一人では戦えない勇者

高橋

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1章

20話 召喚の間

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 ヒンヤリとした空気の部屋に踏み入る。
 広さは学校の体育館くらいか。ドーム型の天井に円形の床。床には白い魔術陣が描かれている。

 術式の解析をユリアーナとマーヤに丸投げした僕は、先生と双子にこの世界で見聞きしたことを話していた。
 そして、話すネタがなくなり、ぼんやりと二人を待っていたら、後ろにいる先生が僕に声をかける。

「平賀君。本当に帰る方法がわかるの?」

 声に振り向くと、期待のこもった目で宮野先生が見つめている。その隣に立つ双子は興味なさそうだ。僕と同じで、帰りたくないの?

「まだなんとも。そもそも、帰る方法があるのかどうかもわからない」
「でも、王様は魔王を討伐すれば、って」
「魔王がいる西大陸に行くまで一年以上かかって、その間にいくつも国があって、その魔王による被害が出ていない状況で、この国が魔王討伐する理由って、なんなのかな? まあ、魔王討伐なんて、勇者という兵器を召喚する大義名分以上の意味はないと思いますよ」
「本音は別にある?」
「ええ。この国の王には領土的野心があるって噂で聞きましたし、同盟国であっても、西の帝国が北伐を成功させたから、国力に差ができて焦ってるのかもしれない」

 まあ、その辺りは噂を元にした想像でしかない。

「けど、本気で魔王を倒してやろうなんて、考えているとは思えない」

 西大陸なんて対岸の火事だよ。そもそも、西大陸の正確な情報すら入ってこないのに、魔王討伐なんて現実的ではない。
 むしろ、歴代の勇者が討伐に失敗してると言われる、大陸北域と南域にいる魔王を討伐しろってんなら、本気度を感じる。まあ、無理だろうけど。ダンジョンが異界化してんだろ? 無理無理。
 魔術陣を調べていたユリアーナとマーヤが、並んで戻ってくる。

「結論から言うと、この術式では元の世界に帰れないわ」

 食いつくように一歩前に出た先生が肩を落とす。そういえば、この人、既婚者だったな。愛する旦那の下に帰りたいんだろうな。……人妻で眼鏡で巨乳の女教師とか、自家発電のネタとしては最強だな。

「まず、この術式は、異世界からなにかを召喚する術式として、不完全なの」
「どこの世界から喚ぶかは完全に運任せですし、その世界の座標が召喚対象に刻まれてもいないので、どこに送り還せばいいのかわからないのです。術式を逆算して送還陣を作っても、どこか知らない世界に送られるだけになります」

 え? テキトウに喚んだの?

「送還陣は作れるの?」
「作れますけど、起動のための魔力が足りません」
「どうやら、この召喚陣は生け贄を使って起動させたようね。奥に下りの階段があって、下の部屋に生け贄を閉じ込めていたみたい。レイスになってたから浄化しといたわ」
「生け贄は何人くらい?」
「五百人くらいですかね」

 多くね?

「そういえば、しばらく前に、王国中の奴隷商から安い奴隷を買い集めてる人がいるって聞いたわ」

 一つ間違えば、この二人も生け贄になっていたかもしれないのか。特にマーヤは。

「ああ、私達は大丈夫だったはずよ。私たちがいた奴隷商館は、品質重視で高価だから、生け贄みたいな使い潰し目的の客は来ないの」
「え? 待って。この子達は奴隷なの?」

 先生が、責めるような目を僕に向ける。
 おかしいな。さっき、【支援魔術士】は、術士の中で底辺として扱われるって話をしといたのに、どうして、僕が奴隷を買ってないって思ったんだろう。

「元奴隷です。奴隷として買いましたが、今は奴隷ではありません」
「それでも、人が人を買うのは」
「先生。ここは日本ではありません」

 僕も日本の倫理観で育ったから、人身売買に多少の忌避感がある。けど、それは、あくまで日本にいるからこその忌避感だ。異世界にまで日本の法を持ち出して自分の首を絞める結果になったら、笑えない。

