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第51話 世界女子メジャー
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「間に合ったか」
「遅かったやん。 何してたん?」
今、俺は世界女子メジャーのパブリックビューイング会場に居る。
本当はもっと早く来られたのだが、タケシが放してくれなかったのだ。
あの後、タケシの強い要望により卓を囲んだ。
金銭を賭けないのならと言う条件で。
面子は俺とタケシとコフィー、それにギルマスだ。
皆俺の出した条件を吞んでくれた。
タケシとコフィーは勿論だが、ギルマスも相当な打ち手だった。
完全に平との条件だったので運の要素も多く含まれるが、運だけこのメンバーに太刀打ちできるはずもなく、俺はズタボロにやられた。
俺としては本気も本気、全力で麻雀を打ったのだが、タケシはそれでは納得しなかった。
ゴトーとの最終局での打ち筋を見ると俺の実力はこんな物ではない、手を抜くなと。
それは勘違いで、あの局は偶然そうなっただけで俺の実力ではないと何度説明しても聞き入れてくれない。
どうすれば分かってくれるかと頭を悩ませていた所、なんとゴトーが戻ってきたのだ。
一時間もあればとゴトーは言っていたが、一時間どころか、二時間、三時間経ってもゴトーは戻ってこない。
コフィーは「おっかしいわねぇ~」と首を傾げていたが、俺とタケシはやはり逃げたのだろうと話し、すっかり忘れていた所で、だ。
ゴトーが残りの金を払ったので、俺はテープを渡そうとしたのだがゴトーは手のひらを俺に向け、「いえ、結構です」と言う。
言っている事の意味が分からず首を傾げる俺に向かってゴトーは、
「ムコウマルさん。 いえ、兄さん、テープは結構ですので、俺を舎弟にして下さい!」
なんて言い出した。
は?
舎弟?
それに、兄さん?
一体何を言い出すんだ?
負けすぎて頭が狂ったのかと思ったが、ゴトーの目には光が宿り至って真剣だ。
その目は狂人のそれではない。
チラリとタケシとコフィーの方を見ると、タケシは麻雀を邪魔されたのが気に入らないのかムスッとした顔をしている。
コフィーはこれでもかとドヤ顔だ。
この二人のヘルプは期待できそうにないな。
とりあえず俺は、ゴトーの目の前で全てのテープを二度と観られない状態にした。
テープをむき出しにし、そのテープを引きちぎってやったのだ。
「ああっ!」と周りの連中は声をあげたがこれは必要な事だ。
金を受け取った以上、このテープはゴトーの物だ。
そのゴトーがテープの受け取りを拒否したのなら、俺にはゴトーの意を汲んでやる必要がある。
ゴトーがこのテープを受け取っていればどうするかは分からないが、二度と観られないように処分する確率が一番高いだろう。
だから、俺が代わりに処分してやったのだ。
テープをダシにゴトーを意のままに操る事も出来ただろう。
だが、ゴトーは金を払ったのだ。
それに応えなければ男が廃る。
周りからみればちっぽけだが俺の矜持だ。
だが、ゴトーを舎弟?
