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第42話 麻雀②
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結局、女の親の連荘はヤマを全て崩しての最初から仕切り直しとなった。
証拠がない以上、例の二人はこれからも卓下での牌の交換を頻繁にするだろう。
するなら、好きなだけすればいい。
只、そっちがその気ならこっちもその気になるまでだ。
だが、下家の女が気になる。
正直、男二人は眼中にない。
女も二人の行いは気付いているはずだ。
この女が動かないとは考えづらい。
しかし、そんな俺の警戒とは裏腹に女は動こうとしない。
ならばと俺は、洗牌時に俺の周りの有効牌を全て表向きにし、手元に引き入れた。
技師同士が同じ卓を囲む際、誰が決めたのか独特のサインがある。
それは、牌を全て裏向きにし、自分の周りの牌を方々へ散らす行為だ。
これは、自分は技を使わないとの意思表示。
それを受けた者が同じ行為を行う事で、お互い技は使わないとの暗黙の了解となる。
今回はそれと逆の事を行った。
俺は技を使うと。
女は一瞬目を見開いたが、すぐに表情を戻し意思表示を返してきた。
それは、牌を伏せ自分から遠ざける行為。
技は使わないとの意思表示だ。
だが、伏せた牌を向けるのは俺の方向に対してのみ。
例の二人には牌を表向けていた。
これは、俺に対して技は使わないが、他の二人には使うと言う事なのか。
それとも、技はお任せします、私はおとなしくしていますからと言う事なのかどちらともとれる。
どちらにせよ、俺に対しては技を使ってこないようだ。
ならば、俺も女に対しては技を使わない。
その意思を込めて、女の方へ散らした牌を裏返しシャッフルした。
女は良く見なければわかないぐらいに軽く顎を引いた。
「ロン! 満貫で8000点だ」
そう言って上家の男が牌を倒す。
振り込んだのは俺。
だが───
「それはないだろう、自分が捨てた牌ではロンアガリはできない」
「何!?」
「チョンボだな」
「そっ、そんなはずは──」
上家の男がロンと言った瞬間、俺が上家の河の牌をすり替えた。
ロン牌と同じ牌を。
フリテンアガリを認めているギルドもあるが、それはツモのみ。
ロンアガリでは認めないのが麻雀の一般的なルールだ。
「このギルドでの誤ロンの罰則は?」
「満貫罰符です」
ギルマスに尋ねると8000点の罰符とギルマスは答える。
上家の男は、親の女に4000点と、子である俺と対面の男に各々2000点払う事になる。
と、なれば。
「ハコテンだな。 この場合、ここのルールは?」
「ハコ下ありです」
「なら、このまま続行だな」
俺の問いに答えるギルマス。
ハコテンとは持ち点がゼロ、もしくはマイナスになる事を指す。
そして、ここのルールではハコ下ありなので、マイナスの点棒は借りとなり、親を各々二回終えるまで終了とはならない。
要するにプラスもマイナスも青天井だ。
まぁ、普通に打っていればかなりの雀力差があっても青天井なんて事にはならないし、俺もそこまでは望まない。
技を使うのだから、やろうと思えば永遠とヤツらの点棒を奪えるがそんな事はしない。
だが、時間の許す限りは奪う。
「ロン! 2000点の二本場で2600点」
アガッたのは俺。
振り込んだのはまたも上家の男。
技は使った。
と、言っても男二人が本当に技を見破れるかを確認する為、大技は使っていない。
だから、点数も低めだ。
そして、どうやら最初の見立て通りこの二人は技を見抜けるだけの雀力はないようだ。
ならば、そろそろ本気を出すか。
次局は対面の男の親。
ここで俺は技を使った。
しかし、この技はサイの目によっては効果がない。
だが、それは普通の技師での話だ。
俺の場合は全く当てはまらない。
対処法があるからだ。
