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第二章 新たなる土地で
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『三枝さん。たしかにこういう非常識な事件って、おれたちの専売特許ですけど、なにもおれたちみたいな人種ばかりが、こういう事件を起こすわけじゃないでしょう? 例えば暴力団の跡取りとか』
『それはそうだろうけど。ぼくには彼からそういった印象は感じないんだよ。たしかに言動は悪いよ? でも、ぼくに言わせれば人種が違うよ。彼はそういう人種じゃない』
たしかに言動の悪さとか、そういうものにごまかされて、普通は気付けないのかもしれないが、静羅の立ち居振舞いはとても洗練されている。
優雅で気品があり気高い。
あれは自然と身に付いたものだ。
それは何気ない素振りでわかる。
付け焼き刃ではどうしてもボロが出るからだ。
が、甲斐には心当たりがなかった。
唯一の心当たりは同名の財閥、高樹家に関することだが、静羅のイメージと高樹財閥の御曹司というイメージが、どうやっても重ならない。
『心当たりっていうか、逆らったらタダでは済まない一種の爆弾とか宝物みたいな御曹司はいるんですが、なんか……イメージが……』
『爆弾と宝物って意味が全然違うよ?』
『迂闊に手を出したら危ないって意味では同じだから』
そう言えば「そういう意味かあ」と納得していた。
『でも、その御曹司って特別扱いを受けてるから、こういうところにひとりでのほほんと現れるとは思えないし。それにあれがあの大財閥の御曹司? とかって想像すると、なんか合わないから』
『なんて名前?』
『問題なのは次男の方なんだけど、長男のことしか公表されてなくて、長男の名前は高樹和哉君』
『あれ? 同じ苗字?』
『まあそうだけどもしドンピシャリなら、おれの方になんらかの連絡は入ると思うし。大体弟をずっと傍で護ってるらしい和哉君の姿がないっていうのが、人違いの証明のような気がする』
どうしても納得がいかないと主張したら、三枝もそれ以上は言い募らなかった。
ただこの事件以降、静羅に絡もうとする命知らずは、当然のことながらいなくなった。
学校が始まればどうか知らないが、今のところ静羅は孤高を保っている。
何故かというと寮内で、ほとんど彼の姿を見掛けないので、孤高を保っているとしか想像のしようがないのだ。
そういえば今日に限らず、食堂で見掛けたことは、ただの一度もないような……。
首を傾げると隣を陣取っていた年下の従弟がブスッと拗ねた。
「甲斐ったらさっきからずっと心ここに非ずだね。せっかく甲斐を追い掛けて、こんな庶民の学校にきたのに」
不平不満を漏らしているわりにご満悦そうで、今朝のメニューであるアサリの味噌汁とアジの開き。それにほうれん草のおひたしを物珍しそうに食べている。
「結城。おまえ食べ方無茶苦茶だぞ」
「え? どこが?」
振り仰ぎ見上げてくる顔はどこまでも無邪気でキョトンとしている。
「それ、味噌汁の出汁を全部飲んで空にして、具だけつつくのは変だからやめろ。それとアジの開き……なんだってそんなちょびちょび食べるんだ?」
「だって時々骨があって痛いんだもん」
「まあ食べ慣れていないのは事実だろうけど」
呆れた従弟である。
「で。修羅ってだれ? さっきから人の流れを気にしてるみたいだけど」
「特別室の問題児は知ってるか?」
「ああ。そういえばすっごく綺麗な子がいるんだって? でも、綺麗なだけじゃなくて腕っぷしもかなり強くて、絡んだ上級生が全滅したって聞いてるよ。それがどうかした?」
悪戦苦闘してアジの開きを食べている姿を眺めつつ教えてやった。
「それが修羅だ」
「は?」
箸で掴んでいた身が落ちる。
唖然と顔に書いていた。
「だから、その噂の人物が修羅だって言ったんだ。本名は高樹静羅」
