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第48話 麻雀⑥ タケシ

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「(コフィーのやつ)」


俺が東場は牌の把握に徹すると察したのだろう。
その隙に、これ見よがしに技を駆使し執拗なまでに下家の男を狙い撃った。

気持ちは分からないでもない。
それだけの事をコフィーはこの男にされたのだから。
だが、このままコフィーだけに回収を任せる訳にもいかない。
俺にもプライドって物があるのだから。

長丁場になればなる程俺は負けにくくなる。
今回は半荘5回と長丁場ではないが、それだけあれば十分だ。

サトシがゴトーと呼ぶこの男の雀力は、この4局で大方つかめた。
コフィーの仕掛けに対し、何も出来ずに只々点棒を吐き出すだけだったからな。

極めつけはコフィが行ったブッコ抜きだ。
この技はコフィーに嘆願され教えた物だ。

最初こそ全くダメだったが、流石と言うべきか練習を重ねるうちになんとか出来るようになった。
とは言え、俺から見れば全くの問題外。
実戦ではとても使えない。

そう思っていたのだが、俺に隠れて練習していたのだろう。
かなりスムーズに出来るようになっていて驚いた。
実戦で使えるレベルに達してはいたがまだまだ甘いな。
それなりのレベルの打ち手相手なら、看破され返し技を仕掛けられていただろう。
ゴトーは返し技どころか看破さえ出来なかった。
この男のレベルが伺える。

さて。
牌の把握もある程度できた。
本当ならもっと把握しておきたかったのだがここまでにしておくか。
俺も本腰を入れてゴトーから回収する事にしよう。


「ロン」
「ヒッ」


コフィレがまたしてもゴトーを狙い撃つ。


「96,000点の一本場で96,300点」
「ひぃぃ~」


今度は四暗刻単騎か。
しかも親で。
ゴトーは完全に怯えてしまっているじゃないか。
こうなってはまともに麻雀を打てまい。
勝負あり……だな。

だが、少しコフィーはやりすぎだ。
まだ、最初の半荘だと言うのにゴトーはすでにボロボロじゃないか。
残り半荘4回も出来るのか?

そんな俺の心配をよそに、コフィーはまたもダブル役満をゴトーから直撃。
ゴトーは涙を流し「もう、勘弁してくれっ!」とコフィーに嘆願している。

ゴトーの箱下は247,900点となり、マイナスは277,900点。
負債はサトシとのサシウマを含めると五百七十五万八千エソ。

取り敢えず半分はコフィーが回収した。
残り半分は俺が回収する。
まずは。


「ロン」
「えっ」


俺のロンの言葉に驚いた声を出したのはコフィーだった。


「1,000点の三本場で1,900点」


コフィーは完全にフリーズ。
それもそのはず。
俺の1,900点に振り込んだのはゴトーではなくコフィーだからだ。


「──1,900点」


この言葉にハッとしたコフィーは点棒を払う。
そして、怪訝な目で俺を見つめている。
アツくなって自分が少々やり過ぎた事に気づいてないようだな。

それにしても…………

この局もコフィーはゴトーに技を仕掛けていた。
このままではまたコフィーが和了アガってしまう。
それも役満で。

このままでは俺が回収する前にゴトーが潰れてしまう。
だから、コフィーの親を蹴る為、ゴトーに仕掛けた技を俺が返したのだが、そうすると今度は俺自身が役満を和了ってしまう。
コフィーの放銃によって。

身内で取り合っていては本末転倒だ。
だから、出来るだけ手役を安くしようとしたのだが、その返し技に対しコフィーは対応してみせた。
自分が放銃するのではなく、ゴトーに放銃させようと。

正直驚いた。
コフィーの雀力では俺の返し技に対し、返し技で対応できるとは思っていなかったからだ。
ブッコ抜きと言い、俺に内緒で相当打ち込んだのか。
どうやら俺の知らない間にコフィーの雀力は相当上がっているようだ。


