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4章
10話 探索三日目
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探索三日目の朝は、心臓に悪い目覚めになった。
両腕に緊縛エロフ母娘の重さを感じながら目を開ける。
天幕の天井から吊るされたイレーヌをボンヤリ眺め、右腕を見るとピンクの縄で縛られたイヴェットが寝ている。
……あれ?
素早く左腕を振り返ると、あーちゃんの青い瞳が僕を見ていた。
え? 手ぇ出しちゃった?
「お、おはよう」
挨拶しながらその体を見る。
下着は着けている。下着しか着けてないけど。
……事後に着た可能性もあるよな。
殴られるのを覚悟して、ストレートに「手ぇ出しちゃった?」って聞く?
いや待てよ。昨晩はお酒を呑んでないし、眠るまでの記憶はある。
それでも、無自覚チート主人公のように「あれ? 俺、なんかヤっちゃいました?」って聞いてみる?
あーちゃんは「おはよう」と返した後、恥ずかしそうに顔を隠した。初々しい。
よかった。この感じなら手を出してないはず。でも、念のため、後でイレーヌとイヴェットに聞いておこう。
「間近で見たら、凄かった」
ああ、見てたね。ベッド脇から乗り出して見てたね。
けどね、昨晩はちゃんと手加減したんだよ。
「まーくんは縛るのが好きなの?」
「違う。イレーヌとイヴェットが好きなだけで、二人が好きなプレイをしてるだけ」
僕も楽しんでるけどね。
*
イレーヌに確認した結果、あーちゃんに手を出してなかった。
午前中は、周辺で〈精霊魔術〉の訓練をするらしく、イレーヌとイヴェットは出かけた。
あーちゃんも本格的に鍛えたいと言うので、成長チートを使ってあげたら、二人を追いかけていった。
そんなわけで、久し振りに一人になったわけだ。
と、ソファで寛ぎながら思っていたら、新人の護衛だった三人がやって来た。
狼人族二人と人馬族が一人。
見た目が幼い狼人族はエリーザだ。
中学生くらいに見えるけど、二十歳だ。
確か、昨日リタイアしたソロの一年生男子の護衛だったはず。
料理好きで、狼部隊でありながら由香と由希の手伝いをしている。二人が言うには、料理が好きなんじゃなく食べるのが好きで、一品作る度に、味見と称して結構な量のつまみ食いをするそうだ。
年齢的には問題ないんだけど、この見た目の彼女に手を出すのは躊躇われるので、今んとこノータッチだ。
いや、イレーヌとイヴェットに手を出しといて、今さらだな。
もう一人の、赤髪の狼人族はアリーナ。
狼人族の間では赤髪はモテないのだそうで、そんなことを気にしない僕ならワンチャンあるんじゃないかとアプローチを続けているんだけど、今まで結婚を諦めていたもんだから、アプローチの仕方がわかっていないらしく、よくわからない行動が多い。
クルの実という美味しい木の実を貰ったんだけど、あれもアプローチだったのだろうか?
綺麗だから普通に口説いてるんだけど、口説かれ慣れてないから、ちょっと褒めるだけで顔を赤くして逃げてしまうんだ。
二人の後ろについて来たのは、青鹿毛の人馬族。ヘルミーネだ。
人馬族の男だったら青鹿毛はモテるんだけど、女性だとそうでもない。
本人は普通に男が恋愛対象なのに、青鹿毛のせいで女性からモテているそうだ。なので、男からは嫉妬の目で見られ、ネチっこい嫌がらせを受けていたらしい。
以前、僕が酔っ払った時に口説いたそうで、それが女性として扱われた初めてらしい。
以来、積極的にアプローチをかけてくるんだけど、アリーナと同じでちょっと変な方向に向かっている。
年齢的には問題ないんだけど、彼女とアリーナにも手を出していない。
長ーい縄を渡されたんだけど、人馬族固有の風習かな? それとも、縛ってほしいって意味?
「アリーナは、あーちゃんの護衛だっけ? 昨日は見なかったけど、地上に戻ったの?」
「え、ええ。ミカゲ様に報告と、他の子の手伝いに」
君も御影さんを様付けで呼んでるの? 本人は、「私ってそんなに怖い?」って聞いてくるくらい気にしてんだよ。
「ヘルミーネは【火の勇者】の護衛だったね。彼はどんな感じだった?」
「どう、と言われましても……ギルドで【火の勇者】と名乗ってしまい、登録後、中堅冒険者に絡まれ、有り金を奪われ、なんとかダンジョンに到着したんですが、地下一階に下りたら明かりがなくて、〈火魔法〉で照らそうにもプラーナを操作できず、ダンジョンの壁に騒がしく八つ当たりしていたらゴブリンが三匹来て、素手で挑んで返り討ちにあい、頭蓋骨を割られたので助けに入りました。地下一階でやられる人なんているんですね」
コントみたいだな。
地下一階は人通りが多いから、魔物と遭遇することはほとんどない。
そんな場所で三匹に囲まれるって、運が悪いか、魔物を誘き寄せるようなことをしたか、だ。
彼の場合は後者。一人分の声で騒がしくしていたら、ゴブリンとしては「食い物が一匹でいる」と思うだろう。自業自得。フォローのしようがない。
「エリーザが護衛した一年生も似たような感じ?」
「んーん。こちらは入念に準備して、ゴブリンにアッサリやられたわ。右手に封印されしなんたらこうたら、って言ってる間にやられちゃった。まさか敵を前に棒立ちするとは思わなくて、助けるのがギリギリになってしまったわ」
こっちもコントだな。
彼は不治の病に罹っていたのか。それなら、しょうがない。
これを機会に、日本への帰還を真剣に考えてほしい。
そして、何気ない生活の中で思い出して悶絶してほしい。
あの病気は、治ったと思ってもフラッシュバックがあるから、完治は不可能なんだよな。
「あとリタイアしたのは、三年生男子三人のパーティだっけ。護衛は……」
「ズザネちゃんとクリスティーネちゃんよ」
エリーザが、紅茶っぽい飲み物を僕に差し出しながら言う。
ズザネとクリスティーネは姉妹で、シャルがザビーネだった頃の取り巻きだ。
一時期、シャルとの仲が冷えきっていたが、ユリアーナが間に入って和解したらしい。
「連中は、娼館に行ってお金が無くなったんだっけ?」
羨ましいな。僕も誘ってほしかった。
「ええ。お金が無くなったというか、娼館で延長して足りなくなって、店の怖いお兄さんに身ぐるみ剥がされたそうです」
お金の計算ができなくなっちゃったの?
