一人では戦えない勇者

高橋

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間章10

矢萩弓弦36

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 地下室にいたのは、龍人族の諜報部隊のトップだった。
 まあ、もう死んでるから過去形だけど。
 地下室を軽く漁ると、結構重要な書類が暗号化もされずに放置されている。

「主力部隊も諜報部隊も壊滅って、龍人族は種族を維持するのも難しくなるのでは?」
「陸皇亀でみんな大変な時に侵略したから、種族としての信頼を失っちゃったからね」

 助けてくれるような種族はいないと思う。
 元々、信頼されていたかもわからないけどね。

「僕も助けたいとは思えないですね。助けてくれるとしたら、平賀先輩くらいじゃないですか?」
「マゴイチ君なら、来る者は拒まないからね」

 お? この書類、龍人族軍の物資集積所の場所が書かれてる。
 ……僕が回収に行かないと行けないのかな?

 僕の手元をロジーネさんが覗き込む。
 近くで髪が揺れる。
 ロジーネさんにしろウーテちゃんにしろ、匂いがないのでトキメキもない。

「龍人族に回収できるリソースはないわね」
「……これ、鬼人族の軍に匿名で情報提供しましょう」
「それだと、龍人族が滅びてしまうかもよ?」
「ぶっちゃけ、どうでもいいです」

 一つの種族の行く末なんて、一庶民にはどうでもいい話だ。
 本音を言うと、物資を回収しに行くのが面倒なんだけどね。てか、僕が回収に行っても、龍人族を立て直す物資が失われるわけだから、どちらでも同じだ。
 かといって、龍人族のために物資を送り届けるほどの思い入れはない。面倒が勝つ。

「平賀先輩の方で、何人か保護しておけば滅びないでしょ」
「んー、まあ、ミカゲ様とユリアーナちゃんに相談しとく」

 御影先生の性格からすると、なんだかんだで数人くらい引き取るんだろうな。

「ちょっと気になったんですけど、この地下室って、遺跡、ですよね?」

 詳しくはないので上手く説明できないが、地下に続く階段の途中から、建築様式が変わったような気がする。

「たぶん、竜人族の遺跡だと思うわ。ユカリちゃんに調べてもらう?」
「んー、ちょっと気になっただけで、そこまでの興味はないです」

 本当は興味津々。でも、平賀さんに調査結果を聞かなければいけないのは、ちょっと……。

「竜人族って、他の種族より技術力が高かったみたいですね」

 壁を指先で触れる。
 おそらく、ミスリル合金製の壁だ。
 ここはシェルターのような施設だったのかな?

「この施設は千年以上前の物かしら。ミスリルの加工技術は、他の種族では数百年前に土人族が確立しただけで、人族では、才能がある一部の鍛冶士が加工できるだけ。技術としてはまだまだよ」

 土人族というのはドワーフのことだっけ。そういえば、ミスリルを加工できる人にもドワーフにも、会ったことないな。

「かなりの技術力ってことですか?」
「いや。これは……ユカリちゃんのオーパーツみたいなもんね。ここ見てみ。オリハルコンまで加工してる」

 ロジーネさんが指す壁の装飾を見ると、ミスリルベースの燭台に黄金色の装飾がされている。これのことだろう。

「オリハルコンって、ドワー、土人族にも加工できないんですか?」
「才能のある土人族が生涯かけて修行して、人生の集大成として片手剣を打てるかどうか、かしら」

 土人族の寿命も森人族くらい長い。
 そんな土人族の人生の終着点に、オリハルコンの加工がある。

「ともかく、この遺跡は、燭台型魔道具の装飾にオリハルコンを使っているわ」
「つまり、ミスリル加工と同レベル、とまではいかないでしょうけど、同じくらいの技術として使えていた、ということ?」
「そう。千年以上前に」
「オーパーツですね」

 平賀さんみたいな人が千年前にもいたんだろうか。
 ……ゾッとする。
 あんなのが千年前にもいたから、竜人族が調子に乗って東域の種族に喧嘩を売ってしまい、滅びてしまったのではないだろうか。彼女の耳に入ったら怖いから、声には出さないけどね。

「技術力としては私たちより劣るけど、これだけの技術力があって、兵器にも転用できるなら、他種族を圧倒してたでしょうね」
「こういう考古学? みたいなのは、なんか……面白そうですね」

 自分でも、この燭台にワクワクしてるのがわかる。
 ミッシングリンクとか、本当はこうだったんじゃないか、とか考え出すと楽しくなってしまう。

「ユヅルちゃんも男の子だねぇ」
「いや、男の子は関係ないでしょ。でもまあ、自分でもこんなに興味を持つのは初めてで、ちょっと戸惑ってます」

 こっちの世界で一番ワクワクしてるかも。いや、ベッドでレオノーレさんを待つ時の方がワクワクしてるか。

 家族と暮らす土地を探す方が重要なのはわかってるんだけど……なんか惹かれる。これがロマン?

