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二章 グナー
第八話 棚本敦の相談
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相談者が女の子の場合、友達同伴で相談に来ることが時々ある。
男の場合は、一人で相談に来る。ごく稀に、話が拗れた結果、恋のライバルと一緒に来る場合も過去にあったが、その一度きりだ。それ以外の男性相談者は、一人で来る。
なので、愛知は目の前の状況に少し戸惑っていた。
残暑が厳しい屋上のベンチに座る愛知の両サイドには、いつも通り才人と彩歌が座っている。
そして、対面のベンチには、同級生の男子と下級生の女子が座っていた。
「もう一度確認するけど、相談者は棚本……敦君? で、いいんだよね?」
「あ、はい」
愛知の質問に、気弱そうな少年が顔を赤くしながら返事する。彩歌を前にしたら、大人しい男の子は大体こうなる。同様に、才人を前にしているのだから見蕩れているだろうと思い、棚本の隣に座る少女に視線を移すと、愛知の予想とは違い、その視線は顔ごと棚本に向けられていた。少し頬が赤く見えるのは、才人を前にした女性のいつもの反応だから、愛知は気にしない。
(ん? この子……)
ただ、少しだけいつもの女性の反応と違うような気がして、違う部分を探そうとしたら、気弱そうな少年の声に意識を引き戻された。
「ぼ、僕が、その」
「彼が棚本敦です」
たどたどしくて話が進みそうにない棚本の代わりに、隣の少女が答える。おっとりとした話し方に合った優しい声だ。
「君は?」
「失礼しました。私は、一年の雪平香です。敦君の付き添いです」
礼儀正しく頭を下げた時、ブラウスの隙間から胸元が見えたのでガン見したら、両サイドの兄妹に脇を肘で突かれた。
「ん。一年の雪平さんが、二年の棚本君の付き添い?」
「はい。幼馴染なんです。敦君一人じゃ、話が進まないと思って。ご迷惑でしたか?」
迷惑ではない。むしろ、現時点で碌に話を進めてくれない棚本に代わって話を進めてくれるのは大変ありがたい。ありがたいのだが、初めてのケースなので、愛知達は少し戸惑っていた。
「いや。大丈夫だよ。それじゃあ、雪平さんに聞いた方が早いのかな?」
この場の全員が棚本の顔色を窺い、自分に集まった視線に棚本が萎縮する。消え入りそうな小さな声で「はい」とだけ聞こえた。
「敦君が告白したいのは、中原先輩です」
雪平は、姿勢を正してから、恋愛相談において一番聞いておきたい情報から話してくれた。
「中原先輩って、生徒会長の?」
「はい。生徒会長の中原先輩、中原愛先輩です」
(中原先輩なら、前に相談対象になった時に、神託魔法に必要な許可は貰ってるから、歩き回らなくて済むな)
雪平の隣で縮こまっている棚本に視線を移す。
(けど、高嶺の花だよな)
生徒会長の中原愛は容姿端麗、文武両道、人当たりも良く、教師からのうけも良い。おまけに家が金持ちという完璧超人だ。
対して棚本敦は……平凡だ。いや、平均より下と言ってもいい。
愛知にしては珍しく、棚本のことを少しだけ愛知は知っていた。一年生の時に同じクラスだった男子は殆ど覚えていないのだが、彼だけは記憶に残っていた。
(努力すれば努力するほど、失敗するヤツだったな)
試験前にがんばって勉強して成績を落としたり、体育祭の前に走り込みをして熱を出したり、張り切って文化祭の実行委員になっても、仕切れずに出し物はグダグダになる。
(これで美少年なら、母性をくすぐるんだろうな)
目の前のオドオドした少年のルックスは、普通だ。
(確か、成績は赤点ぎりぎりだったような)
正確には、棚本は、いくつか赤点を取って補習を受けていたし、しょっちゅう風邪をひいて学校を休むので、本当にギリギリの進級だった。
(あまり関わりたくないんだよね。自分一人の失敗ならともかく、文化祭の時みたいに、周りを巻き込むのはな)
これも正確に言うと、文化祭の時は、クラスの士気があまりにも低すぎたのが一因であったのだが、当然の帰結で責任は責任者に向かうので、棚本のせいになっている。
(まあ、文化祭の件は、俺を含めてクラス全員が悪かったんだけどね)