「下水に捨てられそうになったんだけど、捨てられちゃうと回収するのに臭いから、その前に助けたそうですよ」
王都の中を流れてる下水道は、そのまま国境の川の支流に放流しているらしい。
結構流れが早いから、流されていたら回収が面倒だっただろう。
エリーザが僕の隣に座るのを見て、アリーナが反対側に座る。
ヘルミーネは少し考え、僕の前に膝を折って座った。いや、両手を地面につけた。
なにしてんの?
「団長に服従していると心地いいのです」
膝を折り地面に両手をついたら、ソファに座った僕より顔の位置が下になる。
立ち居振舞いが男っぽくて格好いいけど、ヘルミーネも人馬族の女性なんだな。
てか、人馬族の女性にはマゾしかおらんのか?
「それと、ツェツィとエッテが"こうするとご主人様は襲いたくなる"と」
駄馬姉妹は戻ったらお仕置きな。
「それだけで襲いたくなるわけじゃないよ」
「私が男っぽいからダメですか?」
目の前に鎮座する双丘だけ見たら、充分に女性なんだよね。
「確かに、ヘルミーネの立ち居振舞いは男っぽい。けど、中身はちゃんと女の子だってわかってるから気にしなくていい」
「……それを証明してくれませんか?」
ヘルミーネの視線がチラチラと天幕に向く。
ほう。
【妖精神】に「ごえんなひゃい。もう無理れふ」と言わせた僕に挑みたいと?
【武神】だろうと【軍神】だろうと、失神するまで攻める僕に挑みたいと?
逃げ腰になっても、もう遅い。
紅茶っぽいなにかを飲み干し、カップをエリーザに渡す。
ヘルミーネの手を取り、立ち上がる。
ついでにアリーナの手も取る。「はわわ」って、あざといよ。
天幕に向けて歩き始めると、エリーザがニコニコ顔でついてきた。
参加ですか?
いいでしょう。受けて立とう。
*
天幕に入ったのが九時過ぎ。
今は十二時半。
約三時間か……。
やり過ぎたかもしれない。
一応、脈は確認した。自発呼吸もしている。
けど、三人とも意識が戻らない。
……現実逃避にお昼御飯を作ろう。
キッチン脇の冷蔵庫を開けて、なにを作るか考える。
電気代的には開けっ放しで考えるのは良くないのだけど、日本にいる頃から、というか、独り暮らしを始めた中学からこうしていたので、すっかり体に馴染んでしまっていて、冷蔵庫を開けっぱにしないと作る料理を思いつけなくなってしまっている。
まあ、ここでは、消費するのは電気ではなく魔石なんだけどね。
その魔石も、魔力を充填して再利用できる魔晶石の開発により、僕の馬鹿げた量のプラーナを利用して、傭兵団のエネルギー問題が解決しつつある。
まだ完全に解決していないのは、魔晶石の生産は難しいらしく、縁ですら時々失敗するそうだ。
なので、量産には至らず数も足りないので、僕の身の回りにある魔道具から、順次、魔晶石に入れ換えている途中だ。
「んー、無難に冷製パスタでいいか」
パスタを茹でて、冷やして、野菜を切って、オリーブオイルと混ぜるだけ、の、目玉焼きと同レベルの簡単料理だ。
考えるのが面倒になったら、これで済ませるのが一番。
あとは、ツナ缶でもあればさらに美味しくなるんだけど、この地域は海が遠いので、海産物は高級品だし、そもそもツナってあるのかな?
イレーヌたちの昼食はどうするか聞いていなかったので、仮面を被って〈念話〉で聞いてみたら、「作ってくれるのなら食べたい」とのことで、エリーザたちの分も合わせて……何人分だ? 人馬族は一人で三人前くらい食うから、九人分か?
