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9章
5話 いもしない巨乳エルフより側にいる男の娘の方がいい
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ベルーナ村のダンジョン討伐は一日で終わった。
ハーロルトたちのダンジョン討伐体験ツアーのついでに、一つのダンジョンが終わった。
まあ、子供の護衛をしながらの討伐なんて、浅いダンジョンだからできたことだ。そう何度もできることじゃない。
と、思っていたら、大森林にはここより浅いダンジョンが結構あるらしい。
討伐を担当したシャルたちに触発されたのか、ハーロルトが「次は自分たちだけで討伐する」と息巻いていた。
二十階層までのダンジョンであれば、頑張れば討伐できる実力があるそうだから、挑戦させるのもいいかもしれない。
そのハーロルトたちのパーティは、翌日の現在、ユリアーナにボコられている。
あ、ヴィンツェンツがダウンした。
あーあー、指揮している奴が落ちると一気に崩れるなぁ。
「んー、まだ、あいつらだけでダンジョン討伐は不安だね」
隣の御影さんも同意する。
すっかり回復した御影さんと恋人繋ぎで散歩していたら、ハーロルトたちが稽古中で、どれくらい強くなったのか確認のために見学することになったんだけど、結果は手も足も出ずに惨敗。
彼らだけでダンジョン討伐は、まだ早そうだ。
「ま、手頃なダンジョンが見つかった時に、みんなで相談しよう」
「ええ。それまでには充分強くなってるでしょう」
神々が鍛えてるんだ。強くならない方がおかしい。
稽古場を後にして、拠点内を二人でブラブラ歩く。
「娯楽施設がないなぁ」
前にボーリング場を造ったけど、みんな身体能力も神様だから、通常のルールでは楽しめなかった。
かといって、子供専用にするにはボールが重すぎるしレーンが長すぎる。ならば、と、子供用のボーリング場にしたら、出来上がる頃には子供たちは飽きて、興味が他に移っていた。
予算を遣り繰りしてくれたイルムヒルデが、頭を抱えていたよ。
「結局、広場が一番喜ばれる」
右手の広場に、巨大な白蛇のマゴロクを遊具にして遊ぶ子供たちと海歌がいる。
マゴロク……怖くないんだ。すげぇな子供。
「広場じゃなくて、巨大な魔物が喜ばれてるわね」
「ゴ○ラみたいな感じなのかな?」
「空想と現実を並べられても……」
まあ、実際に日本にゴ○ラが現れたら、映画の通りに自衛隊が出張るだろうから、こんな風に子供が遊具代わりにすることはないんだろうね。
「でも、マゴロクたちのお陰で箱物行政をやらずに済んでるのは、助かってる」
「それでも、いずれは、なんらかの娯楽施設が必要になると思うわ」
魔物狩りが娯楽になってしまうのは、子供の教育に良くない気がする。これって、平和な日本の感覚なのかな?
「そういえば、森人族との交渉は諦めたのかしら?」
「そうみたいだね。ユリアーナ、面倒になったのかね」
僕と御影さんは森人族との交渉から外されているので、議事録でしか知らされていない。
「孫一さんは、そろそろ仕事に復帰した方がいいわよ」
ここ数日は、御影さんに付きっきりだった。
普段はあまり見せない甘々な御影さんも可愛かった。
「もう大丈夫そう?」
「ええ。しっかり甘えさせてもらいましたから」
「うん。可愛かった」
その照れ顔もね。
*
精神的に不安定だった御影さんが快方に向かったので、ユリアーナになにか手伝えることはないか聞いてみたら、キッパリと「ない」と、言われてしまった。
僕は仕事から解放されたよ。
と思っていたら、書類に玉璽をポンする簡単で退屈なお仕事が待っていた。
まあ、イルムヒルデがチェックした書類に不備はないから、本当にポンするだけでもいいんだけど、団長としての責任と義務で、それをするわけにはいかない、と自らを叱咤して……疲れた。
なに、この書類の山。減らねぇぞ。
ほんの三日程でこんなに積まれるもんなの? 山脈なの?