対面の男がサイを振る。
出た目は6。
ならば、対処法を使うまでもない。
各々配牌を取り終わり、親である対面の男が第1打を切る。
「ロン! 32000点」
親の第一打でのアガリ。
役は地和で、手の形に限らず役満だ。
「ちょっと待て! イカサマだ!!」
対面の男が声を荒げ立ち上がる。
「イカサマ?」
「そうだ!」
「証拠は?」
「しょっ、証拠も何も地和なんて滅多にない」
「滅多にないって事は、稀にはあるのだろ?」
「そっ、それは」
「その稀がたまたま今になっただけだ」
「………………」
「証拠が必要と言ったのはお前らじゃなかったか?」
「チッ」
男は舌打ちし、諦めたのか座りなおす。
ツバメ返し。
それが今使った技の名前。
自分のヤマに積んだ13牌と、配牌で持ってきた13牌をまるごと入れ替える技だ。
ヤマにはテンパイになるように予め積み込んである。
ツバメ返しを行った後は、ロン牌が不要牌になるように対面の男の1牌をすり替えてやった。
ここは少々賭けになるのだが、対面の男の雀力からすれば俺がすり替えた牌を打ってくる可能性が高いと踏んだ。
結果、俺は賭けに勝ち目論見通りに事は運んだ。
これで、対面の男もハコテンとなった。
その後は女が一度満貫をアガリ、迎えた俺の親番では技を使いアガリ続けた。
その間、女は何もしてこないし声も出さない。
本来なら、親番を各々二回終えるまで終了しないのだが、二人の男が泣いて俺に訴えてくる。
もうヤメさせてくれと。
俺は、チラリとギルマスを見る。
ここのルールを俺が勝手に変える訳にはいかないからな。
その視線を感じ取ったのか、二人はお願いしますから勘弁して下さいとギルマスに土下座をする。
ギルマスは女に視線を向けた後、軽く俺の肩に手を置いた。
「もう、勘弁してやってくれないか?」
ギルマスが俺に言う。
「ギルマスがそう言うなら……。 ここで清算するか」
ここのレートはデカピン。
1000点で1000エソとなる。
今回、二人の合計点数はマイナス20万点。
3万点返しなので、負債は合計26万エソとなる。
ほぼ同額の負債になるように、俺が調整した結果だ。
二人の所持金を確認した所、全く足りないようだった。
ギルマスにこの場合はどうなるのだと確認すると、とりあえずはギルドが立て替えるとの事。
二人にはキッチリ、借用書を書かせていた。
女は少しのプラスで終わった。
残りは全て俺の勝ち分。
わずか、一時間足らずの稼ぎだ。
本来ならこんな荒稼ぎはしない。
だが、俺にケンカを売ってきたのは向こうだ。
俺はそのケンカを買っただけ。
これで、このギルドは出禁になるな。
まぁ、仕方がない。
レートが高いのは魅力だが、腕を鈍らせないのは俺次第でなんとかできる。
それに、ここに来るのは少々遠く時間がかかり、客も少なく場が立たない事も多いから効率が良いとは言えない。
なら、レートは低くとも近場で数をこなす方が効率的か。
そんな事を考えていたら、ギルマスが言葉を発す。
「お前達は、今後ウチのギルドは出入り禁止だ」
だろうな。
俺は金を財布にしまい、ゲーム料金を卓上に置く。
ん?
達?
て、事は俺だけじゃないのか。
ならば、女──は違うか。
特に目立った事はしていないからな。
なら、残り二人のうちのどちらかそれとも両方。
この二人はコンビ打ちをしていたのは明らかなので、どちらか片方と言う事はあるまい。
それじゃぁ、二人共か。
俺は、たまにしかここに来ないが二人はこのギルドの常連のようだ。
そんな二人を出禁にしてこのギルドは大丈夫なのか?
しかし、責任者であるギルマスが決めた事だ。
俺がどうこう言う権利はない。
「分かった、偶にしか覗けなかったが楽しませてもらったよ。今までありがとう」
「いや、アンタはいいんだ」
俺は席を立とうとしたが、それを制したのはギルマスだった。
俺はいい?
どう言う事だ?
