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第44話 交渉

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~ 翌日 ~


「待たせたか?」
「いえ、大丈夫です」
「で、ヤツは?」
「はい、今日もそこのP・Pギルドです」
「そうか、確認してくる。 どこで打っている?」
「チリエージアバーです」
「分かった、ちょっと待っていてくれ」
「はい」


俺は目の前のP・Pギルドに入る。
チリエージアバーのシマに入るとヤツの姿を確認し、すぐさまギルドを出る。


「確認した。 今日の分だ」


俺は会話した男に一万エソ札を六枚渡す。


「じゃぁ、引き続きよろしく頼む」
「任せて下さい」


男は軽く会釈して後ろに居る二人の所へ行った。


「彼等は?」
「ヤツを監視する為に雇った」
「雇った?」
「ああ、昨日お前にビデオカメラを取りに行ってもらっている間にな」


逃げられる可能性もあるから監視は必要になる。
しかし、俺が一日中監視するのは無理だ。
夜は酒を堪能し、ゆっくり寝たいからな。

だから、交代要員が必要になるのだが、P・Pギルドで適当に声を掛けた。
それがさっきの男だ。

報酬は一日一万エソでどうだと問うと、難色を示した。
なら、「二万でどうだ?その代わり一日中になると思うが」と言うと「そんなに!?」と、喜んで引き受けてくれた。
一人では大変だろうと、男にもう一人か二人心当たりがないかと尋ねると友人二人に声を掛けると言った。

ちなみに、ある人物の所在を確認するだけで怪しい事ではないし、俺が必要な時にその人物の所在が確認さえできれば好きにしていいと告げている。
男は疑わし気な目を向けたが、全員の個人情報の開示も一切必要ないと言えば、男は怪しい事ではないと判断したのだろう。
俺の両手を握りしめブンブン振り回した。

握手にしてはちょっと、いや、かなり痛かったぞ。
マシュウには黙っておこう。


「彼等が仕事をしない事も考えられたのでは?」
「それはそれで仕方がない。 俺が確認して初めて報酬を渡す形にしたから俺に金銭的損失はないからな」


そう説明すると、マシュウは「さすがです」と微笑む。
その微笑みが少し不安にさせる。
なぜなら、ここからは別行動となるからだ。


「マシュウ、ここからは別行動だ」
「!!!!!なぜですか!?」


微笑みが険しい顔になり詰め寄ってくる。
無理もないだろう。
マシュウは自身が所属する組織のイメージポスターに堂々と素顔を晒している。
ヤツも当然そのポスターを見ているはずだ。

そんな人物が俺の隣に居ればヤツはどう思うか。
俺の事をマシュウと同じ組織に属する人間だと思う事は間違いない。

そうなれば、麻雀の場に立たせる事が出来ない所か、交渉すら出来ない恐れもある。
だから、俺とマシュウが繋がっているとは思わせられない。
そう説明すると、マシュウは「分かりました」と頷いた。

まぁ、マシュウはヤツに気づかれないように俺を護衛する事は簡単に出来るだろう。
マシュウはミヅノだ。
ミヅノは優秀な暗器使いだった。
武器を隠すのは当然だが、自身の存在を隠すのも優れていた。

尤も、これはマシュウがミヅノと同じスキルが使えると仮定しての話だ。
これまでの付き合いでは、暗器の存在を俺に気づかせなかったのか、それとも元々持っていないのかは不明だが身体能力はミヅノ並み。
いや、肉体が若い分ミヅノ以上か。

身体能力が高いからと言って隠密に向いているとは言えないが、重心の置き方や足の運びなどミヅノそのものだった。
なら、マシュウも。

現に俺に気づかれないように護衛を続けるのだろう。
素直に「分かりました」と言ったのがその証拠だ。


「よし、今この瞬間から別行動だ。 俺はヤツとコンタクトをとる」
「…………分かりました」
「ホテルに入る時間はずらしてくれよ。  言うまでもないとは思うが」


マシュウはバツが悪そうな顔をしていたが、すぐに笑みに変えた。
隠れて護衛をするのには問題なく、その隠密技術を信用していると俺が言ったも同然だと察したのだろう。
何も言わずマシュウは振り返り、街に溶けていった。




