一人では戦えない勇者

高橋

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10章

12話 国境の町

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 やっと、大森林での用事が全て終わった。
 長かったなぁ。約二年? 森は当分いいかなぁ。

 森神族も改心という名の洗脳で、森人族と名乗るようになった。
 大森林、というか、世界樹の管理は元森神族の最年長に任せ、他の連中は、レベリングが終わった者から、今まで通り大森林の各地に散ってもらう。
 そんで、ダンジョンができたらすぐに討伐できる体制を作らせた。
 あと、忘れかけていたけど、彼らに預けていたダンジョンコアは、いつの間にかユリアーナが回収していた。

 これで、大森林の問題は解決。それはつまり、世界にマナを供給する世界樹の問題も解決したわけで、つまりつまり、世界を救ったと言っても過言ではないのではないだろうか。……過言か。やりたい放題しただけですね。
 傭兵団って褒められないよねぇ。別に褒められたくて傭兵団を始めたわけではないのだけれども、少しくらいは褒められたい。
 僕の中にも承認欲求があったんだな。これじゃあ、真弘のことを言えない。

「マゴイチ、行けるよ」

 ユリアーナの声に振り向くと、さっきまで拠点があった場所には馬車が数十台並んでいた。

「ん。ほんじゃあ、行こうか」

 股下の松風の首をポンと叩くと、僕が思い描いたように翔んでくれる。
 ユリアーナたちも後に続き、馬車も空に浮かぶ。

「大森林を抜けるのに空を飛んだ方が早い、ってのは理解できるけど……異様な光景だな」

 スレイプニルに牽かせた馬車が、沢山、空を飛んでいる。

「ファンタジーっちゃあ、ファンタジーなんだけどね」

 魔法が存在する世界ならではだ。

「これなら今日中に帝国領に入れる」
「入国申請はどうする?」
「出国申請してないから、私たちはまだ、帝国内にいることになってるわ」

 ああ、そうか。帝国の言い分は、大森林も帝国の領土、だっけ。
 この辺りの法解釈は時代によって違うそうだけど、僕たちに喧嘩を売ったあの皇帝はイケイケだったので、大森林を帝国領として扱っていた。今はどうなんだろう?

「すぐにシャイベ神聖王国に行くんだから、堂々と通り抜けて、ダメだったらその時に考えましょ」

 毎度お馴染みの行き当たりばったり。
 今、思い付くのは、帝国がしつこく絡んでくると、ユリアーナがまたキレちゃうから、そうなる前に大森林に戻って、大森林経由で神聖王国入りする。こんな所だろう。

「そういえば、元森神族からなんかの種を貰ったんだけど、なにかわかる?」

 ユリアーナが「ん」と手を差し出すので、ポケットから出した胡桃サイズの種を放り投げる。
 受け取った種を一目見て、ユリアーナが驚愕する。

「世界樹の種じゃないの!」
「え? マジで?」

 世界樹も、花を咲かせるし実をつけるし種もある。
 けど、滅多に花を咲かせないし実もつけないし種もならない。

「これ、どうすんの?」
「んー、とりあえず『幻想農園』である程度育てて、西大陸の真ん中に植える、かなぁ」

 他の使い道は……『幻想農園』で、そのまま世界樹にして、あの空間にマナを供給してもらうくらいしか思いつかない。

「芽が出るまで時間がかかりそうだから、とりあえず、ヘルミーネかターレに渡しといて」

 農業班の二人に任せよう。

「千年以上前の種だから死んでるのかも知れないけど、世界樹の種だから、たぶん、発芽の条件を満たしてないだけで生きてると思う」

 というか、樹神によって創られたのだから、神の手が加わらないと発芽しないのかも。
 うちには【樹神】はいないので……【農業神】のヘルミーネとターレなら、やってくれるだろう。



 帝国に戻ってイケオジ商爵に挨拶したら、領主との食事会をセッティングされてしまった。

 伯爵との食事は、特になにもなかった。
 ただ顔合わせしただけ。僕らも伯爵もお互いになにかを要求することもなく、互いの近況を交換しただけだ。それで充分。
 厄介事はなにもなかったが、猫部隊でも掴めていない帝国内の裏事情を知れた。
 それによると、皇帝が病に倒れたそうだ。
 で、現在は、宰相である皇弟が実権を握っているんだとか。皇帝が倒れたのは、間違いなく皇弟の仕業だろう。
 と思ったら、過労で倒れたんだそうだ。先帝と違って、真面目な人なんだね。



 食事会の翌日に、帝国の西にあるシャイベ神聖王国へ向かう。

 急いでいないので、国境の町まで三日かかった。
 この三日間の間に盗賊団の襲撃が五回あったんだけど、本物の盗賊団は一回だけ。他は全部帝国貴族の私兵だ。
 僕たちに恨みを持つ貴族は多く、大森林から出てくるのを待っていたようだ。
 さすがに二年近く待ち続けた猛者はいなくて、大森林周辺の彼らの情報網に僕たちが引っ掛かり、近隣の恨みを持つ貴族たちが私兵を集めて襲撃したらしい。

 音頭を取ったのは、なんたら公爵とかいうおっさんで、古くは帝室の流れをくむ血筋なんだとか。
 おっさんが僕らを恨む理由は、愛人の美少年が僕たちとの戦争で戦死したからだそうだ。
 愛する人のため。それなら仕方ないなぁ、と思っていたら、ユリアーナに「病死してもらった」と言われた。
 人を許す時の判断は、早くしないといけない。僕は学んだよ。