「お前達二人は今後出入り禁止だ。 金は後日こっちから回収に向かう」
「 「なっ! 出入り禁止!?」 」
「何を今さら。 お前達はよくウチに来ていたんだ、ウチの規約を知らない訳がない」
ギルマスは壁に貼られた規約の紙に目を向ける。
そこにはこう書かれていた。
① 他者のアガリに対する批判禁止
② 先ヅモや打牌の強打禁止
③ 対局中の伏せ牌禁止 リーチ後も同様
④ 観戦を行う場合は頻繁に移動せず、定位置で行って下さい
⑤ 清算時、残金が不足している場合は、以降当ギルドへの出入りを禁止させて頂きます
当ギルドはお預かり金システムも賜っておりますのでプレイの前にはご利用下さい
まさに、⑤の項目に当てはまる。
預かり金とは、予めギルド指定の物品を購入し、帰る時にはその物品を再度換金してもらうシステムだ。
今回のように、終了後に所持金が足らなくなった時の為の保険としての意味合いもある。
預かり金は強制ではなく任意なのだが、ほとんどの人間が利用している。
俺も例外ではない。
俺のみならず、麻雀に自信がある人間には不要なシステムだと思われるが、自信がある人間ほどこのシステムを積極的に利用している。
それは清算金の不足時の保険と言うより、ギルドからの信頼を得ると言う意味合いが大きい。
いくら麻雀で稼ぐ自信があっても、その稼ぐ場が無ければ稼ぐ事は出来ないからな。
なら、この二人は預かり金システムを利用していなかったのか。
コンビ打ちなら負ける事はないと踏んでいて、実際これまで勝ってきたのだろう。
その考えも二流以下だな。
二人は納得したのか、肩を落として出て行った。
「お疲れさん」
「私の出番は無かったわねぇ~」
ギルマスは女に茶を渡す。
なぜか俺の前にも茶が置かれた。
「それにしてもアンタ、バケモノだな」
「そうねぇ~。 伏せ牌なしでツバメ返しなんてとてもできないし、さらに親の第一打をロン牌とすり替えるなんてとんでもないわぁ~」
ギルマスと女は世間話でもするように和気あいあいと話す。
ちょっと待て、なんだこの雰囲気。
どういう事だ。
てか、バケモノって俺の事か?
……少し心外だ。
俺が混乱している様子が分かったのだろう。
ギルマスが苦笑いしながら言う。
「アイツら、よくウチに来るのだが、ルールを守らなくて困っていたんだ」
「アイツらってさっきの二人組か」
「そうだ。 それにルールを守らないだけではなくてな」
ギルマスが言うには、あの二人組は卓下での牌交換は頻繁に行っていて、それを他の客が注意しても「証拠は!」と声を荒げ、脅しに近い形でゴリ押ししていたらしい。
そんな事を繰り返すと、当然客からはクレームが来る。
当人達に言っても無駄だからとギルマスに。
ギルマスは卓下での牌交換は禁止だと伝えたのだが、ここでもやはり証拠はと突っかかってくる。
そこで、ギルマスは証拠を残そうとカメラを購入。
二人が対局中にカメラを構えたのだが、ギルマスが居る場所からでは死覚になり見えない。
ギルマスは見える場所へ移動したのだが、どうしても死覚は出来てしまいそこを利用された。
ならばと、ギルマスは別の場所へ移動しようとしたのだが、二人に痛い所を突かれた。
④の項目はギルマスが定めたのではないかと。
そう言われると、ギルマスは対局中に動く事はできない。
それからは、調子に乗ったのか①~③の注意事項も守ろうとしない。
いや、表向きは守っているのだが、ギルマスの目の届かない所で好き放題やっていたらしい。
それがどんどんエスカレートしていき、遂には毟り取った他の客に高利で金を貸していたと言うのだ。
そんな事をしていれば当然客は離れ、ギルドの経営が怪しくなってくる。
そんな時にギルマスが助けを求めたのが右側に座る女。
ギルマスが何とかならないかと、方々に声を掛けていたらこの女を紹介されたらしい。
筋書としては、女が二人の所持金を全て毟り取り、預かり金を利用していない事を理由に出入り禁止にさせるつもりだったと言う。
図らずも、俺がその役目をしたって事だな。
「だから、君の出番はなかったと」
「そうねぇ~、アナタが代わりにしてくれていたから私は様子を見ようかと。 でも私がやってればもうちょっと時間は掛かってたかもねぇ~」
そう言ってニコリと微笑む。
その顔にドキリとしてしまう。
だが次の瞬間、女は真剣な表情になりその美しい顔つきが俺をジッと見つめる。
