一人では戦えない勇者

高橋

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1章

38話 再探索

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 土下座した日の三日後。
 探索七日目には拠点を地下三十階に移していた。
 初心者冒険者にしては、かなりのハイペースな探索だ。

 地下三十階まで来ると、ミノタウロスとかなりの頻度で遭遇する。小さい個体でも2メートルを越えるミノタウロスは、対峙するとかなり怖かった。囲まれると、さらに怖かった。
 まあ、ユリアーナとマーヤが瞬殺したけどね。怖かったよ。僕らを囲んでるミノタウロスの首が、ボトボトって次々落ちて、血が噴水みたいに出る様は、ちょっとしたホラーだった。
 まあ、そんなミノタウロスも、今ではすっかり牛肉にしか見えない。高級な和牛には及ばないけど、血抜きなどの処理をちゃんとすれば輸入牛より美味しい。最近のヒットは、オーク肉との合挽きで作ったハンバーグだ。今回は残念ながら材料がなくてできなかったけど、次はチーズをインする、と由香と由希が約束してくれた。次が待ち遠しい。
 ちなみに、グリフォンは四十階以降に出るらしく、その味はまだ知らない。鷲なのかな? それともライオン?
 まあ、どっちも食べたことないけどね。
 由香と由希の食欲と知識欲が、抑えられなくなる前に、地下四十階に到達したい。グリとフォンのために。
 由香と由希は、時々、あの二頭をジッと見つめているんだ。その時のグリとフォンの悟りきった目は、見ていていたたまれない。

 そんな緊張感のない探索も、本日で九日目だ。
 予定では、あと一日探索する予定だったけど、探索で得た魔石や魔物素材が弱小ギルドである『赤竜の籠手』では払いきれないレベルの量になってしまったので、探索を打ち切ることにした。

 で、現在は地下一階。地上階へ通じる一本道は、『冒険者通り』という異称の通り、冒険者で溢れていた。

「さすがに目立つな」

 スレイプニルが四頭、グリフォンが二頭。
 列の真ん中に麒麟が一頭。
 その足元に大きな白い狼が二頭と、大きな茶色い狐が一頭。
 騎乗する七人中四人が仮面を被ってる。
 そりゃあ、目立つよね。
 悪目立ちが嫌なので、人混みをすり抜けるようにスルスル進む。
 全員が〈人騎一体〉を持ってるので、気持ち悪いくらいの見事な手綱捌きで進む。まあ、松風には手綱をつけてないんだけどね。パスを繋いだら、僕の考えてる通りに進んでくれるから、必要なくなった。

「おっちゃんはいるかな?」

 おっちゃんのパスは切ってあるから、目視と〈気配察知〉で探すしかない。ああ、でも、おっちゃんの復讐相手には、薄いパスを繋いであるんだった。復讐相手はダンジョンに潜ってるようだ。大体の感覚によると……二十階より下かな?
 おっちゃんが復讐を果たすとしたら、冒険者同士の私闘が認められてるダンジョンの中だろうから、おっちゃんは今、連中を尾行してるのだろうか。
 まあ、居場所を知ったところで、手伝えることはないし、手伝いを拒絶するだろうから探す意味はないんだけど……やっぱ心配なんだよなぁ。

「久しぶりの太陽光ね」

 地上階に出ると、隣に並ぶブライアンの背中で御影さんが呟く。
 ちょっと光が弱い気がするけど、まだ遠い出口から差す久しぶりの光にホッとする。
 〈光魔法〉で、明かりの問題はないんだけど、太陽光の安心感は別格らしい。
 出口に近づくに連れ、気温が下がってるような気がして、〈遠見〉スキルを使ってみる。

「なるほど、雪か」

 寒いわけだ。外は雪が降っていた。
 この世界で傘は貴族が使う物だ。なので、周囲の冒険者は、傘を使わず外套のフードを被っている。
 ちなみに僕は、マーヤがなんらかの魔法を使って雪を防いでくれている。雪くらい気にしないよ。てか、これってなにをしてんの? 〈風魔法〉か? ちょっと暖かくなってきたけど、火は使ってないな。〈結界魔法〉で熱と雪を遮断してるのか?
 帰還報告のために、ダンジョン脇の小屋へ向かう。
 ユリアーナと小屋に入り、仕事が早そうな受け付けに並ぶ。
 周囲の冒険者の雑談に耳を傾けながら待つ。
 なんでも、仮面を被った貴族が、大手ギルドである『漆黒の翼』に喧嘩を売ったらしい。

