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第六章 反逆者の末裔

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「ミリア。いる?」

 息を乱した声が名を呼んだ。

 座り込んだまま顔を上げる。

 そこでは優哉が顔を出して覗き込んでいた。

「ユーヤ!」

 駆け出して抱き着く。

 優哉はしっかり抱き留めてくれた。

 しっかり抱いてくれる。

 こんなときなのにそれが嬉しい。

「ごめん。こんな物しか用意できなかった。とにかく食べて? 飲んで? きっと昨日からなにも食べていないんだろう?」

 そう言って優哉が差し出したのは、チョコレートが数枚とビスケットの箱だった。

 どこで用意したのか知らないが、ジュースの瓶も持っている。

「チョコレートは栄養の宝庫だからね。こんなときには一番いいはずだし。とにかく落ち着こう?」

 人心地つこうという優哉にふたりで並んで腰掛けて、彼が用意してくれたビスケットを食べた。

 コクリとジュースを飲む。

 それだけで生き返る気がした。

 これからのことを思うと、すべて食べるのは勿体無かったので、とりあえず空腹がマシになるまで少しだけ食べて、ジュースは残せないので全部飲んだ。

「ごめんね?」

「ユーヤ?」

「ごめん。それしか言えない」

「どうして貴方が謝るの?」

 もうミリアは優哉を「お兄ちゃん」と呼ぼうとは思わない。

 もう逢えなくなるかもしれない。

 そう思ったとき、はっきり悟ったからだ。

 彼は兄じゃないと。

 幼馴染でもない。

 ミリアの愛する人だ。

「ミリアはどうしてこんなことになったのか理解してる?」

「理解してないよ。ただ父さんには心当たりがあったみたい」

「どういうこと?」

「永久追放での国外退去を命じられたとき、父さん、なにも言わずに従ったんだよ? 抗議もしなかった。あたしや母さんに言ったのは、殺されたくなかったら黙って従ってほしいって、それだけだったんだから」

 納得できないとミリアは食い下がった。

 理由を教えてほしいと何度も問いかけた。

 だが、父はなにも言ってくれなかった。

 ただ一言言ってくれたのは、

「ここにいるのがバレた以上、あたしが高等学園にいるのもバレた以上、殺される可能性があるから、とにかく逃げてからだってそう言われた」

「殺される?」

「ほんとはね。高等学園への進学は、父さんに止められてたんだ」

「そうだったんだ? でも、どうして?」

「入学できないから諦めろって。許可が出るはずがないって」

「でも」

「うん。あたしは入学できた。父さんはびっくりしてたよ。その頃からかな? 父さんがピリピリしてたのは」

 つまりミリアの境遇、いや、もしかしたら家系的には、高等学園への入学は不可能なはずだったのだ。

 できるはずがない入学ができたことから、事情を知るミリアの父は青くなり、いつかこんな事態になるんじゃないかと常に警戒していた。

 その証拠に外国に移住する手続きまで終えていた。

 でなければ当日の内に外国へ移住なんてできるはずがない。

 前以て準備を終えていなけれは不可能だ。

「なんでこうなるのかわからなかった」

「ミリア」

 泣き出したミリアを優哉が強く抱き締める。

 それは慰めるための抱擁だったけれど、ミリアにはなによりも安心できる腕だった。

「ユーヤがあたしに謝ったのはどうして? あたしにできる説明はこんなものだよ? ユーヤはまだなにかを知ってるの?」

「ぼくもミリアの事情についてはなにも知らないよ。知っているのはひとつだけ」

「なに?」

「嘘かホントか知らないけど、ミリアは、ううん。もしかしたらミリアの家系は、かもしれないけど、この国を左右するような罪を現在進行形で犯してるって」

「そんな覚えないよ!」

 青くなって取り乱し否定するミリアに優哉は頷いた。

「わかってる。多分ミリアもおじさんも、直接的には関わっていないんだと思う。もしかしたら家系的に背負っている罪かもしれない」

「家系? そういえば」

「なに?」

「父さんが家系の話は人にしちゃダメっていつも言ってた。ヘイゼルの名を名乗らないで付き合えるなら付き合ってほしいって」

「それってヘイゼル家になにかあるってことなのかな?」

「ヘイゼルの家系で女の子が生まれたのは、あたしが初めてらしいんだよ」

「そうなの?」

 キョトンと問えばミリアは頷いた。

「だから、父さんよくこう言ってた。ミリアが結婚すれば、すこしはマシになるかもしれないって。ヘイゼルの名が絶たれるからって」

 結婚すれば女の子は姓が変わる。

 家を継ぎたい場合は婿養子を貰わないといけないのだ。

 でなければ家系は断絶。

 しかしミリアの父は、それを望んでいたのだ。

 ということはやはりヘイゼルという家に過去になにかあったのだろう。

 国を左右するような罪を犯した過去が。
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