一人では戦えない勇者

高橋

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2章

34話 面倒な二人

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「そういえば、こちらの結婚式って、どんな感じ?」

 背中で、御影さんの柔らかい感触を味わいながら、隣を歩くユリアーナに聞く。
 酒場から真っ直ぐ帰らず、スラムをあちこちウロウロしながら拠点へ帰っている途中だ。
 「帰りがてら筋トレ」と言ってたけど、ウェイト代わりにされた御影さんが聞いてたら、どう思うだろうか。
 あまり考えたくないので、思考を放棄する。

 てか、そろそろ疲れてきた。
 冬なのに汗だくだし、さっきから地面しか見てない。
 酔い潰れた人っておも、おう? 意識がないはずなのに、御影さんが首絞めてきたぞ。
 御影さんは軽いよー。あー、軽いなー。……よし。

 隣のユリアーナの足が止まる。
 遅れて僕も止まり、彼女を振り返る。
 彼女の鋭い眼光は、前方に向けられていた。
 視線を追うと、見覚えのある黒髪の狼人族の男女がユリアーナを睨み返していた。

 この二人は確か……男の方は、ヴィンケルマンの次期族長で、女性の方は、その婚約者にしてユリアーナをボッコボコにした女性で、ユリアーナの愛馬の名前の由来となったザビーネ・ヴィンケルマンだ。
 二人とも、ユリアーナの記憶で見た。

「二人とも、久しぶりね」

 笑顔なのに、目付きだけが鋭いユリアーナが静かに語りかける。

「ああ、無事で良かった」

 ん? 返答する男の表情が和らいだ。

「白々しい。一応、言っておくけど、私、ヴィンケルマンの名を捨てたわよ」

 獣人種にとって"士族名を捨てる"というのは、一族との絶縁を意味する。
 ユリアーナの拒絶に、男の眉がピクンと動く。

「マゴイチ。長くなりそうだから、先に帰ってて」
「大丈夫?」

 ユリアーナの大丈夫じゃない状況がちょっと思い付かないけど、ユリアーナを口説いていた男を前にしたら、嫉妬からなのか、聞いてしまっていた。
 そんな僕の心情を見透かしたのか、ユリアーナは嬉しそうに笑って「大丈夫」と僕の頭を撫でた。
 顔が熱い。
 これも、仮面を被っているのに見透かされてるんだろうな。

「護衛にフレキとゲリを呼ん、ああ、早いわね」

 ユリアーナが言い終わるタイミングで、二頭の白い狼が、小さな足音をさせて目の前に着地した。
 うん。着地。空から降ってきた。
 ビクってなったじゃないか。
 あれ? 狼人族の二人もビックリしてる。

 あ、そうか。そうだった。
 彼らにとって、白い狼は特別な存在なんだっけ。
 狼人族が大昔に信仰してた神様って、人の前に白い狼の姿で現れるって、ユリアーナが言ってたな。

「ほんじゃあ、先に帰るけど、おっちゃんとの約束、忘れないでね」

 おっちゃんとの別れ際にした「坊主をよろしくな」という約束は、ユリアーナにとって、とても大切なものらしい。
 狼人族の男が、なにか言おうと口をパクパクさせてるけど、呼び止められたわけではないので、無視して彼らの脇を通り抜けた。



 酒場で楽しい時間を過ごしていたのに、嫌な人影が帰り道を遮っている。

「そういえば、こちらの結婚式って、どんな感じ?」

 ロジーネ姉さんが、言ってた通りね。
 王都で、ヴィンケルマン士族が私のことを聞いて回っているという情報を情報屋から仕入れていたから、いつか出会うかもしれないとは思っていた。

 余談だけど、同様に、人馬族が、人馬族の双子を探してるという情報も、今朝、姉さんから聞いた。

 ん? 待て。今、結婚式って言ったか?
 隣をヨタヨタ歩く夫の様子を窺うと、ちょっとお疲れだ。
 ミカゲさんが都合良く酔い潰れたので、筋トレ感覚でミカゲさんを背負わせてみたけど、ちょっと寄り道し過ぎたかも。
 ……拠点まで辿り着けるかしら?