面白い。


元々コフィーの雀力は相当な物だった。
ゴトーのレベルがかなり低かった事にガッカリしたが、コフィーの雀力が俺の知らない間に上がっていて今卓を囲んでいる。

「どうだコフィー、久しぶりに本気で俺とやり合ってみないか?」との意味を込めて、ゴトーに放銃させようとした所をさらに返し技で阻止し、コフィーから和了ホーラしたのだ。
勿論、お互いの点棒の回収先はゴトーなのだとの意味も含めて。

そのゴトーはと言うと、コフィーの親を蹴った俺に「ありがとぉーー」と泣きながら頭を下げてきた。
頭を下げても、お前から回収するのは変わらないからな。

それを見たコフィーは、口元を緩めながら俺に点棒を支払う。
だが、その目が笑っていない所を見ると、理解してくれたようだ。


これで俺とコフィー、どちらがより多くゴトーから搾り取れるかの麻雀となった。
まぁ、当初の目的がゴトーからの回収だったから、やる事自体は変わらない。
変わらないが、内々での計画はゴトーから最も損害を受けたコフィーに一番勝たせる計画だった。
図らずもその計画は、今、狂った。
コフィーにこれだけの成長を見せられたのなら、それに応えるのがオトコだ。
申し訳ないが、一番勝たせる事はできない。
それ一番勝つのは、俺なのだから。



続く南3局。
親はサトシ。

コフィーはブッコ抜き用の牌をすでに積んでいる。
プラスして千鳥も仕掛けてきた。

以前は複合技を出来てもどこかぎこちなかったが、今は違和感なく行っている。
やはり、雀力は俺の知っているではない。

しかし、サトシが振った賽の目でコフィーのヤマはほとんど無くなってしまった。
これで、コフィーが仕込んだ技は消えた。

対する俺のヤマはまるまる残っている。
この局は俺の物だ。
なら、後は打点の高さ。
今、ヤマに残っている牌で最も高い役が出来るのは。


「ロン」
「えっ!?」


ゴトーの打牌で牌を倒す。


「だ、大四喜字一色!?」
「そうだな。 アンタが捨てた牌が風牌じゃなければダブル止まりだったが」


コフィーは断么九牌の多くを自分のヤマに積んだ。
必然的に残りのヤマには么九牌が多くなる。

とは言え、さすがに他人が振る賽の目までは分からない。
だから、俺も断么九牌の多くを自分のヤマに積んだ。
となると、么九牌はサトシとゴトーのヤマに多く積まれる事になるのだが、ここで東場は牌の把握に徹した事が活きた。
サトシとゴトーのヤマから手牌と全てすり替え。
それも、字牌のみを。

仕上げはトリプル役満になるよう、ゴトーがツモる牌を風牌にすり替える。
だが、ゴトーがツモった俺のロン牌を切らない事も考えられる。
だから、ゴトーがガン付けをした同じガンを俺の手にある牌のいくつかに刻んだ。
これで、ゴトーは俺の手には『3』と『7』が複数あると思わせる。
さらに、この局のゴトーのツモを全て操作し、あえてテンパイまで育ててやった。
それも四暗刻を。

ゴトーが四暗刻を捨てて降りてくればこの手は無駄になったが、ここまで負けが込んでいるゴトーがこの役満を逃すはずはないと踏んだ。
ここは賭けのようだったのだがその賭けに俺は勝った。
まぁ、勝てるように仕向けたゴトーが付けたガンと同じガンを付けたのだがな。


「96,000点」


ゴトーは糸が切れたマリオネットのようにその場に崩れ落ちる。
サトシが心配そうに声を掛けるがゴトーは反応しない。
それを見たサトシがゴトーに肩を貸し席に着かせる。

ブッ。

思わず吹き出してしまった。
コフィーも肩を震わせ顔を背けている。

親切そうに振る舞うサトシだがその実、ゴトーに麻雀を続行させ搾り取ろうとしている意図がまる見えだ。
そして、その表情が本当に心配しているように見えるから大した役者だな。

当のゴトーは心配そうな顔をしてくれて、肩まで貸してくれた人物がこの計画の発案者だとは思いもしないだろう。
これが笑わずにいられるか。
後でサトシに文句を言ってやる。