結構な量になってしまったけどしょうがない。
デカい鍋を出そうと、冷蔵庫の横に置かれた収納庫の前にしゃがんだら、下の階層からこちらに向かう十人前後の気配に気づく。
*
気配の主に覚えがないので、鍋を収納庫に戻して結界の端で待つ。
厄介事じゃなければいいんだけど……。
しばらく待つと、地下十一階に続く階段がある通路から、金属鎧の音を響かせながら複数の足音が近づいてくる。
足音の主が、結界中央に浮かぶ明かりの範囲に入る。
……見覚えがあるような、ないような。
女性が十二人。その内の五人が獣人種。残りが人族だ。
結界を避けて通り過ぎる途中で僕に気づいたのか、気の強そうな女性が一人近づいてくる。
あ、思い出した。『翠緑の戦乙女』の人だ。
気の強そうな女性の後ろについて来た、青いローブを着た顔立ちが幼く見える女の子を見て思い出した。……青いローブが記憶に残ってたんだよ。
「『翠緑の戦乙女』の人ですよね? 急いでるようですけど、なにかありましたか?」
「あの森人族は? あの人、〈治癒魔術〉を使えるんだろ?」
質問に質問を返された。
ああ、なるほど。隊列の後ろの方に怪我人がいて、一人はかなりの重傷のようだ。よくよく見たら、背負われてる人の左足の膝から先がなかった。急いでるんだね。
「イレーヌとイヴェットなら、下の階層ですよ」
舌打ちして立ち去ろうとしたので彼女を呼び止める。けど、彼女はそのまま立ち去る。
「エリクサーあるけど、要らない?」
「はぁ? 嘘つくんじゃねぇよ! エリクサーなんて、詐欺師の口からしか出ねぇんだよ!」
「じゃあ、騙されたと思って、これをあの子に飲ませてみてよ」
ポケットから透明な小瓶を出して差し出す。
鼻で笑われた。
気の強そうな女性は隊列に戻ったけど、その後ろにいた青いローブの女性は、その場から動かず、僕の手の中にある小瓶を驚愕の顔で見ている。
投げて渡そうと思ったけど、結界が邪魔だな。
確か、一定以上のプラーナで覆われた物であれば通り抜けられるように結界を改良したって、ロクサーヌが言ってたな。
みんなを心配させないように、野営中は結界の外に出ないようにしてたから、通り抜けるのはこれが初めてだ。
……こんな感じか?
腕だけ出せばいいんだろうけど、全身をプラーナで覆ってしまった。
あ、僕のプラーナでエリクサーが科学反応? 魔力反応? して、効果が変わってしまうか……大丈夫だ。鑑定してみたら、瓶が僕のプラーナからエリクサーを守ってくれたようだ。
さすが縁。こうなることを予想していたかのような先回りだ。さすゆかだ。
そのまま踏み出すと、青ローブの女性がビクンと震える。
結界を抜けると、隊列の中の幾人かも同じようにビクビクしている。
「ほい、これ。お代はいらないよ」
歯がカチカチ鳴ってる青ローブの手を取り、その手に無理矢理小瓶を持たせ、踵を返して結界の中に戻る。
背中に気の強そうな女性の「そんな奴、放っておけ」という声を聞きながらキッチンに戻って、料理を再開した。
あの子たち、なんであんなに怯えてたんだ?
*
彼女たちが怯えた理由は、夕飯後にソファでだらけながら今日の報告をイレーヌから聞いてる時にわかった。
「御主人様が結界を抜ける時に出したプラーナを、彼女たちの〈魔力感知〉で感じて、その馬鹿げた量に怯えたんでしょう」
イレーヌが、膝の上の僕の頭を撫でながら教えてくれた。
「最低限のプラーナしか放出してないよ」
「その最低限が多いんです。そもそも、御主人様の〈支援魔法〉は、私たちですら半日も維持できないくらいプラーナを消費してるんですよ。それを一日中、複数人に維持しているんですから。そんな人の"最低限"が一般に通用するわけないですよ」
そっか。僕にとっては"ちょっとプラーナを放出して体を覆った"だけでも、〈魔力感知〉を持つ彼女たちには"膨大な量のプラーナを放出して威嚇された"になるのか。
「人前でプラーナを放出する時は、気をつけよう」
今さらだけど、『偽ドラ』を撃つ時は人目に気をつけないと。あれ、僕でもプラーナの消費量が多いと思うもん。
「気をつけても、〈魔力感知〉のレベルが高ければ、放出していなくても、御主人様のプラーナ量が異常なのがわかってしまいます」
「どうしろと?」
「人前に出ない?」
イレーヌは、マーヤほどではないけど、僕を甘やかしてくれる。
「魔王を討伐したらヒキニートになるよ」
「ユリアーナちゃんは許さ……なんだかんだで許しそうね。ミカゲちゃんも御主人様には甘いし、ロクサーヌちゃんも……甘いわね。あ、マヒロちゃんは?」
「甘くはないけど、厳しくもないね。普通?」
まさしく普通人だよ。
「意外と、マーヤに甘やかされてると、しっかりしなきゃって思うんだよね」
マーヤの場合、黙ってると、おはようからおやすみまで全て世話されてしまう。
ダメ人間になる前に辛うじて克己しているけど、気を抜くとズルズルいってしまいそうだ。
「話は変わるけど、イヴェットはどうだった?」
フワッとした質問になったけど、僕が聞きたいことは伝わってるはず。
「私に"〈精霊魔術〉を教えて"って言ってきた時は驚きました。御主人様が焚き付けたんですか?」
「俺が頑張ったら自分も頑張るって言うから、ね」
僕のは、強制的に頑張らされただけなんだけどね。
「ちゃんと火の精霊と向き合って、受け入れましたよ。最初の契約精霊は、自分を映す鏡と言われています。あの子が向き合い、精霊がそれに応えた。あの子がちゃんと向き合えた証明です」
困った。これでは僕の方がちゃんと向き合えていない。
まだ、あーちゃんとの間に線を引いている気がする。
もう少し、あーちゃんと話す時間を作ろう。
「そういえば、イヴェットが言ってたんですけど、"お父さん"呼びは継続だそうですよ」
「え? 父親代わりは終わりじゃないの?」
そう聞きながらも、ちょっとホッとしている。
僕に、あーちゃんとちゃんと向き合えていないって自覚があるし、急に「お父さん」と呼ばれなくなるのは寂しい。
「"妊娠すれば、お腹の子のお父さんだから"って言ってましたよ」
間違ってはいないけど、母親としてそれでいいの?
