一人では戦えない勇者

高橋

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10章

13話 シャイベ神聖王国へ

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 三日後、帝国に流入する馬車の列に逆らって、僕たちはシャイベ神聖王国に入国した。

 壁の向こうの町並みは、帝国が雑多な色なのに対して神聖王国は白を基調にしているようで、一見すると綺麗な町並みに見える。
 しかし、ちょっと路地裏に足を向けてみると、帝国と変わらないスラムの風景が広がる。

 国境を越えてすぐに、御影さんがスラムに孤児を拾いに行ってしまったので、女性一人では危険だろうと僕もついていくことにしたんだけど、よくよく考えたら、戦闘向きの性格ではないとはいえ彼女も神様だから、心配なかった。というか、ゴロツキが空を舞っている。

 御影さんの後ろをトコトコ歩きながらスラムを観察する。
 今までの町の中でも上位に入る貧しさだ。

「御影さん、どこに向かってるの?」
「奥。スラムの隅には、スラムの住人ですら拾わないごみ捨て場があるの」

 下水と一緒になってることが多いそうだ。

「御影さんは、聖地で縁たちがなにをするか知ってるの?」
「知ってるわよ。でも、教えない方が良さそうだから、聞かないでね」

 残念。
 御影さんも僕を甘やかす一人だから、もう少し粘れば教えてくれるかもしれない。
 でも、そうすると、ユリアーナ辺りが怒って僕の記憶を消そうとする。
 うん。聞かない。

 御影さんが足を止め、僕も遅れて横に並ぶ。
 そこには瓦礫が積み上げられていた。

「ああ、その可能性があったか」

 目の前の状況は、予想できたはずなのに、あり得ないこととして思考から除外していた。

 スラムのごみ捨て場は、無料のリサイクルショップでもある。
 捨てる者がいれば拾う者もいる。誰にも拾われない物が積み上がっていくわけだが、自分にとって不要でも、多くの物が誰かに拾われる。

「ごみ捨て場に赤ん坊が捨てられているってことは、それを拾う奴もいるってこと」
「残念だけど、拾って育てようと考える人は稀よ」

 御影さんの不快そうな表情から、そいつらは僕が想像している目的で拾っているのだろう。
 確認したくないけど、確認しないとな。
 産まれたばかりと思しき赤ん坊を拾い上げる背中に、問いかける。

「……食人?」

 御影さんは頷く。

 数百年前の勇者に、食った魔物のスキルをコピーできる勇者がいた。なんの勇者かは記録に残っていないが、この勇者、かなり色々とやらかしたようで、中域の各国でその名を歴史から抹消されている。
 しかし、書物に名前は残らなくても、民間伝承のように口伝で現代まで伝わっている。ただし、間違った内容が。
 その内容というのが、「人を食うとその人のスキルを奪える」と歪められて伝わった。
 そして、それが更に「赤ん坊を食べるとその子が将来取得するスキルを奪える」に歪んで伝えられてしまった。

「人は見たい物を見て聞きたいことを聞く、だっけ? この世界ではスキルの取得ってそんなに重要なのかね?」
「神聖王国では、スキルを持たない長男は貴族の家を継げないそうよ」

 それが帝国に伝わり広まると、ベンケン王国の一部でもそういう風潮となり、スラムの子供が狙われることがしばしばあったそうだ。
 現代ではただの都市伝説だって認識されてるけど、それでもスキルを取得できずに悩んで溺れている貴族の子供にとっては、縋り付きたくなる藁なんだとか。

「貴族がわざわざ拾いに来るの?」
「拾うのはスラムの大人よ。予めスキルを持たない貴族の情報を集めておいて、捨てられた赤ん坊を見つけたらそこに売る。そういう商売をしている人がいるのよ」
「胸糞悪いな」
「古文の教師としては、そういう汚い言葉を子供たちの前で使わないで欲しいわ」

 子供はすぐに真似するからね。

「でも、気持ちはわかる。私も胸糞悪いわ」

 僕を見る御影さんの笑顔は、どこか悲しそうに見える。

 「俺達の国では、子供が捨てられない国にしないとね」と、当たり前の理想を口にしそうになったけど、それをグッと堪える。
 そんなのは、日本でも実現できてない理想だ。幻想と言ってもいいレベル。
 しかし、御影さんを始めとする神々が既に動き出しているんだ。僕が言葉にしなくてもやってくれるだろう。

