120 / 130
第十五章 CECIL
(1)
しおりを挟む第十五章 CECIL
「では戻ろうか、マルス?」
わけのわからない事態にムカムカしていた一樹だが、弟たちはエルシアや翔たちと別れを惜しむ時間すら与えてくれなかった。
自分たちが戻るときは当然、連れて戻る。
そう言われて一樹はムッとしていたが、受け入れたことだったので頷いた。
「亜樹」
さりげなく名を呼んでその肩を抱き寄せる。
なんだかまた細くなったような気がする。
かつて自分が女だったからわかることだが、今の亜樹はまるで女の子みたいだ。
それに身長もすこし低くなったような。
首筋も細く覗く項は華奢でしなやかで、見ているだけで誘われる代物である。
これで見逃すのはちょっと辛いものがある。
そんなことを考えていると、いきなりリオネスが話しだした。
「ボクも同行していいかな?」
「リオン?」
突然の末弟の発言には兄たちもびっくりしているらしく、ぎょっとしたようにリオネスを見
ていた。
「乗り掛かった船っていうか、なんとなく放っておけなくてね。それは兄さんたちにしても同じ気持ちだと思う。一樹はもう実子同然なんだから。伊達に十年も育ててないよ?」
「‥‥‥」
「亜樹と一樹がどうなるのか。明るい未来が待っているのか、ボクはそれを見届けたいんだ」
そこまで言ってから、リオネスはふたりの兄を振り向いた。
「行ってもいいかな、兄さん?」
「「リオン」」
「必ず帰ってくるよ。一樹のことを心配している兄さんたちに、嬉しい知らせを持って。動けない兄さんたちに代わってボクが動くから。認めてくれないかな?」
公国の守護をするという立場柄、大規模な水不足が起きるとわかっているこの時期に、エルシアたちはどんなに一樹が心配でも、孤立無援な一樹と亜樹の力になりたくても、長と次男であるふたりは動けないのだ。
リオネスはふたりがどんな気分で見送るつもりだったか知っている。
自分にも公国を守護する義務はある。
こんなに大変な時期に、公国から離れ水の神殿に赴くなんて、責任放業だということも自覚している。
亜樹がどんな方法で一樹の力を解放するつもりなのかは知らない。
でも、それを実現するためには時間がかかると言っていた。
辛辣に考えると間に合うという保証はないのだ。
間に合わなかった場合、一樹がなんとか凌いでくれるまで、自分たちは水不足で苦しむ公国の力にならなければならない。
それはよくわかっていた。
そのために重過ぎる命題を背負い、生命さえ捨ててもいいと、死地に赴く覚悟で運命に立ち向かおうとしているふたりを黙って見送ったらいつかきっと後悔する。
幸せな結末ならいい。
もし世界を救うために亜樹が約束を果たそうとして生命を落とし、一樹がその後を追ったりしたら、それを後になって知らされたら、きっと後悔なんて生易しい気持ちではすまないだろうということは、想像するまでもなくわかっていることだった。
三兄弟。
3人でいるのなら、誰かが、一番身軽に動ける者が、動けない者に代わって動くべき
ではないのか。
リオネスはそう思ったのである。
子供として一樹を愛しているから。
そして一樹と亜樹が世界を救うために生命を落としたなんて事態を、第三者の立場で知らされたくないから。
ふたりの力になりたいから。
どうかわかってくれないかと、リオネスは祈るような気分で、ふたりの兄を見ていた。
「リオンは言いだしたら引かないから」
ため息まじりにそう言ったのはエルシアだった。
苦い笑みがその端正な顔に浮かんでいる。
「そうですね。それにリオンはぼくらのために、自分が動くつもりのようですから。止められませんね」
同じような笑みを浮かべて、アストルがそう言って、リオネスは無理に微笑んだ。
「その代わり無茶をしてはいけないよ、リオネス?」
「一樹は大事な子供だけれど、おまえも大事な弟だからね」
ふたりの兄に言われて、リオネスはしっかりと頷いた。
本当は自分たちが動きたいだろう兄たちに代わって、その務めをしっかりと果たす覚悟だった。
戻ってくるのはいつになるのかわからない。
