女神様は黙ってて

高橋

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四章 ミネルヴァ

第八話  ウーゴの理由

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 結論から言うと、密航者はいた。
 ただし、宰相が送り込んだ皇族の女性だったので、軍法会議にはかけず、脱出艇に乗せて丁重に帝都方向へ射出した。皇族の扱いとしては雑だが、ウーゴの「帝都に戻るのメンドイから、脱出艇に詰め込んでポイしちゃおう」という投げ遣りな言葉に、エーベが悪乗りしてポイしてしまった。ちなみに、艦長は最後まで反対していた。

「ま、救難信号の発信を確認したし、宰相宛に暗号通信も送ったから、今頃は無事帝城に着いてるだろうね」

 自室のソファに沈みながら、帝都がある左を向く。視界の隅にロリフィギュアが入り、顔を顰めながら正面へ戻す。

「あの皇孫女殿下の、なにが気に入らなかったんですか?」

 言外に「兄さんなら、誰であっても口説くかと思いました」と言われた気がする。

「いや、だって……幼女だよ? 十歳はアウトだろ」

 確かに、現皇帝の孫だし、生物学上、女性ではある。しかし、ウーゴには幼女趣味はない。確かに、この艦のウーゴの私室には幼女の等身大フィギュアがあるし、時々、可愛い子なら「有りかな」って思っちゃうこともあるし、「お兄様」と呼ばれて少しだけグラっときたけど、気の迷いであって幼女趣味はない。

「歴代のアイゼン家当主の中には、ストライクゾーンが”揺り篭から墓場まで”という豪傑もいましたよ」

 アイゼン家でなくても時々いる。

「知りたくない。アイゼン家の暗部で恥部だな」

 ちなみに、ウーゴのストライクゾーンは、二十歳から五十歳で、アイゼン家の中では普通すぎる範囲だ。

「そもそも、あのロリっ娘皇孫女が贈られて来たのは、エーベがあのお仕置き用フィギュアをドンドン幼くしていくからだろ」

 部屋の隅に置かれた等身大幼女フィギュアを睨む。
 人の口に戸は立てられないもので、私室の掃除に来た下士官が、酔った勢いで友人にポロっと溢したのが、友人からそのまた友人へと話に尾鰭背鰭を追加しながら巡り巡って、宰相子飼いの情報仕官の耳に入って、今回の密航騒ぎに繋がった。

「プルプル震えて可愛かったわね。”お姉様”って呼ばれて、開けたことのない扉が開きかけました」

 エーベが、保護欲をそそる皇孫女殿下を思い出しながら、ロリフィギュアを睨み続けるウーゴにお茶を淹れる。
 エーベに目で飲むように促され、お茶を一口飲む。
 精神安定の効果があるハーブティーなのか、少しだけ冷静になれた気がする。

「まあ、あのロリ殿下はともかく、宰相閣下は本気ではなかったみたいだね」

 皇孫女殿下から聞いた話だと、宰相に「あの船に乗ってる一番偉い人が、殿下の運命の人ですよ」と言われたらしい。

「十歳くらいだと、まだ、運命の人とか白馬の王子様とかを信じる年頃ですからね」
「だからといって、即、密航って、行動力がありすぎだけどね。って、パンドラ様?」

 喋ってる途中で妹の視線が上がったので、担当神が話しかけている時特有の行動と思い、聞いてみた。

「ああ、えっと、兄さん、ちょっと待ってくださいね」

 顔を背け、手で口元を押さえながら担当神とコソコソと話し始める妹に怪訝な顔を向けるが、チラリとウーゴを見てすぐ視線を上へ向けたので、ジッと見つめるだけの「兄ちゃん無視されて寂しいよ」アピールは不発に終わった。
 声をかけようか悩んだけど無駄っぽかったので、一人静かにハーブティーの残りを飲み、空になったカップの底をボンヤリ見ながら時間を潰す。
 しばらくそうしていると、視界の端でエーベの視線が下がる。それを見て、ウーゴは視線を上げる。大概の女性を堕とせる「寂しかったよ」アピールを視線に乗せてみるけど、既に堕ちてる妹にはあまり意味がなかった。というか、妹に頭を撫でられた。

