一人では戦えない勇者

高橋

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1章

18話 お城へ侵入

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 おっちゃんを見送った後、僕は少し悩んでいた。
 城に忍び込むのを今日にするか、また今度にするか。
 城に忍び込む程度なら、二人とも充分すぎるスキルがある。
 足手まといの僕を連れていても大丈夫なくらいだろう。たぶん。
 下調べをしていないのでわからないけど、この二人に無理なら、ここの城には誰も忍び込めないだろう。それだけのスキルがある。
 なら、なぜ悩む必要があるのか? 決まってる。

 童貞を捨てたいからだ!

 正直、城に残ってる連中には興味がない。義妹以外はどうでもいい。生徒会長に情報をあげるのも、同郷のよしみ以上の感情はない。ただ、情報なしでなにも知らず、僕が知らないところで死んでたら寝覚めが悪いからだ。さすがに一日で死ぬようなヤツはいないだろうけど、早めにこの世界の常識を教えてあげた方がいいだろう。
 ひょっとしたら、もう、この国の人から常識を教わってるかもしれない。けど、国家の思惑が入った常識とか、普通に怖い。
 独裁国家の常識と日本の常識が違うように、この国の常識と国に縛られない冒険者の常識は違う。
 誰かしら情報収集をしているだろうから、国に縛られないおっちゃんから教わった常識とどれくらい違うのかも知っておきたいし、すり合わせをしておきたい。
 だけど……だけどさぁ、童貞を捨てるチャンスが目の前にあるんだよ? 興味のない連中と僕の初体験。どっちが重要かは、天秤に乗せる必要もなく明白だ。

 ……うん。明日だ。明日にしよう。情報はほしいけど、彼らにも情報収集の時間が必要だろうし、二日あれば必要な情報が集まるだろう。

「ユリアーナ。潜入はあし」
「なんかエロいこと考えてるようだから、さっさと行きましょう」

 僕の言葉を遮り、腕を引っ張って歩き出す。
 ん? どっち? 「行きましょう」って、どっち? 城? それとも、連れ込み宿? 一応、おっちゃんから場所を聞いておいたよ? あと、雑貨屋に避妊用の魔法薬が売ってるらしいから、寄って行こう? パパになる覚悟は、まだないです。



「城かぁ」

 貴族街と平民街を隔てる城壁の近くで、僕は項垂れていた。

「まあ、面倒なことを後回しにすると、余計に面倒になるから……とはいえ、これで得るものがなければ、会長を殴ってしまうかもしれない」
「そ、そんなに私と、その、したいの?」

 愚問だな。

「俺の色は見えてるだろ?」
「うん。ほぼ色欲」

 これは誤解を解かなければ。

「思春期の男子高校生なんて、そんなもんだよ。下半身が前を歩いてると言っても過言ではない。……まあ、下半身に心がある内は恋なんだろけど。出会ってすぐにプロポーズしてしまったので、交際期間がない。交際をすっ飛ばしての婚約だ。いや、戸籍がないけど籍を入れた状態か? まあ、いい。ともかく、俺は今、ユリアーナに恋しているのだろう。これが愛になるように、時間をかけて二人で大切に育みたいんだ。その手始めに、童貞を捨てたいのです!」

 拳を握り、力強く宣言する。

「要するにヤリたいと。マゴイチが嫌いなヤリチンリア充みたいになりたいと?」

 いや、そこまでは。「ウェーイ」とか言わないよ。てか、リア充って、本当に「ウェーイ」って言ってるの?

「それじゃあ、城に行くわね?」
「はい」

 尻に敷かれる未来が確定した気がする。

「ところで、どうやって壁を越えるの?」

 城門は日が落ちると閉まるので、貴族街にも行けない。暗くて城壁の上も見えないし、どうするんだ?

