一人では戦えない勇者

高橋

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2章

37話 第三王女と第二王女

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 今朝の稽古で、ムキになったユリアーナによって、『ラインの乙女』が破壊された。
 けど、縁はこうなることを予想していたのか、もうワンセット用意してあった。

 朝稽古といえば、【風の勇者】が稽古に顔を出さなくなった。
 なんか、「チートが通用しないなんて、こんなのはおかしい」と言っていたらしい。
 神様相手にそんなこと言ってもねぇ。
 ホーミングレーザーすらも木剣で斬り落としちゃう神様の方が、チートだよね。

 拠点の門で、心配そうな顔のユリアーナとマーヤに見送られて王城へと出かける。
 心配しなくても大丈夫だよ。
 カモフラージュに第一クラスを【剣士】にしてるけど、第二クラスが【現人神】の御影さんが一緒なんだからさ。
 ついでに言うと、コンラートさんの第一クラスは【聖騎士】様だよ。
 この二人がいれば、二代目『ラインの乙女』の出番はなさそうだ。

 貴族街を抜けて、城門の兵士に通行許可をもらう。
 理由を言えば、あっさり通してもらえた。ちょっと拍子抜け。
 コンラートさんのスレイプニルを含めた僕らの愛馬に目が行ってて、ちゃんと話を聞いていたか怪しかったけど。

 初めて通った時は気づかなかったけど、城門を潜ってすぐの所にちょっとした屋敷があった。
 そこが国政への窓口となっていて、法手続や、国への嘆願、傭兵団の結成申請などを受け付けているそうだ。
 というか、ここまでは一般人でも気軽に立ち入れるらしい。

 受付のお兄さんに、あらかじめ貰っておいた申請書類を渡す。
 貰ったのは羊皮紙だったけど、嵩張るし、貰った羊皮紙じゃなきゃいけないわけではないらしので、縁たちが作ったコピー用紙に申請書類の書式に合わせて印刷した物を提出したから、お兄さんに驚かれた。
 広めの個室に通され、三人で雑談しながら待たされること一時間。
 ようやく部屋の扉が開き、受付のお兄さんが困り顔で口を開く。

「あの……【支援の勇者】様で間違いありませんか?」

 肯定すると、パッと明るい顔になる。

「お手数ですが、第二王女様が勇者様とお話ししたいそうで、城の方へご足労願えませんでしょうか?」

 第二王女? 初日に召喚の間にいたのは第三王女だったよな。第二は……面識がないはずだけど?



 断る理由もないし、断って申請を却下されても困るので、大人しく案内に従い、王城の応接室へ通される。

 ……お茶くらい出してほしいな。さっきの屋敷では出たよ?
 コンラートさんに聞いてみても、お茶すら出さないのはこちらの世界でも礼に適ってないそうだ。
 ……僕が相手だから?
 嫌われちゃったな。

「どうやら、なにかあったみたいね。あっちの方が騒がしいわ」

 御影さんが指差す部屋の一角は、城の奥の方。

「確かに、なにか騒がしいですね」

 クラスをカンストさせるとそのクラスの特性を他のクラスでも引き継げるけど、それとは別に、少しではあるけど五感の能力も上がるらしい。
 だから、二人とも、僕に聞こえない遠くの音も聞こえるようだ。

「なんの騒ぎかわかる?」

 僕が聞くと、御影さんが扉を開けて廊下に出る。
 それほど知りたいわけではなかったけど、僕とコンラートさんも続く。

 廊下に出て最初に見たのは、御影さんの背中越しに見えた【拳の勇者】横溝拳二だ。
 彼は、侍女の首を掴んで持ち上げ、右拳をその侍女の顔に打ち込んでいた。
 侍女の腕が力なく揺れ、眼底骨折でもしたのか、右拳が離れた侍女の左目から眼球が零れ落ちる。
 気配を感じないし〈人物鑑定〉に反応しないから、彼女はもう死んでいるようだ。
 その彼女に、引いた拳を再度打ち込もうとして、止まる。
 いや、止められた。御影さんに。10メートル以上の距離を一瞬で埋めて。
 うん。僕も見えなかった。
 忘れがちだけど、御影さんも強いよね。
 性格が戦闘向きじゃないだけで、弱いわけではない。
 単純に、カンストさせたクラスの数を戦闘能力とするなら、うちでは上位に入るだろう。

 そんな御影さんの手を振り解こうと【拳の勇者】は足掻いている。足掻いたままお説教されてる。というか、御影さんに殴りかかってるけど、軽く避けられる。あれ? どっちが勇者?
 僕の姿を御影さん越しに見つけた【拳の勇者】がさらに激しく暴れる。が、これも御影さんに軽く遇われる。