「高樹ってもしかして」
「いや。本人は違うって言っていたし、そもそも高樹家のことも知らないみたいだったな。今のところは」
「今のところはって?」
「いや。状況証拠とあいつの証言だけで判断しているだけだから、演技や嘘が混じっていてもおかしくないと思っているだけだ」
「ふうん」
興味を失ったのか、それとも時計を見て時間を気にしたのか、結城はまた悪戦苦闘に戻る。
魚を食べるのが、こんなに難しいとは思いもしなかった。
フォークとナイフの扱いには慣れているが、箸の扱いなんてろくに知らない。
でも、美味しいとご機嫌だった。
「そういえば噂だけが先行して実物を見てないなあ、ぼくも」
「そうなのか?」
「うん。名前だって知らなかったよ。まるで幽霊みたいな有名人だね、甲斐」
幽霊。
言い得ていて妙である。
「あ。そういえば昨日の晩になって、急に総代に選ばれていたのを通達するのを忘れていたとかって理事長から連絡があったけど、ねえ、甲斐? 知ってたの? 知ってたら前以て教えてくれてもいいじゃない」
「待て。だれが総代だって?」
「だから、ぼくが」
結城が自分の顔を指差して、甲斐は黙り込んでしまった。
初対面のとき、静羅はどう言っていた?
『いい。後で手を加えてバックレるから、俺は』
たしか独り言のようにそう言っていたはずだ。
それを証明するように総代が結城?
それってあいつが手を回して、総代から降りたってことなのか?
「どうしたの、甲斐? 急に難しい顔をして」
「いや……おれの情報では総代はおまえじゃない」
「え?」
「おまえの成績もたしかにずば抜けていたけど、更にそれの上をいく奴がいたんだ。入試で全科目満点を取った天才が」
「もしかして?」
「そう。噂の人物。高樹静羅だ。どうなってるんだ?」
悩む甲斐を見て結城はちょっと首を傾げたが、まだ見ぬ「修羅」というあだ名が、すでに浸透している有名人に興味を抱いた。
なんだか退屈しないですみそうな相手だ。
「楽しそうな相手だねえ。甲斐の好みなんじゃない? 退屈させない人って」
「……」
そう言われてみればそうである。
『それはそうだろうけど。ぼくには彼からそういった印象は感じないんだよ。たしかに言動は悪いよ? でも、ぼくに言わせれば人種が違うよ。彼はそういう人種じゃない』
たしかに言動の悪さとか、そういうものにごまかされて、普通は気付けないのかもしれないが、静羅の立ち居振舞いはとても洗練されている。
優雅で気品があり気高い。
あれは自然と身に付いたものだ。
それは何気ない素振りでわかる。
付け焼き刃ではどうしてもボロが出るからだ。
が、甲斐には心当たりがなかった。
唯一の心当たりは同名の財閥、高樹家に関することだが、静羅のイメージと高樹財閥の御曹司というイメージが、どうやっても重ならない。
『心当たりっていうか、逆らったらタダでは済まない一種の爆弾とか宝物みたいな御曹司はいるんですが、なんか……イメージが……』
『爆弾と宝物って意味が全然違うよ?』
『迂闊に手を出したら危ないって意味では同じだから』
そう言えば「そういう意味かあ」と納得していた。
『でも、その御曹司って特別扱いを受けてるから、こういうところにひとりでのほほんと現れるとは思えないし。それにあれがあの大財閥の御曹司? とかって想像すると、なんか合わないから』
『なんて名前?』
『問題なのは次男の方なんだけど、長男のことしか公表されてなくて、長男の名前は高樹和哉君』
『あれ? 同じ苗字?』
『まあそうだけどもしドンピシャリなら、おれの方になんらかの連絡は入ると思うし。大体弟をずっと傍で護ってるらしい和哉君の姿がないっていうのが、人違いの証明のような気がする』
どうしても納得がいかないと主張したら、三枝もそれ以上は言い募らなかった。
ただこの事件以降、静羅に絡もうとする命知らずは、当然のことながらいなくなった。