「私も、お願いしますね」
強めの圧で言われた。
森人族は妊娠しにくいらしい。
そもそも、生理周期が半年前後なので、チャンスが年に二回しかないんだ。あ、この世界の半年だから、二百日だよ。
それと、妖精種は異種族間だとさらに妊娠しにくいそうだ。
同じ妖精種である飛翼族のロクサーヌ母娘が妊娠したのは、丁度タイミングが良かったのと、【娼婦】クラスの避妊のためのスキルを上手く妊活に利用したからだろう。
なので、同じスキルを持ってるイレーヌにも、同じことが可能なはず。
にも拘わらず、イレーヌが今まで僕の子を妊娠しなかった。これは、本人に妊娠願望がないからだと思っていたんだけど……違う? それとも気が変わった?
「ロクサーヌちゃんに先を越されてしまいましたからね。今回の探索の間に私も、ね?」
妖精のような美少女が、肉食獣のような笑顔で見下ろしている。
ゴクリと喉を鳴らして、彼女の頬に触れようと手を伸ばし、止まる。
「お父さん? 私もだよ」
いつからいたの?
視線を横に移すと、ジト目の娘と目が合った。
「今さら"お父さん"以外の呼び方にするのは、なんか嫌だから、お父さんの子供を身籠ったら変える必要がなくなるでしょ?」
理由はわかった。
そこにイレーヌが乗っかるのは?
視線を枕の主に向ける。
「え? ダメですか? 私もこの期に"お父さん"って呼びたいなぁ、って……お願いできませんか?」
今にも泣きそうな美少女のお願いを断れる男は、いないよ。
*
今晩のプレイ内容を考えながら風呂上がりの果実水を飲んでいると、各班から今日の報告が仮面に届いた。
討伐班は素材採取班と地下八十階で合流。
明日は、素材採取班のスタート地点である地下五十一階まで一気に駆け上がり、そこから上の階層の魔物を殲滅する予定。
明日の野営予定地は、地下二十階から三十階の間にしたいそうだ。
このペースなら、明後日には全階層の魔物を殲滅できそうだな。
できても、新人研修のために十階より上の階層に手を出さないでほしい。
ユリアーナからは、新人研修の参加者の中で、傭兵団に入団したいって人がいた時のための、面接の合否が送られてきた。
予め話を聞いておいたらしい。
といっても、合格は五人。五人とも女の子だ。
ハーレムに加えろと? 口説きませんよ。
食材採取班からは悪い報告。
種籾を、収穫まで『幻想農園』内の時間を早送りで育てて、おにぎりにしてみたら、美味しくなかったそうだ。
古代米に近い味で、現代の日本米で育った彼女たちの好みに合わなかった。
明日からは、品種改良に挑戦するらしい。
品種改良ついでに、牛と豚も好みに合わなかったので、そちらも手を加えるそうだ。
僕が「ミノタウロスとオークでいんじゃね?」と聞くと、「和牛を食べたい」と返された。
僕も、ミノタウロスの方が美味しいけど、和牛の方が好きだ。
けど、そこまでこだわる必要ってあるの?
まあ、和牛への賛成意見が多いから黙っておく。
最悪、肉はドラゴン肉だけでもいい。
新人研修は停滞気味。
残るパーティは五つ。
二人パーティが二つ。三人パーティが一つ。四人パーティが二つだ。
停滞している理由は、一パーティだけ違うけど、他は慎重だからだ。どっかの慎重すぎる勇者ほどではないけど、慎重すぎる。
みんな日帰りで、余力を持って探索を切り上げているので、遅々として進まない。
特に、【風の勇者】と【雷の勇者】のパーティ。他は地下七階まで到達しているのに、この二人はまだ五階までだ。一度だけ六階に踏み込んだけど、単独のホブゴブリンを見て、装備を整えるために引き返したそうだ。慎重というか臆病?
ユリアーナにボッコボコにされて、チートだと思ってた物がチートじゃないって思うようになったんだろうけど、あの二人なら、地下二十階の階層主にも勝てるはずなんだけどなぁ。
アリアハンで、転職できるくらいまでレベル上げする人なのかな?
停滞していないパーティは、一つだけある。
四人パーティの一つだ。サッカー部のエースとマネージャーとエースのファンの、ハーレムパーティだ。
このハーレムパーティは、たぶんリタイアする。
そもそも、ダンジョンに潜る気はないようで、今日の時点でギルドに登録すらしていない。
貰った準備金で遊んでいるらしく、今日の昼頃にお金を使い切ったので、明日にはリタイアを宣言するんじゃないかな。
どうやら、お金を使い切っても御影さんに怒られるだけで済むと思っているようだから、期間内にダンジョンで儲けて準備金を返済しなかった場合は、借金奴隷として傭兵団で強制労働してもらうことにした。といっても、クラスを【奴隷】にするわけではない。面倒だし。
これは、護衛を介して参加者全員に通達済みで、既にリタイアした五人は強制労働してもらっている。
まあ、強制労働といっても、皿洗いくらいしかさせられることがないけどね。
その皿洗いだって、魔法を使えばすぐ終わるようなものだから、奴隷のように無給で働かせるっていう罰ゲームをやらせているような感じだ。
ちなみに、あーちゃんが拾ってきた魔石を査定してみたら、準備金の倍あった。
あーちゃんが凄いのか、あーちゃんを鍛えた縁が凄いのか。
……どっちもか。だって、あーちゃんはスタート時のクラスが【平民】のレベル10で、ゴールした時は、【平民】のレベル21だったんだよ。成長チートなしで、短期間にここまで上げる人って、他にいないんじゃないかな。
その下地を作った縁も凄いけど、成し遂げたあーちゃんはもっと凄い。
ゴール役の僕たちからも、『翠緑の戦乙女』の半数ほどが地上へ向かった話をして報告終了。
果実水の最後の一口をグイっと飲む。
今晩は、イレーヌとイヴェットのために頑張るぞ!