 結婚式か……こちらの結婚式って、王族や貴族以外は特になにもやらない。
 平民だと、族長や村長、大きな商家くらいかしら。
 それも、身内や仲のいい友人を集めて、ちょっとした宴会を催したりする程度。

 マゴイチは、結婚式をしたいのかな?
 正直に言ってしまうと、私はやりたい。
 正確に言うと、ウェディングドレスを着てみたい。
 ……帰ったら、マヒロ辺りに聞いてみよう。
 経験者のミカゲさんでもいいか。

 む、嫌な人影の男の方と目が合った。
 さすがに、目が合ったら無視するわけにもいかないか。
 声が届く距離で立ち止まる。
 遅れてマゴイチも、一歩分前で止まる。

「二人とも、久しぶりね」

 殴りたい衝動を押さえながら、笑顔で二人に話しかける。
 改めて見ると、二人とも少し痩せたか?
 私の笑顔に、男の方、ヴィンケルマン士族の次期族長であるロホス・ヴィンケルマンが表情を崩す。

「ああ、無事で良かった」

 は? "無事"ってどういうこと?
 そもそも、無事じゃなかったのは、あんたの隣にいるザビーネがボコったからだろ?
 私はまだ、許してないからな。

「白々しい。一応、言っておくけど、私、ヴィンケルマンを捨てたわよ」

 わかりやすく絶縁を言い渡したら、ロホスの笑顔が引きつる。
 長くなりそうだし、マゴイチとミカゲさんを先に帰らせるか。

「マゴイチ。長くなりそうだから、先に帰ってて」
「大丈夫?」

 大丈夫じゃない私を想像できるのかしら?
 あら? これは無意識かしらね。身体強化が2になってる。
 私を口説いていた男を前に、平静ではいられないのかな?
 頭を撫でながら「大丈夫」と言うと、テレた。
 仮面で顔が見えなくてもわかる。
 マゴイチの顔は赤くなってると思うわ。
 仮面を奪ってからかってやりたいけど、この二人が邪魔だ。

 マーヤ経由でフレキとゲリを護衛に呼び寄せる。

「護衛にフレキとゲリを呼ん、ああ、早いわね」

 言い終わる頃には、二頭の白い狼が、小さな足音をさせてマゴイチの目の前に着地した。
 ロホスとザビーネがビックリしてる。まあ、当たり前よね。
 狼人族がかつて信仰していた狼神の眷族が目の前に降ってきたら、そりゃあビックリするわ。

「ほんじゃあ、先に帰るけど、おっちゃんとの約束、忘れないでね」

 むぅ。それを持ち出されたら無茶できない。
 私にとって、おっちゃんと最後に交わした約束は重い。
 「坊主をよろしくな」という、なにを"よろしく"なのか曖昧な約束は、たぶん、言った本人であるおっちゃんもそこまで深く考えて言ったわけではないと思う。
 なので、私とマーヤは、それぞれ自分なりの"よろしく"で約束を守ることにした。

 マーヤは、彼女の全てをマゴイチに捧げ、マゴイチを守る盾になることで"よろしく"する。

 私は、正妻としてマゴイチの隣に立ち、マゴイチの敵を斬る剣になることで"よろしく"する。

 そう、二人で決めた。
 このことは、他の妻たちにも話してある。
 マゴイチも薄々気づいてるようだ。だから、釘を刺したんだろう。

 私が斬らなきゃいけない敵を、不用意に増やすな、と。

 わかっている。
 【現人神】をカンストさせた影響でほぼ神様になったからといって、万能になったわけではない。全知全能なんて程遠い。
 むしろ、【武神】や【軍神】などの神系クラスは全て、クラスレベルがリセットされて、少し弱くなったくらいだ。
 どうも、今度は本物の【武神】、神になったみたい。

 だからといって、傲慢になるな。
 許しはしないけど、私の憎しみでマゴイチの敵を増やして、彼を危険に曝すわけにはいかない。
 抜き身の剣も、鞘に納めておけば争いを生まない。……たぶん。

 ロホスの脇を通り抜ける後ろ姿に、なにか言おうとしたのか、ロホスが口を開こうとしたので、軽く〈威圧〉を使って黙らせる。
 二人を無視して、角を曲がるまでマゴイチの後ろ姿を見送る。