おそらく亜樹が出した条件を考えると、世界が救済されるまで戻ってこれない。
それまでは兄たちとも逢えないのだ。
だから、
「必ず帰ってくるからね、兄さんたち」
そう言って抱きついたリオネスを、ふたりの兄は交互に抱きしめた。
それから一樹たちのほうへ行こうとした弟を、エルシアが引き止めた。
「なに、兄さん?」
振り向いたリオネスはぎょっとした。
あれだけ髪を切りたがらなかった長兄が、その自慢の長髪をばっさり切ったからである。
子供のころ、悪戯心から切ろうとしたら、それは恐ろしい報復を受けたものである。
そのエルシアが。
切った自分の髪になにか力を注ぎ、エルシアはそれをサークレットにしてしまった。
銀の装飾が美しい、それはきれいなサークレットである。
「これを持ってお行き。必ずなにかの役に立つから」
「兄さん」
「リオネスにすべて任せて見送るしかできない私にできるのは、このていどのことだからね」
「うん」
受け取ってリオネスは、それをしっかり額に当てた。
0
お気に入りに追加
231
あなたにおすすめの小説
俺が総受けって何かの間違いですよね?
彩ノ華
BL
生まれた時から体が弱く病院生活を送っていた俺。
17歳で死んだ俺だが女神様のおかげで男同志が恋愛をするのが普通だという世界に転生した。
ここで俺は青春と愛情を感じてみたい!
ひっそりと平和な日常を送ります。
待って!俺ってモブだよね…??
女神様が言ってた話では…
このゲームってヒロインが総受けにされるんでしょっ!?
俺ヒロインじゃないから!ヒロインあっちだよ!俺モブだから…!!
平和に日常を過ごさせて〜〜〜!!!(泣)
女神様…俺が総受けって何かの間違いですよね?
モブ(無自覚ヒロイン)がみんなから総愛されるお話です。
【父親視点】悪役令息の弟に転生した俺は今まで愛を知らなかった悪役令息をとことん甘やかします!
匿名希望ショタ
BL
悪役令息の弟に転生した俺は今まで愛を知らなかった悪役令息をとことん甘やかします!の父親視点です。
本編を読んでない方はそちらをご覧になってからの方より楽しめるようになっています。
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
悪役令息に憑依したけど、別に処刑されても構いません
ちあ
BL
元受験生の俺は、「愛と光の魔法」というBLゲームの悪役令息シアン・シュドレーに憑依(?)してしまう。彼は、主人公殺人未遂で処刑される運命。
俺はそんな運命に立ち向かうでもなく、なるようになる精神で死を待つことを決める。
舞台は、魔法学園。
悪役としての務めを放棄し静かに余生を過ごしたい俺だが、謎の隣国の特待生イブリン・ヴァレントに気に入られる。
なんだかんだでゲームのシナリオに巻き込まれる俺は何度もイブリンに救われ…?
※旧タイトル『愛と死ね』
婚約破棄と言われても・・・
相沢京
BL
「ルークお前とは婚約破棄する!」
と、学園の卒業パーティーで男爵に絡まれた。
しかも、シャルルという奴を嫉んで虐めたとか、記憶にないんだけど・・
よくある婚約破棄の話ですが、楽しんで頂けたら嬉しいです。
***********************************************
誹謗中傷のコメントは却下させていただきます。
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
兄たちが弟を可愛がりすぎです~こんなに大きくなりました~
クロユキ
BL
ベルスタ王国に第五王子として転生した坂田春人は第五ウィル王子として城での生活をしていた。
いつものようにメイドのマリアに足のマッサージをして貰い、いつものように寝たはずなのに……目が覚めたら大きく成っていた。
本編の兄たちのお話しが違いますが、短編集として読んで下さい。
誤字に脱字が多い作品ですが、読んで貰えたら嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる