150 / 285
間章4
姫様と姫様と姫様と元姫様
しおりを挟む
【支援の勇者】に関する報告書の束を執務机に放り投げる。
読めば読むほど連中の異常性がわかる。
そして、彼を手放してしまったことによる損害の大きさも。
「最悪ね」
机の向こうで跪く騎士の肩が震える。
「それで、彼らの拠点は?」
「はっ、強固な結界に阻まれ踏み込めません。しかし、時間をいただければ」
「良い。無駄でしょう。兵を引き上げなさい」
「……はい」
項垂れる騎士を下がらせ、入れ替わりに入室した侍女に目を向ける。
「【拳の勇者】はどうです?」
「治療しましたが、また暴れだしたので手足を折って拘束しました」
「獣の方がまだ使い道があるわね」
【支援の勇者】による負傷を治療するのに高価な魔法薬を使ったので、その値段分の利益は得たい。
「種馬にでもしましょう。妊娠期間の短い獣人種を三人ほどアレで孕ませなさい。それで勇者の特性が引き継がれないようなら、処分なさい」
「【斧の勇者】は如何いたしますか?」
「アレの使い道は思い付きません。処分なさい」
治療にいくらかかるか見当もつかないわ。
種馬としても使えないし、処分するしかない。
「しかし、勇者様を処分してしまっては諸外国からクレ」
「構わない。この先、アレを生かし続ける予算より、処分による外交上の不利益の方が安い」
この侍女は、こんなことも言わなきゃわからないのか。
【拳の勇者】に殺された侍女の中には私の側仕えもいた。敵討ちではないけど、長く仕えていたので、心情的にはコレもさっさと処分したい。
それと、殺された側仕えの代わりも早く見つけないと。人選、面接、試用試験、やらなければいけないことが増える。……やっぱり、【拳の勇者】も処分しようかしら。
ああ、でも、一人ならともかく、二人一緒にとなると面倒が増える。
東のハンクシュタイン王国が、国境に兵を集めて演習を始めるらしいし、面倒は減らしたい。あー、誰か、ハンクシュタイン王を暗殺してくれないかしら。
「【弓の勇者】は? 居場所、わかったかしら?」
「いえ。そもそも、似顔絵一つない状況では探しようがありません」
言われて納得する。【弓の勇者】といってもどんな見た目か覚えている者がいない。記憶力に自信がある私ですら朧気な記憶しかない。
「ただ、バインリヒ伯爵の殺害の件で、犯人がわかっていないようなのですが、これの犯人が【弓の勇者】様である可能性があります」
「ドラ息子の犯行ではないの?」
「実家の領地が隣なので面識があるのですが、アレに父殺しができるような胆力はありません。分家の連中に都合が良いから犯人にされただけでしょう」
「しかし、そうなると、"どうして彼が"という疑問が持ち上がりますよね?」
「さて。巻き込まれてやむなく、か、自ら進んで、か。どちらにせよ、伯都に未だ留まっているとは思えません」
「暗部の九割が行方不明になってる現在のベンケン王国では、これ以上調べようがないわね」
侍女が神妙に頷く。
暗部が機能しない原因はわかっている。
【支援の勇者】だ。彼の部下によって、我が国の暗部は殲滅された。
殲滅された理由もわかっている。なんせ、殲滅した猫人族の女が、わざわざ言いに来たのだから。
「"ウザかったから"で殲滅されない暗部を再建しないといけないわ」
「予算の都合上、当分は無理かと」
わかってることを指摘されて、少しイラッとする。やはり、新しい側仕えを探そう。この人、田舎くさいし。
「ところで、手元に残った唯一の勇者がなにかやらかしたって聞いたけど?」
「はい。【土の勇者】様に宛てがった侍女が初潮を迎えましたら"年増はいらない"と、もっと幼い侍女を要求しました」
頭が痛い。
「アレにとっては、初潮を迎えたら年増なのね」
「そのようです」
「それで? 今度はいくつの子を要求しているのかしら?」
「五歳です」
気持ち悪い。
「適当な平民の子を見繕って差し出しなさい」
こんなことを何度も貴族家の者に命じることはできない。
【土の勇者】は確保しておきたかったけれど、切り捨てた方が良さそうね。
「確か、シェーンシュテット公国に侵攻する準備が終わったと、報告があったわね」
【支援の勇者】が公国を出てから侵攻するつもりで計画書を出したのに、先走った貴族がすぐに行動に移してしまったから、このタイミングでは、公国が【支援の勇者】の傭兵団を雇ってしまう。
でも、暗部からの報告では、公国に傭兵団を雇うほどの予算はないはず。なにを対価に支払うのかしら?