高校生にもなればそのあたりのこともわかるので、棚本がイジメられるようなことはなかったのだが、積極的に話しかける物好きはいなくなって、二年になるまでクラス内で孤立していた。二年になった今は、少しずつではあるけれど話せる友達ができつつあると、隣のクラスの知り合いから聞いていた。
「んー。ほんじゃあ、まずは相性を見るね。棚本君、神託魔法を使うから許可をくれ」
「え? あの」
「”許可する”と言ってくれるだけでいいよ」
面倒だけど、強く言ってしまうとこのタイプの人は萎縮してなにも喋れなくなると思い、優しく言ったのだが。
「う。えと」
なぜか怖がられてしまった。
「先輩。目が怖いんですよ」
彩歌に指摘されて、今まで知らなかった事実を知る。
「フレッシュゾンビの目だもんね」
ホラー映画全般を見ない愛知には才人のたとえはよくわからないけど、褒められていないことだけははっきりと理解した。
ともかく、オドオドしながらも許可をもらえたので、早速”相性チェック”を女神に要請する。
「んー。あー」
キョロキョロと目的の人物を探しながら、棚本と相性が高い人をチェックする。
目的の人物を発見。相性を見て目を疑った。
「なん、で」
その数値は100%だった。ありえない数値だ。神ですら、100%の確立を生み出すことはできない。にも拘らず100%。今までの”相性チェック”の最高値でも96%だった。それを超えるカンスト値に、愛知はしばらく呆然とした。
『驚きましたね。理論上、存在しないはずの数値ですよ』
女神の声に現実に引き戻される。
理論上、存在しないからといって、存在を否定するようなことはしないが、現実を受け止め切れていないのが震える声音からわかる。
『ユグドラシステムにエラーチェックの要請はしましたが、今のところ、異常はありません』
グナーにとっても、初めて見る数値だった。
「つまり、これは正しい数値、と?」
『ええ。ちょっと信じられない数値ですけど』
「愛知?」
あまりの驚きに、才人が肩を掴んでいたのも気づかなかった。
「ん? ああ。棚本君と中原先輩の相性がね、ちょっと、ありえない数値だったんだ」
「0%ですか?」
100%がありえないのと同様に、0%もまたありえない。親の仇ですら一桁台だ。
「サイちゃん。本人の前でそんなこと言っちゃダメだよ」
この世の終わりみたいな顔をしている棚本を見て、慌ててフォローする。
「え? 本当にゼロパーなんですか?」
「いや。逆だよ」
「逆? え? 100、ですか?」
首肯すると、両サイドの兄妹から揃って「信じられない」とステレオで呟かれた。
「一応、グナーが確認してるけど、今の所、問題はないみたい。ま、相性値は変動するから、付き合ってる内に、徐々に下がる場合もあれば、上がる場合もある」
後半は、相性値に詳しくない正面の二人に言う。
「だから、今の数値なら告白をお勧めする。今日明日に、半分にまで落ちることはないだろうからね。けど、この数値を維持するには、それなりの努力も必要ってことを忘れないでね」
意図的に言わなかったが、実際にはこれだけ相性がいいのだから、余程のことをしない限り見限られたりしないだろう。
『随分、親切ですね』
愛知自身も気づいていなかったが、グナーに言われてはたと気づいた。
(そういえば、普段ならこんな忠告しないよな)
上を向いたまま考え込む。その姿から、両サイドの二人は女神が話しているのだろうと勘違いし、それを知らない正面の二人は、急に巫覡がボーっとしだしたので心配そうに声をかけようとして才人に止められる。
(ああ。しっかりした幼馴染がいるからか? この幼馴染が、棚本を諦めきれるか試したいのか? 彼女が諦めたらからって、才人も諦めてくれるわけじゃないんだけどな。才人と雪平さんを混同しているだけか? これで雪平さんが傷ついたりしたら……やだな。にしても、この子、見た感じ、棚本のことが好きみたいだけど、わかってるのかな? 彼女との相性は52か。微妙だな。先輩への告白が成功したら、自分が入り込む余地はなくなるんだけど。……わかってるんだろうけど、現実味がないのかな? 失敗すると思ってるのかな? でも、100%って聞いても表情に変化がないし……全てわかった上で受け入れるってことか? 親切で言ったんじゃないのはわかってるんだよな。親切なら、雪平さんの希望になるようなことを言わないし……なんでだ?)