「唐突ですが、未開宙域を目指す理由を教えてください」

 対面のソファに座りなおしてから言ったエーベの言葉に、ウーゴは眉を顰める。

「まだそれ聞くの?」

 呆れたような声で答えながら、カップをテーブルに置く。

「ええ。いまだにミネルヴァ様が面倒なことになっているのは、兄さんがそれを答えないからでは?」
「まあ、しばらくリンク切られてるから、話し合いもできないんだけど」
「パンドラが言うには、昔からミネルヴァ様は巫の話を聞かず、自己完結する悪癖があるそうです。上級神で能力があるくせに、戦以外の自己完結が正解だったことはないそうです」

 神の言う「昔から」は、いったいいつからなのか少し気になったけど、女性に年齢を聞くのと同じことになりそうなので自重した。

「まあ、戦以外がポンコツ過ぎるんだけどね」
「その戦も、人類が積み上げた研鑽の前には役立たず、と」
「いやいや。そうでもないよ。知識はアレだけど、休眠期間が長かったらしいけど、生きる戦史書みたいなもんだし、ほら、あれだ。潮目? 戦の流れを読むのは上手いよ。抜群に。俺のタイミングで指揮してるし、聞いてるのは俺だけなんでわからないだろうけど、そこは、さすが戦神だよ」

 最近はあまり口出ししないが、ウーゴが軍人になったばかりの頃は、的確な指示を口出ししていた。まあ、その頃にはウーゴもミネルヴァの扱いに慣れて聞き流していたけど。最近では、ミネルヴァもウーゴの成長を認めて口出しはしないし、戦神としての権能も使っていないらしく、スポーツ観戦のようにウーゴの視界のみで見守っていて、ミネルヴァが予想していないような作戦が成功した際には、頭の中で歓声が響き渡る。そういう時は、ウーゴも戦神を出し抜いたような気がして少し嬉しくもあるけど、人が死んでるのだから「ゴール!」という歓声は止めてほしいと思っている。

「それより、理由です。どうやら、兄さんが未開宙域を目指す理由を、ミネルヴァ様が知らないのが今回の原因みたいです」

 正確には、知らないことをパンドラが弄り倒して、過去の巫女とのことも弄りまくり、それでなんとかウーゴから聞こうとしたら、間が悪いことに試験の不合格通知を見てしまい、自分のせいだと勝手に勘違いして自己嫌悪に陥っているのだから、パンドラが原因と言えなくもない。
 エーベは、常時リンクしているパンドラからその辺りの事情をある程度聞いているし、そこから真相にかなり近い予想をしているのだが、自分の担当神が原因だと知られると面倒なので黙っている。黙って、愛する兄のせいにした。

「あー、エーベ……パンドラ様にミネルヴァへの伝言。”言いたいことがあるからリンクよろ”って」

 ウーゴとしては、ここまで拗れると言わざるを得ない状況なのはわかる。ただ、照れ臭いから言いたくなかっただけなのに、余計に照れ臭い状況になってしまった。
 しばらく待つと、頭の中になにかが繋がる感覚がした。

「ミネルヴァ、言いたいことがある」
『……呪いの言葉?』
「なんでやねん」

 なにやら、トラウマの扉をバッタンバッタン開け閉めしているみたいだ。

「俺はミネルヴァを呪ったりしないよ。馬鹿だとは思ってるし、使えない女神だとも思ってるけどね」

 できるだけ優しく言った。内容は優しくないけど。

『だって、人類が、がんばり過ぎなんです』

 神なら、人類のがんばりを褒めてほしい。

「今みたいに面倒な時は、ちょっと可愛く思うけどね。本当にちょっとだよ?」

 妹の目つきが鋭くなったので、言い訳みたいなフォローを入れる。自分に対して。

「まあ、ともかく、未開宙域を目指す理由だったな」

 それを聞きたがっているのは主にエーベのような気もするけど、理由に関係があるのは主にミネルヴァだ。なので、リンクしてもらったのに、当の女神は、鼻を啜る音からして半泣き状態のようだ。
 女神を落ち着かせるのが先か少し悩んで、面倒なのでこのまま話すことにした。

