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第45話 ゴトー

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「あまり多用はしないで下さいよ。 後は自己責任でお願いします」
「分かった」


チリエージアバーでハデに出しているヤツがいたので問い詰めた。
チリエージアバーは新内規機と言う事で、旧内規機のようにハデに出る事はまずない。
だが、コイツは新内規機とは思えない程出していた。
これは何かあると、半ば脅しに近い形で聞いてみると攻略法があると言う。
そんなつもりはさらさら無かったけど、暴力をチラつかせるとその攻略法を話だした。

聞けばなんとも簡単な手順の攻略法だった。
そのあまりにも簡単な手順に半信半疑でもあった。

さらに、この攻略法は凄く疲れると言う。
教えてくれたヤツは合理的な方法を教えてくれたが、怯えていたからなのかその説明はよく分からなかった。
変則押しがどうのこうの言っていたようだけど、面倒そうなので話を途中で止めた。

その疲れを解消する方法はないものかと頭を捻らせた所、一つの案が浮かんだ。
盤面に穴を開けて針のような物でリールを止めてやれば良いのでは?と。

この攻略法はリールと盤面が異様に近いから可能となった攻略法。
だから、針のような物も短くて済むから掌の中に十分隠せる。

問題は大きすぎる穴を開けるとギルドにバレる事。
そうなれば、俺は調べを受ける事になる。
それは避けなければならない。

顔は整形したし、運転免許証もパスポートも偽造した。
おかげで、ByteCoinで騙し取った金は随分と減った。

海外逃亡する予定だったが、思ったより金が掛かり、逃亡資金が足りなくなった。
足りなくなった資金の埋め合わせをしようと、この国のギャンブルの聖地とも言われるスポーツギルドがあるこの地に訪れた。

だが、所詮はギャンブル。
胴元が儲けるようにできているから稼ぐどころか減る一方。
そんな中で、チリエージアバーの攻略法を聞いたのだ。
それに掛けるしかなかった。

しかし、いざ盤面押しを始めたらその疲労度は想像以上だった。
これでは割に合わなさすぎると悩んでいた所、先に述べた穴を開ける方法を思いついた。
すぐさま必要な道具を買いに走り、再びチリエージアバーに座る。

周りを確認し、道具を取り出し盤面に穴を開ける。
目立たないように出来るだけ小さい穴をと注意を払う。

開いた穴に針を突っ込む。
狙った図柄に針を刺して止めると同時にストップボタンを押すと狙い通りに止まった。
それを全てのリールで行うのだが連続では行わない。
さすがに、穴を開けている所を見られれば、弁償しろと言われるだろう。

このギルドはギャンブルの聖地にあるからなのか客は多くスタッフも多い。
そのスタッフは各シマの端で様子を見、時折シマの中を徘徊している。
客はともかくスタッフに見られるのはマズい。

慎重にスタッフの様子を窺っていると、一人の男と目が合った。
服装からするとスタッフではない。

その男は手に箱のような物を持っていた。
タバコか?
だが、タバコにしては薄いような…………
まぁ、スタッフでなければ気にする必要はないか。

男はその手元を見るように目をそらす。
その時、シマの様子を見ていたスタッフがその場を外した。
チャンスとばかりに次の穴を開ける。
同じようにスタッフが外した所を狙い最後の穴を開けた。

これで、いつでも自由自在にビッグボーナスをスタートさせる事ができる。
逃亡資金、いや、あわよくば潜伏中の金もこの攻略法で稼ぎたい。

今は新内規機の設置は多くはないが、これからは間違いなく新内規機のみの時代がやってくる。
だから、チリエージアバーの設置も増えるだろう。
稼げる場が増えるのは良いがそれは先の話だし、その頃には対策されているかも知れない。
だから、今は限りあるチリエージアバー設置ギルドで稼げるだけ稼ぐ。

ここは客が多いのが幸いし、目立ちにくい。
木を隠すなら森の中と言う通り、人を隠すなら人が多いこの地が向いているだろう。
手配書に俺の顔写真も載っているが、整形し顔を変えた今、手配書の写真が俺だと気づく者はいないはず。
暫くはこの地のギルドで打ち続ける。





「よお、調子良さそうだな」


この日も順調に稼いでいると、隣に座っていた男が声を掛けてきた。
突然の声掛けにビクッとしたが、チラリとその男を見ただけで打ち続ける。
一枚でも多くのメダルを出さないといけないからな。