それは、絶対にイヤだ。
非っ常にメンドくさい。
マシュウもあからさまに顔を顰めている。
だから言ってやった。
「舎弟云々は身をキレイにしてからだ。 色々とやってきた分の償いをしろ」
と。
色々と言うのは、俺はゴトーのした事はByteCoinの件以外は知らない。
そのByteCoinの件も確たる証拠はなく、特徴的な耳の形からの推測に過ぎない。
こう言えばゴトーも諦めるだろうと思っただけだ。
俺としては面倒事を避ける事ができれば、ゴトーがこの後何をしようと関係ない。
好きに生きればいいと思っての発言だ。
その事を聞いたゴトーは、「分かりました」とマシュウの方を見る。
やはりゴトーも、マシュウ自身がモデルになっている組織の広報ポスターを見ていたのだろう。
「自首します」と両拳の平を合わせて出してきた。
マシュウは驚いていたが、軽く頷いた。
しかし、マシュウはここに旅行に来た身だから非番中だ。
そこで、マシュウは地元の所轄に連絡をとった。
暫くすると担当だと言う女性が現れたのだが、その人物にマシュウは顔を顰める。
知り合いかと尋ねると同期だと言うマシュウ。
なら、話は早いと思ったのだがこの同期の女に問題があった。
「マシュウ君久しぶり! しかも今回はワタシを選んでくれてありがとう」
「久しぶりだね。 勘違いしないで欲しいが、私は君を選んだりしていないよ」
「じゃぁ、運命ね。 もう、結婚するしかないわ!」
「馬鹿な事を言ってないで仕事をしてくれ」
彼女は熱狂的なマシュウ信者だったのだ。
マシュウを見た途端、仕事そっちのけでマシュウにベッタリしている。
何度「ちゃんと仕事をしてくれ」とマシュウが言っても全く意に介さなかった。
ナナには見せられないな。
そんな理由もあり会場に着くのが遅くなってしまったのだ。
幸いな事にノグチ選手はまだプレイ中でトップとは2打差の単独2位。
トップはやはり下馬評通り世界ランク1位の選手で、ノグチ選手の一つ後ろの組で最終組だ。
『注目の世界女子メジャー戦最終日、トップは依然通算11アンダーで世界ランク1位のアンカ・ソレニスタム。 2打差で我が国初の女子世界メジャー制覇を目指すノグチ・ヒサコが追います。 実況は私ナラ・シカオ、解説はAオキ・イサオさんでお送りします。 さて、Aオキさん、ノグチは残り2ホールで2打差ですが』
実況アナウンサーが言うにはノグチ選手は残り2ホールしかないようだ。
本当にギリギリだったな。
しかし、このナラ・シカオと言う実況アナウンサー、どこかで聞いたような…………
アンカ・ソレニスタムと言う選手は俺も同姓同名の選手を知っている。
俺の記憶の中でも世界ランク1位の選手で、ティーショットの飛距離はヘタな男子プロゴルファーに勝る程だった。
だから、女子プロトーナメントでは圧倒的な強さを誇っていて、男子プロトーナメントにも出場したのだが、残念ながら男子プロトーナメントでは本選に出場どころか最下位で予選落ちした。
やはり、コースセッティングが女子と男子とでは違い、ティーショットの飛距離だけでは通用しなかったのだろう。
それでも、そのチャレンジ精神には賞賛の拍手を送ったものだ。
こっちの世界でも同選手は同じ経歴の持ち主だったのだが、俺の記憶とは活躍した時代が違う。
ノグチ選手は俺の子供の頃に活躍した選手で、アンカ・ソレニスタム選手は俺が二十歳頃に活躍した選手だった。
その辺りが記憶と違う。
これまでこのような事は多々あり、結果は俺の記憶通りだったのだが今回も同じ結果になる保証はない。
現に現在2打差で、残り2ホール。
その2ホールも今大会が行われているコースの中で難易度がNo.1とNo.2の共にミドルホールだ。
2打差を縮めるのは困難どころか、広がる可能性も大いにある。
ノグチ選手にはかなり厳しい状況だ。
俺は八百万エソをノグチ選手につぎ込んだ訳だが、このままだと八百万エソを失ってしまう。