「ねえ、マゴイチ? 注目されてるんだけど」
「仮面を被った貴族と、間違えられてるんだろ。迷惑な話だ」

 受付の順番が僕らの番になり、受付の万年平兵士に帰還報告をする。平兵士なのに、他の受付より仕事が早い。

「よう、勇者。無事帰ったようだな」

 提出した書類を一瞥して判子を押す。

「ルーペルトの小僧とは、ダンジョンで会わなかったか?」
「いえ。会ってませんよ。なにかあったんですか?」
「あー。まあ、あったというか、これからあるかもしれないというか?」

 平兵士のハッキリしない言い方に、首を傾げる。

「ルーペルトが前にいたパーティな、ルーペルトが奴隷から解放されたって情報を掴んで、あいつを罠に嵌めるって周りの連中に言い触らしてやがったから、てっきり、復讐にお前さんの力を借りるんじゃないかと思ってたんだが……会ってないのか」

 おっちゃんの居場所はわからないけど、復讐相手の居場所はわかる。あの四人とおっちゃんの娘は、さっきパスで存命を確認した。
 ……一応、もう一回確認……あれ?

「マゴイチ? どうしたの?」
「ん、ああ。復讐相手にパスを繋いでいたんだけど……切れてる」
「復讐を果たしたってこと?」
「娘さんのパスも切れてるんだ」

 先日揉めた『黒剣』の先輩が三等級ということから、おっちゃんの今の実力なら、二等級の冒険者にも後れを取らないどころか、軽くあしらえるレベルだと思う。
 そのおっちゃんが、娘さんを守れないなんて状況は、ちょっと想像できない。

「よくわからんが、連中、地下二十六階で転移の罠の情報を買って、それを使ってあの親子を飛ばすって言ってたらしいぞ」

 転移した結果、パスが切れたのか? 罠に嵌めるつもりが、自分達も嵌まったのか?

「二十六階の、どの辺りかわかりますか?」

 僕の質問に「うんにゃ」と首を横に振る。
 行って調べるべきか? 帰還してすぐに? 御影さんたちは初めての探索だし、おっちゃんと直接の面識はない。それなのに、連れて行くのか?

「マゴイチ。あなたの記憶を見てるから、御影さんたちにとっても身内の話よ。行きましょう」

 頼もしい正妻に頷く。

「食料の残りは?」
「三日分よ」
「おっさん。探索申せ」

 言い終わる前に書類を出された。

「サインだけせい。あとは俺が書いといてやる」

 「ありがと」と言いながら、サインを書いて出す。
 平兵士の「無事帰ってこいよー」という間延びしたエールを背に小屋を出る。
 先に出ていたユリアーナがある程度説明していたようで、全員騎乗して待っていた。

「ユリアーナと縁は先行してくれ。俺たちは、グリとフォンの足に合わせる」

 言われた二人はすぐさまダンジョンへ消えた。ユリアーナが趣味でやってるマッピングに罠の情報があれば、すぐに見つかるはずだ。
 僕も松風に騎乗する。
 一番足が速いのがスレイプニルと麒麟で、次いでフレキとゲリ、ウカと続き、一番遅いのがグリフォンだ。
 一番遅いといっても、その辺の馬よりはるかに速いんだから、グリに「死ぬ気で走らないと焼き鳥なの」って言わないであげて。

「俺たちもできる限り急ごう」

 こうして僕たちは、ダンジョンから帰還してすぐにダンジョンへ潜ることになった。
 もし、おっちゃんが復讐を果たせなかったら、どうするか。
 ……僕が復讐を引き継ごう。
 僕の初めての人殺し。
 おっちゃんの無念を晴らすためなら、やれるはずだ。
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