学校が始まればどうか知らないが、今のところ静羅は孤高を保っている。
何故かというと寮内で、ほとんど彼の姿を見掛けないので、孤高を保っているとしか想像のしようがないのだ。
そういえば今日に限らず、食堂で見掛けたことは、ただの一度もないような……。
首を傾げると隣を陣取っていた年下の従弟がブスッと拗ねた。
「甲斐ったらさっきからずっと心ここに非ずだね。せっかく甲斐を追い掛けて、こんな庶民の学校にきたのに」
不平不満を漏らしているわりにご満悦そうで、今朝のメニューであるアサリの味噌汁とアジの開き。それにほうれん草のおひたしを物珍しそうに食べている。
「結城。おまえ食べ方無茶苦茶だぞ」
「え? どこが?」
振り仰ぎ見上げてくる顔はどこまでも無邪気でキョトンとしている。
「それ、味噌汁の出汁を全部飲んで空にして、具だけつつくのは変だからやめろ。それとアジの開き……なんだってそんなちょびちょび食べるんだ?」
「だって時々骨があって痛いんだもん」
「まあ食べ慣れていないのは事実だろうけど」
呆れた従弟である。
「で。修羅ってだれ? さっきから人の流れを気にしてるみたいだけど」
「特別室の問題児は知ってるか?」
「ああ。そういえばすっごく綺麗な子がいるんだって? でも、綺麗なだけじゃなくて腕っぷしもかなり強くて、絡んだ上級生が全滅したって聞いてるよ。それがどうかした?」
悪戦苦闘してアジの開きを食べている姿を眺めつつ教えてやった。
「それが修羅だ」
「は?」
箸で掴んでいた身が落ちる。
唖然と顔に書いていた。
「だから、その噂の人物が修羅だって言ったんだ。本名は高樹静羅」
「高樹ってもしかして」
「いや。本人は違うって言っていたし、そもそも高樹家のことも知らないみたいだったな。今のところは」
「今のところはって?」
「いや。状況証拠とあいつの証言だけで判断しているだけだから、演技や嘘が混じっていてもおかしくないと思っているだけだ」
「ふうん」
興味を失ったのか、それとも時計を見て時間を気にしたのか、結城はまた悪戦苦闘に戻る。
魚を食べるのが、こんなに難しいとは思いもしなかった。
フォークとナイフの扱いには慣れているが、箸の扱いなんてろくに知らない。
でも、美味しいとご機嫌だった。
「そういえば噂だけが先行して実物を見てないなあ、ぼくも」
「そうなのか?」
「うん。名前だって知らなかったよ。まるで幽霊みたいな有名人だね、甲斐」
幽霊。
言い得ていて妙である。
「あ。そういえば昨日の晩になって、急に総代に選ばれていたのを通達するのを忘れていたとかって理事長から連絡があったけど、ねえ、甲斐? 知ってたの? 知ってたら前以て教えてくれてもいいじゃない」
「待て。だれが総代だって?」
「だから、ぼくが」
結城が自分の顔を指差して、甲斐は黙り込んでしまった。
初対面のとき、静羅はどう言っていた?
『いい。後で手を加えてバックレるから、俺は』
たしか独り言のようにそう言っていたはずだ。
それを証明するように総代が結城?
それってあいつが手を回して、総代から降りたってことなのか?
「どうしたの、甲斐? 急に難しい顔をして」
「いや……おれの情報では総代はおまえじゃない」
「え?」
「おまえの成績もたしかにずば抜けていたけど、更にそれの上をいく奴がいたんだ。入試で全科目満点を取った天才が」
「もしかして?」
「そう。噂の人物。高樹静羅だ。どうなってるんだ?」
悩む甲斐を見て結城はちょっと首を傾げたが、まだ見ぬ「修羅」というあだ名が、すでに浸透している有名人に興味を抱いた。
なんだか退屈しないですみそうな相手だ。
「楽しそうな相手だねえ。甲斐の好みなんじゃない? 退屈させない人って」
「……」
そう言われてみればそうである。
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