「マゴイチ君、手が止まってるよ」
優しい笑顔のベアトが山脈越しに続きを促す。
彼女も、自分の執務机に積み上がった書類と格闘中だ。
優しい笑顔だけど、その内心は「さっさとやれ」だろう。
言うだけ言って書類に向ける顔は、笑っていない。
ベアトの対面のミーネは、鋭い目付きでソロバンを弾いている。
縁が電卓を作ったのに、「こちらの方が使いやすい」とのことで、この姉妹はソロバンを愛用している。
「ねえ。やっぱり、団内の書類を電子化しない?」
提案してみると、二人は作業を止めて僕を見る。
「マゴイチ君。これでも電子化してるんだよ」
「団外に提出する書類以外は電子化済みです」
なんでも、大森林には村が沢山あって、周辺にある数十の村と同時に交渉していたら、こんな書類の山脈ができあがってしまったんだとか。
「事、交渉や調整において、イルムヒルデ様が優秀すぎるのが悪い」
「マゴイチ君が思ってる以上に、イルムヒルデ様は突っ走ってしまうのよ」
「イルムヒルデって、縁と同じで誰かが手綱を握ってないとダメな子なの?」
「方向性は違うけど、同類ね」
「誰と誰が同類ですって?」
キメ顔ベアトの後ろに、いつの間にかイルムヒルデがいた。こわっ!
「い、い、イルムヒルデ様? いつからそこに?」
「たった今、ですよ。わたくしとユカリ様がどうとか」
それ言ったの僕です。
ベアトはキメ顔で同意して、ミーネは作業をしながら頷いてただけなんです。だから、二人を怒らないで……とは言わない。矛先が僕に向かうから。
ベアトの危機を回避する名案がないか、ミーネに目配せすると、そもそも目が合わない。こいつ、妹を見捨てる気だな。
だが、僕は妻を見捨てないぞ。
「イルムヒルデは縁と同じくらい優秀だって話をしていたんだよ」
「まあ、嬉しいです。でも、それは褒めすぎですよ」
誤魔化せた?
畳み掛けよう。
側に寄って頭を撫でる。
「そんなことはない。縁のような万能型ではないけど、交渉において、うちでは抜きん出ているよ」
あ、凄く嬉しそう。ユリアーナだったら尻尾をグルングルン回してる。
機嫌が良くなったし、ちょっと突っ込んだことを言ってみようか。
「だから、縁とイルムヒルデが回りを見ずに突っ走ると、誰もついてこれなくなっちゃうんだ」
「そう、なのですか?」
首肯する。
「事務班の半数が休暇中だから、抑えめに仕事して丁度いいと思うよ」
二日前から、マクシーネとリカルダとラーエルがダンジョン討伐に行ってしまい、書類仕事がシェーンシュテット姉妹に集中している。
なんか、自身を鍛え直したいんだとか。有給休暇を使って、近場にある調査済みのダンジョンを討伐しに行ってしまった。
「では、彼女たちの休暇申請を許可したマゴイチ様に頑張ってもらいましょうね」
あれ? イルムヒルデ?
皺寄せが僕に来るよ。
この後、積み上がった書類が増えた。
*
ブラック企業並みの仕事量になったので、狐部隊を巻き込むことにしたら、主に瞳子の活躍で、夕飯前に書類の山脈が消えた。
妊婦に任せる仕事量じゃないけど、普通にこなしていたよ。
そんなわけで、残業を覚悟していたのに夕食後に暇な時間ができてしまった。
大森林には沢山の川が流れているので夜釣りと洒落込みたいのだけど、大森林に自生している野菜と同じで、勝手に釣糸を垂らすわけにはいかない。
ミーネが作ってくれた新しいロッドは、大森林を出るまで出番がなさそうだ。
拠点上空に浮かぶ疑似太陽が光量を落とす。
これ、でっかい天幕の中なんだよね。
拠点の入り口までの長く真っ直ぐな舗装路だ。そこをテクテク歩くだけで食後の運動としては充分なんだろうけど、ちょっと外の様子が気になって、もう少し足を伸ばすことにした。
天幕の出入り口から出ると、シーサーみたいにハクウンとコクウンが左右に座っていた。
シーサー以上の魔除け効果がありそうだ。
大森林特有の濃い森の匂いを肺に吸い込む。
外に出るのは久し振りな気がする。
夜の森は太陽光と縁遠いものの、縁が造った疑似太陽光しか浴びていないので、木々の隙間から差す自然の月光に癒される。
まあ、この空にある月も、地球の回りをグルグルしてる月と違って、魔道具に近い物らしいから、限りなく太陽に近い光を発する魔道具の疑似太陽でも同じなんだろうけど、遥か空の上にある光源と、天幕の天井に浮いてる光源では、安心感というか信頼感が違うのだろう。これってプラシーボ効果なのかね?
