一人では戦えない勇者

高橋

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2章

32話 二人の家にご挨拶

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 会長に一言挨拶してから引き上げる。

 ところが、松風に乗ろうとしたら、兵士が一人慌てて駆け寄ってきた。
 何事かと思ったら、【治癒の勇者】が〈治癒魔法〉を使えないと言い出して、このままでは斧と拳の治療ができないのだそうだ。
 それで、エリクサーを持っていたら売ってほしいと言ってきたんだけど、僕が「普通の魔法薬で治せばいんじゃね?」と答えたら、これ以上、魔法薬を二人に使うと薬物中毒になり、魔法薬の効果がなくなる、と教えられた。
 ん? あれくらいの怪我なら、エリクサーを使うまでもなく、上級の魔法薬を一本飲めば完治するはずだぞ。

「兄さん。私が作った魔法薬と、市販の魔法薬を一緒にしない方がいいですよ」

 あれって、縁が調合したヤツだったのか。そういえば、こちらで市販しているにしては、ガラス瓶が透明だったな。

「四肢の粉砕骨折が一本で治るのは、普通じゃないのか?」

 朝稽古で芋虫みたいにされても、一本で全快だった。

「私が調合した魔法薬なら、リットル単位で飲まないと中毒になりませんし、エリクサーの失敗作を利用してますから、普通の魔法薬よりよく効くんですよ」

 魔法薬のことは理解したので、僕が持ってる魔法薬を兵士に渡そうとポケットに手を突っ込もうとして、コートとスーツを着ていないのを思い出す。

「縁。魔法薬を二本渡して」
「え? 嫌です。あの二人がどうなろうとどうでもいいですし、今まで兄さんにしたことを私は許す気はありません」

 えー。僕は、仮面を返してスッキリしたよ。

「えと、じゃあ……」

 ユリアーナを見ると首を横に振る。
 マーヤ、ロジーネ姉さんも同様。
 ロクサーヌさんとフルールもフルフル。
 本田さんも、困り顔で首を横にフルフル。
 駄馬姉妹と緊縛母娘も同様だった。
 あいつら嫌われたなぁ。
 最後の砦の御影さんは、ため息を一つついて、収納空間から魔法薬を二本取り出して「目を覚ましてから使ってください」と兵士に渡した。

「うわー。御影姉さん、細かい嫌がらせね」
「どゆこと?」
「あれも失敗作でね。効果はあるんだけど、凄まじく苦いのよ」

 しかも、魔力の作用で三日くらい苦味が続くらしい。

「……人生の苦さを知ってもらおう」

 引き上げがてら貴族街に寄るので、エミーリエさんを御影さんのスレイプニルに乗せ、クラリッサちゃんを松風に乗せようとしたら、松風が嫌がった。
 そういえば、僕以外で松風に乗れたのは、アリスとテレスだけだったな。
 クラリッサちゃんなら大丈夫かと思ったら、ダメだった。
 となると、二人の家に行くのに、もう一人、人族が必要になるか。

「本田さん。クラリッサちゃんを乗せてついてきて」

 最近は見慣れてるけど、やっぱりスレイプニルって凄いらしい。
 元騎士のエミーリエさんも、初めて見たそうだ。目がキラキラしてる。まあ、仮にも神獣だから当然か。
 クラリッサちゃんは、スレイプニルの凄さがわかってないようだ。"脚が沢山あるお馬さん"って感じかな?
 むしろ、クラリッサちゃんは、松風の方に食いついてる。