現時点での持ち点はサトシが27,000点。
ゴトーは箱下343,900点。
そして、俺が122,900点で、トップのコフィーが295,900点。
俺とコフィーの差は173,000点。
親のダブル役満2回で逆転できる。

親は俺だ。
賽を振るのは俺だから目も狙った目が出せる。

警戒するコフィーが何を仕掛けてくるか分からない。
ここは速攻で決める。

まずは、賽の目に3を出しコフィーの積み込みを潰す。
そうして、配牌をツバメ返す。
後はゴトーが捨てた牌を、瞬時に俺のロン牌にすり替える。
それ自体は人和で倍満止まりだが、手役は四暗刻単騎。
これで、ゴトーからダブル役満直撃──。
──のはずだったのだが、手役は三暗刻で役満ではなかった。



やられた。
これはコフィーの仕業だ。

コフィーは自ヤマが無くなった瞬間、自信の和了を諦め俺の点数を低くする事に全力を注いだ。
俺の手牌を三牌のみすり替え役満を阻止しに来たのだ。
その結果がこの人和。

即座に和了アガらず、手役を役満に育ててから和了る選択肢も俺にはある。
だが、それは俺の矜持が許さない。
コフィーの技に賞賛を送る意味でもここは──


「ロン」
「あ゛あ゛あ゛ーーー」
「…………24,300点」


コフィーにしてやられた感が強いが親の倍満人和で和了る。
ゴトーは最早何を言っているか分からない泣き声をあげる。
コフィーはうっすらと笑みを浮かべていた。

さっきもそうだが、コフィーの雀力は俺が思っているより遙かに高くなっている。
面白い。
本当に面白い。

ずっと高いレベルで打ちたいと思っていたが、まさかこんな身近に居たなんて。
この勝負が終わったら、改めてコフィーとは卓を囲みたいものだ。
勿論、ヒラで。

おっと。
それよりも今はゴトーから回収するのが先だ。

ヒラでコフィーと対戦するのも楽しみだが、技を凌ぎ合うのもいい。
本来、技を凌ぎ合い、点棒を奪い合うのはその相手となるのが常だが、今回は第三者であるゴトーがターゲットだ。
本来のように、直接対戦相手から点棒を奪うよりも難易度は高い。
だから、より高度な技が必要となるのだが、今回は少々事情が異なる。

技を凌ぎ合い、その相手から直接点棒を奪うとなるとその相手も対応してくる。
そうなると必然的に大技は出来なくなり、打点も低くなりがちだ。

その点、今回は点棒を奪うのはゴトーからのみ。
その対応の心配をする必要がないから、ダブル役満なんかがバンバン出る。
対応する技量が欠けているどころか、その技を見抜く事さえ出来ないゴトーからならばそれは容易だからだ。
さっきのように、俺かコフィーがお互いに干渉してこなければ、との条件が付くがな。


親が俺で、賽の目を自在に出せる以上、コフィーのブッコ抜きは勿論、ツバメ返しも封じられる。
アドバンテージは俺にある。
さらに、ほぼ全ての牌の在りかを把握しているから俺の優位は揺るがない。

いつもなら、こんなに早い段階でこれほどの数の牌の在りかは把握できない。
それが今回できたのは、サトシのおかげだ。

本来であれば、他人が和了すれば自分の手牌を倒し晒す必要はない。
それを、サトシは全て晒していた。
それも、自分の手牌だけではなく、項垂れているゴトーの手牌までシレッと倒し晒していた。

これには、さすがに笑いを堪えられず、誤魔化す為に激しく咳き込んでしまった。
コフィーに至っては「失礼!」と言って、席を外してしまったぐらいだ。

全く。
俺達を笑わせてどうする。
俺達が繋がっているとバレてしまうぞ。
とにかく、さっきの件も含めて後でサトシにタップリ文句を言ってやる。


俺の親の連荘で始まった南3局二本場。
コフィーとの点差は148,700点
トリプル役満を和了すれば差はほぼなくなる。
ならば、迷う事なく。


「ロン。 144,600点 」
「もう勘弁してくれー!!」


和了った役は大三元四暗刻単騎。

今回は、ゴトーは少し抵抗してみせた。
俺がすり替えた牌を即座に捨てず3順耐えた。
いや、耐えたと言うより完全にオリたようだったのだが、ゴトーが安全牌だと思って打牌しようとした牌を触れる直前にロン牌にすり替えてやった。

