女神様は黙ってて

高橋

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一章 パンドラ

第二話  成人式

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 始まりは三年前。

 成人式を迎えた少女は、故郷から離れた町の教会で、周辺の集落から集まった新成人が作る列の一番後ろでぼんやりしていた。
 神々が残した逸話によると、遥か未来ではニートと呼ばれる職業があるらしい。
 少女は村の日曜学校で聞かされた話を思い出す。

「ニートになりたいな」

 誰に言ったわけでもなく、つい、こぼしてしまった。

「ん?」
「なに言ってんの? お前」

 列に並ぶ幼馴染みの二人が振り返る。
 フワフワした女の子と、生意気そうな男の子だ。

「これから、職業適性を神官様に見てもらうんだよ?」

 少し咎めるようにフワフワした女の子が言う。

「なんで適性なんか調べるかね。知らないまま家に引き篭もっていたいわ」

 誰が始めたのか知らないが、成人年齢である十四歳になったら、才能を司る神様の力を借りれる司祭に、新成人の才能を見てもらうのが恒例行事になっていた。

「お前が行きたくないってゴネなければ、昨日の昼過ぎには着いてたのに」

 少年としては早くこの町に着いて町を見物したかった。結局、町に到着したのは太陽が沈むギリギリの時間で、そのため、早朝から始まるこの儀式に参加する三人には観光する時間がなかった。
 彼女達の村の教会には司祭がいないので、近くの大きな町までわざわざ自分の才能を聞きに来たのだ。しかし、出不精の彼女には、歩きで片道一日ちょっとの小旅行は苦痛以外のなにものでもない。しかも、大人が一人付くとはいえ、十四歳の子供三人の旅だ。危険もある。魔獣や野盗が存在する。しかし、魔獣は街道を外れなければ襲ってこない。野盗もだ。割と人通りの多い街道で人攫いをするのは、リスクがでかすぎる。
 遭遇する確率は少ないとはいえ、旅に危険は付き物。しかし、少女はそんな理由で行くのをゴネたわけではない。理由はもっと単純。歩きたくなかった。せめて馬車を利用できれば違ったのだが、貧乏な田舎の村には馬車なんてない。
 散々ゴネたが、才能を見てもらわないなら二つ上のガキ大将の家に嫁に出す、と親に言われて、仕方なく見てもらうことになった。あのガキ大将の母親は、村一番の働き者だ。あの家では、のんびりニート生活はできそうにない。
 今は、新成人の列の最後尾に並んでいる。大きな町の子は皆一応に着飾っていた。普段は泥だらけの服しか着ていない幼馴染みの少年ですら、今日は奇麗な服を着せられている。幼馴染みの少女にいたっては、似合いすぎる白のワンピースが周囲の視線を集めている。が、彼女だけは普段通りの服だ。無論、親は奇麗な余所行きの服を用意していたのだが、彼女にとっては、このどうでもいいイベントで奇麗な服を着るのが嫌だった。彼女のせめてもの反抗だ。しかし、長い前髪で顔の上半分を隠していたので周囲の視線に少女は気付かなかったが、普段着の少女の方が逆に目立っていた。

「自分の適性を知れば、無駄な努力をしないで済むじゃないか」

 そう言った少年が、騎士に憧れているのを少女は知っている。知っているが、落ち着きのなさや思慮の浅さなどから、適性はないだろうと思っている。

「次の人。こちらへ」

 いつの間にか三人だけになっていた。

「俺からお願いしゃーす」

 こんな礼儀知らずが、騎士になれるわけない。

「うん。元気があってよろしい。ここに座って」

 司祭の前に置かれた簡素な椅子に、少年が勢い良く座る。

「お名前は?」

 好々爺風の司祭が優しく問いかける。

「カロッテ村のハンクです」
「うん。では、ハンク君の才能を調べます」

 そう言って、司祭はハンクの頭に手をかざす。

「……農夫、ですね」
「んな! マジですか? 俺、騎士になりたいんですよ!」
「才能がなくても騎士になった人もいます。ただし、弛まぬ努力が必要になりますがね」

 今にも掴みかからんとするハンクを、司祭が優しく宥める。
 毎年こういう子供がいるのだろう。淀みなく警備の騎士がハンクを脇に案内しながら。

「適性がないと騎士学校の入学試験を受けられないけど、冒険者協会からの推薦で採用される場合もあるよ」

 と、言っていたが、実際には冒険者から騎士になった人は過去に一人しかいない。しかし、毎年ハンクのように夢を諦めきれない子供を慰めるために、毎年使いまわされている。この話を聞いたからといってすぐに冒険者になろうとするような子供は少数なので、ごく少数の少年が冒険者協会の門を叩いて最初の依頼で命を落としたとしても、この話を教えた騎士たちが罪悪感を覚えることはない。