この地に来るまでだと、それでは働く事も視野に入ったが今は違う。
ゴトーからテープの代金を受け取ったからすぐに働かなければならないと言う事にはならない。
とは言え、現時点では働かずに稼ぐ手段が無いから八百万と言う金は大打撃には変わらない。
ノグチ選手には残り2ホールでなんとか追いついて欲しいものだ。
それはそれとして。
「で、ナナはなぜあんな状態に? 体調でも崩したのか? なら病院に」
ナナを見るとグッタリしている。
目もどことなく虚ろだ。
「ああ、大丈夫、大丈夫」
ノアが言うには、ナナはこの地に来てギャンブルで負けに負けたらしい。
持ってきていた軍資金の五百万エソは即日で底をつき、ATMで何度も金をおろしてはギャンブルをしていたらしい。
負債のトータル金額は一千万エソ。
『宝馬記念』で稼いだ金の三分の一をこの4日間で失った事になる。
一縷の望みは俺から得た情報で、ノグチ選手をブックメーカーから買っていたのだがこの状況だ。
かなり厳しいとナナも分かっているのだろうな。
だが俺、いや正しくはマシュウを見てナナの顔かパァっと明るくなったかと思えばマシュウに抱き着いた。
「こっ、こらっ」
「えーやないですかぁ~って、んん?」
抱き着いたナナは何かに気づく。
「この匂いは、あのオンナ? マシュウ先輩、あのオンナに会いましたか?」
「あの女って、マツか? ああ、さっきな」
「なっ、なんでですか!?」
「何でと言われても」
あのオンナと呼ばれているのは、ゴトーを引き取りに来た所轄の女性警官の事か。
マシュウと同期でベッタリして中々仕事をしなかったあの。
この様子だとナナとも知り合いで、話の内容から察するにマシュウを巡ってライバル関係にあるって所か。
でも、匂いで気づくなんてそんなに独特な匂いはしていなかったと思うぞ。
一体どんな鼻をしているんだ。
マシュウは事のあらましをナナに説明した。
「そんな事があったんですね」
「そうなんだ、だから彼女が来たのは偶然なんだ」
ナナは事情を知って落ち着いたのか椅子に座り俺を見る。
なんで俺を?
「さすがムコウマルさんやね」
「それは私も同意する。 あんな事、サトシさんにしか出来ないだろうな」
あんな事って騙し取られた以上の金を回収し、さらにゴトーを自首させた事か。
金の回収はタケシとコフィーがアツくなりすぎたからで、自首は俺が面倒事を避けたくて思いつきで言った事が偶然そうなっただけだ。
だから意図していた訳ではない。
マシュウはともかく、ナナも俺にフィルターを通し過ぎだ。
「でも、舎弟なぁ~。 アタシもかまへん?」
「何を言い出すんだノア、俺は舎弟なんか要らないぞ」
「アタシの場合はてをせに変えるで」
「おい!」
「あっはっは。 さすがムコウマルさん。 で、どう?」
「どう?ってお前なぁ~」
こんな大勢が居る中で堂々と下ネタをブッ込んで俺を揶揄うノア。
それに即座に反応する俺に、身内は苦笑い。
そんな事を話している間に会場がザワザワと騒めく。
何事かと周りを見渡せば、ノグチ選手がティーショットを大きく曲げて、あわやOBかとの所で止まっているボールがモニターに映しだされていた。
『ラウンドリポーターはオカムラ・アヤコさんです。 オカムラさんライはどうでしょう』
『はい、ライは悪くはないですが、グリーンを狙うのは難しいですね』
『ここはなんとかパーで凌いでくれれば良いのですが』
グリーンを直接狙う所がパーであがるのも難しい位置にボールはあるらしい。
ここで、ボギーにでもなれば優勝はかなり難しい、いや絶望的か。
そんな中でノグチ選手が放った2打目はやはりラフに捕まった。
それもグリーンまでまだ距離があり、手前にはクリークがある。
『Aオキさん、この位置ですが』
『一番行ってはいけない所に行きましたね。 ここは上に木があり高い球は打てないですから、クリークは越せてもボールは止まらないでしょう』