さすがのコフィーもこの技には目を丸くしていた。
コフィーに教えてもいなければ見せてもいないからな。

この技はスピードは勿論だが、打牌を行う者が盲牌をしないと言う条件がつく。
視覚的に選択した牌をすり替えても、指の感覚はどうにもできないからだ。

盲牌で視覚的に選んだ牌と違うと分かれば、その牌は打ってこない。
だから、使えるのは対技師のみ。
それも、ゴトーのようにレベルが低い相手に限られる。
俺が言うのもおかしな事だが、この技はかなり強引だから仕掛けられた側の者がそれなりのレベルの打ち手であれば違和感は残りその牌は打ってこない。
だから、技の難易度の割にはレベルが低い相手にしか使えないと言うなんとももどかしい技だ。
まぁ、捨て牌を盲牌するなんて酔狂なヤツはいないだろうがな。

この和了でコフィーとの差は2,200点まで縮まった。
コフィーも完全に本気になったようだ。

その証拠に、またもコフィーの積んだヤマから配牌を取るために賽を振ったのだが、ごく自然な感じでコフィーは卓を下から膝で蹴り上げた。
不快を全く感じない程度に。

不快は感じないが賽の目を変えるには十分だった。
おかげで俺が狙った目は崩れ、しかも俺が積んだヤマの大半が配牌で無くなる目が出てしまった。

コフィーは力業まで使い、なりふり構わず勝ちにきている。
その証拠に。


「ロン」
「ひぃぃぃーーーー」
「…………」


ロンの声にまともな判断が出来なくなったゴトーが悲鳴をあげるが、コフィーの目は俺に向いている。


「三本場で1,900点」


コフィーに振り込んだのはゴトーではなく俺。
これは、さっきの意趣返しと言った所か。
俺はニヤリと口元を緩めコフィーに点棒を渡す。

何度も言うが本当に面白い。
俺は、ずっとこんな麻雀が打ちたかったんだ。

これで、俺とコフィーの差は4,100点に広がった。
広がったが満貫で逆転できる点差だ。

次がオーラスか。
ならば。

ここで、俺は周辺の牌を全て伏せて全方向に散らした。
この局は技を使わないとの意思表示だ。

こんなレベルで打てるのは記憶にない。
ならヒラでやって打ってみたいと思ったのだ。

ゴトーはもうダメだ。
とても、残り半荘4回なんて打てないだろう。
だから、この局が最後になる。
それならば、ヒラで勝負したいと願ったのだ。

チラリとコフィーを見るとニコリと微笑んで、俺同様牌を伏せて全方向に散らしている。
了承した合図だ。


ゴトーの親でオーラスが始まる。
さすがにヒラだとこれまでのように早い和了はない。
牌を把握している俺が有利に見えるが、俺には手役を満貫以上に仕上げなければならない縛りがある。
対するコフィーにそう言った縛りはないからスピードを重視するだろう。
状況は五分と言った所か。

配牌は良くもなければ悪くもない。
コフィーの方を見ると、ゴトーと俺達がガン付けした牌が多い。
見る限りでは、コフィーの配牌も俺と似たようなものだ。

だが、ガン付けをした牌が多くあるのだから、コフィーの手の内はよく分かる。
これは、運が俺に味方したようだ。

その証拠に、この半荘で初めて後半までもつれた局で声を発したのは。


「ロン」


俺だった。
ゴトーからの直撃で。


「満貫。 8,000点!」
「ヒッ、ヒィィィィーーーーー」


キッチリ満貫。
逆転だ。

コフィーは肩を落とし大きくため息をついたが笑顔だ。
俺も、高いレベルで麻雀が打てて満足している。
だが、そんな満足感を壊す発言をした者がいた。


「あっと、すまない」


その声の主はサトシだった。
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