「親切じゃないよ……」
胸の中のもやもやを言葉にできずに呟くが、その後の言葉が続かない。
『そうですか』
愛知にもわからない言葉の続きを正しく理解したのは、愛知が生まれた時から見守り続けている、ここにはいない女神だけだった。
よくわからないことを呟いた巫覡を、心配そうに見つめる相談者と付き添い。対して、両サイドの幼馴染は、女神との話に関われないので、愛知がよくわからないことを呟いても気にしない。
胸の中のもやもやした気分を変えるために、背筋を伸ばす。変わるわけではないが、これは気分の問題。
背筋を伸ばし、体を棚本に向け。
「ま、告白は好きな時にしていいんじゃない? 思い立った今日の放課後にでもしちゃおうか」
面倒臭そうにも聞こえる口調で、これからの方針を話す。
「この相性値なら、これ以上の神託魔法はいらないかな」
『なぜです? 彼の性格なら”告白アタック”を使った方が良いのでは?』
「んー。この数値は中原先輩の棚本君に対する数値だ。棚本君の中原先輩に対する数値は、まあ、高いけど普通に恋をしていれば、これ位の数値になるって程度の数値だ。なら、この性格の棚本君と、神託魔法で勇気が出た棚本君なら、前者の方が相性がいい筈だよ。なんせ、100パーだからね。ひょっとしたら、神託魔法で下駄を履かしたら、鼻緒が切れて転んで0になるかもしれないし」
迂闊に使って相性値が下がり、そのせいで振られてしまったら目も当てられない。
なにせ、100%なんて、神様だって初めてのケースだ。なにが原因で0になるかわからない。
「それにほら。昔の文献にもあるだろ? ”神が地上に干渉すると碌なことがない”って」
『”災厄の巫女の日記”ですか』
現存する、神託の巫が書いた文献で一番有名な文献だ。
「うん。あの日記って面白いんだよね。って、ごめん。話がそれたね」
過去の巫が書いた書物は中央教会が管理しているため、愛知みたいな巫や、才人のような神官でないと本のタイトルすら知らない。
その才人は、年頃の少年らしく戦神の巫が書いた書物や、性関連の神の巫が書いた書物に興味を持っていたので、災害の巫女が書いた日記の内容を知らない。
愛知の隣で首を傾げている才人の本に対する趣味思考はごく普通で、むしろ、愛知が年不相応に幅広く巫の書物を読み漁っていただけだ。ちなみに、過去に読んだ性関連の神の巫が書いた書物で、才人は同性愛に目覚めたのだが、それはグナーも知らないことだ。
「ともかく、中原先輩は毎日放課後遅くまで生徒会室にいるはずだから、告白するなら、生徒会の連中が帰ってからでいいんじゃないかな」
勝手に方針を決められ、話が逸れて戻って、放課後の予定が決められ、目を白黒させる棚本を見る。
「あー。ひょっとして、告白の段取りまで俺がやってくれると思ってる? やらないよ。俺がやるのはここまで。ここから先は棚本君だけ。雪平さんも、ここからは手出しできないし、しちゃあダメだ」
愛知の言葉に「え?」と言って、幼馴染の顔を見る棚本。
恋愛相談に付き添うような甘い雪平も、そこは理解しているのか愛知に向かって頷く。
「敦君。ここからは手伝えないよ」
(うちの幼馴染も色々やってくれるけど、この子は、どこまでやってくれてるんだろ?)