解説者が言うには、ここからは寄せる所かグリーンに乗せるのも難しいと言う。
ボギーであがれれば上出来で、下手するとダブルボギーまであり、2打差が3打・4打差と広がる。
そうなればさらに絶望的だ。
固唾を飲んで観ていると、ノグチ選手がサードショットを放った。
ボールはカップを大きく越えてかなりの距離を残してなんとかグリーン上に止まった。
ノグチ選手のグリーンに止めた技術の高さに会場は大きな拍手に包まれる。
だが、その距離およそ20メートル。
それも、2段グリーンの上段まで。
カップは2段グリーンの下段に切られており、グリーンは相当早い。
しかも、グリーンのすぐ側にはクリークがあり、上から打てば例えパターでもクリークまで行ってしまう事もままあるそうだ。
だから、今日のピンの位置だと下段グリーンから攻めるのがセオリーなのだが、2打目の位置でそのセオリー通りの攻めは出来なくなった。
そもそも、ティーショットを大きく曲げた時点でほぼアウトだったな。
会場もザワついている。
ここに居る人達もノグチ選手の大ピンチに落ち着いていられないのだろう。
せめてクリークには入れないでくれと祈るしかない。
しかし、ここで俺に違和感。
ノグチ選手がパターを持ち、ラインを読んでいるのだがキャディーがピンを抜かないのだ。
元いた世界では、グリーン上でのパットの際にはピンを抜いても抜かなくてもよいとのルールがあった。
だが、そのルールはつい最近できたばかりで、それまでは必ずピンを抜いてパットを行わなければペナルティーを取られたのだ。
今行われている世界女子メジャーは、俺の記憶だとかなり前の出来事。
だから、ピンを抜いてパットを行わなければならないはずなのだがキャディーはピンを抜かない。
打つ直前に抜く事も考えられるが、それだとキャディーはピンを持ってカップの側にいるはずだ。
それが、キャディーはノグチ選手のすぐ後ろにいてラインを読んでいる。
このままではペナルティーを喰らってしまうが……
「タケシ、キャディーはなぜピンを持っていないんだ?」
ゴルフ好きのタケシに尋ねてみた。
「あの位置からのパットだと止まらないからな。 だからピンに当てて入れるしかないからだろう」
「それは分かるが、ピンを立てたままパットするとペナるんじゃないのか?」
「ああ、それは大丈夫だ、今年からオッケーのルールに変わったからな」
そう言う事か。
なら、ルール上は問題ないな。
だがそれならそれで俺の記憶と違う。
ノグチ選手が優勝しない可能性がさらに高くなったんじゃないのか?
不安がさらに大きくなるが、ザワついていた会場が突如静まり返る。
ノグチ選手がアドレスに着いたからだ。
『さぁ、ノグチの上からの長いパーパットですAオキさん』
『段の頂点でちょうど止まるか止まらないかの繊細なタッチが必要です。 これは相当難しいですよ』
実況アナウンサーと解説が言うや否や、ノグチ選手がパットを放った。
だが、ボールは解説者が言う段の頂点に差し掛かった所で止まってしまった。
『これは大変です。 打つのなら段の下まで行った方が返しのパットがまだ楽でしたが上の段で止まってしまいました』
『クリークを気にして打ちきれなかったのでしょう』
会場からも、大きなため息交じりの声があちこちから上がっている。
だが、ノグチ選手がボールに向かって歩き出した瞬間、風でも吹いたのかボールは再び動き出し、カシャンと音を立てピンに当たっかと思えばそのままカップインした。
うおおおおーーーーー
その光景に会場から大歓声が沸き起こる。
『これは奇跡ですよ。 風かどうかは分かりませんがボールが動き出すのもそうですし、それがピンに当たって入るなんて信じられません』
『ラウンドリポーターのオカムラさん。 風はどうですか?』
