一人では戦えない勇者

高橋

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間章3

矢萩弓弦6

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 ワチャワチャした結婚式の三日後。

 ロジーネさんからの情報によると、今日、平賀先輩が王都から西へ出発するらしい。
 昨晩、一人静かに晩御飯を食べていたら、いつの間にかロジーネさんが隣にいて、乙女のような悲鳴をあげてしまった。いつもながら、まるっきり気配を感じなかったよ。

 先輩を見送ってから僕も東に旅立とうと思っていたので、僕の旅立ちの日も今日になった。

 早朝。
 王城の僕に割り当てられた一室を軽く掃除する。といっても、殆ど使ってないので、あまり変化がない。
 昨夜の内に武器庫から借りていた弓は返したし、この国から借りていた物はないはず。……一応確認。うん。ないね。
 世話になったお礼くらい言っておくべきなんだろうけど、この部屋の担当メイドさんは、僕を認識できないからなぁ。

「手紙にするか」

 マジックバッグからルーズリーフを出して、ボールペンで、東へ旅立つに当たって世話になったお礼と、メイドさんへのチップと部屋代を置いていく旨を書き残す。
 メイドさんへのチップは、ダンジョン上層で戦った魔物の魔石を十個。チップとしては多いか? 一ヶ月分のチップとして見たら丁度いいくらいではないかな? チップの習慣がないから、相場がわからないけど。あれ? そういえば、あのメイドさん、この部屋で仕事サボってるのを何度か見たような……まあ、いいか。

 部屋代は、ダンジョン地下二十階にいた階層主の魔石にしておいた。高級ホテルに一ヶ月泊まる宿泊費として考えたら足りないかもしれない。けど、食事は一度も出されなかったので、これでも多すぎると思ってる。まあ、影が薄すぎる僕に問題があるんだけどね。

 手紙と魔石をテーブルに置いて扉へ向かうと、その扉がノックされる。
 無駄とわかっていても返事をして扉を開けると、いつものメイドさんがキョロキョロしながら「失礼しまーす」と入室する。うん。今日も見えてないね。
 メイドさんは、使った痕跡のあるベッドを確認して室内を見渡す。すぐにテーブルの上の魔石と手紙に気づき、手紙を読むと、慌てて廊下に駆け出した。
 魔石を忘れたのに気づいて慌てて戻ったメイドさんが、魔石を回収して再び廊下へ駆け出す。
 その背中に頭を下げる。

「お世話になりました」

 長い廊下に出てテクテク歩いていると、前から来た騎士にすれ違いざまに会釈される。一瞬、僕の後ろに誰かいるのかと思ったが、ちゃんと目が合っていた。
 そういえば、あの騎士に見覚えがある。……そうだ。召喚された初日に、平賀先輩を城の外まで案内しながら色々教えていた騎士だ。名前は……忘れた。
 あの人、僕が見えてるの?
 まあ、今日旅立つ僕には関係ないんだけどね。



 城の厨房にあった食材で適当に作った朝御飯を食べながら、スラムの屋敷を隣家の屋根上から見下ろす。

「わざわざ見送りに来てくれたの?」

 心臓に悪いので、気配を消して後ろに立たないでください。
 振り返ると、声の主である猫人族の女性が……いなかった。
 けど、顔を正面に戻すと、正面にいた。
 なにがしたいの?

「ええ。そちらは来客があったみたいですけど?」

 ここから見る屋敷は、出発の準備は進んでいるようだけど、平賀先輩は、麒麟に乗って出かけた。

「うん。マゴイチ君を罠に嵌めるつもりなんじゃないかな?」
「大丈夫なんですか?」

 平賀先輩は、自称"一人では戦えない勇者"だ。

「マーヤちゃんとエミーリエちゃんが一緒だから、大丈夫よ。たぶん」
「なら、僕が様子を見に行きますよ」

 なにかあっても、先輩を助けるつもりはないですけどね。というか、護衛が二人いるみたいだし、僕が助けるまでもないだろう。

「なら、私も行こ」

 過剰戦力。



 ロジーネさんの、僕を振り切りそうなスピードの案内で、貴族街の廃屋の隣にある屋敷の屋根上に到着する。

 疲れた。
 ロジーネさんは息一つ切らしてないけど、僕は全力疾走だったよ。

 平賀先輩が僕に気づいたようなので、軽く手を振る。
 どうやら、【斧の勇者】が先輩を呼び出したようだ。
 隷属の首輪の正しい使い方を知らない人たちによる退屈な喜劇をのんびり眺めていたら、【斧の勇者】があっさり無力化される。
 あれ? 狐人族のマーヤさんだっけ? なんか僕をジッと見ている。怖いんですけど。

「マーヤちゃんは、身内以外への警戒心が強いからね」

 僕は警戒されてるのか。

 唐突に奇声が聞こえ、そちらを見ると、【斧の勇者】が投げた斧が平賀先輩の右手に刺さっていた。

「あ、まずっ!」

 隣から僕の全力以上のプラーナが膨らみ、細い線となって放出される。
 〈綱糸術〉だ。
 ただ、僕の〈綱糸術〉とは比較にならない精度とスピードだ。
 一瞬にして【斧の勇者】が拘束され、ついでのように先輩から離れていた女騎士も拘束される。あの人、【斧の勇者】の右腕を切り落とした後、首を跳ねて殺そうとしてたよね。
 てか、睨まれてるよ。貴女を拘束してるのは、僕じゃなくて隣のお姉さんですよ。
 〈威圧〉を受けながら、必死にジェスチャーで無実を訴える。