「よお、調子良さそうだな」


P・Pギルドへ入った俺はヤツに声を掛けた。
偶然にも隣が空き台だった為、座り様子を見ていたのだ。

ヤツの頭上にはメダルが詰まった箱が二つあった。
盤面押しを使った結果だ。

声を掛けられたヤツは少し驚いたようだが、軽く俺に目を向けただけで何もなかったように打ち出した。
そんな事はお構いなしに俺は続ける。


「見て欲しい物があるんだがちょっといいか?」


ヤツは胡乱な目を向けるがその手は止まらない。
話を聞くつもりはないのか。
俺は軽くため息をつく。


「盤面押しに関する事なんだが、このギルドに言う前にお前に声を掛けようと思ってな」


そう言うと、ヤツは一瞬その手を止めたが、打ち続けながら返事をする。


「盤面押しは正当な攻略法だ」
「俺もそう思う。 だが、機械を壊せばその責任は壊した者にあるんじゃないか?」
「壊れればな」
「遊技台は設置しているギルドの所有物だ、打っている人間個人の物じゃない」
「そうだな」
「だから、その遊技台が壊れる可能性がある打ち方していればギルドも黙ってはいないだろう。 だが、俺はお前が盤面押しをしている事をギルドに告げるつもりはない」


ここで初めてヤツはその手を完全に止めた。


「見て欲しい物って?」
「ここではなんだから外へでも行くか」


俺は顎を外へ向ける。
ヤツは何も言わず立ち上がった。

外に出た所で俺はビデオカメラを出す。
画面をヤツに向けて動画を流す。
そこには盤面押しをしているヤツの姿が映っていた。
画像は粗いがヤツが行っている行為は十分に分かる。


「見ての通り君が盤面押しをしている所だ。 ここに映っているのは君で間違いないか?」
「ああ、俺だな。 しかし、さっきも言ったが盤面押しは正当な攻略法だ」
「そうだな。 盤面押しならな」


動画が続くと手元がズームになる。
そこには、盤面に穴を開けているシーンが写し出されている。


「こっ、これは!?」
「見ての通り盤面に穴を開けているな。 さすがにこれは正当な攻略法とは言えないだろう。 ギルドも見逃さないはずだ」
「お、俺は今日、穴なんて開けていない」
はな。 ここに映っている人物は君だと、さっき君自身が証言している。 さて、この動画をギルドに見せれば器物損壊で君は訴えられるだろう」
「ギルドに告げるつもりはないとさっき……」
「それは、盤面押しに関してのみだ。 穴を開けてしまったら正当な攻略法ではなくゴト行為になる」


盤面押しも人によってはゴト行為と捉えられるかも知れないが、盤面に穴を開けるのは誰が見ても不正行為だ。

ヤツは俺を睨みつける。
青くなるかと思えば以外な反応だ。
気が強いのか。


「証拠がなければ俺は無実だ、そのテープをよこせ!」


掛かった。


「タダでよこせと?」
「チッ、それが狙いか。 いくらだ」
「先に言っておくが、同じ動画を録画したテープが後4本ある。 このテープを入れて計5本だ」


男はさらに舌打ちをする。


「残り4本は当然この場にない。 およそ1時間後に俺の指示がなければギルドと警察にそのテープを持って駆け込めと言ってある」


ここで初めてヤツの顔が青ざめた。


「…………いくらだ?」


絞り出すような声でヤツは問う。


「1本二百万エソ。 5本で一千万エソだ」
「なっ!」


ヤツが絶句する。
それはそうだろう。
いくらなんでも高すぎると俺も思う。

だが、ヤツはByteCoinで億と言う金をだまし取った。
顔の整形や逃亡費用で削られていたとしても、十分払える額だろう。


「ふざけてんのか!? 高すぎる!」
「高すぎる? どうやら価値が分かっていないようだな。 このテープは君の今後の人生が掛かっているんだぞ、妥当な、いや、むしろ安い価格だと思うが」
「クッ」