『私の居る場所では風は感じませんがグリーン上は分かりませんね。 ピンフラッグも揺れていませんでしたから風だとしてもほんの僅かだと思います』
『風が弱すぎればボールは動かなかったでしょうし、強すぎればピンに当たったとしても入る事はなかったでしょう。 まさにカミカゼです』
ノグチ選手に神が味方でもしたかのような運に恵まれた事もあり、パブリックビューイング会場は優勝したかの盛り上がりだ。
だが、結果はパーで2打差が縮まった訳ではない。
残り1ホールで2打差。
これはかなり厳しい。
アンカ・ソレニスタム選手がスコアを崩す事も考えられるが、それは期待しない方がいいだろう。
ティーショットの飛距離は大きな武器には変わらない。
パー4のミドルホールならその武器を最大限に活かせるからな。
その証拠にソレニスタム選手は17番ホールを危なげなくパーであがり、ノグチ選手との差は2ストロークのまま。
その事をノグチ選手は恐らく知らないだろう。
モニターに映る表情が少し硬いように見えるノグチ選手は、最終18番ホールのティーグラウンドに立ちティーショットを放った。
「遅かったやん。 何してたん?」
今、俺は世界女子メジャーのパブリックビューイング会場に居る。
本当はもっと早く来られたのだが、タケシが放してくれなかったのだ。
あの後、タケシの強い要望により卓を囲んだ。
金銭を賭けないのならと言う条件で。
面子は俺とタケシとコフィー、それにギルマスだ。
皆俺の出した条件を吞んでくれた。
タケシとコフィーは勿論だが、ギルマスも相当な打ち手だった。
完全に平との条件だったので運の要素も多く含まれるが、運だけこのメンバーに太刀打ちできるはずもなく、俺はズタボロにやられた。
俺としては本気も本気、全力で麻雀を打ったのだが、タケシはそれでは納得しなかった。
ゴトーとの最終局での打ち筋を見ると俺の実力はこんな物ではない、手を抜くなと。
それは勘違いで、あの局は偶然そうなっただけで俺の実力ではないと何度説明しても聞き入れてくれない。
どうすれば分かってくれるかと頭を悩ませていた所、なんとゴトーが戻ってきたのだ。
一時間もあればとゴトーは言っていたが、一時間どころか、二時間、三時間経ってもゴトーは戻ってこない。
コフィーは「おっかしいわねぇ~」と首を傾げていたが、俺とタケシはやはり逃げたのだろうと話し、すっかり忘れていた所で、だ。
ゴトーが残りの金を払ったので、俺はテープを渡そうとしたのだがゴトーは手のひらを俺に向け、「いえ、結構です」と言う。
言っている事の意味が分からず首を傾げる俺に向かってゴトーは、
「ムコウマルさん。 いえ、兄さん、テープは結構ですので、俺を舎弟にして下さい!」
なんて言い出した。
は?
舎弟?
それに、兄さん?
一体何を言い出すんだ?
負けすぎて頭が狂ったのかと思ったが、ゴトーの目には光が宿り至って真剣だ。
その目は狂人のそれではない。
チラリとタケシとコフィーの方を見ると、タケシは麻雀を邪魔されたのが気に入らないのかムスッとした顔をしている。
コフィーはこれでもかとドヤ顔だ。
この二人のヘルプは期待できそうにないな。
とりあえず俺は、ゴトーの目の前で全てのテープを二度と観られない状態にした。
テープをむき出しにし、そのテープを引きちぎってやったのだ。
「ああっ!」と周りの連中は声をあげたがこれは必要な事だ。
金を受け取った以上、このテープはゴトーの物だ。
そのゴトーがテープの受け取りを拒否したのなら、俺にはゴトーの意を汲んでやる必要がある。
ゴトーがこのテープを受け取っていればどうするかは分からないが、二度と観られないように処分する確率が一番高いだろう。
だから、俺が代わりに処分してやったのだ。
テープをダシにゴトーを意のままに操る事も出来ただろう。
だが、ゴトーは金を払ったのだ。
それに応えなければ男が廃る。
周りからみればちっぽけだが俺の矜持だ。
だが、ゴトーを舎弟?
