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第十五章 CECIL

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 第十五章 CECIL



「では戻ろうか、マルス?」

 わけのわからない事態にムカムカしていた一樹だが、弟たちはエルシアや翔たちと別れを惜しむ時間すら与えてくれなかった。

 自分たちが戻るときは当然、連れて戻る。

 そう言われて一樹はムッとしていたが、受け入れたことだったので頷いた。

「亜樹」

 さりげなく名を呼んでその肩を抱き寄せる。

 なんだかまた細くなったような気がする。

 かつて自分が女だったからわかることだが、今の亜樹はまるで女の子みたいだ。

 それに身長もすこし低くなったような。

 首筋も細く覗く項は華奢でしなやかで、見ているだけで誘われる代物である。

 これで見逃すのはちょっと辛いものがある。

 そんなことを考えていると、いきなりリオネスが話しだした。

「ボクも同行していいかな?」

「リオン?」

 突然の末弟の発言には兄たちもびっくりしているらしく、ぎょっとしたようにリオネスを見
ていた。

「乗り掛かった船っていうか、なんとなく放っておけなくてね。それは兄さんたちにしても同じ気持ちだと思う。一樹はもう実子同然なんだから。伊達に十年も育ててないよ?」

「‥‥‥」

「亜樹と一樹がどうなるのか。明るい未来が待っているのか、ボクはそれを見届けたいんだ」

 そこまで言ってから、リオネスはふたりの兄を振り向いた。

「行ってもいいかな、兄さん?」

「「リオン」」

「必ず帰ってくるよ。一樹のことを心配している兄さんたちに、嬉しい知らせを持って。動けない兄さんたちに代わってボクが動くから。認めてくれないかな?」

 公国の守護をするという立場柄、大規模な水不足が起きるとわかっているこの時期に、エルシアたちはどんなに一樹が心配でも、孤立無援な一樹と亜樹の力になりたくても、長と次男であるふたりは動けないのだ。

 リオネスはふたりがどんな気分で見送るつもりだったか知っている。

 自分にも公国を守護する義務はある。

 こんなに大変な時期に、公国から離れ水の神殿に赴くなんて、責任放業だということも自覚している。

 亜樹がどんな方法で一樹の力を解放するつもりなのかは知らない。

 でも、それを実現するためには時間がかかると言っていた。

 辛辣に考えると間に合うという保証はないのだ。

 間に合わなかった場合、一樹がなんとか凌いでくれるまで、自分たちは水不足で苦しむ公国の力にならなければならない。

 それはよくわかっていた。

 そのために重過ぎる命題を背負い、生命さえ捨ててもいいと、死地に赴く覚悟で運命に立ち向かおうとしているふたりを黙って見送ったらいつかきっと後悔する。

 幸せな結末ならいい。

 もし世界を救うために亜樹が約束を果たそうとして生命を落とし、一樹がその後を追ったりしたら、それを後になって知らされたら、きっと後悔なんて生易しい気持ちではすまないだろうということは、想像するまでもなくわかっていることだった。

 三兄弟。

 3人でいるのなら、誰かが、一番身軽に動ける者が、動けない者に代わって動くべき
ではないのか。

 リオネスはそう思ったのである。

 子供として一樹を愛しているから。

 そして一樹と亜樹が世界を救うために生命を落としたなんて事態を、第三者の立場で知らされたくないから。

 ふたりの力になりたいから。

 どうかわかってくれないかと、リオネスは祈るような気分で、ふたりの兄を見ていた。

「リオンは言いだしたら引かないから」

 ため息まじりにそう言ったのはエルシアだった。

 苦い笑みがその端正な顔に浮かんでいる。

「そうですね。それにリオンはぼくらのために、自分が動くつもりのようですから。止められませんね」

 同じような笑みを浮かべて、アストルがそう言って、リオネスは無理に微笑んだ。

「その代わり無茶をしてはいけないよ、リオネス?」

「一樹は大事な子供だけれど、おまえも大事な弟だからね」

 ふたりの兄に言われて、リオネスはしっかりと頷いた。

 本当は自分たちが動きたいだろう兄たちに代わって、その務めをしっかりと果たす覚悟だった。

 戻ってくるのはいつになるのかわからない。

 おそらく亜樹が出した条件を考えると、世界が救済されるまで戻ってこれない。

 それまでは兄たちとも逢えないのだ。

 だから、
「必ず帰ってくるからね、兄さんたち」

 そう言って抱きついたリオネスを、ふたりの兄は交互に抱きしめた。

 それから一樹たちのほうへ行こうとした弟を、エルシアが引き止めた。

「なに、兄さん?」

 振り向いたリオネスはぎょっとした。

 あれだけ髪を切りたがらなかった長兄が、その自慢の長髪をばっさり切ったからである。

 子供のころ、悪戯心から切ろうとしたら、それは恐ろしい報復を受けたものである。

 そのエルシアが。

 切った自分の髪になにか力を注ぎ、エルシアはそれをサークレットにしてしまった。

 銀の装飾が美しい、それはきれいなサークレットである。

「これを持ってお行き。必ずなにかの役に立つから」

「兄さん」

「リオネスにすべて任せて見送るしかできない私にできるのは、このていどのことだからね」

「うん」

 受け取ってリオネスは、それをしっかり額に当てた。
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