「はい。次の人」
「アリス。先、いいよ」

 少し緊張している幼馴染みの背中を押す。

「う、うん」

 歳の割りに大きな胸の前で組まれた手を解いて、司祭の前に進み、椅子の前でお辞儀する。

「カロッテ村のアリスです。よろしくお願いします」
「うん。礼儀正しくてよろしい」

 司祭が出来の良い孫娘を見るような目で椅子を勧める。
 椅子に座ったアリスの頭に手をかざす。

「……ふむ。神官、ですね」
「司祭様と同じ、ですか?」
「ええ。興味があるのなら、王都の中央教会へいらっしゃい」
「あ、あの、お父さんと相談してから、で、いいですか?」

 たどたどしい口調でアリスが質問する。
 カロッテ村のような田舎の村では、村の大人以外と喋る機会がない。そんな村でもアリスは大人しい性格から村の大人たちともあまり話しをしなかったので、司祭みたいな優しそうなお爺ちゃんでも知らない大人は緊張してしまう。

「ええ。よーく相談しなさい」
「は、はい。ありりゃとうございます」

 勢いよく立ち上がり、カミカミのお礼を言いながらお辞儀する。顔を上げた時は顔が真っ赤になっていた。そのまま小走りでハンクが待つ場所へ向かう。
 その小動物みたいな仕草に、周囲の大人達がホッコリした。

(アリスは可愛いなー。あの子、天使なんじゃね?)

 少女もホッコリしていた。

「では、最後のあなた」

 もう少しアリスの可愛い姿を愛でていたいのだが、渋々司祭の前の椅子に座る。

「……」
「……」

 気まずい沈黙。

「あ、カロッテ村のユニ」

 ペコリと頭を下げる。

「君は……行儀作法以前の問題だな」

 初対面の司祭に、なにかを諦めさせてしまった。

「では、調べます」

 ユニの頭に手をかざす。

「……な! 神託の巫女!」

 教会内に響き渡った司祭の声に、大人たちがどよめく。

『やっほー! 聞こえるかな? 返事してくれると女神様は嬉しいなー』
「な!」

 頭の中に響く女性の声に、立ち上がり周囲を見渡す。が、すぐ近くには司祭しかいない。

「今の、は?」
『お? おー、聞こえるんだー。良かったー。神託の巫女の才能があってもー、神の声を聞けない場合もあるからねー』

 声を聞きながら再び周囲を見渡す。
 やはり司祭しかいない。司祭はなにか喋っているが、ユニには聞こえない。
 どうやら女性の声が聞こえている間は、周囲の音が聞こえないようだ。

『ね、ね。名前教えてよ。なんてーの?』
「……ユ、ユニ」

 警戒しながら答える。

『ユニ、ね。よろー。私はねー、パンドラさんだよー』
「君。ユニさんだったね」

 運良くパンドラが喋っていないタイミングで司祭が話しかける。

「神様のお名前を伺ってくれ」
「えっと」
『司るものは災害だよー』

 この場合、司祭よりも神様の話を聞く方が優先するべきだろうか。

「ユニさん。神様のお名前は?」

 周囲では「豊穣の神様だといいね」とか「隣国には戦の巫女がいるからこちらも軍神がいいな」とか勝手に盛り上がっている。

『あ、災厄の女神って呼ばれるの嫌だからー。なんかさー、災害より災厄の方が重くない?』

 心中で「どっちでもいいよ」と思っておく。

「ユニさん。聞いているのかい?」

 司祭にガッシと両肩を掴まれ、見た目の年齢に反してパワフルにガクガク揺すられた。

『お気に入りの災害はペストだよー。病気を司る神に、頼み込んで譲ってもらったんだー』

 人間にとっては迷惑な話だ。心の中で、名も知らぬ病気を司る神に「なにしてくれるんだ」と中指を突き立てる。

「ユニさん!」

 ガクガク振られて、ちょっと気持ち悪くなってきた。

『雷は派手だけどいまいちなんだよねー。それに、タケミカヅチが昔調子こいてさー、雷落としまくって謹慎くらってたから、監視役の神が落雷には目ぇ光らせてんのよねー』

 ロクでもねぇ神様ばっかだな。
 これも心の中で思うだけに留めておく。
 どうやら、神様といえども、心の中の独り言は聞かれないみたいだ。

「聞こえていないのかい?」

 お爺さん。そろそろ止めてほしい。

「あの、司祭様。そんなに揺すったらユニちゃんが喋れません」

 司祭から奪い取るように、アリスがユニに抱きつく。
 ようやく司祭から解放された。

(もう、アリスが女神でいいよ)
『なに、この女神。超可愛いー』

 初めて女神様と意見が一致した。

(てか、あんたが女神だろう)
「ユニちゃん、大丈夫?」
「ん。だい」
『ふぉおあー! かーわいー! チューしろ! 今すぐチューしなさい! 女神である私が許します!』

 急にでかい声を出さないでほしい。

「だいじょぶ」

 なんとか、それだけ搾り出した。

「それで、神様のお名前はわかったの?」

 アリスも興味津々だった。

『災害を司る女神のパンドラです! 歳は忘れました! 趣味は天界蟻の巣に水を注ぐことです! あ、ボツ1です! ダンナは神魔大戦でくたばりました! 子供はいません! 最近のマイブームは、ペストをばら撒くことです!』