それは、絶対にイヤだ。
非っ常にメンドくさい。
マシュウもあからさまに顔を顰めている。
だから言ってやった。
「舎弟云々は身をキレイにしてからだ。 色々とやってきた分の償いをしろ」
と。
色々と言うのは、俺はゴトーのした事はByteCoinの件以外は知らない。
そのByteCoinの件も確たる証拠はなく、特徴的な耳の形からの推測に過ぎない。
こう言えばゴトーも諦めるだろうと思っただけだ。
俺としては面倒事を避ける事ができれば、ゴトーがこの後何をしようと関係ない。
好きに生きればいいと思っての発言だ。
その事を聞いたゴトーは、「分かりました」とマシュウの方を見る。
やはりゴトーも、マシュウ自身がモデルになっている組織の広報ポスターを見ていたのだろう。
「自首します」と両拳の平を合わせて出してきた。
マシュウは驚いていたが、軽く頷いた。
しかし、マシュウはここに旅行に来た身だから非番中だ。
そこで、マシュウは地元の所轄に連絡をとった。
暫くすると担当だと言う女性が現れたのだが、その人物にマシュウは顔を顰める。
知り合いかと尋ねると同期だと言うマシュウ。
なら、話は早いと思ったのだがこの同期の女に問題があった。
「マシュウ君久しぶり! しかも今回はワタシを選んでくれてありがとう」
「久しぶりだね。 勘違いしないで欲しいが、私は君を選んだりしていないよ」
「じゃぁ、運命ね。 もう、結婚するしかないわ!」
「馬鹿な事を言ってないで仕事をしてくれ」
彼女は熱狂的なマシュウ信者だったのだ。
マシュウを見た途端、仕事そっちのけでマシュウにベッタリしている。
何度「ちゃんと仕事をしてくれ」とマシュウが言っても全く意に介さなかった。
ナナには見せられないな。
そんな理由もあり会場に着くのが遅くなってしまったのだ。
幸いな事にノグチ選手はまだプレイ中でトップとは2打差の単独2位。
トップはやはり下馬評通り世界ランク1位の選手で、ノグチ選手の一つ後ろの組で最終組だ。
『注目の世界女子メジャー戦最終日、トップは依然通算11アンダーで世界ランク1位のアンカ・ソレニスタム。 2打差で我が国初の女子世界メジャー制覇を目指すノグチ・ヒサコが追います。 実況は私ナラ・シカオ、解説はAオキ・イサオさんでお送りします。 さて、Aオキさん、ノグチは残り2ホールで2打差ですが』
実況アナウンサーが言うにはノグチ選手は残り2ホールしかないようだ。
本当にギリギリだったな。
しかし、このナラ・シカオと言う実況アナウンサー、どこかで聞いたような…………
アンカ・ソレニスタムと言う選手は俺も同姓同名の選手を知っている。
俺の記憶の中でも世界ランク1位の選手で、ティーショットの飛距離はヘタな男子プロゴルファーに勝る程だった。
だから、女子プロトーナメントでは圧倒的な強さを誇っていて、男子プロトーナメントにも出場したのだが、残念ながら男子プロトーナメントでは本選に出場どころか最下位で予選落ちした。
やはり、コースセッティングが女子と男子とでは違い、ティーショットの飛距離だけでは通用しなかったのだろう。
それでも、そのチャレンジ精神には賞賛の拍手を送ったものだ。
こっちの世界でも同選手は同じ経歴の持ち主だったのだが、俺の記憶とは活躍した時代が違う。
ノグチ選手は俺の子供の頃に活躍した選手で、アンカ・ソレニスタム選手は俺が二十歳頃に活躍した選手だった。
その辺りが記憶と違う。
これまでこのような事は多々あり、結果は俺の記憶通りだったのだが今回も同じ結果になる保証はない。
現に現在2打差で、残り2ホール。
その2ホールも今大会が行われているコースの中で難易度がNo.1とNo.2の共にミドルホールだ。
2打差を縮めるのは困難どころか、広がる可能性も大いにある。
ノグチ選手にはかなり厳しい状況だ。
俺は八百万エソをノグチ選手につぎ込んだ訳だが、このままだと八百万エソを失ってしまう。
この地に来るまでだと、それでは働く事も視野に入ったが今は違う。
ゴトーからテープの代金を受け取ったからすぐに働かなければならないと言う事にはならない。
とは言え、現時点では働かずに稼ぐ手段が無いから八百万と言う金は大打撃には変わらない。
ノグチ選手には残り2ホールでなんとか追いついて欲しいものだ。
それはそれとして。