両腕に緊縛エロフ母娘の重さを感じながら目を開ける。
天幕の天井から吊るされたイレーヌをボンヤリ眺め、右腕を見るとピンクの縄で縛られたイヴェットが寝ている。
……あれ?
素早く左腕を振り返ると、あーちゃんの青い瞳が僕を見ていた。
え? 手ぇ出しちゃった?
「お、おはよう」
挨拶しながらその体を見る。
下着は着けている。下着しか着けてないけど。
……事後に着た可能性もあるよな。
殴られるのを覚悟して、ストレートに「手ぇ出しちゃった?」って聞く?
いや待てよ。昨晩はお酒を呑んでないし、眠るまでの記憶はある。
それでも、無自覚チート主人公のように「あれ? 俺、なんかヤっちゃいました?」って聞いてみる?
あーちゃんは「おはよう」と返した後、恥ずかしそうに顔を隠した。初々しい。
よかった。この感じなら手を出してないはず。でも、念のため、後でイレーヌとイヴェットに聞いておこう。
「間近で見たら、凄かった」
ああ、見てたね。ベッド脇から乗り出して見てたね。
けどね、昨晩はちゃんと手加減したんだよ。
「まーくんは縛るのが好きなの?」
「違う。イレーヌとイヴェットが好きなだけで、二人が好きなプレイをしてるだけ」
僕も楽しんでるけどね。
*
イレーヌに確認した結果、あーちゃんに手を出してなかった。
午前中は、周辺で〈精霊魔術〉の訓練をするらしく、イレーヌとイヴェットは出かけた。
あーちゃんも本格的に鍛えたいと言うので、成長チートを使ってあげたら、二人を追いかけていった。
そんなわけで、久し振りに一人になったわけだ。
と、ソファで寛ぎながら思っていたら、新人の護衛だった三人がやって来た。
狼人族二人と人馬族が一人。
見た目が幼い狼人族はエリーザだ。
中学生くらいに見えるけど、二十歳だ。
確か、昨日リタイアしたソロの一年生男子の護衛だったはず。
料理好きで、狼部隊でありながら由香と由希の手伝いをしている。二人が言うには、料理が好きなんじゃなく食べるのが好きで、一品作る度に、味見と称して結構な量のつまみ食いをするそうだ。
年齢的には問題ないんだけど、この見た目の彼女に手を出すのは躊躇われるので、今んとこノータッチだ。
いや、イレーヌとイヴェットに手を出しといて、今さらだな。
もう一人の、赤髪の狼人族はアリーナ。
狼人族の間では赤髪はモテないのだそうで、そんなことを気にしない僕ならワンチャンあるんじゃないかとアプローチを続けているんだけど、今まで結婚を諦めていたもんだから、アプローチの仕方がわかっていないらしく、よくわからない行動が多い。
クルの実という美味しい木の実を貰ったんだけど、あれもアプローチだったのだろうか?
綺麗だから普通に口説いてるんだけど、口説かれ慣れてないから、ちょっと褒めるだけで顔を赤くして逃げてしまうんだ。
二人の後ろについて来たのは、青鹿毛の人馬族。ヘルミーネだ。
人馬族の男だったら青鹿毛はモテるんだけど、女性だとそうでもない。
本人は普通に男が恋愛対象なのに、青鹿毛のせいで女性からモテているそうだ。なので、男からは嫉妬の目で見られ、ネチっこい嫌がらせを受けていたらしい。
以前、僕が酔っ払った時に口説いたそうで、それが女性として扱われた初めてらしい。
以来、積極的にアプローチをかけてくるんだけど、アリーナと同じでちょっと変な方向に向かっている。
年齢的には問題ないんだけど、彼女とアリーナにも手を出していない。
長ーい縄を渡されたんだけど、人馬族固有の風習かな? それとも、縛ってほしいって意味?
「アリーナは、あーちゃんの護衛だっけ? 昨日は見なかったけど、地上に戻ったの?」
「え、ええ。ミカゲ様に報告と、他の子の手伝いに」
君も御影さんを様付けで呼んでるの? 本人は、「私ってそんなに怖い?」って聞いてくるくらい気にしてんだよ。
「ヘルミーネは【火の勇者】の護衛だったね。彼はどんな感じだった?」
「どう、と言われましても……ギルドで【火の勇者】と名乗ってしまい、登録後、中堅冒険者に絡まれ、有り金を奪われ、なんとかダンジョンに到着したんですが、地下一階に下りたら明かりがなくて、〈火魔法〉で照らそうにもプラーナを操作できず、ダンジョンの壁に騒がしく八つ当たりしていたらゴブリンが三匹来て、素手で挑んで返り討ちにあい、頭蓋骨を割られたので助けに入りました。地下一階でやられる人なんているんですね」
コントみたいだな。
地下一階は人通りが多いから、魔物と遭遇することはほとんどない。
そんな場所で三匹に囲まれるって、運が悪いか、魔物を誘き寄せるようなことをしたか、だ。
彼の場合は後者。一人分の声で騒がしくしていたら、ゴブリンとしては「食い物が一匹でいる」と思うだろう。自業自得。フォローのしようがない。
「エリーザが護衛した一年生も似たような感じ?」
「んーん。こちらは入念に準備して、ゴブリンにアッサリやられたわ。右手に封印されしなんたらこうたら、って言ってる間にやられちゃった。まさか敵を前に棒立ちするとは思わなくて、助けるのがギリギリになってしまったわ」
こっちもコントだな。
彼は不治の病に罹っていたのか。それなら、しょうがない。
これを機会に、日本への帰還を真剣に考えてほしい。
そして、何気ない生活の中で思い出して悶絶してほしい。
あの病気は、治ったと思ってもフラッシュバックがあるから、完治は不可能なんだよな。
「あとリタイアしたのは、三年生男子三人のパーティだっけ。護衛は……」
「ズザネちゃんとクリスティーネちゃんよ」
エリーザが、紅茶っぽい飲み物を僕に差し出しながら言う。
ズザネとクリスティーネは姉妹で、シャルがザビーネだった頃の取り巻きだ。
一時期、シャルとの仲が冷えきっていたが、ユリアーナが間に入って和解したらしい。
「連中は、娼館に行ってお金が無くなったんだっけ?」
羨ましいな。僕も誘ってほしかった。
「ええ。お金が無くなったというか、娼館で延長して足りなくなって、店の怖いお兄さんに身ぐるみ剥がされたそうです」
お金の計算ができなくなっちゃったの?