愛知の中で、幼馴染自慢のような対抗心が芽生える。
「幼馴染を甘やかすと、碌なことになりませんからね」
隣の彩歌から厳しい言葉。色々やってくれるけど、甘やかすつもりでやっていたわけではないそうだ。
「ま、告白の段取りくらい、自分でやってくれ」
愛知は、面倒臭そうに手をヒラヒラさせる。
棚本だけが、納得どころか話についていけていなかったが、雪平に促されて納得していないままベンチから立ち上がり、屋上を後にした。
「成功すると思う?」
屋上の扉が閉まるのを確認してから、才人が聞く。
「100パーで成功しなかったら、確率論に新しい分野ができるよ」
相性値と確率論は関係ない。
才人の問いに投げ遣りに答えながら、愛知はベンチから立ち上がる。
そろそろ昼休みも終わりだと思って時計を見ると、まだ五分あった。
「いや。そうじゃなくて、告白まで辿り着けると思う?」
「さあ? そこまで責任持てないよ。告白できないからって、もう一度相談に来られても断るだけだよ」
「そうですね。ヘタレな幼馴染には、厳しくするべきです」
「サイちゃん? それ、棚本君に向けた言葉だよね?」
「それより、先輩は、ああいう女の子が好きなんですか?」
彩歌の言葉を理解するのに、一拍必要だった。
「雪平さんのこと?」
「ええ。チラチラ見ていましたけど」
「え? 見てた?」
彩歌が首肯する。
「見てたとしたら……無意識かな。意識して見たつもりはない……多分」
なぜか、両サイドから責めるような視線を受ける。
「そうですか。構いませんよ。先輩は、また失恋するだけですから」
「俺が、雪平さんに恋すると?」
「逆かもしれませんね」
「逆? どゆこと?」
愛知の問いに彩歌は、小さな子供を褒める母親のような笑顔を向ける。
「さあ? どうでしょう」
彩歌はそう言い残して、一人足取り軽く校舎の中へ消えた。
「才人?」
「さあ? どうだろうね」
彩歌の言葉の真意を兄に問おうとしたら、妹と同じ答えが返った。
その笑顔は、彩歌と同じで、父親が子供に向けるような笑顔だった。
『転がされてるわね』
「うっさいよ。グナー」
ピカピカ光った女神の訳知り顔が頭に浮かび、イラッとした。
男の場合は、一人で相談に来る。ごく稀に、話が拗れた結果、恋のライバルと一緒に来る場合も過去にあったが、その一度きりだ。それ以外の男性相談者は、一人で来る。
なので、愛知は目の前の状況に少し戸惑っていた。
残暑が厳しい屋上のベンチに座る愛知の両サイドには、いつも通り才人と彩歌が座っている。
そして、対面のベンチには、同級生の男子と下級生の女子が座っていた。
「もう一度確認するけど、相談者は棚本……敦君? で、いいんだよね?」
「あ、はい」
愛知の質問に、気弱そうな少年が顔を赤くしながら返事する。彩歌を前にしたら、大人しい男の子は大体こうなる。同様に、才人を前にしているのだから見蕩れているだろうと思い、棚本の隣に座る少女に視線を移すと、愛知の予想とは違い、その視線は顔ごと棚本に向けられていた。少し頬が赤く見えるのは、才人を前にした女性のいつもの反応だから、愛知は気にしない。
(ん? この子……)
ただ、少しだけいつもの女性の反応と違うような気がして、違う部分を探そうとしたら、気弱そうな少年の声に意識を引き戻された。
「ぼ、僕が、その」
「彼が棚本敦です」
たどたどしくて話が進みそうにない棚本の代わりに、隣の少女が答える。おっとりとした話し方に合った優しい声だ。
「君は?」
「失礼しました。私は、一年の雪平香です。敦君の付き添いです」
礼儀正しく頭を下げた時、ブラウスの隙間から胸元が見えたのでガン見したら、両サイドの兄妹に脇を肘で突かれた。
「ん。一年の雪平さんが、二年の棚本君の付き添い?」
「はい。幼馴染なんです。敦君一人じゃ、話が進まないと思って。ご迷惑でしたか?」
迷惑ではない。むしろ、現時点で碌に話を進めてくれない棚本に代わって話を進めてくれるのは大変ありがたい。ありがたいのだが、初めてのケースなので、愛知達は少し戸惑っていた。
