一人では戦えない勇者

高橋

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3章

30話 シェーンシュテット公国へ

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 翌朝。

 今度こそ、本当に、ベンケン王国で最後の朝食を摂る。
 食後、夜営地の撤去作業中に、町から三人近づいてくる、と報告があった。

 なんだろうね?
 もう足止めの必要はないんだから、依頼ではないはずだ。
 ユリアーナが接客するようで、夜営地の入り口で待ち構えてる。任せて大丈夫だろう。
 というか、暇だから僕が対応するべきなんだろうけど、僕が寝ているハンモックをマーヤがブラブラ揺らして降りるのを邪魔してる。

「マーヤ? 酔っちゃうからやめようね」

 狂信者が僕の邪魔をするのは珍しい。言えばやめてくれるけど。
 この場合は、邪魔ではなく、行く必要がないってことなのかな? マーヤ風に言えば、「わざわざ御足労願う必要はありません」ってことかな?

「御主人様が行くとややこしくなります」

 違った。

「あの三人がなにか知ってるの?」
「入団希望者ですが、人格的に相応しくないので追い返します」

 ん? 人格的に?

「昨日の私兵の中にいた三人です。彼らは、入団したらスレイプニルを支給されると思っているようで、入団してスレイプニルが支給されたら行方をくらませて、貴族にスレイプニルを売るつもりだそうです」

 まるで、彼らから聞いてきたかのような言い方だ。

「ユカリ様の偵察ドローンで得た情報ですから」

 ああ、あのストーキングドローンね。僕の周囲を飛んでるのを時々見かけるよ。音がしないし光学迷彩を搭載してるから、ドローンが通った後の違和感のある風でしか感知できない。上手くこの違和感を説明できないけど、こう……なんか変な臭いがするんだ。

「あの偵察ドローンは人族には感知できませんが、獣人種には簡単に感知されてしまうので、まだまだ未完成と仰ってましたよ」

 うちの義妹様は、なにを目指してんだろうね?
 獣人種にも聞こえない飛行音に、臭いがしない光学迷彩。
 現状でも、魔道具でありながら微弱な魔力しか漏れていないので、優秀な魔力感知能力がある妖精種にしか感知できない魔力遮断能力もある。
 今の所、欠点と言えば稼働時間が短い点だけど、これは縁の基準で短いだけだ。十時間飛び続けるドローンの稼働時間は、欠点ではない。

 これ、暗殺にでも使うの?
 非武装とは言ってたけど、毒針を射出する機能くらいすぐに付けられるでしょ。

 ……これ、サイレントアサシンじゃん。
 完成品を想像すると怖くなるのでやめよう。

 入り口を見ると、ユリアーナが煩わしそうに入団希望者を追い払っている。

 逆上した一人がユリアーナに掴み掛かろうとして、触れる前にその場に跪く。今日も〈威圧〉が大活躍だ。

 残り二人も殴り掛かる。
 こちらは、二人とも振りかぶった姿勢で崩れ落ちる。

 三人とも、意識はあるようだから、放置しても大丈夫だろう。

 周囲に目を向けてみると、夜営地の撤去作業は、あと数分もあれば終わりそうだ。
 僕もハンモックから降りて片付ける。

 あとは、松風のチャイルドシートにアリスとテレスを乗せるだけで、僕の準備は整う。
 さて、その松風はどこかな? 呼べばすぐ来るんだけど、今日はなんとなく探したい気分。
 ……探す必要はなかった。真後ろにいた。
 ただし、駄馬姉妹も一緒だ。
 右から松風、ツェツィ、エッテの順だ。

「なにを、してるの?」
「乗っていただこうかと」

 なるほど。いつものヤツか。
 ならば、「乗りません!」と、二人の尻をひっぱたく。二人ともいい声で啼いた。
 遠巻きに見ていた人馬族の女性が、「いいなぁ」と呟いていたのが聞こえる。聞こえないふり聞こえないふり。

「二人とも、今日は国境を越える。この国でやり残したことは?」
「「遠乗り?」」

 何度も乗ったじゃん。
 走りながら尻に鞭を入れたじゃん。
 一緒に転んでマーヤがブチギレたじゃん。
 二人ともマーヤにボコられたじゃん。

「遠乗りはお隣の国で、な」
「「はい」」

 うん。いい笑顔。
 遠巻きに見ている人馬族の女性が「私も!」と元気良く手を挙げてる。
 あの子は……ヘルミーネだったか? 男ならイケメンの青鹿毛の男装の麗人だ。男装なんだけど胸は人馬族らしく大きい。なので、男と間違えることはない。

「兄さんは、人馬族に乗ってる時、楽しそうですよね」

 ビックリした。
 後ろに銃を持った縁が立っていた。

「あ、これ、メンテナンスした銃です。『偽ドラ』はちょっと改良したんですけど、弾種が通常弾固定になりました」

 使い勝手が悪くなるんなら改悪だよね。

「その代わり、込めるプラーナ量で威力と射程が増減します」

 加減できなくなるじゃん。……いや、前から加減できてないか。

「ユリアーナ姉さんは、兄さんに魔力制御を上手くなってもらいたいそうです」

 なぜに?

「スキルはカンストしていても、兄さんのプラーナ制御は大雑把です」

 縁の講義が始まる。聞かなきゃダメ?