 合コンで緊張しすぎた童貞みたいになってる。

『嫌いな女神は、ミネルヴァとフレイアとアプロディーテーです!』
「ユニちゃん?」

 これをこの天使に聞かせたくない。聞こえないけど。

『嫌いな男神はロキ一択です!』

 ちょっと意外。まだ出会って? 間もないけど、この女神なら嫌いな男神も複数いるかと思った。

『あいつのせいで、アプロディーテーを盗撮してんのバレたんだよ! 折角会員制のサイトを作ってボロ儲けしてたのに、あいつがミネルヴァの梟にチクりやがったから、ゼウスのクソ爺にぶん殴られたんだよ! ちくしょうめ!』

 途中の経緯はよくわからないが、間違いなくこの女神が悪い。

「ねえ。ユニちゃん!」

 そうだった。司祭様に神様の名前を。

『しっかし、儲かったなー。同じ美を司る女神でもハトホルじゃなー。需要ないよなー』
「え? なんで?」

 つい、タメ口で聞いちゃった。美を司る女神なのに盗撮の需要がないっておかしい。理由を聞きたくなって、つい、聞いてしまった。神様へのタメ口に周囲がざわついたが気にしない。

『だって、牛だもん』

 あー。うん。そっすかー。

「ユニちゃん? ど」
『おぉ? この子の名前は? 年齢、は成人式にいるんだから14か。恋人は? 処女? だれかの巫女じゃないよね? これ重要!』

 心配してくれてるアリスの言葉が掻き消される。
 なんかイラッとした。

『あー。可愛いなー。こんな妹がほしい! ユニ! 私のことは、女神様じゃなく、お姉ちゃんって呼ぶように伝えて!』
(昔は私のことをお姉ちゃんって呼んでくれたんだけどな)

 あくまで昔の話だ。出会って間もない頃、アリスはハンクに虐められていた。今思えば好きな子に意地悪しちゃう例のアレなんだけど、そのアリスを庇ったら懐かれた。それ以来、どこに行くにも後からついてきて「お姉ちゃん」と呼んでくれたのがいつの間にか「ユニちゃん」に変わっていた。

(いつからだっけ?)
『ほいっと、ハッキング完了。えっとー? アリスちゃんかー』

 なんだかわからないが、アリスの名前を知られてしまった。

『名前も可愛いなー。ぴったりだよー。さー、アリスちゃんに、お姉ちゃんって呼ばせてみようかー』
「ユニちゃん?」
『ちっがーう! お姉ちゃん!』

 心配そうなアリスに手振りだけで「大丈夫」と伝える。
 さすが幼馴染み。正しく伝わったようで、お互いホッと胸を撫で下ろす。

『あー、でもでも、お姉様も捨てがたいなー』
「ユニさん。そろそろ教えてくれないか?」

 そうだった。
 とりあえず神様の名前だけでも伝えなければと思い、口を開きかけたら。

『ユニ。バ○ブの作り方を教えるから、アリスちゃんの初めての人になって』

 頭の中の真摯な声に。

「は? なに言ってんの?」

 つい、タメ口で言ってしまった。またまた周囲がざわつく。

『え? バ○ブ知らない? あー、それ以前に、今の文明レベルだと電動は無理かー』
「ユニちゃん。本当に大丈夫なの?」

 アリスの顔が近付く。

『おー、近っ! チューしろユニ! 神が許す!』
(神が許しても私が許さん)

 なんか、この女神の相手をするのは本当に面倒になってきた。

(聞こえないフリをしようにも、こいつが喋っている間は周りの音が聞こえないし)
『もういっそ、指で処女幕ブチ破ろうぜ!』

 いちいち下品だ。
 これもイライラする原因。
 ユニも年頃の少女だから性知識はそこそこある。知らない用語もあるが、女神が言ってることは大体わかるレベルの性知識がある。知らない単語も、多分アレなんだろうな、と推測できるくらいの知識がある。しかし、普段はアリスからそういった下ネタを遠ざけるようにしていたせいか、下ネタに対して少しだけ嫌悪感がある。だから、女神の下ネタに心底イライラし始めていた。

(災害じゃなくて、色欲を司ってるんじゃね?)
『大丈夫! 痛いのは最初だけだから!』
(お母さんが、根拠もなく大丈夫って言う男は信用するな、って言ってたな)
『大丈夫だよ! お姉ちゃんがリードするから!』
(あー、ムカつくなー)
『さ、その可愛いワンピ脱いで。大丈夫だから。ね?』
(やっぱ、成人式なんか来るんじゃなかった。もう、いやだ)
『ユニ! なにしてんの! 早くアリスちゃんを脱が』
「女神様は黙ってて!」

 ユニの叫び声で、教会が静寂に包まれた。
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