ああ、でも、会ったことのない神様が創った月より、縁が造った疑似太陽の方が信頼できそうだな。
これはプラシーボ効果ではなく、実績による信頼だ。時々、揺らぐけど。
「……十人くらいか?」
誰にともなく呟く。
大森林の魔力が邪魔で正確に把握できないけど、木々の向こうから十人前後の集団がこちらの様子を窺っている。
仮面を被って索敵アプリを起動しようとして、メッセージに気づく。
メッセージは、一言、「十二人だよ」と。
「マルゴか」
隣には、緊縛エロフで唯一の傭兵経験者であるマルゴが立っていた。
「……」
相変わらず無口だ。
メッセージアプリではよく喋るんだけど……あと、ベッドでの声はデカい。それと、可愛いアニメ声。
キリッとした見た目とは裏腹に、実はかなりの人見知りで、人と目が合った状態ではまともに声を出せない。
メッセージが来た。なになに、「殺ろうか? 殺っちゃう? 殺っていい?」って、なんで殺る気に満ち溢れてるの?
「向こうから仕掛けてきたら、捕縛で。殺しちゃダメだよ」
『どうしても? 今なら確実に殺れるよ?』
「どうしても。今じゃなくても殺れるから、殺らなくていいの」
『大森林に住んでる森人族は、基本、他種族を劣等種だと思ってるようなイタい連中だよ? 滅びても問題ないって』
「連中に、なんか恨みでもあるの? マルゴって、大森林生まれじゃないよね?」
『違うよ。両親が大森林生まれ。理由は知らないけど追放されたことを恨み続けてた。たぶん、自分たちに理由があったんだと思う』
「どうして?」
『悪意もなく、誰彼構わず喧嘩売る人たちだったから』
天然で尊大な人たちだったわけね。
「両親の人格形成の原因は大森林にある、と?」
『昔のベレニスも、私の両親みたいな言動をしてたって、ジョスリーヌが言ってた』
ジョスリーヌは、彼女たちが所属していたクラン『翠緑の戦乙女』のサブリーダーで一番の古株だ。ベレニスの黒歴史に詳しいだろう。
「マルゴと出会った頃には丸くなってた?」
『うん。でも、マリアンヌの方がヤバくなってた』
祝福の子であるマリアンヌの方が、他者を見下していたらしい。今は縛られて吊るされるのも、縛られて踏まれるのも好きな変態さんだ。
「そういえば、マリアンヌはどうしてる?」
神を自称する森神族と同じ髪色の祝福の子は、追放された者の子供であっても大森林に迎え入れられる。むしろ、無理にでも自分たちの村に引き入れようとするだろう。
絶対に厄介なことになるだろうから、大森林ではマリアンヌの髪を見られないようしている。
『子供たちに緊縛の素晴らしさを教えようとして、ミカゲ様に怒られてた』
そりゃあ怒られるよ。
「連中、マリアンヌを利用しようとするかな?」
『する。たぶん。私の両親と同じ考え方なら、利用する』
んー、うちでは大森林生まれの大森林育ちって少ないから、思考を推測しようにもサンプルがないんだよね。
『それと、マリアンヌはお世辞を真に受ける残念な子だから、利用される』
あー、うん。知ってる。
確実に、ホイホイ付いて行っちゃうだろうね。
『いい機会だから、マリアンヌを孕ませたら?』
「そんな都合良くデキないよ」
異種族間は妊娠しにくい。
獣人種は比較的妊娠しやすいけど、妖精種は同族でも妊娠しにくい。
そもそも、森人族と飛翼族の生理周期は一年前後だ。
年に一週間くらいしか妊娠のチャンスがない。うちでは、生理周期を操作するスキルを使用して、ほぼ毎回妊娠できるようにしているけどね。
にも拘らず、うちで妊娠している妖精種は、ロクサーヌ、フルール親子とイレーヌ、イヴェット親子だけだ。
『マリアンヌは乗り気みたいだよ』
「マリアンヌはいつでも乗り気だろ」