「で、ナナはなぜあんな状態に? 体調でも崩したのか? なら病院に」
ナナを見るとグッタリしている。
目もどことなく虚ろだ。
「ああ、大丈夫、大丈夫」
ノアが言うには、ナナはこの地に来てギャンブルで負けに負けたらしい。
持ってきていた軍資金の五百万エソは即日で底をつき、ATMで何度も金をおろしてはギャンブルをしていたらしい。
負債のトータル金額は一千万エソ。
『宝馬記念』で稼いだ金の三分の一をこの4日間で失った事になる。
一縷の望みは俺から得た情報で、ノグチ選手をブックメーカーから買っていたのだがこの状況だ。
かなり厳しいとナナも分かっているのだろうな。
だが俺、いや正しくはマシュウを見てナナの顔かパァっと明るくなったかと思えばマシュウに抱き着いた。
「こっ、こらっ」
「えーやないですかぁ~って、んん?」
抱き着いたナナは何かに気づく。
「この匂いは、あのオンナ? マシュウ先輩、あのオンナに会いましたか?」
「あの女って、マツか? ああ、さっきな」
「なっ、なんでですか!?」
「何でと言われても」
あのオンナと呼ばれているのは、ゴトーを引き取りに来た所轄の女性警官の事か。
マシュウと同期でベッタリして中々仕事をしなかったあの。
この様子だとナナとも知り合いで、話の内容から察するにマシュウを巡ってライバル関係にあるって所か。
でも、匂いで気づくなんてそんなに独特な匂いはしていなかったと思うぞ。
一体どんな鼻をしているんだ。
マシュウは事のあらましをナナに説明した。
「そんな事があったんですね」
「そうなんだ、だから彼女が来たのは偶然なんだ」
ナナは事情を知って落ち着いたのか椅子に座り俺を見る。
なんで俺を?
「さすがムコウマルさんやね」
「それは私も同意する。 あんな事、サトシさんにしか出来ないだろうな」
あんな事って騙し取られた以上の金を回収し、さらにゴトーを自首させた事か。
金の回収はタケシとコフィーがアツくなりすぎたからで、自首は俺が面倒事を避けたくて思いつきで言った事が偶然そうなっただけだ。
だから意図していた訳ではない。
マシュウはともかく、ナナも俺にフィルターを通し過ぎだ。
「でも、舎弟なぁ~。 アタシもかまへん?」
「何を言い出すんだノア、俺は舎弟なんか要らないぞ」
「アタシの場合はてをせに変えるで」
「おい!」
「あっはっは。 さすがムコウマルさん。 で、どう?」
「どう?ってお前なぁ~」
こんな大勢が居る中で堂々と下ネタをブッ込んで俺を揶揄うノア。
それに即座に反応する俺に、身内は苦笑い。
そんな事を話している間に会場がザワザワと騒めく。
何事かと周りを見渡せば、ノグチ選手がティーショットを大きく曲げて、あわやOBかとの所で止まっているボールがモニターに映しだされていた。
『ラウンドリポーターはオカムラ・アヤコさんです。 オカムラさんライはどうでしょう』
『はい、ライは悪くはないですが、グリーンを狙うのは難しいですね』
『ここはなんとかパーで凌いでくれれば良いのですが』
グリーンを直接狙う所がパーであがるのも難しい位置にボールはあるらしい。
ここで、ボギーにでもなれば優勝はかなり難しい、いや絶望的か。
そんな中でノグチ選手が放った2打目はやはりラフに捕まった。
それもグリーンまでまだ距離があり、手前にはクリークがある。
『Aオキさん、この位置ですが』
『一番行ってはいけない所に行きましたね。 ここは上に木があり高い球は打てないですから、クリークは越せてもボールは止まらないでしょう』
解説者が言うには、ここからは寄せる所かグリーンに乗せるのも難しいと言う。
ボギーであがれれば上出来で、下手するとダブルボギーまであり、2打差が3打・4打差と広がる。
そうなればさらに絶望的だ。
固唾を飲んで観ていると、ノグチ選手がサードショットを放った。
ボールはカップを大きく越えてかなりの距離を残してなんとかグリーン上に止まった。
ノグチ選手のグリーンに止めた技術の高さに会場は大きな拍手に包まれる。
だが、その距離およそ20メートル。
それも、2段グリーンの上段まで。
カップは2段グリーンの下段に切られており、グリーンは相当早い。
しかも、グリーンのすぐ側にはクリークがあり、上から打てば例えパターでもクリークまで行ってしまう事もままあるそうだ。