ドキリがドキドキに代わる。
「アナタと真剣勝負をしてみたいわ。 平でね」
ドキドキがスーと引いていく。
ちょっとでもトキメいた俺がバカだった。
この女は一人の勝負師として敬意をもって接してくれている。
ならば、同じ勝負師としてそれに応えねばならない。
「いいだろう、望む所だ」
「私も二人どちらが強いか興味がある。 お相手願う」
「ギルマス?」
「心配しなくても、負け分はちゃんと支払う」
こうして、俺、女、ギルマスでの三麻が始まった。
もちろん平だ。
女は当然だが、ギルマスも相当なやり手なようだ。
その手つきを見ればわかる。
恐らく技も相当使いこなすだろう。
さすが、ギルドの長なだけはある。
負ければちゃんと支払うと言ったものの、負けるつもりはないようだ。
それから、半荘を5回重ねたがトップは全て俺。
だが、大きい勝ちは一度もなく全て僅差での勝利だった。
「結局一度も勝てなかったわねぇ~」
「ここまでとは…… 実力差がありすぎだな」
「そんな事はないだろう、全部僅差だったし。 俺の運がたまたま良かっただけだ。 次はどう転ぶか分からないよ」
「…………そう言う事にしておこうか」
「そうねぇ~。 悔しいけど」
二人は俺が謙遜したと捉えたようだがこれは本音だ。
こんな高いレベルで麻雀を打った記憶はない。
非常に充実し、そして楽しかった。
「私はワゴン。 コフィレ・ワゴンよ。 アナタの名前を聞いても?」
女が名乗り俺の名前を聞いてくる。
最初から感じていたが、彼女はこの国らしくない顔立ちだった。
だから名を聞いて納得した。
海外から来たのだと。
その割には言葉が流暢だな。
この国に来て長いのか。
だが、俺の名前か。
改めて名乗るのはなんだか恥ずかしいな。
しかし、彼女が名乗ってくれたのだ、俺が名乗らないのは失礼にあたる。
偽名でも……、と考えたのだがそれこそ失礼極まりない。
ここは本名を名乗るのが筋だ。
「俺はハバ。 ハバ・タケシだ」
証拠がない以上、例の二人はこれからも卓下での牌の交換を頻繁にするだろう。
するなら、好きなだけすればいい。
只、そっちがその気ならこっちもその気になるまでだ。
だが、下家の女が気になる。
正直、男二人は眼中にない。
女も二人の行いは気付いているはずだ。
この女が動かないとは考えづらい。
しかし、そんな俺の警戒とは裏腹に女は動こうとしない。
ならばと俺は、洗牌時に俺の周りの有効牌を全て表向きにし、手元に引き入れた。
技師同士が同じ卓を囲む際、誰が決めたのか独特のサインがある。
それは、牌を全て裏向きにし、自分の周りの牌を方々へ散らす行為だ。
これは、自分は技を使わないとの意思表示。
それを受けた者が同じ行為を行う事で、お互い技は使わないとの暗黙の了解となる。
今回はそれと逆の事を行った。
俺は技を使うと。
女は一瞬目を見開いたが、すぐに表情を戻し意思表示を返してきた。
それは、牌を伏せ自分から遠ざける行為。
技は使わないとの意思表示だ。
だが、伏せた牌を向けるのは俺の方向に対してのみ。
例の二人には牌を表向けていた。
これは、俺に対して技は使わないが、他の二人には使うと言う事なのか。
それとも、技はお任せします、私はおとなしくしていますからと言う事なのかどちらともとれる。
どちらにせよ、俺に対しては技を使ってこないようだ。
ならば、俺も女に対しては技を使わない。
その意思を込めて、女の方へ散らした牌を裏返しシャッフルした。
女は良く見なければわかないぐらいに軽く顎を引いた。
「ロン! 満貫で8000点だ」
そう言って上家の男が牌を倒す。
振り込んだのは俺。
だが───
「それはないだろう、自分が捨てた牌ではロンアガリはできない」
「何!?」
「チョンボだな」
「そっ、そんなはずは──」
上家の男がロンと言った瞬間、俺が上家の河の牌をすり替えた。
ロン牌と同じ牌を。
フリテンアガリを認めているギルドもあるが、それはツモのみ。
ロンアガリでは認めないのが麻雀の一般的なルールだ。
「このギルドでの誤ロンの罰則は?」
「満貫罰符です」
ギルマスに尋ねると8000点の罰符とギルマスは答える。
上家の男は、親の女に4000点と、子である俺と対面の男に各々2000点払う事になる。
と、なれば。
「ハコテンだな。 この場合、ここのルールは?」