「なら、終の棲家を探すついでに、竜人族の遺跡巡りをしてみたら?」
「遺跡巡りか……楽しそうですね」

 レオノーレさんたちと相談しよう。
 なので。

「これで失礼します」
「待ちなさい」

 逃げれないか。

「みんなと相談したいです」
「ここの調査と、いろいろ終わってから、ね」

 他にもあるだろうと予想していたから、ここの調査を投げ出してでも帰りたかったのに。

「ちなみに、残ってる“いろいろ”は?」
「主にデスクワークね」

 やりたくねぇ。

「どこかを調査する仕事の方が楽です」
「どこかを調査しようにも、町がないし人がいないわよ」

 龍人族め! 僕の仕事を奪うなよ。

「わかりました。大人しくデスクワークに励みます」

 諦めよう。

「ウーテがかなり怒ってるから、頑張ってね」

 えぇ……まだ怒ってるの? 行きたくなくなった。

 調査を終えた後、重い足取りで時間を稼ごうとしたら、ロジーネさんが片手で僕を持ち上げて運び、妹弟子が僕を椅子に縛り付けた。

 働きたくないでござる。



 ハタライタ。スゴクハタライタ。ハラヘッタ。

「はい、お疲れさん」

 そう言って、机に突っ伏す僕の前にロジーネさんがマグカップを置く。なんかいい匂い。

「……ココア?」
「そ。『幻想農園』産よ」

 なんでも作ってるな。

「コーラはないんですか?」

 僕は、コーラの方が好き。炭酸ならなんでも好き。

「あるわよ。子供たちに人気だけど、余るほどは作ってないから」

 配合とか知りたいけど、こっちでも知ったら消されるのかな。

 ココアを一口飲む。
 ちょっと甘い。
 好きでも嫌いでもないけれど、久しぶりに飲むと美味しく感じた。
 フイちゃんにも飲ませてあげたいな。

「東域は、まともな流通が始まるまで、数年はかかるそうね」

 平賀さんがフラッと来て、資料をパラパラ捲って呟いたのが「東域の流通は五年から十年は滞る」だ。
 ちゃんと調べて計算したわけじゃないけど、たぶん、五年から十年の範囲に収まると思う。

「そもそも、経済活動ができる町が少ないですから」
「各種族の中心都市が潰されちゃってるのが、痛いわよね」

 陸皇亀に潰された都市がほとんどだが、少なくない数の都市が龍人族に潰されている。むしろ、戦略上、重要な都市は龍人族によって潰されているので、他種族の龍人族への恨みは強いだろう。
 おそらく、龍人族が絶滅しても悲しむ種族はいないはず。

 ロジーネさんが僕を見つめる。
 気にせずココアを飲む。
 視線に軽めの〈威圧〉を乗せてきた。
 ココアのお代わりを要求する。
 視線に呆れが混じる。

「……僕には町造りなんて無理ですよ」
「ユヅルちゃんには期待してないわよ」

 そこはお世辞の一つでも言ってほしい。
 というか、師匠にお世辞を期待するのが無駄だったか。

「ユヅルちゃんのハーレムで、内政特化の子がいれば、なんとかなるんじゃない?」

 ヴァルトルートは、貴族としてそういった教育を受けてきたそうだけど、途中で呪いを受けてそれどころではなくなっていたので、内政特化と言えるほどではないと思う。

「ヴァルトルートちゃんを、うちで勉強させる?」
「なんか、強制的に町造りさせようとしてません?」
「まあ、ユヅルちゃんなら、後々楽になるかなぁ、って」
「説明を」

 内容次第ではやっても……いや、やりたくないな。でも、一応聞いておこう。

「私たちは西大陸の魔王を討伐後、そこに国を造ろうと思ってるの」
「ええ。以前に聞きました。全ての種族が平和に暮らせる国、ですよね?」

 全ての種族となると理想が高すぎる気もするけど、面子を考えると実現しそう。

「その国、三代くらい代替わりすると、調子に乗ってこっちの大陸に喧嘩売りそうなのよね」
「売っても、勝っちゃうんでしょうね」

 平賀さんが、超兵器を遺しておけば、余裕で勝ちそう。

「そもそも、神様なら、三代くらい生き続けるでしょ」
「私たちは、そんなに長く政治に関わらない予定よ」
「まあ、神様の圧倒的な能力で統治したら、人は堕落するでしょうからね」
「うん。ミカゲ様も、それを心配してね、早めに手を引くように言ってたけど……どうなのかな? 一番の子煩悩が言っても、ね?」

 御影先生は、なんだかんだでズルズルと玄孫の葬儀まで面倒を見そうだ。

「ともかく、調子に乗った子孫の鼻っ柱をへし折る国を造ってほしいのよ」
「僕にそんな重役は無理です」

 やる気もないし、やる必要もない。

「そもそも、国民が王様を認識できません」
「王様なんて、そんなもんでしょ。ユヅルちゃんだって、総理大臣をテレビやネットでしか見たことないでしょ? テレビもネットもない世界じゃ、王様の名前すら知らないなんて、よくあるわよ」

 まあ、僕も政治への関心が薄かったので、総理大臣の名字と顔しか知らない。政党は……なんだったかな?