「簡単に言うと、延命、だ」
「延命? ですか?」
「うん。ミネルヴァの延命」
『ふぇ?』

 簡単に言っただけでは、女神にもエーベにも理解できなかった。

「未開宙域には、人類が観測していない星がある。見えてる星の向こうにある星とかね」
「いろんな角度から観測しても、どの角度からも隠れている場合もありますから……ああ、そうか、なるほど。延命ですか」

 エーベは理解はしたようだが、納得していないようだ。

「理解はしました。中央教会の記録によると、百年程前に、それで延命した神がいますから、実績がある方法です。けど、可能性は低いのでは?」
『え? パンドラさん、わかったの? どうゆうことですの?』

 災害の神は理解したようだ。けど、まだ戦神は理解しない。本当に戦以外はポンコツだ。
 ポンコツ女神が理解しないから、全て話さなければ行けない。
 ポンコツっぷりにため息が出る。

「あー、ミネルヴァ? ちゃんと説明するから聞いてくれ」

 パンドラに掴みかかってるらしいミネルヴァに言い聞かせる。一言二言パンドラとのやり取りを聞いて、漸く黙ってくれた。
 エーベが淹れ直してくれたハーブティーを一口飲む。

「ん。中央教会の記録によると、神は人に忘れられた時、死ぬらしい」
「記録によると、突然消えるらしいですね」
「うん。人類が神の死を観測することはないだろうから、その辺りはどうでもいいんだけどね。ともかく、人間によって望まれて生まれたはずの神は、人間に忘れられて死ぬ」
「そう言葉にされると、人間の残酷さが際立ちますね」

 ウーゴは鼻で笑う。

「中央教会は、神の死を防ぐために記録を残してるみたいだけど、全ての記録を憶えてる人はいないし、記憶を分担しても一人か二人が憶えてるだけの神には巫を作る力も残ってないから、どうにもならない」

 巫経由で担当神に近々死にそうな神を聞き出して、その神の名を記憶する人数を増やしても、それは記録しているだけで、憶えているわけではない。なので、信仰心には繋がらない。

「一時期、中央教会のサイトで、力を失ってる神の名を公開したら、その神が急速に信仰心を失って死んでしまったそうです」

 力のない神に祈っても無駄、ということだろう。
 信じる者は救われるかもしれないが、信じるに値しない神は救われない。

「ミネルヴァ、ここまではいい?」
『え、ええ。神の死に関しては近年まで秘匿事項でしたけど、人間が正確に神が死ぬ理由を推測してしまったので、今では聞かれたら答えても良いことになっています』

 言い回しが面倒で長いが、「それで合ってるから次をどうぞ」だろうと解釈して、話を続ける。

「神を延命させる方法は、いくつかある」
「一つ目は”信者を集める”ですね」

 人の願いで生まれ、人の信仰心で力を増すのが神だから、信仰心を集めれば延命は可能。

「二つ目は”融合”だな」
「二柱以上の神の融合、ですね」
「これはあまり例がないし、巫が担当神から又聞きした情報が中央教会に残ってただけだから信憑性は低いし、融合した神は、もう元の神じゃないから延命とは言えないと思う」

 信仰心を失った夫婦神が融合して新たな神となり、中央教会の記録に残った。まあ、その後、その新神は信仰心を集められず、結局、死んでしまったらしい。

「これはお勧めできない方法だね」
「ミネルヴァ様は友達も恋人もいないボッチ神ですから、どちらにせよできませんよ」

 数少ない信者にディスられて神が泣いた。

「うん。話が進まないから黙れ?」

 泣き止むまでハーブティーを三杯とパンドラの拳が三発必要になった。
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