マリアンヌだけじゃなく、森人族の妻は全員、いつでも乗り気だ。勿論、マルゴも。
「あ、そうだ。マルゴってさ、中域のあちこちに行ったことがあるんでしょ?」
冒険者になって『翠緑の戦乙女』に入る前は、個人傭兵としてあちこちを転戦していたらしい。
『行ったことがあるのは、公国より西。一番多いのは、シャイベ神聖王国の西にある都市国家連合。三百年ほど前は、あの辺りは戦乱の真っ只中だったから、稼がせてもらったよ』
三百年? そういえば、マルゴの年齢って知らないや。
『都市国家連合は、いろんな国があって面白かったわ』
「いろんな国を渡ってさ、いろんな同族にも会ってきたわけだよね?」
『そうね』
「巨乳の森人族っていた?」
『……【風の勇者】ね?』
プンスコしてるスタンプ付き。
「うん。今日も、隠密行動で村を調査してるみたいだね」
矢萩君ほどではないが、八神君も隠密行動が上手い。うちの奥様方には通用しないけど、少なくとも、大森林の森人族に、彼の姿を捉えられる者はいないだろう。
『私の知る限り、巨乳エルフは存在しない。でも、砂人族は、みんな巨乳だった』
「銀髪巨乳ダークエルフか……」
有りだな。有りだけど、声には出さない。
『顔が“有りだな”って言ってる』
仮面越しなのに、なぜわかる。
「八神君も有りみたいなこと言ってたよ」
なんか遠回しに言ってた。
「しばらくは放っておいてあげて」
彼自身も森人族に巨乳がいないことに気づいている。だから、ちゃんと諦めがついたら、砂人族狙いに宗旨変えするだろう。
『ああ、噂をすれば、ってやつだね』
なんのことかわからなかったが、不自然な空間が近づいてくる。なんというか、人がいるような気がするのに、そこにはなにもいない空間、と言えばいいのか? 言語化が難しい。
ともかく、誰かが近づいている。
まあ、前後の文脈から、候補は一人だよね。
「八神君?」
「ん、バレたか。って、あんまり驚いてない!」
「そりゃあね。矢萩君レベルだったら驚くけど、八神君は、そこに何かいるのがわかるから」
引き合いに出す相手が、神様にも気づかれないレベルだから、八神君もそんなに落ち込まない。「そっかぁ」とわざとらしく天を仰ぐだけ。
「で? 団長殿。あの連中は放置でござるか?」
八神君が森の奥に視線を向ける。
「うん。メンドイから放置。仕掛けてきたらやり返す。あと、口調を統一しようよ」
八神君は、いろんなアニメキャラの口調を、その時の気分で変える。せめて使い分けてくれると、こちらもどういう気分なのか察せるんだけど……。
「まあ、いいけどね。それで? そっちの成果は?」
たぶん、成果はない。わかっていても聞いてみる。
八神君は僕の期待通り首を横に振った。
「銅山君じゃダメなの?」
「腐界に踏み込む勇気はちょっと……」
「いやいや。銅山君と付き合うことになっても、腐界の住人になるわけじゃないでしょ」
「そうなんだが……なんというか、出会った時から銅山氏は同姓の可愛い後輩で、それ以上でも以下でもないというか……」
素の八神君はウジウジオタクだ。
「彼は、八神君のためにこちらに残ったんだ。付き合うにしろ断るにしろ、ちゃんと真摯に向き合って答えを言葉にして伝えるべきだよ」
「……キープは?」
「俺が言うなって話だけど、クズいな」
自分ルールを盾にして、十八歳未満の子をキープしてる僕が言っても説得力はない。
「まあ、巨乳エルフを探す時間はあるんだし、ゆっくり考えてみるといいよ」
ありもしない幻想を探すよりは、男の娘と付き合う時間の方が有意義になる。
まあ、だからといって、巨乳エルフより男の娘の方がいいと言えるようになるかはわからないけどね。