「ハコ下ありです」
「なら、このまま続行だな」
俺の問いに答えるギルマス。
ハコテンとは持ち点がゼロ、もしくはマイナスになる事を指す。
そして、ここのルールではハコ下ありなので、マイナスの点棒は借りとなり、親を各々二回終えるまで終了とはならない。
要するにプラスもマイナスも青天井だ。
まぁ、普通に打っていればかなりの雀力差があっても青天井なんて事にはならないし、俺もそこまでは望まない。
技を使うのだから、やろうと思えば永遠とヤツらの点棒を奪えるがそんな事はしない。
だが、時間の許す限りは奪う。
「ロン! 2000点の二本場で2600点」
アガッたのは俺。
振り込んだのはまたも上家の男。
技は使った。
と、言っても男二人が本当に技を見破れるかを確認する為、大技は使っていない。
だから、点数も低めだ。
そして、どうやら最初の見立て通りこの二人は技を見抜けるだけの雀力はないようだ。
ならば、そろそろ本気を出すか。
次局は対面の男の親。
ここで俺は技を使った。
しかし、この技はサイの目によっては効果がない。
だが、それは普通の技師での話だ。
俺の場合は全く当てはまらない。
対処法があるからだ。
対面の男がサイを振る。
出た目は6。
ならば、対処法を使うまでもない。
各々配牌を取り終わり、親である対面の男が第1打を切る。
「ロン! 32000点」
親の第一打でのアガリ。
役は地和で、手の形に限らず役満だ。
「ちょっと待て! イカサマだ!!」
対面の男が声を荒げ立ち上がる。
「イカサマ?」
「そうだ!」
「証拠は?」
「しょっ、証拠も何も地和なんて滅多にない」
「滅多にないって事は、稀にはあるのだろ?」
「そっ、それは」
「その稀がたまたま今になっただけだ」
「………………」
「証拠が必要と言ったのはお前らじゃなかったか?」
「チッ」
男は舌打ちし、諦めたのか座りなおす。
ツバメ返し。
それが今使った技の名前。
自分のヤマに積んだ13牌と、配牌で持ってきた13牌をまるごと入れ替える技だ。
ヤマにはテンパイになるように予め積み込んである。
ツバメ返しを行った後は、ロン牌が不要牌になるように対面の男の1牌をすり替えてやった。
ここは少々賭けになるのだが、対面の男の雀力からすれば俺がすり替えた牌を打ってくる可能性が高いと踏んだ。
結果、俺は賭けに勝ち目論見通りに事は運んだ。
これで、対面の男もハコテンとなった。
その後は女が一度満貫をアガリ、迎えた俺の親番では技を使いアガリ続けた。
その間、女は何もしてこないし声も出さない。
本来なら、親番を各々二回終えるまで終了しないのだが、二人の男が泣いて俺に訴えてくる。
もうヤメさせてくれと。
俺は、チラリとギルマスを見る。
ここのルールを俺が勝手に変える訳にはいかないからな。
その視線を感じ取ったのか、二人はお願いしますから勘弁して下さいとギルマスに土下座をする。
ギルマスは女に視線を向けた後、軽く俺の肩に手を置いた。
「もう、勘弁してやってくれないか?」
ギルマスが俺に言う。
「ギルマスがそう言うなら……。 ここで清算するか」
ここのレートはデカピン。
1000点で1000エソとなる。
今回、二人の合計点数はマイナス20万点。
3万点返しなので、負債は合計26万エソとなる。
ほぼ同額の負債になるように、俺が調整した結果だ。
二人の所持金を確認した所、全く足りないようだった。
ギルマスにこの場合はどうなるのだと確認すると、とりあえずはギルドが立て替えるとの事。
二人にはキッチリ、借用書を書かせていた。
女は少しのプラスで終わった。
残りは全て俺の勝ち分。
わずか、一時間足らずの稼ぎだ。
本来ならこんな荒稼ぎはしない。
だが、俺にケンカを売ってきたのは向こうだ。
俺はそのケンカを買っただけ。
これで、このギルドは出禁になるな。
まぁ、仕方がない。
レートが高いのは魅力だが、腕を鈍らせないのは俺次第でなんとかできる。
それに、ここに来るのは少々遠く時間がかかり、客も少なく場が立たない事も多いから効率が良いとは言えない。
なら、レートは低くとも近場で数をこなす方が効率的か。
そんな事を考えていたら、ギルマスが言葉を発す。
「お前達は、今後ウチのギルドは出入り禁止だ」
だろうな。
俺は金を財布にしまい、ゲーム料金を卓上に置く。
ん?
