成長では、一番急激なはずなのに一樹は一年前となにも変わってないよ。どうして気づかなかったんだろう?」

「そう指摘されれば確かに身長も体付きもなにも変わっていないね。外見年齢が変わったようには見えないよ、私にも」

「十四から十五にかけて一樹は急激に伸びて、ようやくあどけない子供らしさが抜けてきていたから、本来ならもっと大人びた外見になっているはずだよね? 言われるまで気つかなかったよ。ほくらが変わらない種族だから」

 一樹の成長を見守ってきた親代わりの三人の言葉に、エルダが一樹に問いかけた。

「本当なのか、マルス? そなた成長が止まっているのか? 人としての」

「知らないよ、おれも。成長したかどうかなんて、別に自覚して鏡を見ていたわけでもないし。でも、確かに身長は伸びてないな。十五のときも十六になってからも、同じだった。結構ショックだったんだけどさ」

 それでも意識しなかったのは、アストルの言うように十四から十五にかけて急激に伸びたのだ。

 それこそ急激すぎて体が受け止めきれず、骨が軋んで痛むほどに。

 そのせいで伸長は長身と言われるほどに伸びていて、別に伸びなくても、気にならなかったからだった。

 いつかは伸びるだろうと軽く考えていたのだ。

 まさか成長が止まっていたとは思いもしなかった。
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