 国境の町は、二つの町がくっついたような作りになっていた。
 分断時代のベルリンってこんな感じだったのかも。
 町を包む城壁とは別に、町中を南北に二重の城壁が区切っている。

 申請のため、ユリアーナと並んで町中を歩くと視線が集まる。

「傭兵団の出入国申請って、面倒だよなぁ」
「国に属さない武装集団がホイホイ国境を越えちゃったら、住民が不安に思うでしょ」

 それもそうだ。

「国境の割に、行商人が少ないように見えるけど、気のせいかな?」
「たぶん、盗賊団のせいじゃないかしら」
「本業の?」

 貴族の私兵も、僕たちを追いながら盗賊行為をしていた。

「本業の方。私兵の方は、街道から離れた村を襲って略奪してたけど、本業の方は、街道の荷馬車を襲ってたから、流通が滞ってたのよ」

 普通は正規軍か貴族の私兵が討伐するはずの盗賊団を放置していたのは、僕たちを見つけやすくするためか?
 いや、何年も前から放置するのはおかしいな。単純に、財政難で討伐費用を捻出できなかった?

「あ、あれね。領主館。イケオジ商爵の紹介状があるから、申請は通るはずよ」
「あのオジ様、そんなに影響力があるの?」
「違う。ここの領主がイケオジに借金してるだけよ」

 なら、しゃあない。貴族であっても、担保の領地を握られたら弱い。

 城壁近くにある領主館の中は、質素だった。
 紹介状と一緒に申請書を出したら、すぐに領主の承認印付きで帰ってきた。
 ちょっと拍子抜け。
 明日以降、人員確認のために文官が派遣されるとのこと。
 拾った孤児が多いから、前より時間がかかるかも。一日では終わらないだろうな。

 領主館から出ると、国境の壁の城門から、行商人らしき荷馬車が列をなして出てきた。
 皆、一様に慌てているように見える。

「なにかあったのかな?」

 呼び止めるにしても列は続いている。止めるわけにはいかないか。
 そう思っていたら、ユリアーナが荷馬車に飛び乗ってしまった。

 はぐれたらその場で待機。
 そう言い含められていたので、道の端に寄り、置いてあった木箱に座る。しばらく、ボンヤリと荷馬車の列を眺めて過ごす。
 まあ、はぐれたって言っても、はぐれたのはユリアーナとだけ。見えてないだけで、横には頼もしいマーヤがいるはずだから不安はない。

「ウーテからの報告で、なにがあったか予想はできてるんだよね」

 仮面を被って、昨日見た報告書を改めて見る。
 ……ユリアーナもこの報告書を見てるはずなんだけど……忘れたのかな?

 荷馬車が向かう先から、ユリアーナがトボトボとした足取りで戻ってくる。耳と尻尾も悲しげだ。

「ウーテの報告書、思い出した?」
「覚えてるなら言ってよ」

 言う前に、飛び乗って行ってしまったんだよ。

「で? やっぱ、陸皇亀が原因だった?」
「うん」

 僕たちがこの世界に召喚されたばかりの頃に聞いた話だと、陸皇亀は大陸の東域にいる、という話だった。
 実際には、東域から南域に移動していて、僕たちが大森林にいる二年ほどで南域を西進し、最近、急に北上し出して、現在は、ちょうど中域の西辺り、シャイベ神聖王国の南にある都市国家群を北上中だ。
 このまま行くと、あと数日でシャイベ神聖王国に入ると思われる。

「それで、商人が慌てて逃げ出してるわけだけど……行商人っぽいのばかりで、豪商は……いないっぽい?」
「この行商人たちは豪商に雇われていて、先に人材と物資を運んで、帝国での足場を作る、とかじゃないかしら」

 それ、ありそうだな。
 でも、こんなに沢山の行商人が入国したってことは、逃げようとしている豪商もそれなりにいるってことだ。
 陸皇亀の被害から復興するのに、豪商たちの流通ルートが必要になるだろうに、逃げちゃって大丈夫なのかねぇ。

「ナルハヤで国境を越えたいね」
「陸皇亀から神聖王国を守って、依頼料をガッポリ?」
「うんにゃ。勝手に討伐して、陸皇亀の背中の世界樹をいただいちゃおう」

 依頼であれば、契約内容によっては、世界樹を依頼人に譲らなければいけなくなるかもしれない。まあ、イルムヒルデが交渉すれば、そんなヘマをするとは思えないけど。
 それでも、難癖つけてくると思う。ワンチャン、枝の一本でも手に入れば、依頼料を越える大儲けになるだろうからね。

「予定では、神聖王国は素通りで、その西端にある聖地に行くんだったよね?」

 なんの用で行くのかは聞かされていない。

「うん。聖地からなら、アガテーがいる空間に行けそうだからね」
「アガテーになんか用でも?」
「用、ってか……命が欲しい?」

 そんな可愛く首を傾げられてもね。

「なんで命?」
「ユカリたちが進めてる研究で、神の核である永久原子が必要になってね」
「なんか物騒な研究してるな。てか、それ、団の予算に入ってる?」

 縁が研究してるなら、研究リストに入ってるはず。でも、僕には見覚えがない。

「アガテーを殺らないとダメなの?」
「みたいね」
「ユリアーナは、把握してるの?」
「まあ、少し噛んでるわね」
「聞いたら教えてくれる?」

 ユリアーナは、人差し指を口に当て。

「教えない。てか、教えない方が面白そう」

 楽しそうな笑顔でなにより。

 町の外の野営地に戻って、縁とマーヤにも聞いてみたけど、教えてくれなかった。
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