一人では戦えない勇者

高橋

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1章

8話  仲間二人と信者一人

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 やってしまった。
 やらかしてしまった。
 初対面の美少女に、プロポーズをしてしまった。
 いや、一目惚れしたのは確かなんだ。後悔しないように、この気持ちを伝えようと思ったのも確かなんだ。
 けど、どうして結婚? しかも、奴隷相手に。拒否できない奴隷相手にプロポーズ。はい、パワハラでーす。
 百歩譲って奴隷じゃなかったとしても、大事なステップを、五、六個すっ飛ばしたよね。
 ほら、どうする?
 あと、唐突に〈人物鑑定〉を取得したよ。どんなタイミングだよ。いきなりクラスとかスキルとか見えちゃってビックリしたけど、今はそれ所じゃない。
 ユリアーナさんが固まってるよ。感情もフラットだし、これって、思考停止だよね。あと、ルーペルトさんは笑いを堪えるのに忙しそうだ。てか、漏れてるよ。笑いが漏れてますよ。
 で? マーヤさんは、なぜ落ち込んでるの?
 あ、ユリアーナさんの感情に……うわ、羞恥ですか。蛙に惚れられるのは恥ずかしい?
 ちょっと冷静になれた。なれたけど、なれた分、気恥ずかしいし落ち込む。仮面被っていい? ダメだよね。

「ああ、その……突然、失礼しました。拒否権のない奴隷にすることではありませんでした。ごめんなさい」

 丁寧に、深々と頭を下げる。
 そんな僕の低姿勢に、ユリアーナさんは呆れたようなため息を返す。

「気にしないで下さい。顔を治して下さったことには感謝しています。最大限の恩返しをさせて頂きます。ダンジョンに潜るのもお付き合いさせて頂きます。けど、結婚は難しいでしょう」

 フラれました。異世界生活初日にフラれました。蛙顔は、異世界でも受け入れられないようです。

「旦那。あと、そっちの妖眼の嬢ちゃんもか。なにか勘違いしているようですけど、この国の法では、人族と獣人種は結婚できないんですよ。こっちの嬢ちゃんは、そういう意味で"難しい"って言ったんだろ?」
「ええ。ただ、現状で"一回くらいなら抱かれてもいいかな"くらいの好意なので、"難しい"のです」

 完膚なきまでにフラれた。けど、ポジティブに考えると、ワンチャンあるらしい。

「そもそも、ご主人様はどうして私にプロポーズを? 私のどこを気に入ったんですか?」
「顔」

 即答したら、ユリアーナさんが、同じクラスの女子が僕に向けるお馴染みの目で僕を見る。
 ルーペルトさんは天を仰ぐ。

「そうですか。私は、ご主人様の顔以外は結構気に入ってますよ」

 それなら、お互い様だね。

「さて、きっぱりフラれたところで、そろそろ、その包帯、取って見せてくれないかな?」

 僕は、成り行きを見守っていたマーヤさんに話を振る。耳と尻尾は完治を確認したけど、顔に巻かれた包帯で目は確認できない。
 自然治癒力強化は、成功したはず。切り落とされた尻尾より小さい体積だから、まだ途中ってことはないはず。

「あ、その、大丈夫です。勇者様。治っています」

 片手で左目を押さえる。
 本人もそう言ってるから治っているんだろうけど、確認したい。ぶっちゃけ。

「オッドアイを見てみたい」

 マーヤさんの肩がビクンと震える。ん? なんか、まずった? マーヤさんの感情に、恐怖と拒絶が浮き上がる。

「旦那。わざわざ妖眼を見ようとする必要は、ないんじゃないですか?」

 んー。やっぱ、その言い方、気になるな。

「ルーペルトさん。予め言っておくべきでしたね。僕は、生まれ持ったもので人を見下したり差別するのが嫌いです。たとえ、この世界の常識であっても、俺のパーティにいる間は、オッドアイを差別するような言い方をしないでください」

 ルーペルトさんは、感情に困惑を浮かべ、困ったように頭をポリポリ掻きながら、ユリアーナさんに助けを求めるように視線を向ける。ユリアーナさんも、同じように困惑を浮かべている。
 視線をマーヤさんに戻すと、歓喜が追加されていた。けど、拒絶と恐怖は変わらず。
 強引にでも取った方がいいのかな。
 椅子から立ち上がり、マーヤさんの側へ。