「見て欲しい物があるんだがちょっといいか?」


隣の男は俺にそう告げる。
見て欲しい物?
そんな事より今はこっちパチスロだ。
邪魔をしないでくれ。
そう思っていると、男はため息交じりに言う。


「盤面押しに関する事なんだが、このギルドに言う前にお前に声を掛けようと思ってな」


なんだって。
この男、盤面押しを知っているのか。

盤面押しを聞いてから、広まっていないか軽く調べた。
広まっていれば、対策がされているかもと考えたからだ。

調べた所、広まっている様子はなくギルドも対策している気配もなかった。
だから、盤面押しを知っているのはごく一部の者に限られる。

この男、盤面押しは不正行為だとでも言いたいのか。
でも、この攻略法は。


「盤面押しは正当な攻略法だ」


そう言うと男も同意見だと言う。
だが、機械を壊せば壊した者に責任がありその所有権はギルドにあると言う。
壊れる可能性のある打ち方をしていればギルドも黙ってはいないとも言った。

それは俺にも分かる。
だから、スタッフの目を盗んでこれまで攻略法を使っていた。
しかし、この男は俺が攻略法を使っている事をはギルドに告げないと言う。

この男の目的は一体なんだ?
見せたい物があるらしいからそれを見ればその目的が分かるか。
手を止め、体を男の方に向けて聞いた。


「見て欲しい物って?」


男は、なら外でと顔を向ける。
この場では見せられないのか。
益々コイツの目的が分からない。

外へ出ると男は家庭用のビデオカメラを取り出した。
そのビデオカメラの小さな画面を俺に向け映像を流す。
そこには盤面押しをしている人の姿が映っていた。


「見ての通り君が盤面押しをしている所だ。 ここに映っているのは君で間違いないか?」


少し離れた所から撮っていたらしいが、ハッキリと俺だと分かる人間が盤面押しをしている所が映っている。
しかし。


「ああ、俺だな。 だけど、さっきも言ったが盤面押しは正当な攻略法だ」
「そうだな。 盤面押しならな」


男がそう言うと、画面は俺の手元がズームになる。
さっきまでと違い、近い場所で撮ったのかより鮮明に映っていた。

盤面に穴を開けるシーンが。


「こっ、これは!?」
「見ての通り盤面に穴を開けているな。 さすがにこれは正当な攻略法とは言えないだろう。 ギルドも見逃さないはずだ」
「お、俺は今日、穴なんて開けていない」
はな。 ここに映っている人物は君だと、さっき君自身が証言している。 さて、この動画をギルドに見せれば器物損壊で君は訴えられるだろう」
「ギルドに告げるつもりはないとさっき……」
「それは、盤面押しに関してのみだ。 穴を開けてしまったら正当な攻略法ではなくゴト行為になる」


クッ。
男の言う通り、俺自身が俺だと証言している。
このテープはなんとしてでも処分しなければ。


「証拠がなければ俺は無実だ、そのテープをよこせ!」


しまった。
つい焦って口走ってしまったが、これだと俺がゴトを認めたも同然じゃないか。
誤魔化そうと凄みを利かせて睨みつけるが、男は動じないどころかうっすら笑みを浮かべているように見えた。


「タダでよこせと?」


コ、コイツの狙いは金だったのか。
金で解決出来るなら、今はチリエージアバーで稼げるが問題は値段だ。


「チッ、それが狙いか。 いくらだ」
「先に言っておくが、同じ動画を録画したテープが後4本ある。 このテープを入れて計5本だ」


チッ。
5本だと。
男は残り4本はこの場にないと言い、1時間後に連絡がなければ警察とギルドにそのテープを持って駆け込めと指示していると言う。

サーっと、血の気が引く。
この男、きちんと計画を立てている。
その計画もどこまで立てているか全く読めない。
ヘタに脅して奪うのは避けた方がよさそうだが、金か。


「…………いくらだ?」


随分減りはしたが金はまだ二千万エソ程ある。
あるにはあるが、この金は逃亡とその後の潜伏用の資金だ。
その資金も俺の見積もりでは全く足りない。
だからこれ以上は減らしたくない。
せっかく攻略法で資金を稼ぐ目処がたったのだから。


「1本二百万エソ。 5本で一千万エソだ」
「なっ!」


男が提示してきた額に絶句する。
ふざけるなと猛抗議すれば、男は俺の後の人生が掛かったテープだからこれでも安い方だと言う。
そして、その後に続いた言葉に背筋が凍る。


「たんまり儲けたんだろ? 例えばByteCoinとかで」
「何!?」


コイツ。
まさか騙し取った事を知っているのか。
なら、コイツは警官?