「貴族たちが、公国攻めの御輿に【土の勇者】を使いたいって言ってたわね。……許可を出しておきなさい」
「よろしいので?」
首肯で返す。
多少の戦力になるものの、幼女趣味の勇者なんて外聞が悪い。
いっそ、【支援の勇者】に始末してもらいたい。
万一、【土の勇者】が勝つのなら、その力を我が国のために使い潰しましょう。エサになにを与えればいいかわかっている分、【支援の勇者】より扱いやすい。
一礼して退室する侍女の背中と入れ替わりに、初老の文官が不作法に入室する。
彼のこれはいつものことなので、誰も注意しない。父上の前ですらこれだ。実家は伯爵家なのに、彼が礼儀正しくしている姿を見たことがない。
「ヘレナ王女。先日の……髪型、変えました?」
前にお会いした時には変えてましたよ。
「ええ。ニホンではあの髪型はツインドリルというそうです。なんだかバカにされてるような気がしてやめました。そんなことより報告を」
自分で言っていて、笑いながら「ツインドリル」と指差していたニホン人の顔を思い出して、イラッとした。
「ええ。ベンケン王国金貨ですが、姫様の言う通りでしたね。明らかに出回ってる数が多すぎです」
「やっぱり……帝国ですかね?」
「さて……出所はわかりませんが、それなりの国力がある国でないと、これだけの金貨を偽造できないし、そもそも、どれが偽造金貨なのかもわかっていないほど精巧です。流通量から、"おそらく偽物が出回ってるはず"と、それだけがわかっている状態ですからねぇ」
「国力があって技術もある国。西のシュトルム帝国か東のハンクシュタイン王国か……内務卿はなんと?」
「ああ、ダメっすね。"ただで金をくれる国があるわけないだろう"って怒鳴られました。経済戦争って言葉を知らないんですかね?」
血筋だけで出世した者に期待はしていないのだけれど、ここまで物を知らないとなると首を挿げ替えたくなる。
「そっちこそ、陛下はなんて言ってるんですか?」
「報告を宰相に握り潰されたわ」
「うわー。この国終わってますね」
同感ね。王に報告が上がらない国に先はない。
「イルムヒルデ様は上手くやりましたねぇ」
姉の勝ち誇る姿が目に浮かぶ。実際は、自らの手柄を誇るような姉ではなかったから、私の妄想ですけどね。
「他に報告は?」
「地方の犯罪組織が王都に集まってるようですね」
今はまだ、表立って争うようなことはない。しかし、水面下では口火が切られているようだ。
暗部が機能していないので、どの程度の抗争になるか予想できないのがもどかしい。
「他には……あ、さっきの侍女が暇乞いを出していますよ」
あら、そうなの?