ハーロルトたちのダンジョン討伐体験ツアーのついでに、一つのダンジョンが終わった。
まあ、子供の護衛をしながらの討伐なんて、浅いダンジョンだからできたことだ。そう何度もできることじゃない。
と、思っていたら、大森林にはここより浅いダンジョンが結構あるらしい。
討伐を担当したシャルたちに触発されたのか、ハーロルトが「次は自分たちだけで討伐する」と息巻いていた。
二十階層までのダンジョンであれば、頑張れば討伐できる実力があるそうだから、挑戦させるのもいいかもしれない。
そのハーロルトたちのパーティは、翌日の現在、ユリアーナにボコられている。
あ、ヴィンツェンツがダウンした。
あーあー、指揮している奴が落ちると一気に崩れるなぁ。
「んー、まだ、あいつらだけでダンジョン討伐は不安だね」
隣の御影さんも同意する。
すっかり回復した御影さんと恋人繋ぎで散歩していたら、ハーロルトたちが稽古中で、どれくらい強くなったのか確認のために見学することになったんだけど、結果は手も足も出ずに惨敗。
彼らだけでダンジョン討伐は、まだ早そうだ。
「ま、手頃なダンジョンが見つかった時に、みんなで相談しよう」
「ええ。それまでには充分強くなってるでしょう」
神々が鍛えてるんだ。強くならない方がおかしい。
稽古場を後にして、拠点内を二人でブラブラ歩く。
「娯楽施設がないなぁ」
前にボーリング場を造ったけど、みんな身体能力も神様だから、通常のルールでは楽しめなかった。
かといって、子供専用にするにはボールが重すぎるしレーンが長すぎる。ならば、と、子供用のボーリング場にしたら、出来上がる頃には子供たちは飽きて、興味が他に移っていた。
予算を遣り繰りしてくれたイルムヒルデが、頭を抱えていたよ。
「結局、広場が一番喜ばれる」
右手の広場に、巨大な白蛇のマゴロクを遊具にして遊ぶ子供たちと海歌がいる。
マゴロク……怖くないんだ。すげぇな子供。
「広場じゃなくて、巨大な魔物が喜ばれてるわね」
「ゴ○ラみたいな感じなのかな?」
「空想と現実を並べられても……」
まあ、実際に日本にゴ○ラが現れたら、映画の通りに自衛隊が出張るだろうから、こんな風に子供が遊具代わりにすることはないんだろうね。
「でも、マゴロクたちのお陰で箱物行政をやらずに済んでるのは、助かってる」
「それでも、いずれは、なんらかの娯楽施設が必要になると思うわ」
魔物狩りが娯楽になってしまうのは、子供の教育に良くない気がする。これって、平和な日本の感覚なのかな?
「そういえば、森人族との交渉は諦めたのかしら?」
「そうみたいだね。ユリアーナ、面倒になったのかね」
僕と御影さんは森人族との交渉から外されているので、議事録でしか知らされていない。
「孫一さんは、そろそろ仕事に復帰した方がいいわよ」
ここ数日は、御影さんに付きっきりだった。
普段はあまり見せない甘々な御影さんも可愛かった。
「もう大丈夫そう?」
「ええ。しっかり甘えさせてもらいましたから」
「うん。可愛かった」
その照れ顔もね。
*
精神的に不安定だった御影さんが快方に向かったので、ユリアーナになにか手伝えることはないか聞いてみたら、キッパリと「ない」と、言われてしまった。
僕は仕事から解放されたよ。
と思っていたら、書類に玉璽をポンする簡単で退屈なお仕事が待っていた。
まあ、イルムヒルデがチェックした書類に不備はないから、本当にポンするだけでもいいんだけど、団長としての責任と義務で、それをするわけにはいかない、と自らを叱咤して……疲れた。
なに、この書類の山。減らねぇぞ。
ほんの三日程でこんなに積まれるもんなの? 山脈なの?