「なんで僕に王様をやらせたいんですか?」
「そりゃあ決まってるじゃないの。私の弟子ならできると思ってるからよ」
「本音は?」
「面白そうだから」

 ちょっとは隠してください。

「ぶっちゃけ、占領した国の意識改革が一番の難問になるはずなの。その点、ユヅルちゃんなら、迫害のない国を目指せるでしょ?」
「目指すだけじゃダメでしょ」
「この世界では、目指すだけでも充分な功績よ」

 基準が低すぎる。

「ともかく、僕はやりません。無理です」

 キッパリ言ったら「じゃあ、いいや」とあっさり返しやがった。なんだったの?



 ようやく、理不尽な師匠から解放されて、愛する家族が待つ宿に戻る。

 丁度、夕飯時だったので、宿の一階にある食堂に全員揃っていた。

「なんだか疲れた顔なのに、目が希望に満ちてるわ」

 レオノーレさんが心配そうに言う。

「ああ、うん。仕事は大変と言うより面倒なだけだったから、精神的に疲れただけなんだよ」
「そう。無理していないのならいいわ。それで、なにかいいことあったのよね?」
「うん。東域でやりたいことができた」

 黙って聞いているシュイユエさんが少し悲しそうな顔をする。
 こういう話し合いの時は聞き役に徹するヴァルトルートが、シュイユエさんの表情の変化に気づいて口を挟む。

「どこかに定住する話では?」

 うん。そうなるよね。
 東域が故郷のシュイユエさんにとっては、やっと帰ってきたのに「旦那がやりたいことがある」なんて言ったら不安になるし不満に思うだろう。

「家探しと平行してやりたい」
「平行できることなの?」

 レオノーレさんの問いに頷く。

「竜人族の遺跡巡り」
「竜人族、ですか……」

 滅びた種族の知識が少ないからか、皆、微妙な表情。ただ一人、東域出身のシュイユエさんだけ嫌そうに呟いた。

「この町にも遺跡があって見てきたんだけど、竜人族は、先輩のとこほどではないけど優れた技術力があったようで、面白い物が見れそうなんだよ」
「そんなに面白い遺跡だったの?」
「遺跡自体はそんなに。でも、竜人族がどうやってあの技術を造り出したのか興味がある」

 この町にあった遺跡は、さらに下に食料庫などがあったので、シェルターってことで結論が出た。
 シェルターが必要だったってことは、大量破壊兵器もあったのでは? という疑問も出てきて、それを作る工場もどこかにありそうな気がして、妄想が止まらない。

「当時の文献って、あんまり残ってないし、陸皇亀と龍人族のせいでさらになくなってしまったから地道に探さなきゃなんだけど、その手間より好奇心が勝るんだ」
「ユヅル君がそこまで言うなんて珍しいわね」

 主体性のない夫でごめんね。

「ああ、責めてるわけじゃないのよ。ユヅル君が、私たち以外に興味を持ってくれるのが、この世界で生まれた私には嬉しく思うの」

 そっか。この世界で趣味なりなんなりを見つけてくれたら、他の連中みたいに日本に還ったりしないだろうから、僕に趣味を見つけてほしかったのか。

「レオノーレさん。約束します。弓幹とみんなを置いて還ったりしません」

 ホッとするレオノーレさん。
 シュイユエさんは嬉しそうに微笑んでいる。
 ヴァルトルートは露骨に胸を撫で下ろしている。
 フイちゃんはよくわかってないようだ。首を傾げている。

 まあ、ぶっちゃけ、みんなを置いて還りたいなんて言ったら、レオノーレさんに刺されそうだ。おまけに、師匠にもどつきまわされる。そんで最後に御影先生のお説教。
 余程の理由があっても、こちらに残るよ。

「それで? どこの遺跡から行くの?」

 行っていいの? いいみたい。
 決断が早いなぁ。

「この町に大きなシェルターがあったことから、この町は当時もそれなりに大きな町だったと思う」

 ここからは考古学的な考察。

 たぶんだけど、立地的に交易の中継都市みたいな町だったんじゃないかな、というのが僕とロジーネさんの考え。
 途中から合流したウーテの意見は、この町は竜人族の国の端っこ。周辺の農村の中心都市というだけで、戦略的な価値は低いはず、というもの。

 どちらの意見も物証はない。

 しかし、平賀先輩のとこの軍師に周辺の地図を送ったところ、ここから北東の川辺に大規模な遺跡があると思う、と返ってきた。

「という経緯で、ここから北東に行って見ようと思います」
「大規模な遺跡、ですか……。あの辺りには町どころか集落もなかったはずですが……」
「シュイユエさんの故郷は、その辺りなの?」
「ええ。その川をもう少し東、下流に行くと町がありま……いえ、ありました」

 陸皇亀に潰された後、復興してるといいな。

「まずは、そこを目指そう」

 四者四様に頷き返す。
 こうして、僕たちの遺跡巡りが決定した。
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