「どうして見せてくれないか、教えてくれる?」

 僕を見上げるマーヤさんの青い右目が、左右に揺れる。

「……私は、誰に蔑まれても、気になりません。けど……勇者様に、だけは……嫌われたくないです」

 辿々しく吐露するマーヤさんは、年齢より幼く見える。だからだろうか、頭を撫でてしまう。頭を撫でるついでに、包帯の端っこを探す。

「あ、うぅ」

 ああ、耳触りたい。勝手に触ったら怒られるかな? あと、真っ赤になったマーヤさんが可愛い。
 欲望を押さえて、強引に包帯を取る。

「え? あっ! ダメです!」

 目を隠そうとするマーヤさんの手を掴む。
 両目をギュっと瞑ってしまった。

「ぼ、俺は……元の世界ではイジメられていた」

 僕の言葉に、強張る両手から力が抜けていく。

「被るって選択したのは俺だけど、あの仮面も俺をイジメていた奴、【斧の勇者】に強要された物だ。蛙が嫌いなんだってさ」

 できるだけ軽い感じで言ったつもりだったけど、失敗したみたい。俯いてしまった。けど、手で抵抗するつもりはないのか、力を完全に抜いたので僕も掴んでいる手を離す。

「だから、さ。元の世界でもそう心がけていたように、俺は、虐げられている人に、手を差し伸べられる人間でありたいと思ってるんだよ」

 まあ、僕にできることなんて、たかが知れてるんだけどね。
 それでも、目の前の女の子に手を差し伸べられる。それくらいはできる。
 僕が差し出した手にそっと手を乗せ、上げた顔は、左右で違う色の目から涙を流した泣き顔だった。
 ポケットからハンカチを出して、マーヤさんの涙を拭う。正確な台詞は忘れたけど、昔読んだ小説の主人公が言った、「男がハンカチを持つのは、女の子の涙を拭うためだ」というような台詞に憧れてハンカチを持つようになったけど、異世界でようやく役に立った。

「右目が青で左目が緑か。オッドアイは初めて見るけど……綺麗だな」

 見上げるマーヤさんが「んなー」と言いながら尻尾をワサワサ振る。感情は……うわー、グチャグチャだ。わかんねー。一番多いのは……歓喜かな?
 ん? あれ? これ……客観的に見たら、フラれてすぐ女の子をナンパしてる? しかも、僕をフった女の子の前で。
 どうしよう。ちょっと顔を左に向けたらユリアーナさんが視界に入るんだけど……怖くて見れないっす。

「勇者様。あの……」

 お? 見えない恐怖に怯えていたら、マーヤさんの感情が安定……安定? んー、これは……恋でも愛でもなく……信仰?
 マーヤさんが、椅子から転げ落ちるように僕の足元に跪く。

「私を人間として見てくれた貴方に、私の全てを捧げます」

 有無を言わさぬ誓約に少し怯む。

「私を盾として使い潰して下さい」
「断る」

 こんな金髪美少女を使い潰すとか、僕には無理です。

「人間として扱われたことが嬉しいなら、人間として、自分の命を最優先に生きろ」

 自分のために生きる。実に人間らしい生き方。それこそ人間だ。
 そう。だからこそ。

「自分勝手に自己優先。人間らしく生きろ」

 キメ顔で言った僕を見上げながら、少し戸惑っていたけど、目を瞑り、意味を噛み締めるように僕の言葉を反芻し、カッと目を開く。
 その青と緑の瞳に迷いは感じられなかった。

「はい。自分勝手に、勇者様を最優先に、人間らしく、勇者様の従者としてお守りします」

 僕の話、聞いてた?
 まあ、いいか。いいのか? 考えるのが面倒だからいいや。
 僕は樽に座り直し、喋り疲れてヘトヘトの喉にワインを流し込む。
 なぜか、マーヤさんは僕の側に立つ。ああ、従者はその立ち位置なの? まあ、いいや。マーヤさんのことは、追々考えよう。

「話が纏まったようでなによりね」

 僕の正面には、全身で不機嫌を表現するユリアーナさんがいらっしゃった。
 ヘイ! 従者。早速、守ってくれ。

「はい。自分の生きる意味を知りました」

 マーヤさんは、ユリアーナさんの目を見て、はっきりと答える。あんなに自分の目を見られることを恐れていたのに、堂々と胸を張って答える。成長したねぇ。

「ふ、ふーん。そう。けど、あなた、剣を使えるのかしら?」
「これから学んでいきます。まあ、勇者様に無礼な態度を取り続ける人より、役に立ちますよ」

 いやいや、挑発すんなよ。うわー。ユリアーナさんの笑顔が怖い。
 ルーペルトさんは、我関せずとばかりに、ワインをチビチビ飲みながら二人の様子を見守っている。止めてよ!

「いや、旦那。いがみ合う女性の間に男が割って入っても、ろくな結果になりませんよ」

 達観してるなぁ。え? 経験則? 亡くなった奥さんと、当時の浮気相手? ダメな大人だなぁ。……ちなみに、モテるにはどうしたらいい?

