一人では戦えない勇者

高橋

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1章

41話 復讐の行き着く先

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 どれくらい時間がたったのかわからない。わかるのは、涙が乾くのに充分な時間が経ったのだけは確かだ。

 父さんが最後の力で展開した結界は、今も私を守っている。
 リッチが、その骨だけの腕を振り回して結界を壊そうとしてもビクともしない。
 黒いなにかを放っても、結界に触れる前に霧散する。
 こんな強固な結界は見たことがない。

 父さんがなにをしたのかさっぱりわからないけど、私はまだ生きている。残念ながら、ゲオルクと一緒に。
 どうして、父さんじゃなくてこいつが生きてるんだろう。結界をリッチの腕が叩く度に「ヒィ!」って言ってうるさい。
 父さんが残した言葉を考えたいのに。

「【支援の勇者】を頼れ、か」

 お伽噺の存在を、この国が召喚しようとしてるって噂は聞いたことがある。

「本当にいるの?」

 結界の外で、柔かな笑顔のまま事切れた父さんに問いかける。
 答えは当然ない。
 答えはなかったが、異変はあった。
 リッチの向こう側に、数人の男女が現れる。

 一瞬だった。

 瞬きする一瞬でレイスが消し飛び、リッチの体が崩れ落ち、黒い靄となって消えた。
 見たことのない馬のような魔物に乗った仮面の少年が前に出る。
 倒れている父さんをジッと見つめ、銀髪の少女に顔を向ける。少女は静かに顔を横に振った。

「そこに魂が残っていれば蘇生できる可能性があるけど、リッチロードに触れられて魂が砕かれてしまったら、私たちでもどうにもならないわ」

 少女の言葉に肩を落とした少年は、下馬して父さんの側に跪く。

「間に合わなくてごめん」

 その小さな涙声は、獣人種にしか聞こえなかっただろう。
 薄く開いた父さんの目を優しく閉ざすと、立ち上がって私の元へ来る。
 銀髪の少女たちは、父さんの側にシーツを広げている。どうやら、遺体を回収してくれるようだ。ありがたい。
 探索の途中で冒険者の遺体を見つけても、ギルド証を回収して、アンデッドにならないように遺体を燃やすか首を落とすかだけだ。遺体を回収できてちゃんと埋葬されるのは、冒険者の最後としては最上の部類だと思う。
 仮面と結界越しに見つめられて少々居心地が悪い。あれ? 目の部分に穴が開いてないけど見えてるの?

「あなたがロジーネさん?」

 首肯で返す。

「マーヤ。結界を解いてくれる?」

 少年の言葉に、狐の仮面を被った少女が恭しく了承し、結界に触れる。
 リッチの攻撃にあれ程耐えた結界は、簡単に消えた。
 呆気に取られる私の前に少年が立ち、その素顔を隠す仮面を取る。
 ……蛙、よね?
 私はてっきり顔に酷い怪我を負っているものだと思っていたので、可愛い蛙顔に少し驚く。

「はじめまして。俺は【支援の勇者】のマゴイチ・ヒラガです」

 まあ、そうでしょうね。リッチを瞬殺するような人たちが、普通の人であるはずがないわね。むしろ、納得。腑に落ちたわ。
 慌てて跪く私に「礼は不要」と言うけど、相手は勇者だ。そういうわけにはいかない。
 勇者ヒラガは諦めたようにため息をついて、父さんとの出会いから、ここに至るまでの経緯を説明した。

「で、一つ聞きたいんだけど……それ、どうする?」

 勇者ヒラガの指の先を追う。
 ……ゲオルクだ。てか、いつまで私の背中に張り付いてるの?
 ゲオルクを引き剥がして、私の隣に並べる。

「お、俺はゲオルク・バルヒェット。二等級冒険者だ。よく来てくれたな。勇者よ」

 立ち上がり、偉そうな態度で勇者ヒラガに握手を求める。
 あまりの厚顔無恥っぷりに、勇者ヒラガも驚きを隠せないようだ。私もビックリしたし。

「うん。まあ、知ってるんだけどね」

 そう言って、勇者ヒラガがコートのポケットから出したのは、銃だ。一度だけ古道具屋で売られているのを見たことがある。弾丸の生産にお金がかかるから、廃れた武器だ。
 ゲオルクの足に向けられた銃口から、弾丸ではないなにかが出る。
 私の目では捉えられなかったなにかが、ゲオルクの左膝を破壊する。
 呻きながら倒れるゲオルクを、一瞬、庇いそうになる。まだ、私はこいつの恋人でいるつもりか? いやいや、無理。こいつには恨みはあるけど、情はない。ここに飛ばされる前にこいつの口から全て聞かされたから、恨みというより殺意がある。

