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第九章 禁戒の初恋

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 第九章 禁戒の初恋



 ラスに対する態度のことで、皇太后マリアンヌから、きつく注意された息子のリカルドと孫息子のジェラルドは今嵐が過ぎ去って穏やかにお茶を楽しんでいた。

「それにしてもわたしはともかく今まで手が掛からなかったジェラルドが、母上に叱られることがあろうとは想像しなかったな」

「わたくしも意外です。でも、嬉しくもありましたよ?」

「父上。お祖母様」

「なんて言えばいいのか。ジェラルドも間違いもすれば、人並みの感情もある普通の男の子なのだと。そうです。もっとわたくしに甘えても構わないのですよ? ジェラルド?」

「やめて下さい、お祖母様。恥ずかしいです」

「しかしルイのモラルの低さが問題か」

「親だと弟だとわかっていても、そういう対象だと捉えることに規制がかからない。あの子の生い立ちを思えば仕方ありませんが、それほどまでに低いようです」

「母上が慌てるわけだ。だが、わたしにしてみれば、普通に親として接しているだけなのだが?」

「普通の親なら我が子を監禁したい。結婚させたくないとは言いませんよ? リカルド」

「そうはいうが親子として過ごした時間がほとんどないんだ。少しくらい独占したいと思っても普通だろう?」

 リカルドにしてみれば再会した途端、見知らぬ姫君に息子を奪われるとか冗談ではないのだ。

 それでは親子の時間を全く持てなくなってしまう。

 しかしその過ぎる執着が、ラスの認識を狂わせると言われたら、さすがに問題だし。

 ふと気にしていなかったジェラルドが、ここに呼ばれた動機を聞いてみたくなった。

「ジェラルドはルイになにをしたのだ? まさか兄を兄だと思えず口説いたりしたのか?」

「やめて下さい! 父上! わたしはただ」

「ただ?」

「ルイ兄上の無意識らしい子供扱いが気に障り、子供じゃないと抗議しただけです。兄上からはこんな抗議をするから子供なんだと、一刀両断に切り捨てられましたが」

 最初に子供扱いしたのは兄上の方なのに酷くありませんか? と膨れるジェラルドに、リカルドとマリアンヌは深刻な顔を見合わせた。

 リカルドの場合は行き過ぎた過保護だ。

 このままキャサリンが見つからなければ、意味が変じる危険性も孕んでいるが、今はそうではない。

 しかしジェラルドは。

 自覚はないのかもしれない。

 しかしジェラルドはルイが恋愛的な意味で好きなのだ。

 何故なら普通兄に子供扱いされたからと怒らない。

 だって現実に弟なのだから、年下であることに変わりはないからだ。

 しかしジェラルドは好きな人に子供扱いされたと拗ねている。

 この問題は根深そうだと、ふたりは顔を見合わせため息をついたのだった。

 丁度そこへリカルド宛に伝令が届いた。

 その内容を見てリカルドは思わず声を漏らす。

「え?」

「父上?」

「いや。なんでもない大したことではないのだ」

 思わず誤魔化してしまうリカルドに、なにかを感じ取ったのか、ジェラルドは自分から退席を願い出た。

「わたしはジュエルにも忠吉しておきたいので、これで失礼します。後は父上がたっぷり叱られて下さいね」

「ジェラルド!」

 父の叱る声を聞きながらジェラルドは優雅に去って行った。

「それでなにがあったのです? リカルド? 貴方があんな風に驚くなんて」

 リカルドは政治面では完全に感情を封じる傾向にある。

 周囲を信じられないが故のことなので仕方がないのだが。

 だからこそ解せなかった。

 露骨過ぎるあの驚きが。

 素顔で驚いているように見えたから。

 しかしそう訊ねた途端、リカルドは母に抱きついた。

 まるで泣き顔を見られまいとするかのように。

「リカルド?」

「生きていた」

「え?」

「彼女が生きていた!」

「‥‥‥キャサリンが見つかったのですか?」

 居なくなってそろそろ20年。

 生存を諦めかけていた自分がいたのだと、マリアンヌは自覚する。

 生きていたと涙ながらに語る息子を見ても、まだ尚信じられなかったのだから。

 それでも感激に打ち震える息子を見ていたら、現実なのだと実感できて来た。

 知らず涙が溢れる。

「生きていてくれたのですね。それで今あの娘は今どこに? すぐに保護しなければ!」

 このままでは殺されてしまうと彼女は恐れたが、それについてはリカルドが安心させた。

「そういう心配は今はいらない。彼女もルイ、いや、オッドアイのラスの噂を聞いたらしく、ラスに逢いに色町に来たらしくてな。今はラスの母親という触れ込みで、色町が庇護しているらしいから」

「それはよかったですこと。でも、いつまでもその状態は維持出来ません。色町に女性がいる。その意味はリカルドも知っているでしょう?」

「わかっている。だから、今から迎えに行くつもりだ。やっと逢えるのだな。彼女はわたしの裏切りを許してくれるだろうか」

「キャサリンも皇太子妃だった女性です。今では皇后ですね。彼女のために地位を空位のままにしておいたのでしょう?」

 きっとわかってくれますよ、という母親の優しい声にリカルドは、ようやく涙を拭いて頷けた。

「行ってくる」

「待ちなさい。わたくしも同行しましょう」

「母上? 行き先は色町ですよ?」

「だからなんです。娘を迎えに行くのに躊躇う必要がありますか」

「母上」

「なによりも皇太后の馬車を襲う愚か者はいないでしょうから。キャサリンを守るためなら、わたくしは自分を盾にしましょう」

「母上。ありがとう。それから済まない」

「貴方が謝ることではないでしょう?」

 コロコロ笑う母に心から感謝するリカルドだった。


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