「下水に捨てられそうになったんだけど、捨てられちゃうと回収するのに臭いから、その前に助けたそうですよ」
王都の中を流れてる下水道は、そのまま国境の川の支流に放流しているらしい。
結構流れが早いから、流されていたら回収が面倒だっただろう。
エリーザが僕の隣に座るのを見て、アリーナが反対側に座る。
ヘルミーネは少し考え、僕の前に膝を折って座った。いや、両手を地面につけた。
なにしてんの?
「団長に服従していると心地いいのです」
膝を折り地面に両手をついたら、ソファに座った僕より顔の位置が下になる。
立ち居振舞いが男っぽくて格好いいけど、ヘルミーネも人馬族の女性なんだな。
てか、人馬族の女性にはマゾしかおらんのか?
「それと、ツェツィとエッテが"こうするとご主人様は襲いたくなる"と」
駄馬姉妹は戻ったらお仕置きな。
「それだけで襲いたくなるわけじゃないよ」
「私が男っぽいからダメですか?」
目の前に鎮座する双丘だけ見たら、充分に女性なんだよね。
「確かに、ヘルミーネの立ち居振舞いは男っぽい。けど、中身はちゃんと女の子だってわかってるから気にしなくていい」
「……それを証明してくれませんか?」
ヘルミーネの視線がチラチラと天幕に向く。
ほう。
【妖精神】に「ごえんなひゃい。もう無理れふ」と言わせた僕に挑みたいと?
【武神】だろうと【軍神】だろうと、失神するまで攻める僕に挑みたいと?
逃げ腰になっても、もう遅い。
紅茶っぽいなにかを飲み干し、カップをエリーザに渡す。
ヘルミーネの手を取り、立ち上がる。
ついでにアリーナの手も取る。「はわわ」って、あざといよ。
天幕に向けて歩き始めると、エリーザがニコニコ顔でついてきた。
参加ですか?
いいでしょう。受けて立とう。
*
天幕に入ったのが九時過ぎ。
今は十二時半。
約三時間か……。
やり過ぎたかもしれない。
一応、脈は確認した。自発呼吸もしている。
けど、三人とも意識が戻らない。
……現実逃避にお昼御飯を作ろう。
キッチン脇の冷蔵庫を開けて、なにを作るか考える。
電気代的には開けっ放しで考えるのは良くないのだけど、日本にいる頃から、というか、独り暮らしを始めた中学からこうしていたので、すっかり体に馴染んでしまっていて、冷蔵庫を開けっぱにしないと作る料理を思いつけなくなってしまっている。
まあ、ここでは、消費するのは電気ではなく魔石なんだけどね。
その魔石も、魔力を充填して再利用できる魔晶石の開発により、僕の馬鹿げた量のプラーナを利用して、傭兵団のエネルギー問題が解決しつつある。
まだ完全に解決していないのは、魔晶石の生産は難しいらしく、縁ですら時々失敗するそうだ。
なので、量産には至らず数も足りないので、僕の身の回りにある魔道具から、順次、魔晶石に入れ換えている途中だ。
「んー、無難に冷製パスタでいいか」
パスタを茹でて、冷やして、野菜を切って、オリーブオイルと混ぜるだけ、の、目玉焼きと同レベルの簡単料理だ。
考えるのが面倒になったら、これで済ませるのが一番。
あとは、ツナ缶でもあればさらに美味しくなるんだけど、この地域は海が遠いので、海産物は高級品だし、そもそもツナってあるのかな?
イレーヌたちの昼食はどうするか聞いていなかったので、仮面を被って〈念話〉で聞いてみたら、「作ってくれるのなら食べたい」とのことで、エリーザたちの分も合わせて……何人分だ? 人馬族は一人で三人前くらい食うから、九人分か?