「マゴイチ君、手が止まってるよ」
優しい笑顔のベアトが山脈越しに続きを促す。
彼女も、自分の執務机に積み上がった書類と格闘中だ。
優しい笑顔だけど、その内心は「さっさとやれ」だろう。
言うだけ言って書類に向ける顔は、笑っていない。
ベアトの対面のミーネは、鋭い目付きでソロバンを弾いている。
縁が電卓を作ったのに、「こちらの方が使いやすい」とのことで、この姉妹はソロバンを愛用している。
「ねえ。やっぱり、団内の書類を電子化しない?」
提案してみると、二人は作業を止めて僕を見る。
「マゴイチ君。これでも電子化してるんだよ」
「団外に提出する書類以外は電子化済みです」
なんでも、大森林には村が沢山あって、周辺にある数十の村と同時に交渉していたら、こんな書類の山脈ができあがってしまったんだとか。
「事、交渉や調整において、イルムヒルデ様が優秀すぎるのが悪い」
「マゴイチ君が思ってる以上に、イルムヒルデ様は突っ走ってしまうのよ」
「イルムヒルデって、縁と同じで誰かが手綱を握ってないとダメな子なの?」
「方向性は違うけど、同類ね」
「誰と誰が同類ですって?」
キメ顔ベアトの後ろに、いつの間にかイルムヒルデがいた。こわっ!
「い、い、イルムヒルデ様? いつからそこに?」
「たった今、ですよ。わたくしとユカリ様がどうとか」
それ言ったの僕です。
ベアトはキメ顔で同意して、ミーネは作業をしながら頷いてただけなんです。だから、二人を怒らないで……とは言わない。矛先が僕に向かうから。
ベアトの危機を回避する名案がないか、ミーネに目配せすると、そもそも目が合わない。こいつ、妹を見捨てる気だな。
だが、僕は妻を見捨てないぞ。
「イルムヒルデは縁と同じくらい優秀だって話をしていたんだよ」
「まあ、嬉しいです。でも、それは褒めすぎですよ」
誤魔化せた?
畳み掛けよう。
側に寄って頭を撫でる。
「そんなことはない。縁のような万能型ではないけど、交渉において、うちでは抜きん出ているよ」
あ、凄く嬉しそう。ユリアーナだったら尻尾をグルングルン回してる。
機嫌が良くなったし、ちょっと突っ込んだことを言ってみようか。
「だから、縁とイルムヒルデが回りを見ずに突っ走ると、誰もついてこれなくなっちゃうんだ」
「そう、なのですか?」
首肯する。
「事務班の半数が休暇中だから、抑えめに仕事して丁度いいと思うよ」
二日前から、マクシーネとリカルダとラーエルがダンジョン討伐に行ってしまい、書類仕事がシェーンシュテット姉妹に集中している。
なんか、自身を鍛え直したいんだとか。有給休暇を使って、近場にある調査済みのダンジョンを討伐しに行ってしまった。
「では、彼女たちの休暇申請を許可したマゴイチ様に頑張ってもらいましょうね」
あれ? イルムヒルデ?
皺寄せが僕に来るよ。
この後、積み上がった書類が増えた。
*
ブラック企業並みの仕事量になったので、狐部隊を巻き込むことにしたら、主に瞳子の活躍で、夕飯前に書類の山脈が消えた。
妊婦に任せる仕事量じゃないけど、普通にこなしていたよ。
そんなわけで、残業を覚悟していたのに夕食後に暇な時間ができてしまった。
大森林には沢山の川が流れているので夜釣りと洒落込みたいのだけど、大森林に自生している野菜と同じで、勝手に釣糸を垂らすわけにはいかない。
ミーネが作ってくれた新しいロッドは、大森林を出るまで出番がなさそうだ。
拠点上空に浮かぶ疑似太陽が光量を落とす。
これ、でっかい天幕の中なんだよね。
拠点の入り口までの長く真っ直ぐな舗装路だ。そこをテクテク歩くだけで食後の運動としては充分なんだろうけど、ちょっと外の様子が気になって、もう少し足を伸ばすことにした。
天幕の出入り口から出ると、シーサーみたいにハクウンとコクウンが左右に座っていた。
シーサー以上の魔除け効果がありそうだ。
大森林特有の濃い森の匂いを肺に吸い込む。
外に出るのは久し振りな気がする。
夜の森は太陽光と縁遠いものの、縁が造った疑似太陽光しか浴びていないので、木々の隙間から差す自然の月光に癒される。
まあ、この空にある月も、地球の回りをグルグルしてる月と違って、魔道具に近い物らしいから、限りなく太陽に近い光を発する魔道具の疑似太陽でも同じなんだろうけど、遥か空の上にある光源と、天幕の天井に浮いてる光源では、安心感というか信頼感が違うのだろう。これってプラシーボ効果なのかね?
