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第三章 聖戦ージハードー
(12)
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人として生きる兄にも、今を大切にしている生き方も、大切な人々もいるだろう。
その平穏を壊して引き戻して、重責を背負わせることが果たして兄のためになるのか。
そしてそれを強いられた兄が、素直に受け入れてくれるのか。
紫瑠には自信がなかった。
できれば兄に背かれたくないのだが。
ため息が止まらない。
自分でもどうにもできない運命の歯車に翻弄されて。
そうして兄の生死が明らかにならぬまま時は流れ、その生存が確認されるまで、紫瑠は兄の代行を努めてきた。
伝説色の強い兄。
片親の違う実の兄。
けれど、神族において片親が違うと、兄妹意識はずいぶん薄れる。
特に第1子と第2子の間で母親が異なっていると、ほとんど他人と変わらない。
血の違いだとも言われているが、片親が違う兄弟は親戚的な関わりしか持たない。
従って異性であれば婚礼も可能なのである。
それだけに第1子を迎える際の伴侶は、慎重に選ばねばならず、下手に第1子で王女を儲けたりすれば、最悪、弟と婚礼という可能性もあった。
第2子が後継者となるため、その花嫁は当然ながら実の姉となる。
神々の奇妙な伝統であった。
もちろん親戚的な遺伝しか持たないため、現実面で問題はないが、それでも兄弟間での婚礼は避けるのが常識とされ、第1子と第2子における立場の差が、更に明確なものへと変わったのである。
ただしこの慣例が適用されるのには条件があり、だれにでもわかることだと思うが、第1子と第2子の母親が異なること、という絶対的な条件がある。
母親を同じくする場合、王女は他の一族の王か、あるいは一族の中でも重要な位置に立つ者の元に嫁ぐことになる。
その場合にかぎって第2子が男子の場合は、第2子が世継ぎの王子を名乗ることになる。
母親が正妃ですらない第2子は、普通とても肩身が狭い思いをすることになるのだが、紫瑠は幸か不幸か、一般的な第2子とは決定的に違っていた。
その出生の背景故に紫瑠は、どの前例にも当てはまらない生き方を強いられたのである。
そのせいだろうか。
紫瑠は従来の第二王子とは、どこかが異なっている。
その容貌に阿修羅王の想影を色濃く残す、現存する阿修羅の王子は。
実の父を凌ぐ美貌を持つと語られる実の兄。
面影はいつも胸にあった。
面影だけしかなくても慕い続けた兄に、背かれるかもしれない現実に、紫瑠は気付いている。
逃げるわけにはいかない己の立場を、彼は知っているけれども。
天の覇権を握って誕生した阿修羅の御子。
その名をアーディティア。
実の伯父である天界最強と言われた竜帝に名付けられたというあまりにも暗示的な名前。
竜族の王族の血と阿修羅の王族の血を等しく受ける奇跡の御子。
伝説を背負った阿修羅の王子。
幼名を名乗る必要のない現在は、阿修羅、或いは阿修羅王と呼ばれる立場にある。
父の後を継げば間違いなく阿修羅王を名乗る存在。
天空をその身に抱く運命の子。
天の行く末を握る者。
アーディティア――――申し子――――の名に相応しく。
夜叉王の正式なる討伐者である夜叉の王子、ラーヤ・ラーシャが下界へと降ったのは、下界が春先の出来事である。
それを追うように下界の知識を頭に叩き込んだ阿修羅の王子、紫瑠が共の者を連れ下界に降臨した。
これは夏のことである。
静羅はそれらが自分に関わってくることも知らず平穏の直中にいた。
東夜が迦陵と呼ばれ、忍が祗柳と呼ばれていたふたりが人間ではないことは、今はまだだれも知らない。
そして彼らが「天」と呼んだ和哉。
その存在の意味すらも。
すべてが明らかになるには、まだしばらくの時が必要だった。
その平穏を壊して引き戻して、重責を背負わせることが果たして兄のためになるのか。
そしてそれを強いられた兄が、素直に受け入れてくれるのか。
紫瑠には自信がなかった。
できれば兄に背かれたくないのだが。
ため息が止まらない。
自分でもどうにもできない運命の歯車に翻弄されて。
そうして兄の生死が明らかにならぬまま時は流れ、その生存が確認されるまで、紫瑠は兄の代行を努めてきた。
伝説色の強い兄。
片親の違う実の兄。
けれど、神族において片親が違うと、兄妹意識はずいぶん薄れる。
特に第1子と第2子の間で母親が異なっていると、ほとんど他人と変わらない。
血の違いだとも言われているが、片親が違う兄弟は親戚的な関わりしか持たない。
従って異性であれば婚礼も可能なのである。
それだけに第1子を迎える際の伴侶は、慎重に選ばねばならず、下手に第1子で王女を儲けたりすれば、最悪、弟と婚礼という可能性もあった。
第2子が後継者となるため、その花嫁は当然ながら実の姉となる。
神々の奇妙な伝統であった。
もちろん親戚的な遺伝しか持たないため、現実面で問題はないが、それでも兄弟間での婚礼は避けるのが常識とされ、第1子と第2子における立場の差が、更に明確なものへと変わったのである。
ただしこの慣例が適用されるのには条件があり、だれにでもわかることだと思うが、第1子と第2子の母親が異なること、という絶対的な条件がある。
母親を同じくする場合、王女は他の一族の王か、あるいは一族の中でも重要な位置に立つ者の元に嫁ぐことになる。
その場合にかぎって第2子が男子の場合は、第2子が世継ぎの王子を名乗ることになる。
母親が正妃ですらない第2子は、普通とても肩身が狭い思いをすることになるのだが、紫瑠は幸か不幸か、一般的な第2子とは決定的に違っていた。
その出生の背景故に紫瑠は、どの前例にも当てはまらない生き方を強いられたのである。
そのせいだろうか。
紫瑠は従来の第二王子とは、どこかが異なっている。
その容貌に阿修羅王の想影を色濃く残す、現存する阿修羅の王子は。
実の父を凌ぐ美貌を持つと語られる実の兄。
面影はいつも胸にあった。
面影だけしかなくても慕い続けた兄に、背かれるかもしれない現実に、紫瑠は気付いている。
逃げるわけにはいかない己の立場を、彼は知っているけれども。
天の覇権を握って誕生した阿修羅の御子。
その名をアーディティア。
実の伯父である天界最強と言われた竜帝に名付けられたというあまりにも暗示的な名前。
竜族の王族の血と阿修羅の王族の血を等しく受ける奇跡の御子。
伝説を背負った阿修羅の王子。
幼名を名乗る必要のない現在は、阿修羅、或いは阿修羅王と呼ばれる立場にある。
父の後を継げば間違いなく阿修羅王を名乗る存在。
天空をその身に抱く運命の子。
天の行く末を握る者。
アーディティア――――申し子――――の名に相応しく。
夜叉王の正式なる討伐者である夜叉の王子、ラーヤ・ラーシャが下界へと降ったのは、下界が春先の出来事である。
それを追うように下界の知識を頭に叩き込んだ阿修羅の王子、紫瑠が共の者を連れ下界に降臨した。
これは夏のことである。
静羅はそれらが自分に関わってくることも知らず平穏の直中にいた。
東夜が迦陵と呼ばれ、忍が祗柳と呼ばれていたふたりが人間ではないことは、今はまだだれも知らない。
そして彼らが「天」と呼んだ和哉。
その存在の意味すらも。
すべてが明らかになるには、まだしばらくの時が必要だった。
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