まあ、合わないからいいわよ。守秘義務さえ守ってくれれば。
「というか、侍女の人事は貴方の仕事ではないでしょう?」
「貴族の三男坊ってのは、下世話な噂が大好物なんですよ」
「彼女になにかスキャンダルが?」
王家の三女も大好物よ。
「彼女、子爵令嬢よね?」
実家も裕福だったはず。
「ええ。彼女、少し前から【支援の勇者】のことを熱心に調べていたそうですよ」
「ということは、辞めた後、あの蛙を追いかけるつもりですか? なにが彼女をそこまで?」
「さあ? 俺に聞かれても……むしろ、同じ女性として、その蛙? に、なにも思わなかったんですか?」
思わなかったわね。蛙、気持ち悪いし。
「姫様って、異性を見る目がないですからねぇ」
結婚詐欺に三回引っ掛かったこの男に言われるとは思わなかった。
*
実りのない軍議の後、【支援の勇者】様を見送る。
今日は休憩中に城の中庭に誘えました。
けど、結局、緊張しすぎてなにも話せずに休憩が終わってしまいました。
麒麟に乗った背中が小さくなる。
何度見ても凄い光景だ。
伝説の存在に跨がる勇者。
お伽噺の一頁みたい。
伝説によると、世界を統べる者のみが、その背に跨がることを許されるという。
旧シュトルム帝国の伝承では、初代皇帝が女神アガテーより、法を意味する剣と、戸籍を意味する世界樹の枝と共に授けられたのが麒麟だ。しかし、野心に溢れた初代皇帝は、麒麟に跨がるのを許されず、麒麟は空の彼方へと去っていった。
つまり、彼は初代皇帝を越える存在に成り得るということでいいのだろう。いいのだろうか?
ちょっとスケールが大きすぎてわからない。
しかし、イルムヒルデ様が選んだだけのことはある。蛙顔だし。
ああ、でも、今日は仮面を外す機会がなかったので、あまりお顔を拝見できませんでした。
隣で一緒に見送る蛙嫌いの妹は、普通に話せるようになっているようです。ちょっと悔しい。
「マツカゼ、でしたか。あの麒麟に触れた兵士はいないそうですよ」
「団員の中でも、触れられるのは数人だそうですからね」
というか、この話は、ベアトと団長殿が話しているのをこっそり横で聞いていたのだけど。
「お姉様? どうして団長さんと二人きりになったらあんなガチガチになるんですか?」
「そう言うベアトは、随分と仲良くなりましたね」
彼が被っていた仮面を借りて、いろいろとお話ししていましたね。お陰で素顔を見れましたよ。話は聞き逃しましたけど。
「見慣れたら蛙より可愛いわ」
いや、蛙の方が可愛いでしょ。
*
お姉様はヘタレでした。
休憩時間は二人になれるように取り計らったのに、碌に話もできなかったらしい。
せめて素顔を見れるように仮面をお借りしてみたら、あの仮面、凄い魔道具だった。
なんなのあの神器。
あれが傭兵団の標準装備って、近衛騎士団長自慢の剣が滑稽に見える。
「あの仮面、王樹でできてるそうですよ」
「それは……凄いですね」
やっぱり聞いてなかったんですね。
この話、お姉様の隣でしていたんですよ。団長さんの顔を、恋する乙女みたいな顔して見てたから、聞いてないんだろうとは思っていたけど、予想通りというか、こんな重要な話を聞き逃すなんて、予想以上に聞いていなかったのね。
「報酬、私たちでも足りそうにないから、王樹も三本くらい支払いましょうか」
「いえ。手持ちの王樹の残りが少ないそうなので、私たちの嫁入り道具代わりに王樹と一緒に嫁ぎましょう」
その方が、私たちを高く売り込めるのでは?
「なるほど。けど、それだと、私たちより、王樹の価値の方が上がってしまうのでは?」
あー、うん。確かに。先に払った方がいいのかしら?