「俺にできることなら、手伝うよ」

 だから、僕は手伝うだけでいい。これも当たり前のことだから言う必要はなかったかも。

「ありがとう」

 御影さんは、柔らかく微笑み返してくれた。

「その子の名前は会議で?」

 名前のない子供を拾ってきた時は、会議が開かれ、そこで名前が決まる。

「孫一さんには命名権はないわよ」

 知ってる。その会議、呼ばれたことないもん。

「そういえば、大森林で拾った子供は一人だけだって?」
「ええ。イヴェットさんと同じで、最初の契約精霊が火の精霊だったの」

 他にも孤児はいたけど、彼らで育てられそうなので放置した、と聞いた。

「大丈夫そう? 馴染んでる?」
「ええ。大丈夫よ。ダメなのは、大森林に残った連中ね。しばらくは大変だと思うわ」
「なんか問題あったっけ?」
「〈支援魔法〉のパスを切ったでしょ? しばらくは孤独感を感じ続けるわ」

 ああ、あれか。僕は感じたことがないけど、唐突に切られると泣くレベルらしい。
 少数であるが、僕に依存している一部の人たちは、下手すると自殺するレベルだ。

「案外、人恋しくなって、今頃は夫婦で励んで子供が沢山産まれるかも?」
「大森林は百年単位で少子化だから、ちょうどいいかもしれないわね」

 子供、少なかったよねぇ。
 まあ、成人年齢に成長しても見た目が中学生から高校生くらいだから、視界に入っても気付いていなかっただけ、って可能性もある。

「ん。次はあっちね」
「どうやって探してるの?」
「今度は捨て子じゃないわよ。孤児が集まってるようだから、そちらに、ね」

 赤ん坊をあやしながら歩く御影さんに続く。

「そういえば、帝都で拾ってきた孤児って、なんて言って引き取ったの?」

 帝都の孤児の大半は、僕たちに親を殺された子供のはずだ。

「帝都の孤児院にいた子供たちを全員引き取って、そこに私たちが作った孤児を入れたの。それでも孤児院が足りなくて、近隣の町の孤児院でも同じようにしたわ」

 孤児院の人には感謝されたそうだ。見返りこそ求めてないが、マッチポンプだよね。

「その割りに、帝都で拾った子供、少なかったような気がする」
「色欲に流されはしたけれど、先帝は結構優秀だったのよ」

 例えば、軍人家族への遺族年金はベンケン王国より多かったり、内政面では帝国南部の穀倉地帯の大規模な治水工事だったり、勅命を乱発する悪癖はあったけれど、どれも理に適っているので、臣下からの評価も高かった。

「惜しい人物を亡くした」

 白々しく遠い目をする。



 スラムを一回りする頃には、僕と御影さんの後ろに子供たちの行列ができていた。

「スラムの荒れっぷりの割りに、非合法な組織が少なかったね」
「そうね。国境の町だから?」
「むしろ、国境の町の方が、そういった組織が多いと思ってた」
「すぐに隣国に逃げ込めるから?」

 首肯する。前を歩く御影さんには見えてないだろうけど、気配でわかると思う。

「逆ね。逃げ込まれるから、そういった組織に首輪を付けて制御しているのよ」

 国家機密を持っているような、逃がしちゃ不味い奴が組織を頼った時のために、平時はある程度の自由を与えているらしい。
 勿論、組織が調子に乗ったら潰せるだけの戦力を常駐させているのが前提になるが、現在のこの町には、陸皇亀のせいで駐留軍が少ない。

「神聖王国は、陸皇亀を討伐するつもり?」
「ウーテちゃんが言うには、陸皇亀に対する危機感がないそうよ」

 元々は南域の魔物。その後、東域に移ったが、神聖王国では、東域の情報があまり入ってこないそうだ。
 なので、陸皇亀の力を見誤った貴族連中がやる気になっている。

「また孤児が増えるねぇ」
「かと言って、正規軍に横槍を入れるのも、争いの元になりそうよ」

 結果、僕たちと戦って、孤児が増えるかもしれない。

「引き際を間違わないでもらいたいね」
「ええ。本当に」

 神様の切実な願いだ。

「まあ、神聖王国の先発隊は、そろそろ陸皇亀と接触する頃なんだけどね」
「今から横槍を入れようにも、手遅れでしょうね」

 やろうと思えば間に合うけどね。竜部隊とか。翼部隊とか。樹部隊もギリギリ間に合いそう。

「明日からは、急いだ方が良さそうだな」
「間に合わせるの?」
「無理矢理割り込んで、世界樹だけでも回収したい」

 むしろ、孤児が増えることより、世界樹の方が大事。

「今回は、世界樹を最優先にしよう」
「そう」

 声の感じからすると、その結果、孤児が沢山生まれるのをわかっているんだろう。

「まずは、みんなと相談してからだけどね」

 悲しそうな顔を見たくないので、中途半端なフォローをする。
 そんな僕の中途半端なフォローにも、笑顔を見せてくれた。
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