 まず、プラーナ量1があるとする。
 普通、プラーナ量1を放出する場合、魔術にしろ魔法にしろ感覚頼りなので、人によって微妙に量が異なる。
 しかし、僕は、"微妙"では収まらないずれがあるらしい。

 僕にとってのプラーナ量1は、普通の人にとってのプラーナ量100くらいだそうだ。
 それだけなら「普通の人の百倍」って考えればいい。
 けど、僕の場合、プラーナ量2が問題。単純に二倍の量にすればいいのだけど、普通の人でも制御が下手だと三倍くらいになってしまうのに、僕はさらに下手らしく大体五倍から七倍になってるらしい。つまり、プラーナ量500から700だ。

 言われるまで気づかなかった。

「兄さんには、魔力制御を一から学んでもらいます」
「今更だな。理由は?」
「性感強化です。あれの制御が甘いと、この先死人が出るかもしれません」

 大袈裟……でもないのか?
 周囲の経験者も見学者もウンウン頷いてる。

「実際、今日もまだ起きてない人がいますしね」

 今日は、イルムヒルデとアストリットとアンゼルマがまだ寝てる。
 ベンケン王国最後の魔王戦ということで、女性陣に気合いが入っていたから、こっちも気合いを入れて全力で応戦した。
 その結果、犠牲者が三人出た。

「あの三人は馬車に乗せてあげて。魔力制御の方は……うん。頑張ってみるよ」

 とりあえず、人のいないとこで試射してみないことにはなんとも言えない。

 ふらつきながらイルムヒルデが天幕から出てきた。あとの二人は……少し遅れて出てくる。
 天幕の前に横付けされた馬車に、イルムヒルデが這うように乗り込む。アストリットとアンゼルマも続く。二人の足取りも重い。
 スレイプニルも増えて馬車も増やした。なので、空の馬車もいくつかあるし、三人が休むためだけの馬車も用意できる。計算通りだ。

 松風のチャイルドシートに、御影さんからアリスとテレスを受け取り乗せて、僕も松風に跨がる。「きちまー」言わないで。

 周囲を見渡す。
 何人か男子生徒が馬車に駆け込む。
 御影さんが愛馬に跨がるのを確認して、出発の号令を出そうかと思ったら、さっきの三人が僕に駆け寄る。

「ユリアーナが不合格にしたのなら、僕に言っても無駄ですよ」

 口を開く前に言うと、キッと睨み付けてくる。

「それに、入国審査の時と人数が違うと、審査をやり直さなければいけない。貴方がた三人のためにまた足止めされるわけですけど、その価値があるんですか?」
「もちろ」
「単独でホブゴブリンを討伐できるくらいが最低ラインだと思ってます」

 被せるように早口で言う。
 言われた内容を理解して言い返そうとしたのか口を開くが、昨日のゴブリンの巣の討伐を思い出したのか、口をパクパクさせるだけで言葉が出ない。
 うちでは、子供だけでホブゴブリンを討伐している。

「うちの子供たちでも団員見習いです。あの子たちくらいの実力はあって言ってるんですよね?」

 実力があるのなら、ゴブリンの巣は、僕らが来る前に討伐されているはずだ。

「昨日の討伐でなにもしなかった貴方がたにはなにも期待できませんので、お引き取りを」

 悔しそうに睨むのが一人。他二人は俯いてる。

「ほんじゃあ、出発だ。ユリアーナ。先触れはエルフリーデに」

 これは、昨日、代官に言われたのだけど、傭兵団が町に着く前に「着きますよー」と先に教えるのがマナーらしい。

 考えてみたら当たり前のことだった。
 町から見たら、所属不明の武装勢力が接近してるんだ。怖いよね。

 なので、国境を越えるために町へ入るのにも先触れを出して知らせなくてはいけない。
 人選は、物腰の柔らかいエルフリーデが適任だと思った。ユリアーナもエルフリーデを指名した意図を察したようで、一つ頷いて、エルフリーデに仮面を使って指示を出す。

「では、さようなら」

 三人の返事を待たずに、松風を前に進めた。



 ノイラートの大通りは、国境を越えるために町中を通り抜ける傭兵団の見学で人が溢れていた。
 この町、こんなに人がいたのか。


 松風の上から見渡すと、皆一様に驚いたような顔で固まっている。
 全員が仮面を被っているからか?
 いや、違うか。視線が馬上ではなく、その下に向けられている。
 当たり前か。
 馬が全て神獣だったり魔獣だったりするんだ。魔獣はともかく、神獣なんて初めて見るだろう。

 神獣は麒麟にスレイプニルにペガサス。
 魔獣はグリフォンにヒッポグリフ。
 ……魔獣はともかくと言ったけど、どちらも一般的には珍しいな。
 そんなわけで、馬上の人間が全員仮面を被っていることは、あまり気にされていないようだ。

 国境の橋の前で、先触れのエルフリーデと合流し、脇にある詰め所の兵士に各種書類の最終確認をしてもらう。
 最終確認と言っても、書類通りで間違いないか口頭で聞かれただけ。首肯して終わった。

 橋を進み、真ん中くらいまで来たら、一度後ろを振り返る。

 特になにかあったわけではない。
 後ろのマーヤと目が合っただけ。

 ……ふむ。ベンケン王国には感謝しておくべきか。彼らが召喚してくれたから、マーヤたちに出会えたんだ。
 けど、素直に感謝したくないなぁ。

 あ、でも、召喚の生け贄にされた人たちには感謝しなきゃ。
 そう思い、彼らの冥福を祈るように黙礼してから前を向く。

 ここより先のシェーンシュテット公国でも、良い出会いがあるように願いたい。

 誰に?

 勿論、良い出会いをして神様になったうちの奥様方に。
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