「て、てめぇ! なにをうがぁ!」

 続けて、地面に付いた左手も銃で撃ち砕く。あれって、火薬銃じゃなく魔法銃か。どっかの国で作ったけど、実用に耐えられなかった、って話を酒場で聞いたことがある。

「君が生きてるってことは、おっちゃんは復讐を果たせなかったってことだよね」

 声音は冷たいのに、「おっちゃん」の部分だけ優しく聞こえた。
 その"おっちゃん"が誰なのか、どんな関係なのか、容易に想像できた。

「なにを、ぐぅ……お前には、関係ねぇだろうが」

 痛みに呻きながらゲオルクが答える。

「もし、おっちゃんが復讐を果たせなかったら、俺が復讐を引き継ごうって決めてたんだよ」
「俺は二等級だ。こ、この国の国民だぞ。勇者がただの国民にこんなことして、ただで済むと思ってんのか?」
「ああ、ここはダンジョンだから大丈夫。冒険者同士の私闘は、ダンジョン内なら許されるんだろ?」

 そう言って、ポケットから木札を出す。五等級のギルド証だ。

「俺も君も冒険者だ。問題ないよな」

 最後通牒のような言葉に、ゲオルクが慌てて周囲に助けを求める。
 勇者ヒラガの後ろに立つ黒髪の女性は、悲しそうな顔をしている。銀髪の少女と黒髪の少女は、ゲオルクを軽蔑する目で見ている。残りは、仮面を被っていて表情がわからない。

「な、なあ、ロジーネ。お前は、助けてくれるよな?」

 結局、ゲオルクが助けを求めたのは、私。
 出血で青白くなった顔は、かつて愛した人の面影がなかった。

「そうか。ロジーネさんにも復讐の権利があるよね」

 ビクンとなったゲオルクが、無事な右足で後退る。
 勇者ヒラガが、左のポケットから一振りの剣を出す。明らかにポケットに入るサイズではない。あのコートは魔道具か。

「これはね、おっちゃんが復讐を果たしてうちのパーティに戻ってきたら、お祝いで渡そうと思って用意してもらったミスリル製の刀だよ」

 刀。大陸東域で一般的な剣だったかしら? 聞いたことはあるけど、見るのは初めてね。
 その刀を私に差し出す。

「剣としては軽いけど、この軽い重量だけで鉄を切れる。らしい。まだ、使ったことがないから知らないけど、打った本人たちは"最上大業物を越えた"って言ってたよ」

 そう言う勇者ヒラガの視線の先には、銀髪の少女と、金髪の少女と、黒髪の少女の三人が、力強く頷いていた。え? この子たちが作ったの?
 受け取った刀を抜くと、刀身は真っ黒だった。ミスリルのイメージから、銀だと思ってた。

「ロジーネ。じょ、冗談、だよな?」

 鞘を勇者ヒラガに返し、両手でしっかり柄を握り、刀の切っ先をゲオルクに向け、構える。
 呼吸が荒い。
 手が震える。
 父さんと同じ【獣戦士】として、それなりの修羅場を潜り抜けてきた。冒険者として人を殺したこともある。けど、恋人。いや、元恋人か。元恋人に剣を向けたことはない。

「まあ、そうなるよね」

 いつの間にか横に立っていた勇者ヒラガが、私の手から優しく刀を奪う。
 私と同じように刀を構える。けど、その手は私と同じように震えていた。

「人を殺すのは初めてだから、一太刀で殺せなかったらごめんね」

 ゆっくり振り上げた刀を、恐怖に固まったゲオルクに振り下ろす。
 袈裟斬りにされ断末魔を上げる元恋人を、現実味もなく見ていた。
 もがき苦しむ姿に、勇者ヒラガはトドメを刺すべきか逡巡している。その様は、勇者ではなくただの少年のようだ。いや、人を斬って、手が震えている姿は、ただの少年そのものだ。
 でも、自分がしたことの結果から目を逸らさず見続けるその強い意思を宿した目は、お伽噺に出てくる勇者の目だった。
 それに、刀を金髪の少女に預けようとして、握った手が開けなくて焦る姿は、人間臭くて好感が持てた。
 刀を預けたら、事切れたゲオルクの見開かれた目を閉じ、首にかけたギルド証を回収する。
 立ち上がろうとして思い直し、手を合わせる。確か、東域の方の弔いの作法だったと思う。
 勇者ヒラガと同じ黒髪の女性たちが、同じように手を合わせているのを見て、銀髪の少女と金髪の少女も倣って手を合わせる。
 私も手を合わせて、ゲオルクの冥福を祈った。
 最後はこんなことになったけど、一度は愛した人だからね。
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