団長さんの背中が見えなくなる前に、イライラを隠すことなく近衛騎士団長が近づいてくる。
お姉様の想い人との別れに水を挿す無粋者に、ため息が出る。
お姉様も追い払うように手をヒラヒラさせる。
私たちの声が聞こえない位置まで渋々戻る近衛騎士団長を確認してから、お姉様に仮面の性能を教えながら、団長さんの背中を見送った。
*
今日は朝からマゴイチ様を甘やかしている。
ユリアーナ様からは「ほどほどに」と言われましたけど、全力で甘やかしています。
昼食後からずっとベッドの上で膝枕して、気持ち良さそうな寝顔を見ている。
いつの間にか、窓の外が薄暗くなっていた。
そういえば、今日は仕事をしていない。
わたくしの膝の上で寝息を立てるマゴイチ様は、連日、実りのない軍議に引っ張り出されてお疲れのようです。
ベンケン王国軍が国境に近づいているので、そろそろ出兵要請が出るはずなんですが、まだ軍議を続けるつもりなんですかね。
あ、そうだ。ミカゲ様とロクサーヌさんから、マゴイチ様に再編成の草案を書かせるよう言われていたんだった。
……今からでは、夕飯までに終わりそうにありませんね。諦めましょう。
読めば読むほど連中の異常性がわかる。
そして、彼を手放してしまったことによる損害の大きさも。
「最悪ね」
机の向こうで跪く騎士の肩が震える。
「それで、彼らの拠点は?」
「はっ、強固な結界に阻まれ踏み込めません。しかし、時間をいただければ」
「良い。無駄でしょう。兵を引き上げなさい」
「……はい」
項垂れる騎士を下がらせ、入れ替わりに入室した侍女に目を向ける。
「【拳の勇者】はどうです?」
「治療しましたが、また暴れだしたので手足を折って拘束しました」
「獣の方がまだ使い道があるわね」
【支援の勇者】による負傷を治療するのに高価な魔法薬を使ったので、その値段分の利益は得たい。
「種馬にでもしましょう。妊娠期間の短い獣人種を三人ほどアレで孕ませなさい。それで勇者の特性が引き継がれないようなら、処分なさい」
「【斧の勇者】は如何いたしますか?」
「アレの使い道は思い付きません。処分なさい」
治療にいくらかかるか見当もつかないわ。
種馬としても使えないし、処分するしかない。
「しかし、勇者様を処分してしまっては諸外国からクレ」
「構わない。この先、アレを生かし続ける予算より、処分による外交上の不利益の方が安い」
この侍女は、こんなことも言わなきゃわからないのか。
【拳の勇者】に殺された侍女の中には私の側仕えもいた。敵討ちではないけど、長く仕えていたので、心情的にはコレもさっさと処分したい。
それと、殺された側仕えの代わりも早く見つけないと。人選、面接、試用試験、やらなければいけないことが増える。……やっぱり、【拳の勇者】も処分しようかしら。
ああ、でも、一人ならともかく、二人一緒にとなると面倒が増える。
東のハンクシュタイン王国が、国境に兵を集めて演習を始めるらしいし、面倒は減らしたい。あー、誰か、ハンクシュタイン王を暗殺してくれないかしら。
「【弓の勇者】は? 居場所、わかったかしら?」
「いえ。そもそも、似顔絵一つない状況では探しようがありません」
言われて納得する。【弓の勇者】といってもどんな見た目か覚えている者がいない。記憶力に自信がある私ですら朧気な記憶しかない。
「ただ、バインリヒ伯爵の殺害の件で、犯人がわかっていないようなのですが、これの犯人が【弓の勇者】様である可能性があります」
「ドラ息子の犯行ではないの?」
「実家の領地が隣なので面識があるのですが、アレに父殺しができるような胆力はありません。分家の連中に都合が良いから犯人にされただけでしょう」
「しかし、そうなると、"どうして彼が"という疑問が持ち上がりますよね?」
「さて。巻き込まれてやむなく、か、自ら進んで、か。どちらにせよ、伯都に未だ留まっているとは思えません」
「暗部の九割が行方不明になってる現在のベンケン王国では、これ以上調べようがないわね」
侍女が神妙に頷く。
暗部が機能しない原因はわかっている。
【支援の勇者】だ。彼の部下によって、我が国の暗部は殲滅された。
殲滅された理由もわかっている。なんせ、殲滅した猫人族の女が、わざわざ言いに来たのだから。
「"ウザかったから"で殲滅されない暗部を再建しないといけないわ」
「予算の都合上、当分は無理かと」
わかってることを指摘されて、少しイラッとする。やはり、新しい側仕えを探そう。この人、田舎くさいし。
「ところで、手元に残った唯一の勇者がなにかやらかしたって聞いたけど?」
「はい。【土の勇者】様に宛てがった侍女が初潮を迎えましたら"年増はいらない"と、もっと幼い侍女を要求しました」
頭が痛い。
「アレにとっては、初潮を迎えたら年増なのね」
「そのようです」
「それで? 今度はいくつの子を要求しているのかしら?」
「五歳です」
気持ち悪い。
「適当な平民の子を見繕って差し出しなさい」
こんなことを何度も貴族家の者に命じることはできない。
【土の勇者】は確保しておきたかったけれど、切り捨てた方が良さそうね。
「確か、シェーンシュテット公国に侵攻する準備が終わったと、報告があったわね」
【支援の勇者】が公国を出てから侵攻するつもりで計画書を出したのに、先走った貴族がすぐに行動に移してしまったから、このタイミングでは、公国が【支援の勇者】の傭兵団を雇ってしまう。
でも、暗部からの報告では、公国に傭兵団を雇うほどの予算はないはず。なにを対価に支払うのかしら?