 僕は仮面を被り、『ラインの乙女』の設定を確認。
 非殺でアクティブになってる。
 そのまま、御影さんの足元で跪いてる【拳の勇者】に近づく。

「御影さん。離していいよ」

 ちょっと話でもしようかと思ったのに、御影さんから解放された途端に僕に襲いかかる。
 ユリアーナには通用しなかった『ラインの乙女』が自動で防御して自動で反撃。
 右拳を振り抜いた姿勢のまま、ホーミングレーザーに四肢を撃ち抜かれて、その場に崩れ落ちる。
 人肉の焼ける不快な臭いの中、生徒思いの御影さんも呆れてる。
 呆れながら治療しようとする御影さんを止めた。

「治さなくていいよ。彼の治療は、この国の連中に任せよう」

 さて、なにを話そうと思ったんだっけ?

「ああ、そうだ。【斧の勇者】と【火の勇者】がどうしてるか聞こうと思ったんだ」
「それよりも、横溝君がどうして彼女を殺したのか、の方が聞きたいわ」
「それは簡単だよ。彼は、自分より弱い相手を殴り殺すのが好きなだけの臆病者だから」

 僕に臆病と言われ、痛みに呻きながらも反抗的な目で睨んでくる。

「違うの? ならさ、なんで騎士を殴ろうとしないの? たぶん、俺が城に来てるって聞いて俺を殺しに来たんだろうけど、どこにいるか普通に聞けばいいんじゃないか?」

 コンラートさんが雑談で言ってたけど、侍女はそれぞれの部署のことしか知らないそうだから、城で道を聞くなら警備の兵の方が確実らしい。
 特に、来賓がどこに通されたかは、警備態勢に関わるから、情報共有は徹底している。

「最初から殴って聞き出すつもりだったから、騎士ではなく、自分より弱い侍女を選んだんだろ?」
「ちげぇ!」

 【拳の勇者】の否定の声は、廊下に虚しく響く。

「んなわけ」
「君は、銃を相手にする戦いに慣れているようだけど、慣れているだけで、好きなのは弱い者イジメ、だろ?」

 拠点に引っ越してきた男子生徒から聞いた話だと、彼は日本でも相当やんちゃをしていたらしい。
 やんちゃをした結果、銃を持った怖いお兄さんと、さらにやんちゃなことをしていたからこそ、僕の『偽エム』に対応できたのだろう。
 僕を睨む目に動揺が見える。

「はぁ……ぶっちゃけさ、もう、君たちと関わりたくないんだよ。日本でのことは、先日の決闘で手打ちにしたつもりだから、今後、俺の方から君たちに関わらないよ」

 だから、君たちはこの国の戦争道具として使い潰されればいい。
 騎士の集団が駆け寄ってきたので、後を任せて部屋に戻る。

 部屋のソファに座って、長ーいため息を吐き出す。
 ふと、僕が受け取るはずの彼らの私物がどうなったか気になった。
 ユリアーナから、ギルド経由で受け取ったって話は聞いた。で、ユリアーナに「任せる」と言ったのは覚えてる。……その後は?

「三勇者の私物って、どうなったの?」
「珍しい物があったわけではないので、焼却処分しましたよ」

 あの三人の私物には、みんな触りたくなかったそうで、ユリアーナも任されたものの困ってしまい、考えるのが面倒になって焼き尽くしたそうだ。



 さらに待つこと一時間。
 ようやく扉がノックされ、第二王女と対面する。
 第二だけかと思ったら、第三も一緒だった。

 第三王女は、召喚の間では質素だったけど、今日は豪華なドレスで着飾っている。
 対して第二王女は、召喚の間で見た第三王女よりも質素なドレスだ。

 そういえば、さっきの雑談でコンラートさんが、降嫁した第一王女と目の前の第二王女は側室の子で、第三王女とその下の第一王子は正室の子だ、って言ってた。
 だから、着てる服を見ればわかる通り、この国では長女と次女なのに二人の扱いが悪いのだそうだ。けど、露骨すぎない?