「いや。大丈夫だよ。それじゃあ、雪平さんに聞いた方が早いのかな?」
この場の全員が棚本の顔色を窺い、自分に集まった視線に棚本が萎縮する。消え入りそうな小さな声で「はい」とだけ聞こえた。
「敦君が告白したいのは、中原先輩です」
雪平は、姿勢を正してから、恋愛相談において一番聞いておきたい情報から話してくれた。
「中原先輩って、生徒会長の?」
「はい。生徒会長の中原先輩、中原愛先輩です」
(中原先輩なら、前に相談対象になった時に、神託魔法に必要な許可は貰ってるから、歩き回らなくて済むな)
雪平の隣で縮こまっている棚本に視線を移す。
(けど、高嶺の花だよな)
生徒会長の中原愛は容姿端麗、文武両道、人当たりも良く、教師からのうけも良い。おまけに家が金持ちという完璧超人だ。
対して棚本敦は……平凡だ。いや、平均より下と言ってもいい。
愛知にしては珍しく、棚本のことを少しだけ愛知は知っていた。一年生の時に同じクラスだった男子は殆ど覚えていないのだが、彼だけは記憶に残っていた。
(努力すれば努力するほど、失敗するヤツだったな)
試験前にがんばって勉強して成績を落としたり、体育祭の前に走り込みをして熱を出したり、張り切って文化祭の実行委員になっても、仕切れずに出し物はグダグダになる。
(これで美少年なら、母性をくすぐるんだろうな)
目の前のオドオドした少年のルックスは、普通だ。
(確か、成績は赤点ぎりぎりだったような)
正確には、棚本は、いくつか赤点を取って補習を受けていたし、しょっちゅう風邪をひいて学校を休むので、本当にギリギリの進級だった。
(あまり関わりたくないんだよね。自分一人の失敗ならともかく、文化祭の時みたいに、周りを巻き込むのはな)
これも正確に言うと、文化祭の時は、クラスの士気があまりにも低すぎたのが一因であったのだが、当然の帰結で責任は責任者に向かうので、棚本のせいになっている。
(まあ、文化祭の件は、俺を含めてクラス全員が悪かったんだけどね)
高校生にもなればそのあたりのこともわかるので、棚本がイジメられるようなことはなかったのだが、積極的に話しかける物好きはいなくなって、二年になるまでクラス内で孤立していた。二年になった今は、少しずつではあるけれど話せる友達ができつつあると、隣のクラスの知り合いから聞いていた。
「んー。ほんじゃあ、まずは相性を見るね。棚本君、神託魔法を使うから許可をくれ」
「え? あの」
「”許可する”と言ってくれるだけでいいよ」
面倒だけど、強く言ってしまうとこのタイプの人は萎縮してなにも喋れなくなると思い、優しく言ったのだが。
「う。えと」
なぜか怖がられてしまった。
「先輩。目が怖いんですよ」
彩歌に指摘されて、今まで知らなかった事実を知る。
「フレッシュゾンビの目だもんね」
ホラー映画全般を見ない愛知には才人のたとえはよくわからないけど、褒められていないことだけははっきりと理解した。
ともかく、オドオドしながらも許可をもらえたので、早速”相性チェック”を女神に要請する。
「んー。あー」
キョロキョロと目的の人物を探しながら、棚本と相性が高い人をチェックする。
目的の人物を発見。相性を見て目を疑った。
「なん、で」
その数値は100%だった。ありえない数値だ。神ですら、100%の確立を生み出すことはできない。にも拘らず100%。今までの”相性チェック”の最高値でも96%だった。それを超えるカンスト値に、愛知はしばらく呆然とした。
『驚きましたね。理論上、存在しないはずの数値ですよ』
女神の声に現実に引き戻される。
理論上、存在しないからといって、存在を否定するようなことはしないが、現実を受け止め切れていないのが震える声音からわかる。
『ユグドラシステムにエラーチェックの要請はしましたが、今のところ、異常はありません』
グナーにとっても、初めて見る数値だった。
「つまり、これは正しい数値、と?」
『ええ。ちょっと信じられない数値ですけど』
「愛知?」
あまりの驚きに、才人が肩を掴んでいたのも気づかなかった。