「俺は、自分の倫理観で自分の首を絞めるつもりはありません。【支援の勇者】に人が集まらないのなら、奴隷を買う以外に方法がないでしょう? それとも、他にいい方法が?」
「それは……でも、人身売買は」
「日本の法では違法です。けど、ベンケン王国の法では、奴隷法によって定められた合法の商売です」

 奴隷商館で、この奴隷法を聞かされたが、半分以上は聞き流していた。

「で? 他にいい方法は?」

 再度問う。
 黙ってしまった。

「俺は、戦力が不足してると判断したら、また奴隷を買いますよ」
「……理解はしても納得はできません」

 僕の後ろからひょっこり顔を出した双子の右分け、姉の由香さんが、なにか言いたそうに手を挙げる。授業中じゃないんだから、好きに発言していいよ。

「そもそも、お姉さん達は、先輩の奴隷が嫌だったの?」
「嫌なわけありません!」

 うん。うるせえ。

「御主人様のお陰で、私はこうして生きていられるのです。神に祈っても救われなかった私を救ってくださったのは、御主人様です!」

 狂信者の話は、話し半分で聞いといて。あと、声がでかい。

「ユリアーナお姉さんも? 嫌なことされた?」

 妹の由希さんの問いに、ユリアーナが意地悪そうな笑みを浮かべる。

「私は、買われてすぐプロポーズされたわ。奴隷だから断れなくて」

 先生がキッと僕を睨む。
 やめてよ。誤解されるようなこと言わないで。

「そうだね。一目惚れしてプロポーズしたけど、その場では撤回したよ。奴隷じゃなくなってから、あらためてしたけど」

 つい、早口で言い訳してしまう。
 くっそ楽しそうな笑顔だな。

「大丈夫よ。先生が心配するようなことはなにも起きてないし、私はマゴイチのプロポーズを受け入れて、名前もヒラガ姓にしましたよ」
「え、えっと……つまり」
「妻です」

 今更だけど、ユリアーナを紹介する。

「夫です」

 今更だけど、ユリアーナに紹介される。

「御主人様で夫です」

 今更だけど、マーヤが爆弾を放り投げる。

「ん? 平賀君?」

 先生、笑顔が怖いですよ。
 由希さんが「え? 由香ちゃん、ハーレムだよ?」と楽しそうに見守ってる。助けて。
 由香さんは「リアルハーレムって、男の努力と甲斐性がないと維持できないの」と豆知識をこっそり教えてくれた。いや、今必要な知識じゃないよ。助けてよ。

「マーヤのことは……ユリアーナに聞いて」

 正妻様に丸投げしたら、〈威圧〉を使われた。
 ユリアーナが、半泣きになった僕を見てため息をつく。

「マーヤは、私が側室にするように言いました。私もマーヤも納得しています」

 僕は、まだ納得してないけどね。

「マゴイチの記憶を見たから、ニホンの法律で重婚が禁じられているのも知ってるけど、この世界では、収入や甲斐性があれば、平民でもハーレムが認められているし、逆ハーレムも認められてるんですよ」
「その言い方だと、平賀君にはそれがあると?」
「ないわね」

 即答しないで。ないのはわかってるけど、せめて少しくらい考えて。

「収入は、私たちを稼げるようにしてくれたんだから、もういいわ。クリアしてるってことにしてあげる。甲斐性は……今後に期待ね」

 僕に向けて笑顔で言い放つ。

「そう。……マーヤさんもそれでいいのね」
「はい。御主人様に、誠心誠意お仕えします」

 先生が聞きたかった答えと違くね?