「貴族たちが、公国攻めの御輿に【土の勇者】を使いたいって言ってたわね。……許可を出しておきなさい」
「よろしいので?」
首肯で返す。
多少の戦力になるものの、幼女趣味の勇者なんて外聞が悪い。
いっそ、【支援の勇者】に始末してもらいたい。
万一、【土の勇者】が勝つのなら、その力を我が国のために使い潰しましょう。エサになにを与えればいいかわかっている分、【支援の勇者】より扱いやすい。
一礼して退室する侍女の背中と入れ替わりに、初老の文官が不作法に入室する。
彼のこれはいつものことなので、誰も注意しない。父上の前ですらこれだ。実家は伯爵家なのに、彼が礼儀正しくしている姿を見たことがない。
「ヘレナ王女。先日の……髪型、変えました?」
前にお会いした時には変えてましたよ。
「ええ。ニホンではあの髪型はツインドリルというそうです。なんだかバカにされてるような気がしてやめました。そんなことより報告を」
自分で言っていて、笑いながら「ツインドリル」と指差していたニホン人の顔を思い出して、イラッとした。
「ええ。ベンケン王国金貨ですが、姫様の言う通りでしたね。明らかに出回ってる数が多すぎです」
「やっぱり……帝国ですかね?」
「さて……出所はわかりませんが、それなりの国力がある国でないと、これだけの金貨を偽造できないし、そもそも、どれが偽造金貨なのかもわかっていないほど精巧です。流通量から、"おそらく偽物が出回ってるはず"と、それだけがわかっている状態ですからねぇ」
「国力があって技術もある国。西のシュトルム帝国か東のハンクシュタイン王国か……内務卿はなんと?」
「ああ、ダメっすね。"ただで金をくれる国があるわけないだろう"って怒鳴られました。経済戦争って言葉を知らないんですかね?」
血筋だけで出世した者に期待はしていないのだけれど、ここまで物を知らないとなると首を挿げ替えたくなる。
「そっちこそ、陛下はなんて言ってるんですか?」
「報告を宰相に握り潰されたわ」
「うわー。この国終わってますね」
同感ね。王に報告が上がらない国に先はない。
「イルムヒルデ様は上手くやりましたねぇ」
姉の勝ち誇る姿が目に浮かぶ。実際は、自らの手柄を誇るような姉ではなかったから、私の妄想ですけどね。
「他に報告は?」
「地方の犯罪組織が王都に集まってるようですね」
今はまだ、表立って争うようなことはない。しかし、水面下では口火が切られているようだ。
暗部が機能していないので、どの程度の抗争になるか予想できないのがもどかしい。
「他には……あ、さっきの侍女が暇乞いを出していますよ」
あら、そうなの?