「ごめんね。松風は、ユリアーナすら乗せないから」

 頭を撫でて、本田さんのナリタにクラリッサちゃんを乗せてあげる。

「あ、縁。二人の服ってできたの?」
「もう少しかかります。ちなみに、テーマは"童貞をころ」
「作り直せ」

 エミーリエさんは巨乳美人だし、クラリッサちゃんはロリ可愛いから、二人がそんなもんを着たら、童貞じゃないけど僕が死ぬかもしれない。阻止しなくちゃ。

「フリじゃないからね」

 釘を刺したつもりだけど、なんか、糠に釘を刺した気分。

「ほんじゃあ、今度こそ引き上げるよ」

 松風に乗ってみんなに声をかけると、それぞれバラバラの声が返る。



 東門から王都に入り、僕と他四名はみんなと別れて貴族街へ入る。
 クラリッサちゃんは、高い城壁をスレイプニルが軽々越えるのを純粋に驚き、楽しんでくれた。
 一方、御影さんの後ろに乗ったエミーリエさんは、元騎士ということもあって、軽々と警備の目を掻い潜る僕らに、憤りを通り越して呆れていた。

「で、ここがエミーリエさんの実家?」

 なんたら公爵の寄子なので、この奥に公爵家の王都城館があるらしい。

「正確には、公爵領の隅にある、ザウアー男爵領の領都にあるのが実家で、ここは、王都城館です」

 違いがわからんけど、ここに両親がいるのは間違いないらしい。
 失礼のないように、仮面を外して、門番に名前と来訪の目的を告げる。
 しばらく待つと、いかにも執事な見た目のおじ様が小走りでやって来る。

「申し訳ありませんが、お引き取りください」

 丁寧に頭を下げられた。

「ザウアー男爵家は、王家に忠誠を誓った王国貴族です!」

 突然の、大声での宣言。
 おそらく、あちらこちらで様子を窺う連中に対して言ったのだろう。
 すぐに優しい笑顔に戻り、エミーリエさんに向き合う。

「旦那様から、お嬢様に伝言です。"すまない"、と」

 エミーリエさんを見ると、その目が遠くの一点に向けられている。
 視線を追うと、屋敷の二階の窓に向けられている。
 よく見ると、カーテン越しに二つの人影が見えた。

「父上と母上です」

 その影がゆっくり頭を下げる。

「執事殿。ご当主に伝言を頼みたい。よろしいか?」

 僕の不躾なお願いに、優しい声音で「承ります」と答えた。

「"お嬢様は【支援の勇者】マゴイチ・ヒラガがお預かりします。お嬢様を悲しませるようなことはしない、と、勇者の名にかけて約束します"と、お伝えください」

 僕にとっての"勇者"なんて軽いものだけど、誠意が伝わるのなら、利用しない手はない。
 恭しく頭を下げる執事に頷いて、窓の人影を見上げる。
 二つの人影に頭を下げた。



 ザウアー男爵邸を辞した後は、シンデルマイサー騎士爵家の屋敷に向かう。
 こちらは少し苦労した。
 なにせ、クラリッサちゃんは自分の家の場所を知らなかったんだ。
 ただ、近所に行けばわかるとのことだったので、大体の場所を知ってるエミーリエさんに案内してもらったのだけど、そこは違う騎士爵家の屋敷で、結局、そこの執事に無礼を承知で道を聞いた。
 嫌がらせだったのか、教わった道順はわかりにくく、一時間程貴族街をウロウロしてようやく辿り着いた。
 ザウアー男爵邸同様、門番に取り次ぎを頼もうとしたら、その前にクラリッサちゃんを見た門番が屋敷に駆け込み、どうしたものかと待つことわずか三分。
 質素な服でありながら気品のある若い女性が、屋敷から飛び出し、小走りで駆けてくる。

「お母様!」

 クラリッサちゃんが開け放たれた門を潜り、貴族女性と抱き合う。
 まさかの母親だった。歳の離れたお姉さんだと思ってた。
 母娘再会の感動シーンに、置いてけぼりの僕ら。ちょっと手持ち無沙汰だ。
 勝手に門を潜って良いものか思案していたら、貴族女性が僕らに気づき、クラリッサちゃんを後ろに庇うようにして近付く。