結構な量になってしまったけどしょうがない。
デカい鍋を出そうと、冷蔵庫の横に置かれた収納庫の前にしゃがんだら、下の階層からこちらに向かう十人前後の気配に気づく。
*
気配の主に覚えがないので、鍋を収納庫に戻して結界の端で待つ。
厄介事じゃなければいいんだけど……。
しばらく待つと、地下十一階に続く階段がある通路から、金属鎧の音を響かせながら複数の足音が近づいてくる。
足音の主が、結界中央に浮かぶ明かりの範囲に入る。
……見覚えがあるような、ないような。
女性が十二人。その内の五人が獣人種。残りが人族だ。
結界を避けて通り過ぎる途中で僕に気づいたのか、気の強そうな女性が一人近づいてくる。
あ、思い出した。『翠緑の戦乙女』の人だ。
気の強そうな女性の後ろについて来た、青いローブを着た顔立ちが幼く見える女の子を見て思い出した。……青いローブが記憶に残ってたんだよ。
「『翠緑の戦乙女』の人ですよね? 急いでるようですけど、なにかありましたか?」
「あの森人族は? あの人、〈治癒魔術〉を使えるんだろ?」
質問に質問を返された。
ああ、なるほど。隊列の後ろの方に怪我人がいて、一人はかなりの重傷のようだ。よくよく見たら、背負われてる人の左足の膝から先がなかった。急いでるんだね。
「イレーヌとイヴェットなら、下の階層ですよ」
舌打ちして立ち去ろうとしたので彼女を呼び止める。けど、彼女はそのまま立ち去る。
「エリクサーあるけど、要らない?」
「はぁ? 嘘つくんじゃねぇよ! エリクサーなんて、詐欺師の口からしか出ねぇんだよ!」
「じゃあ、騙されたと思って、これをあの子に飲ませてみてよ」
ポケットから透明な小瓶を出して差し出す。
鼻で笑われた。
気の強そうな女性は隊列に戻ったけど、その後ろにいた青いローブの女性は、その場から動かず、僕の手の中にある小瓶を驚愕の顔で見ている。
投げて渡そうと思ったけど、結界が邪魔だな。
確か、一定以上のプラーナで覆われた物であれば通り抜けられるように結界を改良したって、ロクサーヌが言ってたな。
みんなを心配させないように、野営中は結界の外に出ないようにしてたから、通り抜けるのはこれが初めてだ。
……こんな感じか?
腕だけ出せばいいんだろうけど、全身をプラーナで覆ってしまった。
あ、僕のプラーナでエリクサーが科学反応? 魔力反応? して、効果が変わってしまうか……大丈夫だ。鑑定してみたら、瓶が僕のプラーナからエリクサーを守ってくれたようだ。
さすが縁。こうなることを予想していたかのような先回りだ。さすゆかだ。
そのまま踏み出すと、青ローブの女性がビクンと震える。
結界を抜けると、隊列の中の幾人かも同じようにビクビクしている。
「ほい、これ。お代はいらないよ」
歯がカチカチ鳴ってる青ローブの手を取り、その手に無理矢理小瓶を持たせ、踵を返して結界の中に戻る。
背中に気の強そうな女性の「そんな奴、放っておけ」という声を聞きながらキッチンに戻って、料理を再開した。
あの子たち、なんであんなに怯えてたんだ?
*
彼女たちが怯えた理由は、夕飯後にソファでだらけながら今日の報告をイレーヌから聞いてる時にわかった。
「御主人様が結界を抜ける時に出したプラーナを、彼女たちの〈魔力感知〉で感じて、その馬鹿げた量に怯えたんでしょう」
イレーヌが、膝の上の僕の頭を撫でながら教えてくれた。
「最低限のプラーナしか放出してないよ」
「その最低限が多いんです。そもそも、御主人様の〈支援魔法〉は、私たちですら半日も維持できないくらいプラーナを消費してるんですよ。それを一日中、複数人に維持しているんですから。そんな人の"最低限"が一般に通用するわけないですよ」
そっか。僕にとっては"ちょっとプラーナを放出して体を覆った"だけでも、〈魔力感知〉を持つ彼女たちには"膨大な量のプラーナを放出して威嚇された"になるのか。
「人前でプラーナを放出する時は、気をつけよう」
今さらだけど、『偽ドラ』を撃つ時は人目に気をつけないと。あれ、僕でもプラーナの消費量が多いと思うもん。
「気をつけても、〈魔力感知〉のレベルが高ければ、放出していなくても、御主人様のプラーナ量が異常なのがわかってしまいます」
「どうしろと?」
「人前に出ない?」
イレーヌは、マーヤほどではないけど、僕を甘やかしてくれる。
「魔王を討伐したらヒキニートになるよ」
「ユリアーナちゃんは許さ……なんだかんだで許しそうね。ミカゲちゃんも御主人様には甘いし、ロクサーヌちゃんも……甘いわね。あ、マヒロちゃんは?」
「甘くはないけど、厳しくもないね。普通?」
まさしく普通人だよ。
「意外と、マーヤに甘やかされてると、しっかりしなきゃって思うんだよね」
マーヤの場合、黙ってると、おはようからおやすみまで全て世話されてしまう。
ダメ人間になる前に辛うじて克己しているけど、気を抜くとズルズルいってしまいそうだ。
「話は変わるけど、イヴェットはどうだった?」
フワッとした質問になったけど、僕が聞きたいことは伝わってるはず。
「私に"〈精霊魔術〉を教えて"って言ってきた時は驚きました。御主人様が焚き付けたんですか?」
「俺が頑張ったら自分も頑張るって言うから、ね」
僕のは、強制的に頑張らされただけなんだけどね。
「ちゃんと火の精霊と向き合って、受け入れましたよ。最初の契約精霊は、自分を映す鏡と言われています。あの子が向き合い、精霊がそれに応えた。あの子がちゃんと向き合えた証明です」
困った。これでは僕の方がちゃんと向き合えていない。
まだ、あーちゃんとの間に線を引いている気がする。
もう少し、あーちゃんと話す時間を作ろう。
「そういえば、イヴェットが言ってたんですけど、"お父さん"呼びは継続だそうですよ」
「え? 父親代わりは終わりじゃないの?」
そう聞きながらも、ちょっとホッとしている。
僕に、あーちゃんとちゃんと向き合えていないって自覚があるし、急に「お父さん」と呼ばれなくなるのは寂しい。
「"妊娠すれば、お腹の子のお父さんだから"って言ってましたよ」
間違ってはいないけど、母親としてそれでいいの?