「あれ? あん時、刺された古傷も治ってる」

 モテた結果、刺されるなら、モテなくても……いや、人生で一回くらいはモテたい。けど、刺されるのはなぁ。
 とか考えていたら、ルーペルトさんに肩を叩かれる。

「旦那。そろそろ止めた方が」

 ルーペルトさんが指差す方を見たら、剣を抜いて対峙する二人の美少女。
 あれ? いつの間に。なんでこうなった?

「えーっと。色々あって、ユリアーナ嬢ちゃんが、"なら、私が教えてあげる"と言ったら、よう、マーヤ嬢ちゃんが"すぐ追い抜かれても、泣かないで下さいね"と返して、今、です」
「二人とも、沸点低くない?」

 ユリアーナさんが剣を構える。その姿を真似るように、マーヤさんも構える。

「二人とも、その勝負、俺に預けてくれないかな?」

 ユリアーナさんが、構えたまま横目で僕を見る。マーヤさんは、ユリアーナさんが構えを解かない限り引く気はないようだ。二人とも引く気はないけど、僕の話は聞く気があるみたい。

「〈支援魔法〉で、クラス経験値を増加したら、クラスレベルが上がりやすくなると思うんだ。どっちが先に【奴隷】クラスをカンストさせるか、で、勝負したら?」

 さっき取得した〈人物鑑定〉によると、レベルはマーヤさんの方が二つ上だ。剣を使ったことのないマーヤさんのハンデとしては、丁度いいのでは?

「私のクラスレベルって、いくつなの?」
「私も知りたいです」
「ユリアーナさんが1でマーヤさんが3。ルーペルトさんも1だよ」

 奴隷になってからの年月に関係するようで、ルーペルトさんは、奴隷になってからまだ三日。ユリアーナさんは十日。マーヤさんは十四歳で奴隷になって五年。
 【平民】などの基礎クラスは、一年に一つレベルが上がるそうだけど、【奴隷】は違うみたい。

「あの、私のことは呼び捨てでお願いします」
「奴隷に敬称をつけるのは、一般的ではないわね。私も呼び捨てでいいわ」

 ついでに、ルーペルトさんに視線を向けると、レベルが1ってことに落ち込んでいるようで、手をヒラヒラさせて「お好きに」とだけ答えた。
 女性の名前を呼び捨てにするのって初めてだ。ちょっと緊張する。

「ほんじゃあ……マーヤ。ユリアーナ」

 顔が熱いので。

「おっちゃん」

 照れ隠しをした。

「照れ隠しにおっちゃんを使うのは、どうかと思うわよ」

 利用されたおっちゃんは、悪戯小僧みたいにニマニマしてるけどな。

「いいから。勝負、するの?」

 二人は頷き、剣を下ろす。

「では、旦那。二人の気が変わる前に、冒険者ギルドへ登録しに行きましょう」

 僕は頷き、空になった木製のコップをスーパーのビニール袋に入れて、それを鞄に放り込む。安物だから捨ててもいいんだけど、なんか、もったいない。

「あ、勝負はともかく、ダンジョンでは経験者のおっちゃんの指示に従ってね」

 なんせ、上から二番目の二等級冒険者だったんだから、色々知ってるだろう。

「了解しました。ご指導、宜しくお願いします」

 丁寧に頭を下げるマーヤとは対照的に、ユリアーナは「よろしく」とだけ返す。
 立ち上がり、顔に馴染んだ仮面を被る。うん。すっかり馴染んじゃったな。落ち着くよ。
 テーブルの上の串焼きの串をどうするか少し考えて、ここに集まるという近所の悪ガキに任せることにする。
 顔を上げると、マーヤが顔に包帯を巻いて左目を隠す途中だった。
 止めようと思ったけど、理由がわかったのでそのままにした。オッドアイを晒したままだと、僕が余計なトラブルに巻き込まれると考えたのだろう。それは余計な配慮だと言いたいけど、この世界でオッドアイがどれくらい迫害されているのか知らない僕には彼女を止めることができず、ただ、彼女の気遣いに「ありがとう」と仮面から漏れない声量で呟いた。
 ニマニマしてるおっちゃんの案内で、大通りに向かう。

「途中で、フード付きのローブを人数分買おう」

 目深にフードを被れば、目を隠せるだろうし、全員が同じ格好なら、誰も気にしないだろう。あと、寒いしね。この世界の暦はわからないけど、今は確実に冬だよ。
 ユリアーナは、不貞腐れたように唇を尖らせていた。なんで?
 パタパタと尻尾を振って、嬉しそうな顔をしてるマーヤの横を通り過ぎる。僕の斜め後ろを定位置にするつもりか。ユリアーナは反対に斜め前を歩く。
 まあ、少しは距離を縮められたかな? とりあえず、奴隷ではあるけれど、仲間? を手に入れた。内一人は信者だけど。
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