「わたくしはビルギット・シンデルマイサー。この子の母親です。どういった経緯で娘を連れてきたのか、中で教えていただけますか?」

 そう言って、僕らを屋敷の中に案内しようとする。
 僕らを監視する目は、そこかしこにあるのに気づいていないようだ。

「お待ちください。我々を家に招くのは不味い」

 踵を返して歩き出そうとする、その一歩目を止める。
 開いた門に隔てられた向こう側のビルギットさんに、クラリッサちゃんを引き取った経緯を説明する。ついでに、エミーリエさんの家であったことも。
 それらを聞いて少し考えた後、ビルギットさんは、「主人を交えてお話ししたい」と言って僕らを招き入れた。
 いいの? いいみたい。



 シンデルマイサー騎士爵家の応接室で待たされること、二時間。
 先にクラリッサちゃんの解放をしようかと思ったら、母親であるビルギットさんに止められた。
 貴族のしがらみとか王家への義理があって止めたのだと思ったら、「女の勘です」だそうだ。どゆこと?
 詳しく聞きたかったけど、御影さんと本田さんは理解してるようなので聞けなかった。
 この場にいる四人中三人が理解してると、聞くに聞けない。

 結局、途中から着替え終わったエミーリエさんとクラリッサちゃんも加えて、六人で歓談した。まあ、話してたのは僕以外だけど。
 ちなみに、エミーリエさんの服は、体格が似てる御影さんの服を借りたそうだ。本田さん? 胸がねぇ。

 執事服を着た老紳士が、ノックをして入室し、老執事がビルギットさんに耳打ちする。

「夫が帰ったようです」

 少ししたら、金髪碧眼のイケメン紳士が入室した。
 立ち上がり、互いに自己紹介する。
 随分若く見えるが、この人がクラリッサちゃんの父親で、シンデルマイサー騎士爵家当主のコンラート・シンデルマイサーだ。
 三十代、いや、二十代後半でも通じそうな見た目だけど、まさかの四十九歳。

 ついでに言うと、奥さんのビルギットさんも四十九歳。こちらは十代でも通じる若々しさだ。

 ついでのついでに聞かされたのは、この二人、政略結婚が常識の貴族社会では珍しい、恋愛結婚だそうだ。
 いつ終わるのか先の見えないのろけ話を聞かされて、少し疲れたよ。
 けど、女性陣は目がキラキラしてた。
 異世界でも、女性は恋バナが好きらしい。

 長いのろけをボンヤリ聞き流してたら、旦那さんと目が合う。
 お互いに、困ったような苦笑いを浮かべた。
 あれ? 旦那さんも疲れてる?
 まあ、無理もないか。仕事中に家に呼び戻され、そこに奴隷になったはずの娘がいて、娘を奪ったのとは違う勇者もいて、その勇者の前で自分達夫婦の馴れ初め話を、妻が延々と続ける。
 精神的にも肉体的にも、そろそろ限界ではないだろうか。

「といった感じで、四十手前でようやく授かった愛娘なんです」

 笑顔なのに、ビルギットさんから〈威圧〉に似た圧力を感じる。

「その娘さんをお返しするに当たって、そちらの意思を確認したく思い、お邪魔させていただきました」

 僕の言葉に、ビルギットさんの圧力が弱まる。

「つまり、わたくしたちが、王家に睨まれるのを恐れ、我が身可愛さに娘を再び手放すのではないか、と?」

 事実、ザウアー男爵はそう決断した。
 もっとも、カーテン越しの二人の人影からすると、断腸の思いだったのではないだろうか。いや、幸せな家族に憧れる僕が見た幻想かもしれないけどね。

 ビルギットさんを見つめ返すだけの僕に、彼女がため息をつき、夫に視線を向ける。

「勇者様。私も妻も、二度と娘を手放したりしません」

 では、王家に歯向かうと? それだと、良くて爵位の剥奪。悪ければ、反逆罪で死刑もあるのでは?

「勇者様は、王家に娘を犠牲にするか、王家に逆らい娘を取り戻すか。その二択しかないとお思いで?」
「……まさか、爵位を?」

 このおっさん、正気か?
 爵位を自ら返して反意がないことを示すのか?