「こう、マゴイチを抱えて、ピョーンって飛ぶ?」

 配管工のおっさんみたいに飛んで見せる。なにこの子、可愛い。僕の嫁です。

「俺は小脇に抱えられるの?」
「嫌?」

 その、ちょっと情けない姿を想像して、仮面の下で顔を顰める。

「なら……お姫様抱っこ?」
「されるより、したい」
「奇遇ね。私も、するよりされたいわ」

 では、と、両手を差し出すと、その気になったのか体を預けてくる。
 僕の人生で初のお姫様抱っこだ。足を踏ん張り、ユリアーナを持ち上げる。
 見た目より重い。これは剣の重みか? 腰がヤバイ。

「思ったより軽いよ」

 こういう時に言うべきはこれだ。これが正解。本音は逆だけど。
 無理してるのがバレないうちに下ろすと、マーヤが緑色の左目で羨ましそうに見ていた。
 そういえば、探索を切り上げる時から右目を包帯で隠していたな。最初はいつも通り左目を隠そうとしてたんだけど、右目だけ使ってると視力低下に繋がりそうなので、隠す目をマメに変えるように言っておいた。まあ、オッドアイだってバレないだろうけど、不便だろうからなんとかしてあげたい。カラコンとかないかな?

「マーヤも」

 マーヤに両手を差し出すと、遠慮がちに身を預ける。

「軽っ!」
「あ? 喧嘩売ってる?」

 マーヤのあまりの軽さに、本音が出てしまった。てか、腕とか細いけど、こんなんでよく剣を振り回せたな。あと、正妻様がめっさメンチ切っとる。〈威圧〉使ってる? チビっちゃうよ? おたくの旦那が、王都の路上でお漏らししちゃうよ?

「マーヤは痩せすぎだな。今まであんまり食べてなかったからか、胃が小さいのかな? 夕飯も、あんまり食べてなかったよね?」

 主に、おっちゃんとユリアーナが食べていた。僕は少食ってわけではないけど、疲れのせいか、食欲があまりない。

「暗に、私に食い過ぎって言ってる?」

 正妻様。それは被害妄想ですよ。

「足もガリガリじゃん。これでユリアーナに勝ったのか。凄いな」

 ちゃんと栄養のある物を食べさせたら、もっと強くなるんだろうな。
 そっと下ろしてあげると、物足りなそうにする。ややタレ目のマーヤは、ユリアーナとは違った可愛さがある。

「ユリアーナくらい重くなったらね」
「やっぱ、重かったの?」
「頑張って太ります」
「太ってないよ! ……太ってないよね?」

 自分の基準に自信が持てないのか、不安そうに僕に聞く。

「大丈夫。俺より軽いはずだよ」
「基準がおかしいよね?」
「それで、御主人様は私がお姫様抱っこすればいいのですか?」
「やだ。ハズい。おんぶでお願いします」
「ねえ。私、重かったの?」
「わかりました。どうぞ」
「おんぶなら私がするよ。って、なんで正面から抱えてんの?」
「よっと……やっぱ無理か。前が見えなくてフラフラするんだな。後ろ向きで怖いし、これはなしで」
「そうですね。御主人様の香りを一杯嗅げる良い抱え方だと思ったんですが、これはなしですね」
「二人とも普通にやろうよ」

 ノリのいいユリアーナもさすがに呆れてしまったようだ。
 てか、マーヤの腕力ってどうなってるの? 身体強化一段階目なのに、背嚢を背負った僕を、正面から軽々と抱き上げたよ。クラスをカンストさせまくった効果? あと、どさくさに紛れて狐耳を少し触った。毛がフワフワだった。もっとモフりてぇ。



 ユリアーナにおぶさり、身体強化を三段階目まで引き上げる。
 ユリアーナの体臭と女性特有の柔らかい感触にドギマギする。

「じゃあ、行くわよ」

 一言返事を返すと、視界がずれる。
 遅れて「ユリアーナが飛び上がったんだ」と認識するが、体に加わる加重に、僕は意識が飛ばないよう必死に歯を食いしばっていた。
 上昇が終わると、短い浮遊感に玉がヒュンってなる。そして、すぐ落下。着地と同時にユリアーナの背中に体を押し付けられて、息ができなくなる。
 ユリアーナの背中で咳き込む僕を、心配そうに振り返る。「重い」って言った意趣返しにしてはヘビーだよ。