ああ、でも、会ったことのない神様が創った月より、縁が造った疑似太陽の方が信頼できそうだな。
これはプラシーボ効果ではなく、実績による信頼だ。時々、揺らぐけど。
「……十人くらいか?」
誰にともなく呟く。
大森林の魔力が邪魔で正確に把握できないけど、木々の向こうから十人前後の集団がこちらの様子を窺っている。
仮面を被って索敵アプリを起動しようとして、メッセージに気づく。
メッセージは、一言、「十二人だよ」と。
「マルゴか」
隣には、緊縛エロフで唯一の傭兵経験者であるマルゴが立っていた。
「……」
相変わらず無口だ。
メッセージアプリではよく喋るんだけど……あと、ベッドでの声はデカい。それと、可愛いアニメ声。
キリッとした見た目とは裏腹に、実はかなりの人見知りで、人と目が合った状態ではまともに声を出せない。
メッセージが来た。なになに、「殺ろうか? 殺っちゃう? 殺っていい?」って、なんで殺る気に満ち溢れてるの?
「向こうから仕掛けてきたら、捕縛で。殺しちゃダメだよ」
『どうしても? 今なら確実に殺れるよ?』
「どうしても。今じゃなくても殺れるから、殺らなくていいの」
『大森林に住んでる森人族は、基本、他種族を劣等種だと思ってるようなイタい連中だよ? 滅びても問題ないって』
「連中に、なんか恨みでもあるの? マルゴって、大森林生まれじゃないよね?」
『違うよ。両親が大森林生まれ。理由は知らないけど追放されたことを恨み続けてた。たぶん、自分たちに理由があったんだと思う』
「どうして?」
『悪意もなく、誰彼構わず喧嘩売る人たちだったから』
天然で尊大な人たちだったわけね。
「両親の人格形成の原因は大森林にある、と?」
『昔のベレニスも、私の両親みたいな言動をしてたって、ジョスリーヌが言ってた』
ジョスリーヌは、彼女たちが所属していたクラン『翠緑の戦乙女』のサブリーダーで一番の古株だ。ベレニスの黒歴史に詳しいだろう。
「マルゴと出会った頃には丸くなってた?」
『うん。でも、マリアンヌの方がヤバくなってた』
祝福の子であるマリアンヌの方が、他者を見下していたらしい。今は縛られて吊るされるのも、縛られて踏まれるのも好きな変態さんだ。
「そういえば、マリアンヌはどうしてる?」
神を自称する森神族と同じ髪色の祝福の子は、追放された者の子供であっても大森林に迎え入れられる。むしろ、無理にでも自分たちの村に引き入れようとするだろう。
絶対に厄介なことになるだろうから、大森林ではマリアンヌの髪を見られないようしている。
『子供たちに緊縛の素晴らしさを教えようとして、ミカゲ様に怒られてた』
そりゃあ怒られるよ。
「連中、マリアンヌを利用しようとするかな?」
『する。たぶん。私の両親と同じ考え方なら、利用する』
んー、うちでは大森林生まれの大森林育ちって少ないから、思考を推測しようにもサンプルがないんだよね。
『それと、マリアンヌはお世辞を真に受ける残念な子だから、利用される』
あー、うん。知ってる。
確実に、ホイホイ付いて行っちゃうだろうね。
『いい機会だから、マリアンヌを孕ませたら?』
「そんな都合良くデキないよ」
異種族間は妊娠しにくい。
獣人種は比較的妊娠しやすいけど、妖精種は同族でも妊娠しにくい。
そもそも、森人族と飛翼族の生理周期は一年前後だ。
年に一週間くらいしか妊娠のチャンスがない。うちでは、生理周期を操作するスキルを使用して、ほぼ毎回妊娠できるようにしているけどね。
にも拘らず、うちで妊娠している妖精種は、ロクサーヌ、フルール親子とイレーヌ、イヴェット親子だけだ。
『マリアンヌは乗り気みたいだよ』
「マリアンヌはいつでも乗り気だろ」
マリアンヌだけじゃなく、森人族の妻は全員、いつでも乗り気だ。勿論、マルゴも。