「あの人族はなんだ?」
「私の夫よ」

 即答する。

「はっ、男の趣味、悪すぎでしょ」

 返された意味がわからず固まるロホスより先に、ザビーネが反応する。
 お前にわかるはずがないし、わかってほしくない。いや、わからせた方が面白いのか。
 自分がこんな下らない婚約者のために犯罪ギリギリの危険な橋を渡ったってことをわからせたら、どんな顔するかしら。
 ま、面倒だからやらないけどね。
 それに、わからせた結果、ヴィンケルマン士族が利益を欲しがったりしたらたまんない。

 ザビーネの嘲るような顔を見たら、百年の恋も覚めそうなんだけど、ロホスは私から目を逸らさない。
 鬱陶しいな。殴っちゃう?

「で? なにか用?」

 苛立ちが声に出てしまった。

「む、そうだ。お前を連れ戻しに来たんだ。ユリアーナ、もう大丈夫だよ。父上は俺が説得するから」

 こいつ、私の話を聞き流したな。

「迷惑だわ。今さら、滅びそうなヴィンケルマン士族になんて、戻りたくないわよ」

 ロジーネ姉さんから、ヴィンケルマン士族の今を聞いている。
 大手の商人ギルドの幹部が経営する奴隷商に不義理を働いたことで、この一月程、ヴィンケルマンの里では外部からの流通が途絶えている。
 完全に日干し状態だ。

 私を売ったお金で年は越せたけど、いろんな消耗品を買うのに遠くから買い集めるので、資金が足りなくなり、春を迎えるまでに、もう何人か奴隷商に売らないと立ち行かなくなっている。と、ロジーネ姉さんが言っていた。

「今度はザビーネを売るのかしら? それとも、ザビーネの取り巻きを売った帰り?」

 ザビーネの顔が青くなる。
 え? マジで売ったの?

「そう。あの子たち、売られちゃったの」

 ザビーネが私から目を逸らす。

「一応、どこの奴隷商か、教えてもらえるかしら?」

 あの子たちを買うかどうかは、会ってから決める。
 二日くらい放置してから行こうかしら。
 しかし、ロホスの口から出た名前は、マフィアが裏にいる違法奴隷商だった。
 これは急いだ方がいいわね。

「ユリアーナ。一つ答えなさい」

 そんな言い方で答えたくなるわけないでしょ。
 無視して、ザビーネの脇を通り抜けようとする。
 ザビーネが、進路を塞ぐように前に立つ。
 そういえば、村でも面倒だから無視してたら、すぐ怒ってたわね。

「王都のダンジョンを攻略したパーティに、銀髪の狼人族がいるって噂を聞いたわ。あれって、あなた?」

 なるほど。それで私を探してたのか。

「そうよ。ついでに言うと、あんたが趣味悪いって言った私の夫が、パーティリーダーよ」

 つまり、「夫を侮辱したあんたらの頼みを聞く気はない」と、先手を打ったんだけど……伝わった?

「それがなによ。あんな胡散臭い人族のことなんて、どうでもいいわ」

 伝わらなかった? いや、こいつのことだから、理解しながら無視して我を通そうとしたのか。

「はぁ……面倒だなぁ。貴女たちの里に行商人が来なくなった理由は、貴女が原因でしょ? なんで、私が貴女たちを助けなきゃいけないの?」
「あんたが、いたからこうなったのよ!」