「ん? ああ。棚本君と中原先輩の相性がね、ちょっと、ありえない数値だったんだ」
「0%ですか?」
100%がありえないのと同様に、0%もまたありえない。親の仇ですら一桁台だ。
「サイちゃん。本人の前でそんなこと言っちゃダメだよ」
この世の終わりみたいな顔をしている棚本を見て、慌ててフォローする。
「え? 本当にゼロパーなんですか?」
「いや。逆だよ」
「逆? え? 100、ですか?」
首肯すると、両サイドの兄妹から揃って「信じられない」とステレオで呟かれた。
「一応、グナーが確認してるけど、今の所、問題はないみたい。ま、相性値は変動するから、付き合ってる内に、徐々に下がる場合もあれば、上がる場合もある」
後半は、相性値に詳しくない正面の二人に言う。
「だから、今の数値なら告白をお勧めする。今日明日に、半分にまで落ちることはないだろうからね。けど、この数値を維持するには、それなりの努力も必要ってことを忘れないでね」
意図的に言わなかったが、実際にはこれだけ相性がいいのだから、余程のことをしない限り見限られたりしないだろう。
『随分、親切ですね』
愛知自身も気づいていなかったが、グナーに言われてはたと気づいた。
(そういえば、普段ならこんな忠告しないよな)
上を向いたまま考え込む。その姿から、両サイドの二人は女神が話しているのだろうと勘違いし、それを知らない正面の二人は、急に巫覡がボーっとしだしたので心配そうに声をかけようとして才人に止められる。
(ああ。しっかりした幼馴染がいるからか? この幼馴染が、棚本を諦めきれるか試したいのか? 彼女が諦めたらからって、才人も諦めてくれるわけじゃないんだけどな。才人と雪平さんを混同しているだけか? これで雪平さんが傷ついたりしたら……やだな。にしても、この子、見た感じ、棚本のことが好きみたいだけど、わかってるのかな? 彼女との相性は52か。微妙だな。先輩への告白が成功したら、自分が入り込む余地はなくなるんだけど。……わかってるんだろうけど、現実味がないのかな? 失敗すると思ってるのかな? でも、100%って聞いても表情に変化がないし……全てわかった上で受け入れるってことか? 親切で言ったんじゃないのはわかってるんだよな。親切なら、雪平さんの希望になるようなことを言わないし……なんでだ?)
「親切じゃないよ……」
胸の中のもやもやを言葉にできずに呟くが、その後の言葉が続かない。
『そうですか』
愛知にもわからない言葉の続きを正しく理解したのは、愛知が生まれた時から見守り続けている、ここにはいない女神だけだった。
よくわからないことを呟いた巫覡を、心配そうに見つめる相談者と付き添い。対して、両サイドの幼馴染は、女神との話に関われないので、愛知がよくわからないことを呟いても気にしない。
胸の中のもやもやした気分を変えるために、背筋を伸ばす。変わるわけではないが、これは気分の問題。
背筋を伸ばし、体を棚本に向け。
「ま、告白は好きな時にしていいんじゃない? 思い立った今日の放課後にでもしちゃおうか」
面倒臭そうにも聞こえる口調で、これからの方針を話す。
「この相性値なら、これ以上の神託魔法はいらないかな」
『なぜです? 彼の性格なら”告白アタック”を使った方が良いのでは?』
「んー。この数値は中原先輩の棚本君に対する数値だ。棚本君の中原先輩に対する数値は、まあ、高いけど普通に恋をしていれば、これ位の数値になるって程度の数値だ。なら、この性格の棚本君と、神託魔法で勇気が出た棚本君なら、前者の方が相性がいい筈だよ。なんせ、100パーだからね。ひょっとしたら、神託魔法で下駄を履かしたら、鼻緒が切れて転んで0になるかもしれないし」
迂闊に使って相性値が下がり、そのせいで振られてしまったら目も当てられない。
なにせ、100%なんて、神様だって初めてのケースだ。なにが原因で0になるかわからない。
「それにほら。昔の文献にもあるだろ? ”神が地上に干渉すると碌なことがない”って」
『”災厄の巫女の日記”ですか』