 僕の前。テーブルを挟んで正面のソファの、僕から見て右に座った第三王女。
 その左に、遅れて腰を下ろした第二王女。
 二人を見比べる。
 二人とも長いサラサラの金髪に碧眼。
 よく見れば二人とも似ているけど、胸の大きさでは妹が勝っている。
 可愛らしく華やかな印象の妹と、質素で清楚な印象の姉。
 似てるけど対照的だ。

 もっと対照的なのは、その表情。
 感情が見えない笑顔の妹と、優しく微笑む姉。
 うん。姉の方が好みだ。

 おっと。仮面を外すの忘れてた。二人の後ろに立つ護衛騎士の、責めるような視線で思い出したよ。
 慌てて外しながら、「失礼」と短く謝罪する。

「以前お会いした時は、ちゃんと自己紹介できませんでしたから、あらためて名乗らせていただきますね。わたくしはヘレナ・ベンケン。このベンケン王国の第三王女ですわ」

 頷き、第二王女の自己紹介を待つも、口を開かない。
 妙な間ができた。

 コンラートさんが、僕の脇腹を肘で軽くつつく。
 つまり、僕が先に名乗るのがここでの礼儀?
 両隣の御影さんとコンラートさんは? 「立場は従者だから名乗らなくていい」と〈念話〉で教えられた。王女の後ろの騎士たちと立場が同じらしい。
 軽く咳払い。

「失礼。【支援の勇者】マゴイチ・ヒラガです。お見知りおきを」

 これで第二王女が名乗るかと思ったら違った。
 第三王女との雑談が始まる。

 内容は主に、ダンジョンマスターとの戦い。
 困った。語れるほどの内容がない。
 だって、ユリアーナが様子見で瞬殺しちゃったんだもん。
 王都以外のダンジョンでも、同様に瞬殺だったらしいから、そちらを流用するわけにもいかない。

 とりあえず、細かい描写を省いて苦戦したってことは伝わったと思う。ちょっと擬音が多かった気もするけど。

 で? いつになったら第二王女は名乗るの?
 ひょっとして、第三がいるから話ができないの?
 んー、せめて、第三に一時でも席を外してもらえたら……やってみるか。

 丁度、話が途切れたしやってみよう。

「姫様。本日は、姫様にお願いしたい儀が御座います」

 普段使い慣れない言葉は、言ってて正しいか不安になる。
 笑顔で続きを促すから、正しいのかな?

「魔王討伐が成った際の報奨の確約を、陛下のお名前で書面にいただきたいのです」

 すぐに、「無礼な!」と後ろの騎士が剣を抜こうとする。

「姫様も国政に関わる方ならおわかりと思いますが、御名御璽のない口約束を信じるバカはいないでしょう?」

 あれ? 異世界にも御名御璽ってあるの?

「確かに、報われる確約もないのに命を懸けろと言うのは、無体な話ですね」

 あるっぽい。
 そして、上手く口車に乗ってもらえた。

「わかりました。父上にお願いしてきますので、少しの間お待ち下さい」

 第二王女を置いて、騎士を全員引き連れ、第三王女が退室する。
 姉の護衛は? 無しでいいの?
 扉が閉まると同時に、安堵から長いため息が漏れた。
 第二王女と目が合い、お互い苦笑いを浮かべる。

「遅まきながらご挨拶させていただきます。わたくしは、ベンケン王国第二王女、イルムヒルデです」

 丁寧な自己紹介に、あらためて名乗り返す。
 続けて、御影さんとコンラートさんも名乗る。

「マゴイチ様のお陰でこうしてお話しできる時間ができました。本当にありがとうございます」

 王女様が深く頭を下げる。
 おう、結構なお手前で。胸の谷間を凝視してしまった。妹よりは小さいけど、結構大きい。

「とはいえ、あまり時間もないので、お呼び立てした用件を先に」

 時間は稼げたけど、あんなのは国王に頼むような案件ではない。一笑に付されてすぐに帰ってくるだろう。

「わたくしを娶ってください」

 ちゃんと聞こえたし、言われたことを理解もできた。
 けど、難聴系主人公のように、こう言わせてもらおう。

「今、なんと?」
「わたくしを、貴方の、妻に、してください」

 丁寧に、一語一語区切って言い直した。
 言い直されても同じだ。
 理解できても納得できない。そう伝えると、然もありなんと、事情を説明し始める。

「本来、わたくしは、勇者様と結婚させられるはずだったんです」

 ところが、召喚してみたら勇者が沢山。
 なら、一番見所のある勇者に、と王様は考えたようだが、家臣が選んだのは【光の勇者】。
 で、早速、お見合いのような場をセッテイングされてお話ししてみたら、中身のない、ただのガキだった。
 まあ、だからこそ、扱いやすくて家臣が選んだんだろう。

 ともかく、アレと結婚したくない一心で王様と交渉。
 「出ていった【支援の勇者】様がダンジョンを攻略したら、【支援の勇者】様と結婚します。できなかったら、陛下のお望みの通りに」と、約束したそうだ。

「けど、自分は貴女と面識がないはずです。よく知りもしない相手に賭ける根拠は、なんだったのですか?」
「女の勘です」

 またそれか。前は誰に言われたんだっけ?

