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第六章 波紋
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「あなたはどうしますか?」
柔らかい声を傍らの楽師の君から投げられて、迦樓羅王は顔をしかめ、答えずに踵を返した。
最後に残された乾闥娑王は可笑しそうに笑う。
琴を奏でながら動き出す運命の流れを紡ぎ出す。
稀有なその調べの中に。
「宿命の星を背負う天空をその身に抱く運命の子。赤い流星は出逢う。そして流れを変える変事が起きる。既に予兆は見えているのだから」
呟きながら想いを馳せる。
この天の行く末に。
その鍵を握る美しく気高い闘神の王を継ぐ者に。
「竜帝っ。少し待たれよっ!!」
若々しく快活な声は若き王、迦樓羅王のものである。
別にどこへという宛のある行動ではなかったが、早足に回廊を移動していた竜帝は、呼び声にふと背後を振り向いた。
いつもなら立てない靴音を立てながら、勢いよく近付いてくるその様子につい苦笑が浮かぶ。
「確か竜帝殿は阿修羅の御子の伯父上であられたな」
不躾とも言える問いである。
今では禁句となったその言葉を微塵の迷いもなく口に出す様子は、いっそ小気味がいい。
影でこそこそ言われるよりも余程。
頷くこともせずにじっと見返していると、迦樓羅王はイライラと髪を掻き乱しながら問うた。
「率直に問う。阿修羅の御子とはどのような御方だ?」
「迦樓羅王?」
「楽師の君の言い分はわかる。それが現実となったとき、王としての身の振り方を決めなくてはならぬことも、だが、わたしには判断を下すべき基準がない。なにしろわたしは阿修羅王どころか阿修羅族すら知らぬ身。それで判断を下すのは早計。個人的に知りたい。次期阿修羅王を名乗るはずだった御子のことを」
その言い分は筋が通っていた。
確かに竜帝は阿修羅の御子と数度とはいえ、対面した経験を持っている。
だが、なにしろ神族のこと。
知っているのは赤子の頃の御子で、それを判断の基準にするのもどうかと思えた。
勿論赤子とはいえ阿修羅の御子である。
どれほどの期待を寄せていたか、それを思い返せば王としての資質など考えるまでもなく見抜ける。
伯父の贔屓目ではなく。
阿修羅の名を継ぐということは身内の感傷を許さない。
「阿修羅王がどのようなお人柄だったか、迦樓羅王はそのことをご存じか?」
「無論。今ではほとんど禁句となっているとはいえ、彼の君は憧れの君だ。どれほどの伝承で伝え聞いたか、今ではわからぬほどそのお人柄、容姿など様々な噂を聞いた。
天界一と言わしめた楽師の君をも凌ぐその美貌と闘神の王として相応しき力量を持つ類稀な方だったとか。本当にもう少し早く生まれたかったものだ。一目でもいい。阿修羅王に御目にかかりたかった」
感情を隠すことをしない迦樓羅王は、憤りや怒りをぶつけてくるときも、真っ直ぐにぶつかってくるが、それはこういうときも変わらないようだった。
憧れをその瞳に浮かべる迦樓羅王に竜帝はやりきれない笑みを浮かべる。
遠い昔に想いを馳せて。
「阿修羅王は歴代の王の中でも最も優れた王だった。すべての面において歴代の阿修羅王を凌ぐ御方だった」
「……本当に残念だ。何故それほどの御方を失わねばならぬのか……」
俯いて唇を噛む迦樓羅王に竜帝も同意のため息をつく。
「だが、わたしは初めて御子と対面したとき、この御子ならば必ずお父上を凌ぐ阿修羅王になられるだろうと確信した」
聞いたこともないほど優しい声だった。
驚いて顔を上げた迦樓羅王は、そこに見たこともないような、意外な竜帝の優しい笑顔を見て絶句した。
「言っておくが身内の贔屓目などではないぞ? 阿修羅の名を継ぐということは、そういった甘い感傷を許さない。これは竜帝としてのわたしの予感。わたしの感覚による確信。御子があのまま阿修羅王を名乗っていたら、今頃天界は元の穏やかで幸せな時代を取り戻していただろう」
もう御子の生命を狙う帝釈天はいないのだからと、竜帝の言葉の影に隠されていた。
聖戦の火種の意味を知らぬ迦樓羅王には伝わらなかったが。
「御子は……どのような御方だった?」
「闇よりも深い黒い髪。そしてただ一度見たその瞳の色は黄金」