「私も、お願いしますね」
強めの圧で言われた。
森人族は妊娠しにくいらしい。
そもそも、生理周期が半年前後なので、チャンスが年に二回しかないんだ。あ、この世界の半年だから、二百日だよ。
それと、妖精種は異種族間だとさらに妊娠しにくいそうだ。
同じ妖精種である飛翼族のロクサーヌ母娘が妊娠したのは、丁度タイミングが良かったのと、【娼婦】クラスの避妊のためのスキルを上手く妊活に利用したからだろう。
なので、同じスキルを持ってるイレーヌにも、同じことが可能なはず。
にも拘わらず、イレーヌが今まで僕の子を妊娠しなかった。これは、本人に妊娠願望がないからだと思っていたんだけど……違う? それとも気が変わった?
「ロクサーヌちゃんに先を越されてしまいましたからね。今回の探索の間に私も、ね?」
妖精のような美少女が、肉食獣のような笑顔で見下ろしている。
ゴクリと喉を鳴らして、彼女の頬に触れようと手を伸ばし、止まる。
「お父さん? 私もだよ」
いつからいたの?
視線を横に移すと、ジト目の娘と目が合った。
「今さら"お父さん"以外の呼び方にするのは、なんか嫌だから、お父さんの子供を身籠ったら変える必要がなくなるでしょ?」
理由はわかった。
そこにイレーヌが乗っかるのは?
視線を枕の主に向ける。
「え? ダメですか? 私もこの期に"お父さん"って呼びたいなぁ、って……お願いできませんか?」
今にも泣きそうな美少女のお願いを断れる男は、いないよ。
*
今晩のプレイ内容を考えながら風呂上がりの果実水を飲んでいると、各班から今日の報告が仮面に届いた。
討伐班は素材採取班と地下八十階で合流。
明日は、素材採取班のスタート地点である地下五十一階まで一気に駆け上がり、そこから上の階層の魔物を殲滅する予定。
明日の野営予定地は、地下二十階から三十階の間にしたいそうだ。
このペースなら、明後日には全階層の魔物を殲滅できそうだな。
できても、新人研修のために十階より上の階層に手を出さないでほしい。
ユリアーナからは、新人研修の参加者の中で、傭兵団に入団したいって人がいた時のための、面接の合否が送られてきた。
予め話を聞いておいたらしい。
といっても、合格は五人。五人とも女の子だ。
ハーレムに加えろと? 口説きませんよ。
食材採取班からは悪い報告。
種籾を、収穫まで『幻想農園』内の時間を早送りで育てて、おにぎりにしてみたら、美味しくなかったそうだ。
古代米に近い味で、現代の日本米で育った彼女たちの好みに合わなかった。
明日からは、品種改良に挑戦するらしい。
品種改良ついでに、牛と豚も好みに合わなかったので、そちらも手を加えるそうだ。
僕が「ミノタウロスとオークでいんじゃね?」と聞くと、「和牛を食べたい」と返された。
僕も、ミノタウロスの方が美味しいけど、和牛の方が好きだ。
けど、そこまでこだわる必要ってあるの?
まあ、和牛への賛成意見が多いから黙っておく。
最悪、肉はドラゴン肉だけでもいい。
新人研修は停滞気味。
残るパーティは五つ。
二人パーティが二つ。三人パーティが一つ。四人パーティが二つだ。
停滞している理由は、一パーティだけ違うけど、他は慎重だからだ。どっかの慎重すぎる勇者ほどではないけど、慎重すぎる。
みんな日帰りで、余力を持って探索を切り上げているので、遅々として進まない。
特に、【風の勇者】と【雷の勇者】のパーティ。他は地下七階まで到達しているのに、この二人はまだ五階までだ。一度だけ六階に踏み込んだけど、単独のホブゴブリンを見て、装備を整えるために引き返したそうだ。慎重というか臆病?
ユリアーナにボッコボコにされて、チートだと思ってた物がチートじゃないって思うようになったんだろうけど、あの二人なら、地下二十階の階層主にも勝てるはずなんだけどなぁ。
アリアハンで、転職できるくらいまでレベル上げする人なのかな?
停滞していないパーティは、一つだけある。
四人パーティの一つだ。サッカー部のエースとマネージャーとエースのファンの、ハーレムパーティだ。
このハーレムパーティは、たぶんリタイアする。
そもそも、ダンジョンに潜る気はないようで、今日の時点でギルドに登録すらしていない。
貰った準備金で遊んでいるらしく、今日の昼頃にお金を使い切ったので、明日にはリタイアを宣言するんじゃないかな。
どうやら、お金を使い切っても御影さんに怒られるだけで済むと思っているようだから、期間内にダンジョンで儲けて準備金を返済しなかった場合は、借金奴隷として傭兵団で強制労働してもらうことにした。といっても、クラスを【奴隷】にするわけではない。面倒だし。
これは、護衛を介して参加者全員に通達済みで、既にリタイアした五人は強制労働してもらっている。
まあ、強制労働といっても、皿洗いくらいしかさせられることがないけどね。
その皿洗いだって、魔法を使えばすぐ終わるようなものだから、奴隷のように無給で働かせるっていう罰ゲームをやらせているような感じだ。
ちなみに、あーちゃんが拾ってきた魔石を査定してみたら、準備金の倍あった。
あーちゃんが凄いのか、あーちゃんを鍛えた縁が凄いのか。
……どっちもか。だって、あーちゃんはスタート時のクラスが【平民】のレベル10で、ゴールした時は、【平民】のレベル21だったんだよ。成長チートなしで、短期間にここまで上げる人って、他にいないんじゃないかな。
その下地を作った縁も凄いけど、成し遂げたあーちゃんはもっと凄い。
ゴール役の僕たちからも、『翠緑の戦乙女』の半数ほどが地上へ向かった話をして報告終了。
果実水の最後の一口をグイっと飲む。
今晩は、イレーヌとイヴェットのために頑張るぞ!
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