一人では戦えない勇者

高橋

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7章

8話  銅山水樹は可愛い

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 処刑場を見渡せる屋根に着いたら、ダクマーさんはギャン泣きしたそうだ。その後、泣き止むまで、ユリアーナに優しく抱き締められたらしい。
 帰ってきたダクマーさんは、家族の処刑を見届けた人とは思えないくらい、トロトロに蕩けていた。ユリアーナが言うには、僕の口説き方を真似したそうだ。
 どこまでしたかは知らないけれど、僕の見てないとこで百合の花を咲かせないでほしい。

 いろんな妄想が捗ったかもしれない日の翌日。
 僕は、塩湖が見えるテラスで【雷の勇者】銅山水樹君と将棋を指していた。

 最初は【風の勇者】八神和麻君が相手だったんだけど、たまたま通りかかったユリアーナに、稽古をつけてもらうと言い出して、将棋の続きを銅山君に押し付けて走り去ってしまい、彼は渋々僕の相手をしている。

「銅山君、無理に相手してくれなくてもいいんだよ?」

 というか、美少女にしか見えない美少年と向き合っていると、劣等感を刺激される。

「いえ。その……平賀先輩に相談したいことがあったので……」
「八神君のこと?」

 彼が八神君一筋なのは見ていればわかる。さすがに、巨乳エロフ一筋の八神君ですら気づいてるはずだ。

「え? あ、はい。その……うぅ……」

 顔を赤くして両手をモジモジさせ、最後は俯く。
 なにこの可愛い生き物。
 間違えるなよ。この子は可愛くても男だ。八神君を一途に想い続ける男の娘だ。

「最近、八神君と一緒にいる時間が減ったって聞いたけど?」

 ソースは腐女子ども。

「それは……和麻先輩に告白したんです」

 うん、知ってる。

「巨乳エロフにしか興味ないってわかってて、告白したの?」
「それは……わかってはいるんですけど、僕も、日本に帰るかこちらに残るか、そろそろ決めないといけないので」
「自分を選んでくれたら残る、と」

 頷く彼に少し呆れた。

「人生の重要な分岐を人に決めさせるのは、どうかと思うよ」
「はい。でも、決め手がなくて……」
「決め手、ねぇ……あ、縁が性転換魔法を作ったって言ってたな。ただ、一度使ったら元の性別に戻せないとも」
「それで女の子になって、もう一度告れと?」
「いや、それこそ決め手がないでしょ。そこにもう一捻り。また縁頼みになるけど、性別を変えられるんなら、種族も変えられるんじゃないかなって。それで、八神君好みの巨乳エロフになれたら……どうかな?」

 僕のホムンクルスを勝手に作るあいつなら、倫理とか無視して種族変更魔法を作ってくれそう。

「問題は、縁が興味を持つか、だけどね」
「平賀先輩がお願いしたら、すぐじゃないですか?」
「やだよ。代わりになにを要求されるか……」

 精子を要求されたら、ホムンクルスを作るんだろうなぁ、と予想できるけど、先日、足の爪を切った時に出る、あの臭いなにかを要求された。全力で断ったよ。だって、理由がわからないんだもん。そして、今も理由がわからないままだ。

「他には腐女子どもを味方につけて、縁にお願いするのは?」

 意外なことに、縁は数で迫られると折れやすい。なんでも、集団の和を乱して悪目立ちすると、あの両親が煩いんだとか。

「彼女たちは、僕に男のまま先輩と付き合ってほしいみたいですから、協力は得られないかと……」

 ああ、そっか。女体化の是非があったな。
 ちなみに、僕は条件付きの是だ。そこに愛さえあればいんじゃね? という、薄っぺらい条件だけど、無条件での女体化には首を傾げる。

「んー、あとは……種族変更は諦めて、性別だけでも変えるとか?」
「その魔法、元に戻せないんでしょ?」

 僕が熱血体育会系なら、「失敗した時のことを考えるんじゃない!」って、根拠もない成功イメージだけを植え付けようとするんだろうけど、僕はややネガティブな文系なので。

「失敗した時の保険は欲しいよな」

 と、後ろ向きな意見を言う。

「それと、こっちの世界で同性愛って、風当たりが強いから、八神君と同性のまま付き合いたいなら、日本に帰った方がいいよ」
「それもあって、帰るかどうか悩んでいるんです」
「そもそも、八神君じゃなきゃダメなの?」

 あ、別に銅山君を口説いてるんじゃないよ。

「ダメです」

 短いけど、その一言には、簡単には覆せない重みがあった。

「理由を聞いても?」
「嫌です。他人にとっては“そんな理由”で済まされることでも、僕にとっては大事なことなので、もう、誰にも言いません」

 ああ、これはあれか。誰かに言って、それを「そんな理由で?」って笑われたのか。
 銅山君はマーヤと同じような匂いがするから、大体の予想はつく。だから、僕は笑わないけどね。
 救われたことは、“そんな理由”では済ませられない。

「そっか。なら、聞かないでおく」
「いいんですか?」
「ん。他人の秘密を無理に聞き出しても、良いことなんてないよ」

 下手すりゃ巻き込まれる。

「代わりに一つ答えてほしいんだけど、いいかな?」
「答えられることなら」
「男であることに拘りがないようだけど、どうして?」

 彼は、同性愛というべきなのか悩む。その対象が同性全体ではなく、八神君ただ一人だ。同性愛ではなく、同性の八神君愛? 語呂が悪いな。
 ともかく、同性愛でないなら、性転換を選択肢に入れる理由がわからない。

「……幸せそうだったんです」
「ん? 誰が?」
「ユリアーナさんとマーヤさんです。お二人だけじゃなく、宮野先生も。愛する人の子供を産むのって、幸せなんだな、って。それで、僕も……」

 頬を赤く染めてモジモジする可愛い生き物が目の前にいます。
 僕の奥様方にはいないタイプの女性だ。違う。男の娘だ。

「そうだな。愛する人に自分の子供を産んでもらえるってことが、こんなに嬉しいことだとは思わなかったよ。これに関しては、男であっても幸せなのは間違いない」

 けど、女性の方が特別だろうと思う。
 だって、お腹を痛めてでも産んでくれるんだよ。出産に臨むその覚悟たるや、男の比じゃない。
 そもそも、破瓜の痛みも男にはない。男は、最初から気持ちいいだけだ。
 そのくせ、出産ではオロオロするだけ。
 あれ? 僕、捨てられるんじゃね?
 僕がユリアーナなら、こんな役に立たない夫はポイしちゃうよ。

「先輩?」
「ん? ああ、すまない。ちょっと嫌な想像をした」
「娘さんに“パパ嫌い”って言われる想ぞ、って泣くほど?」

 想像したら涙が溢れ出た。

「あんまり、マゴイチをイジメないでちょうだい」

 ユリアーナの声に振り向くと、抱いていたアルベルトを押し付けられた。まだ、首が座ってないんだから、そんな乱暴にすんな。
 てか、八神君の稽古は? 死んだ?

「私が物心ついた頃には、父親は死んでいたからわからないけど、娘ってのは一度はパパ嫌い期があるもんなんでしょ?」
「反抗期みたいに言うな。そんな期はあってたまるか。世の中にはパパ大好き期のまま大人になる娘だっているはずだ」
「いや、大人になってもパパ大好きは、期待しちゃダメでしょ。というか、それ、マーヤに聞かせないでよ。ヴィオをパパ大好きっ娘に育てそう」
「いいことじゃないか。早速、マーヤにお願いしよう」
「ダメよ。あの子の“パパ大好きっ娘”は、近親相姦レベルになるわよ」
「あ、なしで」

 僕も娘に手を出したりはしない。

「あの、マーヤさんのことで、一つ気になったことが……」

 僕とユリアーナの話を楽しそうに聞いていた銅山君が、オズオズといった感じで手を挙げる。

「ヴィオラートちゃんに、“貴女は御主人様のために死になさい”って言い聞かせていたんです」

 すれ違い様に聞いたらしく、最初は聞き間違いかと思ったのだけど、なにと聞き間違えたのかがわからずに、モヤモヤしていたそうだ。

「それは……マーヤらしいっちゃあらしいけど、子供の将来に関わることだから、笑って済ませられないな」
「私もマーヤのことで、マゴイチの耳に入れておきたいことがある」

 子供を産めば、マーヤの僕への過剰な信仰心も落ち着くと思ったんだけどなぁ。悪化してる?

「ヴィオの目ってさ、オッドアイだったじゃない?」

 ヴィオラートは、マーヤと同じ金髪で、右目が黒で左目が緑だ。
 ちなみに、アルベルトは、銀髪で両目共に黒だった。

「どうもね、左目の緑が気に入らなかったようで、魔法でなんとかできないか試そうとした所を、ミカゲさんが止めてくれたの。未遂ではあったけど、最近、マゴイチのことでちょっと暴走気味だから、気にかけてあげて」
「んー、俺はむしろ、右目の黒がマーヤと同じ青なら、将来、マーヤみたいな美人になるのになぁ、って思ってる」

 僕の遺伝子はいらんだろ。
 あ、ヴィオが僕にそっくりだったら、どうしよう。そこは魔法で、って、マーヤと同じ思考! いかんいかん。落ち着け。
 僕にできるのは、僕に似ないように祈るだけ。マーヤに。
 今からでもマーヤの遺伝子に頑張ってもらうしかないんだ。がんばれ!

 それはそうと。

「銅山君は、性転換に抵抗はないんだね?」
「少しはありますよ。必要であれば女性になる、ってだけです」

 積極的になりたいわけではないのか。
 にしても、話の急ハンドルに、普通に返事が返る。こういう所は女の子だな。

「僕の場合、たまたま好きになったのが同性だっただけで、性転換は先輩と付き合うための手段の一つです」
「そっか。それなら、わかってるとは思うけど、性転換魔法を使うなら、こちらに残ることを決めてからにしてね」

 でないと、子供を産める性転換を実現した稀有な存在として、日本に帰ってから注目されてしまう。

「ええ。ちゃんと自分で考えて決めます」

 一礼して立ち去る背中を見送り、グッと伸びをする。

 ほんじゃあ、僕は、父親としてやるべきことをやりますかね。

「マーヤはどこに?」
「ベッドメイクのチェックをしに行ってるはずよ。私も行こうか?」
「いや、一人で行くよ」

 マーヤも僕一人の方がいいだろう。
 マーヤと、ヴィオの教育方針について話し合うために立ち上がった。ら、腕の中のアルベルトがぐずりだした。
 僕の指を弱々しい力で掴みながら泣く声に、なにが原因かわからずオロオロする。

「ああ、この臭いはオムツだね」

 縁が作ったオムツは、臭いをほとんど外に漏らさないのに、さすが獣人種。それでも臭いでわかるのか。

 ユリアーナがテーブルにアルベルトを寝かせてオムツを取り替える。
 その間、アルベルトは僕の親指を握ったままだ。なんて愛しい。

「マゴイチ、邪魔」

 愛しい妻には不評だった。
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