器物損壊罪で有罪になるのと一千万エソを天秤に掛けたとすれば、俺なら一千万エソを払う方を迷わず選択する。
金は稼げば取り戻せるが、有罪は消せない。
まして、ヤツはByteCoinで金をだまし取って手配中だ。
器物損壊罪で逮捕され、余罪を調べられればそちらの罪にも問われる。
だから、金を払う方を選ぶと読んだのだが果たして。
ここは少し煽ってみるか。


「たんまり儲けたんだろ? 例えばByteCoinとかで」
「何!?」


ヤツは目つきを変えて俺を睨む。
この反応を見ると、やはりコイツは手配書の男のようだ。

あまり煽って逃げられても面倒だ。
少しフォローを入れるか。


「例えばの話だ。 知り合いに株式投資で大儲けした人物がいてな、君も投資で儲けた一人じゃないかと。 ByteCoinは大々的に宣伝していたからチャンスだと思ったが俺は稼ぎ損ねたからな」
「そっ、そうか、それは残念だったな」
「ああ、俺は情報を得るのが苦手でな。 逆に君は得意そうだろ? 盤面押しをしているぐらいだから」


盤面押しはどの攻略誌にも載っていない。
だから、方法を知っているのは情報収集力が高い人間と言う事になる。
そんな情報収集力が高い人間は、ByteCoinの情報も持っていて最適な売り時を高確率で予想できる。
そんな意味を込めて言ったのだが、分かってくれるかどうか。


「ああ、アンタの言う通り多少は儲けたがそこまで稼げていない。 だから一千万エソなんてとても払えない」


どうやら通じたようだ。
しかも、うまく金を払う方向へと誘導できた。
とは言え、俺を警戒している事には変わらない様子だ。


「なら、一つ提案があるのだが」
「提案?」
「麻雀で勝負してくれないか?」
「麻雀で?」
「こう見えて麻雀には自信があって目がないんだ」
「それのどこが提案なんだ?」
「半荘一回付き合ってくれたらテープを一本渡す、だから五回で全部渡す事になるな。 一本二百万のテープだ、レートはそれなりになる。 おっと万が一俺が負ければきちんと金は払うしもちろん勝てばキッチリ頂く。 打てるんだろう?麻雀」


俺はヤツの指に目を向ける。
ヤツはフッと緊張が解けたように肩の力を抜いた。


「いいだろう」


ヨシッ。
ヤツを場に立たせる事は出来た。
俺の役目はこれでほぼ終わった。
後はタケシ達の出番だ。


「名を聞いても? 俺はムコウマルだ」
「……ゴトーだ」
「ゴトー君か、宜しくな」
「ああ、宜しく」


手配書とは違う名をヤツは名乗った。
手配書に載っている名をそのまま名乗る訳はないと思ったが案の定だった。
まぁ、偽名だろうな。


「それでいつ勝負する? 今からか?」
「いや、今手元にはこのテープ一本しか持ってきていない。 三日後でどうだ」
「その間にテープをダビングするつもりか?」
「そんな事はしないさ。 信用……は無理か」
「まぁいい、その場合は半荘の数を増やせばいいだけだからな」


三日後の午前九時にこの場で待ち合わせはどうだと言えばゴトーは頷く。
くれぐれもそれまでテープの流出はするなと念押ししてきたゴトーに、勿論だともと返事をすると、ゴトーはP・Pギルドへ戻って行った。



*****


ミヅノはムコウマルだけには暗器を全て晒していました。
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