「次は優しくお願いします」

 乙女のような懇願をしたら、「わかった」と言って走り出す。
 貴族街と王城を隔てる城壁へ向けて、家々から明かりが漏れる貴族街を、背嚢を背負った僕を背負って、音もなく走る。
 チラリと後ろを振り返ると、マーヤと目が合う。ニヘラと笑うマーヤは可愛いのだけど……時々、変態性が見え隠れするんだよな。
 正面に向き直ると、城壁が迫っていた。

「〈解析〉だと、城壁に魔法防壁はないみたいね」
「〈闇魔法〉と〈幻魔法〉で、見張りの目を誤魔化しましょう」

 後ろを走るマーヤから、プラーナが放出される。すぐにマナと混ざり、魔法が発現する。プラーナの量は僕ほどではないけど、魔力操作は僕より上手いかも。

「優しく駆け上がるわよ」

 言い終わる頃に、ユリアーナの足元からプラーナの放出を感知する。
 視界が上昇するが、さっきより急ではなく、階段を二段飛ばしで駆け上がるような感じだ。

「なにをやったの?」
「プラーナとマナを混ぜたヤツを疑似物質化させて、踏み台にして駆け上がったのよ」

 なにそれ、カッコいい。僕もやりたい。あ、これか。ユリアーナのスキルに、〈空歩〉ってのがある。スキルなら、僕も取得できるかも。
 無事に敷地内へと入ると、〈気配察知〉で周囲を窺う。誰もいないが、こんな開けた場所に留まるわけにはいかない。隠れるように言おうとしたら、先にユリアーナが呆れたように呟く。

「ここって、本当に王城なの? 侵入者対策が想定していたのよりお粗末すぎるわ」
「そうですね。御主人様のスキル強化があるとはいえ、こんな簡単に侵入できるとは思いませんでした」

 隠密系のクラスを手当たり次第カンストさせた二人には、簡単らしい。

「あ、背嚢が邪魔だから、収納空間に入れといて。なんかバランス悪いと思ったのよね」

 しかも、縛りプレイですか。
 その後も隠密ゲームのお手本プレイの動画を見るような感覚で、城の地下、召喚魔術陣がある部屋に向かう。
 道は覚えていたので、予め二人に教えておいたのだけど、地下一階に下りて、さらにもう一つ下りる手前で、僕は「待った」と声を出した。

 僕の記憶だと、地下二階には、召喚の間しかなかったはずだ。では、城にある定番の地下施設である牢屋はどこだろう?
 普通に考えたら地下一階。もしくは、こことは別の地下に下りる階段から行けるか。奇をてらって、地上にあるってのも考えられるけど。
 それはともかく、地下一階が気になるので、先にそちらに行ってもらった。



「気配の位置からすると、見張りが二人。牢屋に三人、かしら?」
 通路の角から探る、僕の〈気配察知〉でも同じだ。頷き返すと「眠らせる」と言って、魔法を使う。なに魔法かはわからない。……〈精神魔法〉か〈夢魔法〉だと思う。違うかな?

「ん。眠ったよ」

 角から顔を覗かせる。廊下の奥の暗がりをジッと見ていたら、〈暗視〉スキルを取得した。倒れた兵士が二人、うっすらと見える。
 奥に向かうと、牢屋の中から女性の話し声が聞こえた。

「日本語? シュトルム語じゃないな」

 牢屋の前に立つ。
 牢屋の奥に身を寄せ合う人影が三つ見えた。〈暗視〉のレベルが低いので顔までは確認できなかったが、シルエットから二人は小さい女の子で、一人は大人の女性のようだ。
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