達?
て、事は俺だけじゃないのか。
ならば、女──は違うか。
特に目立った事はしていないからな。
なら、残り二人のうちのどちらかそれとも両方。
この二人はコンビ打ちをしていたのは明らかなので、どちらか片方と言う事はあるまい。
それじゃぁ、二人共か。
俺は、たまにしかここに来ないが二人はこのギルドの常連のようだ。
そんな二人を出禁にしてこのギルドは大丈夫なのか?
しかし、責任者であるギルマスが決めた事だ。
俺がどうこう言う権利はない。
「分かった、偶にしか覗けなかったが楽しませてもらったよ。今までありがとう」
「いや、アンタはいいんだ」
俺は席を立とうとしたが、それを制したのはギルマスだった。
俺はいい?
どう言う事だ?
「お前達二人は今後出入り禁止だ。 金は後日こっちから回収に向かう」
「 「なっ! 出入り禁止!?」 」
「何を今さら。 お前達はよくウチに来ていたんだ、ウチの規約を知らない訳がない」
ギルマスは壁に貼られた規約の紙に目を向ける。
そこにはこう書かれていた。
① 他者のアガリに対する批判禁止
② 先ヅモや打牌の強打禁止
③ 対局中の伏せ牌禁止 リーチ後も同様
④ 観戦を行う場合は頻繁に移動せず、定位置で行って下さい
⑤ 清算時、残金が不足している場合は、以降当ギルドへの出入りを禁止させて頂きます
当ギルドはお預かり金システムも賜っておりますのでプレイの前にはご利用下さい
まさに、⑤の項目に当てはまる。
預かり金とは、予めギルド指定の物品を購入し、帰る時にはその物品を再度換金してもらうシステムだ。
今回のように、終了後に所持金が足らなくなった時の為の保険としての意味合いもある。
預かり金は強制ではなく任意なのだが、ほとんどの人間が利用している。
俺も例外ではない。
俺のみならず、麻雀に自信がある人間には不要なシステムだと思われるが、自信がある人間ほどこのシステムを積極的に利用している。
それは清算金の不足時の保険と言うより、ギルドからの信頼を得ると言う意味合いが大きい。
いくら麻雀で稼ぐ自信があっても、その稼ぐ場が無ければ稼ぐ事は出来ないからな。
なら、この二人は預かり金システムを利用していなかったのか。
コンビ打ちなら負ける事はないと踏んでいて、実際これまで勝ってきたのだろう。
その考えも二流以下だな。
二人は納得したのか、肩を落として出て行った。
「お疲れさん」
「私の出番は無かったわねぇ~」
ギルマスは女に茶を渡す。
なぜか俺の前にも茶が置かれた。
「それにしてもアンタ、バケモノだな」
「そうねぇ~。 伏せ牌なしでツバメ返しなんてとてもできないし、さらに親の第一打をロン牌とすり替えるなんてとんでもないわぁ~」
ギルマスと女は世間話でもするように和気あいあいと話す。
ちょっと待て、なんだこの雰囲気。
どういう事だ。
てか、バケモノって俺の事か?