「……はぁ。まあ、いいわ。人の色恋に口出すのも、ね。とりあえず、避妊はしなさいね」
「いえ。私は、一刻も早く、御主人様の神」
「それより、召喚陣の話!」

 普段出さない大声で、狂信者の望みをかき消す。ドーム型の天井に反響して、自分でもビックリするくらいの大声だけど、先生もビックリしている。畳み掛けてごまかすぞ。

「生け贄以外の方法で、術式を起動させる方法はある?」
「ん? ああ、というか、この陣、生け贄の他にマナも使ってるんだ。それも間違った方法で。だから、召喚魔術陣というより、召喚魔法陣に近いんだけど、未熟な術士が組んだ術式だから、精々、劣化魔法陣ってとこかしら」
「中途半端な技量で、大地のマナを吸い上げる術式を組んだので、本来サポート目的にマナを少量使うはずが、大量に吸い上げてしまい、王都に流れ込むマナを大量に使ってしまったようですね」
「ひょっとして、あの人数の異世界人が召喚されたのって、マナを大量に使ったから?」
「そうね。大量の生け贄のプラーナと、大量に吸い上げたマナで、擬似的な召喚魔法になったのが原因かしら」

 てことは、座標の問題をクリアしても、全員を送り還すのに、同じくらいのプラーナとマナを用意しなければいけないのか。

「まあ、プラーナだけなら、マゴイチ一人でもなんとかなりそうだけどね。気づいてないようだから言っとくけど、マゴイチのプラーナ量って、生け贄五百人分より多いと思うよ」

 え? マジっすか?

「それと、陣を解析してみたら、勇者にいくつかチートを組み込む術式があったわ。一つは翻訳。これは、勇者以外にも組み込めたみたいね」

 視線を勇者以外の異世界人、先生と双子に向ける。三人とユリアーナが会話できてるんだから、そうなんだろう。

「二つ目は勇者だけ。スキル経験値の増加。これはマゴイチがやった〈支援魔法〉の成長チートと同じね。勇者に使ったら更に倍になるのかしらね。三つ目も勇者だけで、プラーナ量の成長チート。普通の人でもプラーナを使えば使うだけ量が増えるんだけど、勇者の場合、普通の人の十倍くらいの量が増えるようになってるみたいね」
「それで、今朝くらいから、使ってもプラーナが減ったような感覚がなかったのか」

 おまけに〈プラーナ自然回復量増加〉なんてスキルがカンストしてるもんだから、減ってる感覚がなくなった。

「けど、翻訳以外は三日くらいで効果が消えそうよ」

 時間制限付の成長チートかよ。

「……なら、やろうと思えば、俺一人で術式を起動できる?」
「できないことはないけど、この場所では、しばらくは無理ね。地脈の流れが乱れて安定してない。最悪、マナの通り道がずれて、王都のマナが枯渇するかもしれないわ。いや、もう、枯れかけてると言った方がいいかしら」

 そうなったら、王都が王都でなくなる? あ、王樹も枯れちゃう?
 今の内に王樹を貰っとく?
 枯れるかもしれないんなら、幾つか貰ってもいいでしょ。
 この後、幾つか細々とした疑問を聞いてから、陣を再使用できないようにしてもらった。

「うん。ここで調べられることは、もうないか、な?」

 五人を見渡すと、特に異論はなさそう。

「ほんじゃ、会長に会いに行きますか」
「その前に、避妊の話を」

 先生は誤魔化せていなかった。

「御主人様は、今夜、城に侵入するのをやめて初夜を過ごすつもりだったんですが、正妻がヘタレたんです」
「ちょー! なんで言っちゃうの。マゴイチ気づいてないのに」

 うん。気づいてない。
 双子も意外そうにユリアーナを見ている。
 先生は、なんか呆れてる。

「さすがに、この時間から宿を探すのは……」
「大丈夫です。ルーペルトさんから、宿が見つからない時はスラム街の廃屋を使えって言われました。いわく付きの丁度いい屋敷があって、そこのレイスを浄化すれば、持ち主のいない屋敷を勝手に使えます。場所も詳しく聞いておきました」

 んー。廃屋なんだろ? 防音とか大丈夫? あと、スラムの治安も心配。

「遮音結界と人避けの結界を張れば、中でなにをしても外には漏れません」
「よし。今すぐ行こう」
「ごめん。もう少し時間をちょうだい」

 この、ヘタレ妻め。
 しょうがない。嫌々、渋々、不承不承、仕方なく、会長に会いに行こう。

「私が悪いの?」

 ユリアーナの呟きは、召喚の間に虚しく響いた。
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