「男爵家と違い、吹けば飛ぶような騎士爵家ですから」
「仕える相手が、王家から勇者様になるだけですわ。むしろ、貴方の着ている服を見れば、王家より裕福な生活をしているのがわかります。そうではなかっとしても、子供とはいえ、奴隷に自分の服を着せる優しさを持ってる相手です。王家に仕えている今より良い待遇になると思いましたの」

 この短時間で、そこまで決断したの?
 てか、僕に仕えるの?

「うちには、オッドアイや双子や赤目がいますよ?」
「国を通じて存じております。それと、先程クー、クラリッサから聞きました。"自らを救えない者"を救ったのでしょう?」

 この部屋に通される前に、娘と話したのか。

「確かに、妖眼、いえ、オッドアイと言った方がいいですね。確かに、オッドアイと双子と赤目はこの国で迫害されています。特に貴族の間では酷いものです。けど、全ての貴族が、彼らを迫害しているわけではないのですよ」

 この国の王家に良い印象を持っていないので、どの貴族も似たようなもんだろうと、勝手に先入観を持ってしまっていた。
 真剣な二人の目に、ため息が漏れる。
 この真剣な思いには、応えないといけないだろうな。

「爵位を返上するのは、決定事項なんですね?」
「はい。ただ、使用人に暇を出したり、屋敷を引き払ったりと……そうですね、三日はかかりそうですね」

 三日か……これは都合がいいのか?

「御影さん。勇者を含めた全ての日本人に、俺たちと一緒に行くか意思確認してほしい。で、三日後に迎えに行くと伝えておいて」
「屋敷の部屋、足りるかしら?」
「希望者が多そうだったら、増築も考えておこう」

 由香と由希の手際なら、ゲームみたいに一日で屋敷を拡張できそう。

「ああ、それと、クラリッサちゃんの奴隷契約はそのままにしておきます。って、そんな睨まないでください」

 コンラートさんが僕を睨む。
 まあ、僕の言葉が足りないのが原因だからしょうがない。
 足りない部分を説明したら、ちゃんと【奴隷】をカンストさせるメリットを理解してくれた。

「今日中に【解放奴隷】もカンストすると思うんで、明日の朝にでも……こちらの本田さんを向かわせますんで、ついでに【平民】と【貴族】もカンストさせちゃいましょう」

 王家の命令で奴隷になった貴族令嬢が、王都を旅立つ時に、【王】になってたら面白いなぁ、なんて思って提案したら、思ったよりウケた。大爆笑された。
 異世界貴族の笑いのツボがわからん。

「クーちゃんを【王】にするのはいいけど、孫一君は三日間どうするの?」
「ん。王都にある傭兵団に挨拶回り。上手いこと、三日目くらいに国に申請書類を出したいね」

 挨拶には、ユリアーナと御影さんを連れていくつもり。
 申請には、人族だけで行った方がいいよな。そうなると、御影さんと……縁がいいかな?
 いっそ、会長を連れてくのも面白そうだけど、日本に帰すつもりの会長を、不必要に巻き込みたくない。
 会長がいれば、交渉がスムーズに終わりそうだけどね。

 あの人が、なんで勇者じゃないのかわからないよ。
 優秀さは関係ないのかな?
 むしろ、特に無能な異世界人に与えられたクラスが、勇者だったりして。……有り得るか。否定したいけど、他の勇者のラインナップを見ても、あながち間違いではないかもしれない。否定したいけどね。

 シンデルマイサー夫妻と、今後について少し話して、空が茜色になる頃に、スラムの拠点に戻る。

 帰り道で、見かけた兎人族の女性のお尻を見ていたら、本田さんに「また死んじゃうよ」と言われた。"また"ってなに? え? 僕、知らない間に死んでたの?
 教えてくれなかった。

 モヤモヤしたまま拠点の門を潜った。

 あ、お土産忘れてた。
 慌てて買いに戻った。
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