いや、コイツの目的は金だ。
それは間違いない。
警官なら有無を言わず俺を拘束し、後でじっくり取り調べれば済む事だ。
わざわざ、テープを買い取れとは言わないはず。

そう言えば、一時間後にコイツが戻らなければギルドと警察に駆け込めと指示しているとコイツ自身が言っている。
なら、コイツはギルド、警察、共に関係がなさそうな感じだ。

疑いの目で睨みつけると、男は知り合いに投資で大儲けした人物が居たから例えばの話だと言う。
でも、当の本人は情報を得るのが不得手で稼ぎ損ねたと顔を顰めて言った。

反面、俺はそういった情報を得るのは得意そうだと続ける。
理由は盤面押しをしているからだと。

男はハッキリと言わなかったが、どの攻略誌にも載っていない攻略法を知っているのは、それだけ情報収集力に長けているって事だ。
実際は偶然使っていたヤツを見かけて、半ば脅して得た物なのだがコイツは勘違いしている。
なら、この勘違いを利用して俺が手配書に載っている人物ではないと思わせる。
顔は整形したから大丈夫だが、念には念を入れる。


「ああ、アンタの言う通り多少は儲けたがそこまで稼げていない。 だから一千万エソなんてとても払えない」


ByteCoinへので儲けたと思わせる台詞と共に、一千万エソは高すぎるから値下げしろと暗に伝える。
ハッキリ値下げしろと言わないのは、コイツが何者か分からないからだ。

ギルドと警察とも無関係。
ならば、こう言った表には出せない事を生業にしている輩か。
その可能性が高いが問題はコイツの背後だ。
コイツが単独で動いているだけのチンピラなら問題ないが、背後に組織があれば面倒だ。
ここは、出来るだけ穏便に済ませたい。

金を払うのが最も穏便に済む方法だけどその金が問題だ。
払えない事はないが、そうすれば逃亡&潜伏資金が大幅に減る。
それは避けたい。
攻略法で稼げるとはいっても、さすがにそれだけの額を稼ぐのは無理だ。
時間を掛ければ可能だろうが、俺は一刻も早く海外へ逃亡したいからな。

警戒を込めて睨んでいると、男は提案をしてきた。
麻雀で勝負してくれないかと。
それのどこが提案だと尋ねると、男は麻雀に目がなく、半荘一回につきテープを一本渡すと言う。
そして、視線を俺の手元に落とし麻雀を打てるだろ?とも言った。

打てるどころか、麻雀は得意だ。
勝てば金は貰うが負ければキッチリ払うとの言葉に俺は張っていた気が緩んだ。

麻雀に目がないからと、打つ人員を確保する為だけに大金をドブに捨てようとしている。
どうやら、背後に組織と言うのは考えすぎで、ただの麻雀ジャンキーのようだ。



「いいだろう」


得意も得意、麻雀は大得意だ。
このギャンブルの聖地に来てから、麻雀ギルドを探したが終ぞ見つける事は出来なかった。
仕方なしに他のギャンブルに手を出したが資金は減る一方。
しかし、ここに来て運が巡ってきたようだ。

盤面押しに麻雀。
稼ぎのタネが次々と現れた。
ここは、この波に乗る。

抜けた肩の力が口の緩みを誘うが必死に耐える。
すると、男は名乗った上で俺の名前を聞いてきた。

話題を変えてくれて安堵したものの名前か。
当然だが本名は名乗らない。
ここは偽名を。


「ゴトーだ」


そう名乗ると男は宜しくと言う。
俺も適当に相槌を打つ。

すぐに勝負するかと問えば、三日後でと返事が返ってきた。
今、手元にテープがないからだと。
それもそうだな。

金になる元を、交渉相手の目の前には持ってくるはずがない。
そこで奪われれば元も子もないからな。

三日という期間が気になるが、まぁ、いい。
その期間にダビングしてきたとしても、その場合は半荘の数を増やせばいいだけ。
増やせば増やす程、俺は稼げるから願ってもない事だ。

三日間の間に映像を外部に流出される事も考えられたが、そんな事をすれば俺が勝負をしないとコイツは考えるだろうからそんな事はないはずだ。
だが、念を押すと男は勿論だともと言った。
なら、これで交渉成立だ。

三日後の午前九時にこの場で待ち合わせでどうだとの言葉に頷くと、俺は振り返りP・Pギルドへと歩を向ける。
男も反対方向へ歩いていった気配を感じる。
歩みを止め、振り返ると男の背中が見えた。
その背中に口角が上がるのを止められない。
俺は、これまで麻雀で負けた事はないのだから。




※盤面押しは厳密にはゴト行為です
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