小首を傾げて迦樓羅王は問う。
ただひとり御子の外見を知る竜帝に。
柔らかい声を傍らの楽師の君から投げられて、迦樓羅王は顔をしかめ、答えずに踵を返した。
最後に残された乾闥娑王は可笑しそうに笑う。
琴を奏でながら動き出す運命の流れを紡ぎ出す。
稀有なその調べの中に。
「宿命の星を背負う天空をその身に抱く運命の子。赤い流星は出逢う。そして流れを変える変事が起きる。既に予兆は見えているのだから」
呟きながら想いを馳せる。
この天の行く末に。
その鍵を握る美しく気高い闘神の王を継ぐ者に。
「竜帝っ。少し待たれよっ!!」
若々しく快活な声は若き王、迦樓羅王のものである。
別にどこへという宛のある行動ではなかったが、早足に回廊を移動していた竜帝は、呼び声にふと背後を振り向いた。
いつもなら立てない靴音を立てながら、勢いよく近付いてくるその様子につい苦笑が浮かぶ。
「確か竜帝殿は阿修羅の御子の伯父上であられたな」
不躾とも言える問いである。
今では禁句となったその言葉を微塵の迷いもなく口に出す様子は、いっそ小気味がいい。
影でこそこそ言われるよりも余程。
頷くこともせずにじっと見返していると、迦樓羅王はイライラと髪を掻き乱しながら問うた。
「率直に問う。阿修羅の御子とはどのような御方だ?」
「迦樓羅王?」
「楽師の君の言い分はわかる。それが現実となったとき、王としての身の振り方を決めなくてはならぬことも、だが、わたしには判断を下すべき基準がない。なにしろわたしは阿修羅王どころか阿修羅族すら知らぬ身。それで判断を下すのは早計。個人的に知りたい。次期阿修羅王を名乗るはずだった御子のことを」
その言い分は筋が通っていた。
確かに竜帝は阿修羅の御子と数度とはいえ、対面した経験を持っている。
だが、なにしろ神族のこと。
知っているのは赤子の頃の御子で、それを判断の基準にするのもどうかと思えた。
勿論赤子とはいえ阿修羅の御子である。
どれほどの期待を寄せていたか、それを思い返せば王としての資質など考えるまでもなく見抜ける。
伯父の贔屓目ではなく。
阿修羅の名を継ぐということは身内の感傷を許さない。
「阿修羅王がどのようなお人柄だったか、迦樓羅王はそのことをご存じか?」
「無論。今ではほとんど禁句となっているとはいえ、彼の君は憧れの君だ。どれほどの伝承で伝え聞いたか、今ではわからぬほどそのお人柄、容姿など様々な噂を聞いた。
天界一と言わしめた楽師の君をも凌ぐその美貌と闘神の王として相応しき力量を持つ類稀な方だったとか。本当にもう少し早く生まれたかったものだ。一目でもいい。阿修羅王に御目にかかりたかった」
感情を隠すことをしない迦樓羅王は、憤りや怒りをぶつけてくるときも、真っ直ぐにぶつかってくるが、それはこういうときも変わらないようだった。
憧れをその瞳に浮かべる迦樓羅王に竜帝はやりきれない笑みを浮かべる。
遠い昔に想いを馳せて。
「阿修羅王は歴代の王の中でも最も優れた王だった。すべての面において歴代の阿修羅王を凌ぐ御方だった」
「……本当に残念だ。何故それほどの御方を失わねばならぬのか……」
俯いて唇を噛む迦樓羅王に竜帝も同意のため息をつく。
「だが、わたしは初めて御子と対面したとき、この御子ならば必ずお父上を凌ぐ阿修羅王になられるだろうと確信した」
聞いたこともないほど優しい声だった。
驚いて顔を上げた迦樓羅王は、そこに見たこともないような、意外な竜帝の優しい笑顔を見て絶句した。
「言っておくが身内の贔屓目などではないぞ? 阿修羅の名を継ぐということは、そういった甘い感傷を許さない。これは竜帝としてのわたしの予感。わたしの感覚による確信。御子があのまま阿修羅王を名乗っていたら、今頃天界は元の穏やかで幸せな時代を取り戻していただろう」
もう御子の生命を狙う帝釈天はいないのだからと、竜帝の言葉の影に隠されていた。
聖戦の火種の意味を知らぬ迦樓羅王には伝わらなかったが。
「御子は……どのような御方だった?」
「闇よりも深い黒い髪。そしてただ一度見たその瞳の色は黄金」
小首を傾げて迦樓羅王は問う。
ただひとり御子の外見を知る竜帝に。
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