だから、今日のピンの位置だと下段グリーンから攻めるのがセオリーなのだが、2打目の位置でそのセオリー通りの攻めは出来なくなった。
そもそも、ティーショットを大きく曲げた時点でほぼアウトだったな。
会場もザワついている。
ここに居る人達もノグチ選手の大ピンチに落ち着いていられないのだろう。
せめてクリークには入れないでくれと祈るしかない。
しかし、ここで俺に違和感。
ノグチ選手がパターを持ち、ラインを読んでいるのだがキャディーがピンを抜かないのだ。
元いた世界では、グリーン上でのパットの際にはピンを抜いても抜かなくてもよいとのルールがあった。
だが、そのルールはつい最近できたばかりで、それまでは必ずピンを抜いてパットを行わなければペナルティーを取られたのだ。
今行われている世界女子メジャーは、俺の記憶だとかなり前の出来事。
だから、ピンを抜いてパットを行わなければならないはずなのだがキャディーはピンを抜かない。
打つ直前に抜く事も考えられるが、それだとキャディーはピンを持ってカップの側にいるはずだ。
それが、キャディーはノグチ選手のすぐ後ろにいてラインを読んでいる。
このままではペナルティーを喰らってしまうが……
「タケシ、キャディーはなぜピンを持っていないんだ?」
ゴルフ好きのタケシに尋ねてみた。
「あの位置からのパットだと止まらないからな。 だからピンに当てて入れるしかないからだろう」
「それは分かるが、ピンを立てたままパットするとペナるんじゃないのか?」
「ああ、それは大丈夫だ、今年からオッケーのルールに変わったからな」
そう言う事か。
なら、ルール上は問題ないな。
だがそれならそれで俺の記憶と違う。
ノグチ選手が優勝しない可能性がさらに高くなったんじゃないのか?
不安がさらに大きくなるが、ザワついていた会場が突如静まり返る。
ノグチ選手がアドレスに着いたからだ。
『さぁ、ノグチの上からの長いパーパットですAオキさん』
『段の頂点でちょうど止まるか止まらないかの繊細なタッチが必要です。 これは相当難しいですよ』
実況アナウンサーと解説が言うや否や、ノグチ選手がパットを放った。
だが、ボールは解説者が言う段の頂点に差し掛かった所で止まってしまった。
『これは大変です。 打つのなら段の下まで行った方が返しのパットがまだ楽でしたが上の段で止まってしまいました』
『クリークを気にして打ちきれなかったのでしょう』
会場からも、大きなため息交じりの声があちこちから上がっている。
だが、ノグチ選手がボールに向かって歩き出した瞬間、風でも吹いたのかボールは再び動き出し、カシャンと音を立てピンに当たっかと思えばそのままカップインした。
うおおおおーーーーー
その光景に会場から大歓声が沸き起こる。
『これは奇跡ですよ。 風かどうかは分かりませんがボールが動き出すのもそうですし、それがピンに当たって入るなんて信じられません』
『ラウンドリポーターのオカムラさん。 風はどうですか?』
『私の居る場所では風は感じませんがグリーン上は分かりませんね。 ピンフラッグも揺れていませんでしたから風だとしてもほんの僅かだと思います』
『風が弱すぎればボールは動かなかったでしょうし、強すぎればピンに当たったとしても入る事はなかったでしょう。 まさにカミカゼです』
ノグチ選手に神が味方でもしたかのような運に恵まれた事もあり、パブリックビューイング会場は優勝したかの盛り上がりだ。
だが、結果はパーで2打差が縮まった訳ではない。
残り1ホールで2打差。
これはかなり厳しい。
アンカ・ソレニスタム選手がスコアを崩す事も考えられるが、それは期待しない方がいいだろう。
ティーショットの飛距離は大きな武器には変わらない。
パー4のミドルホールならその武器を最大限に活かせるからな。
その証拠にソレニスタム選手は17番ホールを危なげなくパーであがり、ノグチ選手との差は2ストロークのまま。
その事をノグチ選手は恐らく知らないだろう。
モニターに映る表情が少し硬いように見えるノグチ選手は、最終18番ホールのティーグラウンドに立ちティーショットを放った。
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