「嘘……ではないですよ。わたくしは、召喚の間にも謁見の間にもいたので、マゴイチ様のことを見たことはあったんですよ」

 いたっけ? 記憶にないな……ああ、でも、謁見の間で、王様の斜め後ろに第三王女と並んでいたのが……そうなのか?

「あの時、この人なら、魔王討伐もできそうだって、根拠もなく思ったんです。それで、陛下と賭けをしたんです」

 で、勝ったわけか。

「なので、陛下の許可は得ていますし、王位継承権を放棄しても問題ありません。なんの気兼ねもなく、貰っていただけますよ」
「あー……過大に評価していただきありがたいのですが、自分はもう、結婚してますよ。ついでに言うと、側室も沢山います」

 現在、側室が十五人?
 側室の子とはいえ、一国の王女がそこに嫁ぐの?

「それは知ってますし、割り込むつもりはありません。そもそも、王家に産まれたので、結婚相手を選べないと思ってましたから、こうして自分で決めた相手に嫁げるんです。贅沢は言えません」

 本音は「独占したい」かな?
 けど、"失う"か"我慢する"かなら、後者を選ぶってとこか。
 そういえば、本田さんも似たようなことを言ってたな。
 どうしたものか考えていたら、御影さんが、僕の手に自分の手を優しく重ね、僕の耳に口を近づける。

「大丈夫よ。初夜が済めば、"独占したい"なんて気持ちはなくなるから」

 ああ、ユリアーナも、本田さんに関して同じことを言ってたな。
 「化け物みたいなプラーナ量の〈性豪〉を一人で相手にしなきゃいけないなんて考えたら、ゾッとする」とも言ってた。レーザーを斬る人が。
 まあ、僕の場合、〈性豪〉に性感強化と膨大な量のプラーナが付くから、本田さんが"ゾッとする"を実感する頃には手遅れだよ。

 御影さんの言葉が聞こえていたのか首を傾げる王女に、結婚を了承する旨を伝える。
 イルムヒルデさんは美人だし、あの妹と並んでると性格も良さそうに見えた。
 実際、話す物腰は柔らかくて好感が持てるので、僕に否はないよ。
 たぶん、ユリアーナとも打ち解けてくれると思う。

「早速、陛下に報告して参ります」

 イルムヒルデさんがスッと立ち上がり、素早く退室する。

「あれで良かったんですかね?」

 元王国貴族のコンラートさんに聞いてみた。

「姫様にとっても我々にとっても良いことかと……しかし、この国にとっては……どちらに転ぶか、まだわかりませんね」

 願わくば、この国にとっても良い結果となってほしい。でないと、僕に厄介事が転がってくると思うから。

 しばらく待っていると、第三王女が護衛騎士を引き連れて戻ってくる。

「あの、姉様がなにか?」

 部屋に姉がいないことを不思議に思ったのか、「お待たせしました」より先に聞いてきた。
 王様と姉の賭けを、知らされていないのだろうか? てか、廊下ですれ違わなかったの?

 第三王女を待ってる間の話を伝えると、少し驚いた様子だったけど、すぐに感情の見えない笑顔に戻った。

「こちらをどうぞ。陛下から書面で確約を頂きました」

 テーブルに差し出された羊皮紙を、身を乗り出して受け取る。
 ちゃんと別の意訳ができないように、誤解を生む表現を細かく潰したお手本のような文章だ。

 要約すると、「【支援の勇者】が率いる傭兵団が魔王を討伐し、無事にベンケン王国に戻ってきたら、ベンケン王国は【支援の勇者】に対して、彼が望む褒美をなんでも与える」となっている。

 内容を読み終え、左右から覗き込む二人に視線で問う。
 〈契約魔術〉を使用していないので強制力はないけど、御名御璽が入った約束を反故にすると、王としての信頼を失ってしまう。
 御名御璽を二人に鑑定してもらい、本物と確認。

 第三王女を遠ざけるための方便だったのに、本当に手に入れてくれたのだから、彼女にはちゃんとお礼を言わないとな。

「確認しました。姫様には、大変ご足労をお掛けしました」

 深々と頭を下げる。
 顔を上げると満足そうな笑顔。
 この子は、持ち上げておけばチョロそうだ。
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