 先輩の怪我より僕の命の方が心配だ。



 あの後の【斧の勇者】への仕打ちは、思い出したくない。
 先輩があそこまでするのは理解できる。日本での因果が応報しただけだ。
 けど、狐人族のマーヤさんのアレは、酷くないか? アレを治すには、エリクサーが必要になると思う。

 うん。あの人は、見かけても近寄らないようにしよう。純粋に怖い。



 ロジーネさんから西に向かうルートを教えてもらっていたので、傭兵団が西門から出たのを見て首を傾げた。
 が、ダンジョンの裏に冒険者の墓があるのは聞いていたので、向かった先から、理由はすぐにわかった。
 先輩の墓参りが終わり、街道を外れて南に向かう馬車の列を見送り、誰もいなくなった墓の前に立つ。
 墓地の中で一際目立つ立派な墓石には、"勇者の父"とだけ彫られていた。

「私のお父さんよ」
「ロジーネさん。無人の墓地で、気配を消して後ろに立たないでください」

 心臓がビクンってなりましたよ。

「ところで、報酬としてあげた弓は?」

 僕が今持っているのは、王都の武器屋で買った普通の弓だ。質で言えば、中堅冒険者が使うレベルの弓。ついでに言うと、ベルトに提げてる矢筒には、その武器屋で買った普通の矢が入っている。

「あんな目立つ神器を、普段使いにする気はありませんよ」

 悪目立ちする。

「いやいや。普通の人はユヅルちゃんを認識できないでしょ。アレを使っても目立たないわよ」

 それはそれで悲しい。けど。

「正直に言ってしまうと、アレを持って早朝の冒険者通りを歩いても、誰にも気づかれませんでした」

 ダンジョンの地下一階は、早朝と夕方に冒険者が溢れることから冒険者通りと呼ばれている。
 そんな場所をあの弓を持って歩いても、誰からも気づかれなかった。
 試しに、黒いコンポジットボウと黒いコンパウンドボウの二張りを両手に掲げてみた。
 結果はお察しの通りだ。
 両手に弓を持ちながら、涙が溢れないように上を向きながら歩いたよ。

「旅立ちの日に悲しい現実を教えないでよ」

 わかってて言ったくせに。

「それより、お墓参りのために西門から出たんですか?」
「バタバタしちゃって、出発前に来れなかったからね」

 どうやら、ルート変更ではないようだ。【斧の勇者】のドタバタで、出発前に来れなかったのだそうだ。

「ユヅルちゃんも今日?」
「ええ。東に向かいます」
「どこか行きたい国でもあるの?」
「いえ。シュェさんからいただいた本を参考に、東域をブラブラして……その後は決めてません。気に入った国があればそこに永住しましょうかね」

 日本と違って、大学というモラトリアムがないから、将来どうするかを今の内に考えておかないとな。

「少なくとも、勇者として活動するつもりはありませんよ」

 暫くは気ままな冒険者として旅を続ける。そんで、その後は……稼いだお金でどこかに家を買いたいね。物価が安くて静かな場所がいいな。

「そっか、勇者として生きるつもりがないなら、英雄になったら?」
「なりませんよ」

 勇者にしろ英雄にしろ、好んで厄介事に首を突っ込む人でしょ?
 僕は日々太平に暮らしたい。波風も山も谷もない平地を歩きたいんだ。

「そう? マゴイチ君みたいに、口では嫌がりながら首を突っ込みそうに見えるんだけど」

 その結果、先輩は魔王と呼ばれてますよ。

「魔王になるつもりはないし、なれませんよ。まあ、困ってる人がいれば助けるつもりでいますけどね。あくまで、周りに助けてくれそうな人が他にいない場合ですよ。あと、命がけで助けたいとも思わないです」
「好みの美少女でも?」
「それはその時になってみないと」

 そもそも、命がけで助けなきゃいけない美少女って、なにをやらかしたの? そんな得体の知れない危険人物は、好みであっても関わらない方がいいよね。
 僕は【弓の勇者】だけど、勇者として生きたいわけではない。英雄になりたいわけでもない。
 ただ普通に生きたいんだ。
 まあ、悲しいことに、普通に生きたくても、周りが僕を認識してくれないから、普通に生きられないんだけどね。

「そかそか。ユヅルちゃんが命がけで助けたくなるような女の子って、どんな子なのかね?」
「それは僕も知りたいですよ」
「これで今生の別れになるかもだから、応援するくらいしかできないけど……そだ、これをあげよう。結界魔道具よ」

 ロジーネさんがどこかから取り出したのは、チェスのポーンみたいな形をした置物だ。高さは僕の胸くらい。それを地面に置く。

「んで、この起動装置にプラーナを流すと」

 手にしたスマホのようなプレートにプラーナが込められると、結界魔道具が四角柱の結界を展開した。
 結構広い。

「結界の効果は、人避けと魔物避けと遮音よ。大きさはこれが最大。この端末で設定してね。音は漏れないけど、外からは丸見えだから、中でエロいことするなら個室で使ってね」

 使わ……使うかもしれないけど、言わなくていいですよ。

「ほんじゃあ、お姉さんはそろそろ行くね」

 そう言うと、僕にプレートを放り投げる。
 慌てて受け取り、文句を言おうとロジーネさんに顔を向けると、そこには誰もいなかった。
 いつもながら唐突すぎる。
 まだ、そう遠くに行ってないはずだ。
 プレートを急いで操作して、結界を消す。

「ありがとうございました!」

 大きな声でお礼を言い、いるのかどうかもわからない相手に頭を下げた。
 返事はなかった。けど、頭を上げたら、幻のように一瞬だけ、ペガサスに乗ったお姉さんが手を振っていた。
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