「あ、そうだ。マルゴってさ、中域のあちこちに行ったことがあるんでしょ?」
冒険者になって『翠緑の戦乙女』に入る前は、個人傭兵としてあちこちを転戦していたらしい。
『行ったことがあるのは、公国より西。一番多いのは、シャイベ神聖王国の西にある都市国家連合。三百年ほど前は、あの辺りは戦乱の真っ只中だったから、稼がせてもらったよ』
三百年? そういえば、マルゴの年齢って知らないや。
『都市国家連合は、いろんな国があって面白かったわ』
「いろんな国を渡ってさ、いろんな同族にも会ってきたわけだよね?」
『そうね』
「巨乳の森人族っていた?」
『……【風の勇者】ね?』
プンスコしてるスタンプ付き。
「うん。今日も、隠密行動で村を調査してるみたいだね」
矢萩君ほどではないが、八神君も隠密行動が上手い。うちの奥様方には通用しないけど、少なくとも、大森林の森人族に、彼の姿を捉えられる者はいないだろう。
『私の知る限り、巨乳エルフは存在しない。でも、砂人族は、みんな巨乳だった』
「銀髪巨乳ダークエルフか……」
有りだな。有りだけど、声には出さない。
『顔が“有りだな”って言ってる』
仮面越しなのに、なぜわかる。
「八神君も有りみたいなこと言ってたよ」
なんか遠回しに言ってた。
「しばらくは放っておいてあげて」
彼自身も森人族に巨乳がいないことに気づいている。だから、ちゃんと諦めがついたら、砂人族狙いに宗旨変えするだろう。
『ああ、噂をすれば、ってやつだね』
なんのことかわからなかったが、不自然な空間が近づいてくる。なんというか、人がいるような気がするのに、そこにはなにもいない空間、と言えばいいのか? 言語化が難しい。
ともかく、誰かが近づいている。
まあ、前後の文脈から、候補は一人だよね。
「八神君?」
「ん、バレたか。って、あんまり驚いてない!」
「そりゃあね。矢萩君レベルだったら驚くけど、八神君は、そこに何かいるのがわかるから」
引き合いに出す相手が、神様にも気づかれないレベルだから、八神君もそんなに落ち込まない。「そっかぁ」とわざとらしく天を仰ぐだけ。
「で? 団長殿。あの連中は放置でござるか?」
八神君が森の奥に視線を向ける。
「うん。メンドイから放置。仕掛けてきたらやり返す。あと、口調を統一しようよ」
八神君は、いろんなアニメキャラの口調を、その時の気分で変える。せめて使い分けてくれると、こちらもどういう気分なのか察せるんだけど……。
「まあ、いいけどね。それで? そっちの成果は?」
たぶん、成果はない。わかっていても聞いてみる。
八神君は僕の期待通り首を横に振った。
「銅山君じゃダメなの?」
「腐界に踏み込む勇気はちょっと……」
「いやいや。銅山君と付き合うことになっても、腐界の住人になるわけじゃないでしょ」
「そうなんだが……なんというか、出会った時から銅山氏は同姓の可愛い後輩で、それ以上でも以下でもないというか……」
素の八神君はウジウジオタクだ。
「彼は、八神君のためにこちらに残ったんだ。付き合うにしろ断るにしろ、ちゃんと真摯に向き合って答えを言葉にして伝えるべきだよ」
「……キープは?」
「俺が言うなって話だけど、クズいな」
自分ルールを盾にして、十八歳未満の子をキープしてる僕が言っても説得力はない。
「まあ、巨乳エルフを探す時間はあるんだし、ゆっくり考えてみるといいよ」
ありもしない幻想を探すよりは、男の娘と付き合う時間の方が有意義になる。
まあ、だからといって、巨乳エルフより男の娘の方がいいと言えるようになるかはわからないけどね。
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