 話にならない。
 小さい頃はこんなんじゃなかったのになぁ。
 誰とでもすぐに仲良くなるこいつに、少しだけ憧れてたのに。

 てか、ザビーネが、剣の柄に手を伸ばしてる。
 里にいた頃から私に勝てなかったのに、どういうつもりよ?
 踏み込み、抜こうとした剣の柄頭を押さえる。

「くっ、このっ!」

 振り払おうとした手を取って捻る。

「貴女は、抵抗できない相手じゃないと勝てないんだから、剣なんて捨てなさい」

 手を放してあげると、ザビーネは一歩飛び下がり、剣を抜き、構える。

「忠告はしたし……私は悪くないわよね?」

 空気になってるロホスを見ると、数歩離れて私を見ていた。

「止めなくていいの?」
「俺は、君が勝つと信じてるからね」

 その台詞は、私じゃなくて、あんたの婚約者に言いなさい。

「こんのぉ!」

 ほら。怒っちゃったじゃない。
 ザビーネは、上段に構えた剣を勢い良く振り下ろす。
 その剣を左手の人差し指と親指で挟んで受け止める。

「ねえ、ロホス。そんなにザビーネのことを許せないの?」

 私に勝てないのがわかってる婚約者のザビーネを止めることもせず、むしろ、彼女を煽るようなことを言って嗾ける。
 そりゃあ、ヴィンケルマン士族がヤバいことになってるのはザビーネがやらかしたからだけど、婚約者なんだから、ちゃんと話し合ってこいつの馬鹿を戒めるべきでは?

「許せないね。許せないし、嫌いだね。昔から鬱陶しく纏わり付いて、俺とユリアーナの時間を奪いやがる。それだけならまだ許せたけど、いつの間にか俺の婚約者になりやがって、ユリアーナを売りやがった!」

 初めて聞くロホスの本音に、ほんの一瞬だけ呆けてしまった。
 二本の指で摘ままれた剣を、全力で押し込もうとしてるザビーネの表情には、必死さはあるけど驚きはない。
 こいつの本音を知ってたのか。

「貴女は、本当にこいつの婚約者でいいの?」

 私の言葉に、ほんの少しだけザビーネの感情が揺らぐ。

「ふふっ。やっと、俺の気持ちを理解してくれたんだね。ユリアーナ」

 なんか、勘違いしてるっぽい。

「こいつのせいで里が大変な時に、君の噂を聞いてね。確信したよ。やっぱり、君は俺の女神だったんだね」

 確かに女神だけど、お前の女神じゃねぇよ。
 ここまで来ると、気持ち悪さを通り越して、いっそ清々しい。
 これ以上、こいつの声を聞きたくないので、強めの〈威圧〉を使って意識を刈り取る。
 力なくその場で崩れ落ちたロホスに驚き、ザビーネが剣を手放し、彼に駆け寄る。
 あんなこと言われても、こいつのことが好きなの?

「貴女は、男を見る目がなさすぎる」

 つい溢した言葉に、ザビーネがキッと睨み付ける。
 いやいや、そんな失禁男なんてやめとけよ。

「生まれつき特別だったあんたには、わかんないわよ」
「わからないわね。私程度を特別だと思ってる人の気持ちなんて」

 例えばマーヤ。
 剣術なら私に分があるけど、魔法もありだとどうにもならない。
 戦闘のセンスが凄い。
 三回やって一回勝てたら上出来だ。
 あれは天性のものだろう。

 例えばユカリ。
 普段の言動がアレだけど、あの子は間違いなく天才と呼ばれる存在。素直に認めたくないけど。
 アレな性格を抜きにして見たら、マーヤ以上の魔法能力と、地球の科学技術を応用した魔道具作成技術は、傭兵団を運営するうえで要となる存在だ。
 素直に認めたくないけどね。

 この二人以外にも、ロジーネ姉さんの諜報能力や、駄馬姉妹の戦闘能力も凄い。

 飛翼族の母娘と緊縛エロフ母娘の魔法センスも凄い。
 特にロクサーヌさんの広域殲滅魔法はエグい。ユカリが作った禁術より、アレの方が禁術にするべき。
 特定空間に蟲を大量に発生させるアレは、私の記憶からも抹消したい。なにより消したいのは、それを使ってる時のロクサーヌさんの笑顔だ。怖かった。

 こんな連中と一緒にいると、私は案外普通かもしれないと思ってしまう。
 いや、わかってるよ。【現人神】が普通なわけない。
 けど、あの子たちに比べると、私は普通なんじゃないかって思う。
 まさしく普通人のマヒロやミカゲさんと話が合うし。

 生まれつき特別なあの子たちとは違う。

 そう。普通人の私は、誰よりも特別なマゴイチの魔法で、普通じゃない能力を手に入れただけなんだ。

 普通人だからこそ、驕ってはいけない。
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