まあ、合わないからいいわよ。守秘義務さえ守ってくれれば。
「というか、侍女の人事は貴方の仕事ではないでしょう?」
「貴族の三男坊ってのは、下世話な噂が大好物なんですよ」
「彼女になにかスキャンダルが?」
王家の三女も大好物よ。
「彼女、子爵令嬢よね?」
実家も裕福だったはず。
「ええ。彼女、少し前から【支援の勇者】のことを熱心に調べていたそうですよ」
「ということは、辞めた後、あの蛙を追いかけるつもりですか? なにが彼女をそこまで?」
「さあ? 俺に聞かれても……むしろ、同じ女性として、その蛙? に、なにも思わなかったんですか?」
思わなかったわね。蛙、気持ち悪いし。
「姫様って、異性を見る目がないですからねぇ」
結婚詐欺に三回引っ掛かったこの男に言われるとは思わなかった。
*
実りのない軍議の後、【支援の勇者】様を見送る。
今日は休憩中に城の中庭に誘えました。
けど、結局、緊張しすぎてなにも話せずに休憩が終わってしまいました。
麒麟に乗った背中が小さくなる。
何度見ても凄い光景だ。
伝説の存在に跨がる勇者。
お伽噺の一頁みたい。
伝説によると、世界を統べる者のみが、その背に跨がることを許されるという。
旧シュトルム帝国の伝承では、初代皇帝が女神アガテーより、法を意味する剣と、戸籍を意味する世界樹の枝と共に授けられたのが麒麟だ。しかし、野心に溢れた初代皇帝は、麒麟に跨がるのを許されず、麒麟は空の彼方へと去っていった。
つまり、彼は初代皇帝を越える存在に成り得るということでいいのだろう。いいのだろうか?
ちょっとスケールが大きすぎてわからない。
しかし、イルムヒルデ様が選んだだけのことはある。蛙顔だし。
ああ、でも、今日は仮面を外す機会がなかったので、あまりお顔を拝見できませんでした。
隣で一緒に見送る蛙嫌いの妹は、普通に話せるようになっているようです。ちょっと悔しい。
「マツカゼ、でしたか。あの麒麟に触れた兵士はいないそうですよ」
「団員の中でも、触れられるのは数人だそうですからね」
というか、この話は、ベアトと団長殿が話しているのをこっそり横で聞いていたのだけど。
「お姉様? どうして団長さんと二人きりになったらあんなガチガチになるんですか?」
「そう言うベアトは、随分と仲良くなりましたね」
彼が被っていた仮面を借りて、いろいろとお話ししていましたね。お陰で素顔を見れましたよ。話は聞き逃しましたけど。
「見慣れたら蛙より可愛いわ」
いや、蛙の方が可愛いでしょ。
*
お姉様はヘタレでした。
休憩時間は二人になれるように取り計らったのに、碌に話もできなかったらしい。
せめて素顔を見れるように仮面をお借りしてみたら、あの仮面、凄い魔道具だった。
なんなのあの神器。
あれが傭兵団の標準装備って、近衛騎士団長自慢の剣が滑稽に見える。
「あの仮面、王樹でできてるそうですよ」
「それは……凄いですね」
やっぱり聞いてなかったんですね。
この話、お姉様の隣でしていたんですよ。団長さんの顔を、恋する乙女みたいな顔して見てたから、聞いてないんだろうとは思っていたけど、予想通りというか、こんな重要な話を聞き逃すなんて、予想以上に聞いていなかったのね。
「報酬、私たちでも足りそうにないから、王樹も三本くらい支払いましょうか」
「いえ。手持ちの王樹の残りが少ないそうなので、私たちの嫁入り道具代わりに王樹と一緒に嫁ぎましょう」
その方が、私たちを高く売り込めるのでは?
「なるほど。けど、それだと、私たちより、王樹の価値の方が上がってしまうのでは?」
あー、うん。確かに。先に払った方がいいのかしら?