現存する、神託の巫が書いた文献で一番有名な文献だ。
「うん。あの日記って面白いんだよね。って、ごめん。話がそれたね」
過去の巫が書いた書物は中央教会が管理しているため、愛知みたいな巫や、才人のような神官でないと本のタイトルすら知らない。
その才人は、年頃の少年らしく戦神の巫が書いた書物や、性関連の神の巫が書いた書物に興味を持っていたので、災害の巫女が書いた日記の内容を知らない。
愛知の隣で首を傾げている才人の本に対する趣味思考はごく普通で、むしろ、愛知が年不相応に幅広く巫の書物を読み漁っていただけだ。ちなみに、過去に読んだ性関連の神の巫が書いた書物で、才人は同性愛に目覚めたのだが、それはグナーも知らないことだ。
「ともかく、中原先輩は毎日放課後遅くまで生徒会室にいるはずだから、告白するなら、生徒会の連中が帰ってからでいいんじゃないかな」
勝手に方針を決められ、話が逸れて戻って、放課後の予定が決められ、目を白黒させる棚本を見る。
「あー。ひょっとして、告白の段取りまで俺がやってくれると思ってる? やらないよ。俺がやるのはここまで。ここから先は棚本君だけ。雪平さんも、ここからは手出しできないし、しちゃあダメだ」
愛知の言葉に「え?」と言って、幼馴染の顔を見る棚本。
恋愛相談に付き添うような甘い雪平も、そこは理解しているのか愛知に向かって頷く。
「敦君。ここからは手伝えないよ」
(うちの幼馴染も色々やってくれるけど、この子は、どこまでやってくれてるんだろ?)
愛知の中で、幼馴染自慢のような対抗心が芽生える。
「幼馴染を甘やかすと、碌なことになりませんからね」
隣の彩歌から厳しい言葉。色々やってくれるけど、甘やかすつもりでやっていたわけではないそうだ。
「ま、告白の段取りくらい、自分でやってくれ」
愛知は、面倒臭そうに手をヒラヒラさせる。
棚本だけが、納得どころか話についていけていなかったが、雪平に促されて納得していないままベンチから立ち上がり、屋上を後にした。
「成功すると思う?」
屋上の扉が閉まるのを確認してから、才人が聞く。
「100パーで成功しなかったら、確率論に新しい分野ができるよ」
相性値と確率論は関係ない。
才人の問いに投げ遣りに答えながら、愛知はベンチから立ち上がる。
そろそろ昼休みも終わりだと思って時計を見ると、まだ五分あった。
「いや。そうじゃなくて、告白まで辿り着けると思う?」
「さあ? そこまで責任持てないよ。告白できないからって、もう一度相談に来られても断るだけだよ」
「そうですね。ヘタレな幼馴染には、厳しくするべきです」
「サイちゃん? それ、棚本君に向けた言葉だよね?」
「それより、先輩は、ああいう女の子が好きなんですか?」
彩歌の言葉を理解するのに、一拍必要だった。
「雪平さんのこと?」
「ええ。チラチラ見ていましたけど」
「え? 見てた?」
彩歌が首肯する。
「見てたとしたら……無意識かな。意識して見たつもりはない……多分」
なぜか、両サイドから責めるような視線を受ける。
「そうですか。構いませんよ。先輩は、また失恋するだけですから」
「俺が、雪平さんに恋すると?」
「逆かもしれませんね」
「逆? どゆこと?」
愛知の問いに彩歌は、小さな子供を褒める母親のような笑顔を向ける。
「さあ? どうでしょう」
彩歌はそう言い残して、一人足取り軽く校舎の中へ消えた。
「才人?」
「さあ? どうだろうね」
彩歌の言葉の真意を兄に問おうとしたら、妹と同じ答えが返った。
その笑顔は、彩歌と同じで、父親が子供に向けるような笑顔だった。
『転がされてるわね』
「うっさいよ。グナー」
ピカピカ光った女神の訳知り顔が頭に浮かび、イラッとした。
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サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
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