……少し心外だ。
俺が混乱している様子が分かったのだろう。
ギルマスが苦笑いしながら言う。
「アイツら、よくウチに来るのだが、ルールを守らなくて困っていたんだ」
「アイツらってさっきの二人組か」
「そうだ。 それにルールを守らないだけではなくてな」
ギルマスが言うには、あの二人組は卓下での牌交換は頻繁に行っていて、それを他の客が注意しても「証拠は!」と声を荒げ、脅しに近い形でゴリ押ししていたらしい。
そんな事を繰り返すと、当然客からはクレームが来る。
当人達に言っても無駄だからとギルマスに。
ギルマスは卓下での牌交換は禁止だと伝えたのだが、ここでもやはり証拠はと突っかかってくる。
そこで、ギルマスは証拠を残そうとカメラを購入。
二人が対局中にカメラを構えたのだが、ギルマスが居る場所からでは死覚になり見えない。
ギルマスは見える場所へ移動したのだが、どうしても死覚は出来てしまいそこを利用された。
ならばと、ギルマスは別の場所へ移動しようとしたのだが、二人に痛い所を突かれた。
④の項目はギルマスが定めたのではないかと。
そう言われると、ギルマスは対局中に動く事はできない。
それからは、調子に乗ったのか①~③の注意事項も守ろうとしない。
いや、表向きは守っているのだが、ギルマスの目の届かない所で好き放題やっていたらしい。
それがどんどんエスカレートしていき、遂には毟り取った他の客に高利で金を貸していたと言うのだ。
そんな事をしていれば当然客は離れ、ギルドの経営が怪しくなってくる。
そんな時にギルマスが助けを求めたのが右側に座る女。
ギルマスが何とかならないかと、方々に声を掛けていたらこの女を紹介されたらしい。
筋書としては、女が二人の所持金を全て毟り取り、預かり金を利用していない事を理由に出入り禁止にさせるつもりだったと言う。
図らずも、俺がその役目をしたって事だな。
「だから、君の出番はなかったと」
「そうねぇ~、アナタが代わりにしてくれていたから私は様子を見ようかと。 でも私がやってればもうちょっと時間は掛かってたかもねぇ~」
そう言ってニコリと微笑む。
その顔にドキリとしてしまう。
だが次の瞬間、女は真剣な表情になりその美しい顔つきが俺をジッと見つめる。
ドキリがドキドキに代わる。
「アナタと真剣勝負をしてみたいわ。 平でね」
ドキドキがスーと引いていく。
ちょっとでもトキメいた俺がバカだった。
この女は一人の勝負師として敬意をもって接してくれている。
ならば、同じ勝負師としてそれに応えねばならない。
「いいだろう、望む所だ」
「私も二人どちらが強いか興味がある。 お相手願う」
「ギルマス?」
「心配しなくても、負け分はちゃんと支払う」
こうして、俺、女、ギルマスでの三麻が始まった。
もちろん平だ。
女は当然だが、ギルマスも相当なやり手なようだ。
その手つきを見ればわかる。
恐らく技も相当使いこなすだろう。
さすが、ギルドの長なだけはある。
負ければちゃんと支払うと言ったものの、負けるつもりはないようだ。
それから、半荘を5回重ねたがトップは全て俺。
だが、大きい勝ちは一度もなく全て僅差での勝利だった。
「結局一度も勝てなかったわねぇ~」
「ここまでとは…… 実力差がありすぎだな」
「そんな事はないだろう、全部僅差だったし。 俺の運がたまたま良かっただけだ。 次はどう転ぶか分からないよ」
「…………そう言う事にしておこうか」
「そうねぇ~。 悔しいけど」
二人は俺が謙遜したと捉えたようだがこれは本音だ。
こんな高いレベルで麻雀を打った記憶はない。
非常に充実し、そして楽しかった。
「私はワゴン。 コフィレ・ワゴンよ。 アナタの名前を聞いても?」
女が名乗り俺の名前を聞いてくる。
最初から感じていたが、彼女はこの国らしくない顔立ちだった。
だから名を聞いて納得した。
海外から来たのだと。
その割には言葉が流暢だな。
この国に来て長いのか。
だが、俺の名前か。
改めて名乗るのはなんだか恥ずかしいな。
しかし、彼女が名乗ってくれたのだ、俺が名乗らないのは失礼にあたる。
偽名でも……、と考えたのだがそれこそ失礼極まりない。
ここは本名を名乗るのが筋だ。
「俺はハバ。 ハバ・タケシだ」
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――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
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