団長さんの背中が見えなくなる前に、イライラを隠すことなく近衛騎士団長が近づいてくる。
お姉様の想い人との別れに水を挿す無粋者に、ため息が出る。
お姉様も追い払うように手をヒラヒラさせる。
私たちの声が聞こえない位置まで渋々戻る近衛騎士団長を確認してから、お姉様に仮面の性能を教えながら、団長さんの背中を見送った。
*
今日は朝からマゴイチ様を甘やかしている。
ユリアーナ様からは「ほどほどに」と言われましたけど、全力で甘やかしています。
昼食後からずっとベッドの上で膝枕して、気持ち良さそうな寝顔を見ている。
いつの間にか、窓の外が薄暗くなっていた。
そういえば、今日は仕事をしていない。
わたくしの膝の上で寝息を立てるマゴイチ様は、連日、実りのない軍議に引っ張り出されてお疲れのようです。
ベンケン王国軍が国境に近づいているので、そろそろ出兵要請が出るはずなんですが、まだ軍議を続けるつもりなんですかね。
あ、そうだ。ミカゲ様とロクサーヌさんから、マゴイチ様に再編成の草案を書かせるよう言われていたんだった。
……今からでは、夕飯までに終わりそうにありませんね。諦めましょう。
1
お気に入りに追加
128
あなたにおすすめの小説
異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。
Mです。
ファンタジー
異世界学園バトル。
現世で惨めなサラリーマンをしていた……
そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。
その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。
それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。
目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて……
現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に……
特殊な能力が当然のように存在するその世界で……
自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。
俺は俺の出来ること……
彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。
だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。
※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※
※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※
異世界営生物語
田島久護
ファンタジー
相良仁は高卒でおもちゃ会社に就職し営業部一筋一五年。
ある日出勤すべく向かっていた途中で事故に遭う。
目覚めた先の森から始まる異世界生活。
戸惑いながらも仁は異世界で生き延びる為に営生していきます。
出会う人々と絆を紡いでいく幸せへの物語。
異世界で穴掘ってます!
KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語
ドグラマ3
小松菜
ファンタジー
悪の秘密結社『ヤゴス』の三幹部は改造人間である。とある目的の為、冷凍睡眠により荒廃した未来の日本で目覚める事となる。
異世界と化した魔境日本で組織再興の為に活動を再開した三人は、今日もモンスターや勇者様一行と悲願達成の為に戦いを繰り広げるのだった。
*前作ドグラマ2の続編です。
毎日更新を目指しています。
ご指摘やご質問があればお気軽にどうぞ。
半分異世界
月野槐樹
ファンタジー
関東圏で学生が行方不明になる事件が次々にしていた。それは異世界召還によるものだった。
ネットでも「神隠しか」「異世界召還か」と噂が飛び交うのを見て、異世界に思いを馳せる少年、圭。
いつか異世界に行った時の為にとせっせと準備をして「異世界ガイドノート」なるものまで作成していた圭。従兄弟の瑛太はそんな圭の様子をちょっと心配しながらも充実した学生生活を送っていた。
そんなある日、ついに異世界の扉が彼らの前に開かれた。
「異世界ガイドノート」と一緒に旅する異世界
異世界隠密冒険記
リュース
ファンタジー
ごく普通の人間だと自認している高校生の少年、御影黒斗。
人と違うところといえばほんの少し影が薄いことと、頭の回転が少し速いことくらい。
ある日、唐突に真っ白な空間に飛ばされる。そこにいた老人の管理者が言うには、この空間は世界の狭間であり、元の世界に戻るための路は、すでに閉じているとのこと。
黒斗は老人から色々説明を受けた後、現在開いている路から続いている世界へ旅立つことを決める。
その世界はステータスというものが存在しており、黒斗は自らのステータスを確認するのだが、そこには、とんでもない隠密系の才能が表示されており・・・。
冷静沈着で中性的な容姿を持つ主人公の、バトルあり、恋愛ありの、気ままな異世界隠密生活が、今、始まる。
現在、1日に2回は投稿します。それ以外の投稿は適当に。
改稿を始めました。
以前より読みやすくなっているはずです。
第一部完結しました。第二部完結しました。
ダンジョン発生から20年。いきなり玄関の前でゴブリンに遭遇してフリーズ中←今ココ
高遠まもる
ファンタジー
カクヨム、なろうにも掲載中。
タイトルまんまの状況から始まる現代ファンタジーです。
ダンジョンが有る状況に慣れてしまった現代社会にある日、異変が……。
本編完結済み。
外伝、後日譚はカクヨムに載せていく予定です。
王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します
有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。
妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。
さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。
そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。
そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。
現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる