上 下
36 / 49

第34話 内規変更の影響

しおりを挟む
ボルテージ攻略から数日、俺は部屋に引きこもった。
ギルマスから受けた傷が思いのほか大きかったのだ。

食事は近所から出前をとったり、心配したタケシとマシュウが玄関先に料理を置いていてくれたりもした。
酒はノアとナナが買ってきてくれて、同じく玄関先に置いていてくれた。
ノアはなんとか部屋に入れないかと色々やっていたようだが……

繰り返すが俺は操を守った。
くどいようだが、決して振りではない。
俺は操を死守したのだ。

あの衝撃ギンギンは、いくら偉大だとは言え酒の力をもってしても簡単に忘れられるものではない。
俺の中で酒最強説が崩壊した瞬間だった。
マシュウも察したのか、安否確認のみで常に傍にいる事も無かった。

それからさらに数日。
さすがに、これ以上引きこもっていて心配を掛けるのも気が引ける。
それに、衝撃ギンギンからもほぼ回復できた。
と言うか、開き直ったのだ。

あの衝撃ギンギンは、あきらかに俺の“それ”よりは矮小で軟弱だった。
俺の方が、はるかにビッグでハードだと自負している。

そう考えると、貴重な経験をさせてもらったと思う事にした。
通常時ならともかく、他人の状態中のモノを見る機会なんてまずないからな。
って、何を言っているんだ俺は。

とまぁ、そんな下らない事を考える事が出来るまで回復できた。
心配を掛けた皆に謝りに行こうと立ち上がる。
まずは、隣のマシュウだ。

部屋を出た途端、マシュウも同時に部屋を出てきた。
まるで、様子を伺っていたかのように。

いや、実際様子を伺っていたのだろう。
あまりにもタイミングが良すぎたからな。
それだけ、心配を掛けたって事だ。
申し訳ない事をした。


「マシュウ、心配掛け「 「ムコウマルさん!」 」ぐえっ!」


マシュウに謝罪しようとした所、ノアとナナも部屋を出てきた。
ノアは俺に抱き着いてきたと言うよりタックルしてきた。
そのまま抱え込み、俺の部屋へ入ろうとする。

ハッとしたナナがマシュウにチラリと目をやる。
マシュウは後ずさり、自分の部屋に入るとパタンと静かに扉を閉めた。
カチャリと施錠の音がする。

残されたナナが、「ノアにだけええ思いはさせへん!」と、俺をノアから引き離す。
「なにすんねんナナ!」とナナを睨む。

あっ!
これってもしかしてケンカが始まる?
タケシもマシュウもこの二人はしょっちゅうケンカするって言っていたし。

しかし、こんな所でケンカを始められても困る。
タケシはヘタに止めると逆にケガをすると言っていたが、放置する訳にもいかない。
俺は、無理やり身体ごと二人の間に割って入った。

正直、この二人の間に割って入るのは危険だ。
出来る事なら自然に収まるまで放置したいが場所が場所だ。
マンションの他の住人に迷惑が掛かってしまう。

それに、考えがない訳ではない。
マシュウだ。

マシュウは俺の護衛なのだから、危険が及べば助けにきてくれるはずだ。
直ぐに部屋から出てきて、二人を仲裁するだろう。

そう思い、チラリとマシュウの部屋を見る。
様子を伺っているはずだからすぐにでも出てくると思ったのだが、その扉が開かれる事はなかった。

あれ?
おーい、マシュウくぅ~ん。
扉の向こうで様子を伺っているはずだよね?
キミは俺の護衛って言っていたよね?
ピンチなんですけどーー。

しかし、マシュウの部屋の扉はピクリとも動かない。
あの野郎。
放っておくつもりか。


「やめろ!」


俺が言ったぐらいでは二人のケンカが止まらないだろうが、ダメ元で言ってみる。
これで止まるぐらいなら、タケシも放っておけなんて言わないだろうからな。

しかし、この一言で二人は「はい…」と言い大人しくなる。
あれれ?
なんで?
このタイミングでマシュウが出てきた。


「さすがです、サトシさん」


満面の笑みでそう言うマシュウ。
やっぱり様子を伺っていたんだな。
なら、なぜ止めに来なかったんだ。


「お前なぁ、見ていたなら止めに入れよ」
「サトシさんお一人で問題なく止められると判断しましたので」
「何を言っているんだ、二人の力はお前も知っているだろ?」
「それは知っていますが、私が入るまでもないと思いました」
「何故そうなる」
「ノアちゃんは言うまでもないですが、クラキもサトシさんに害するような事は絶対にしませんよ」


そうなのか?
二人はケンカしだすと周りが見えなくなると聞いたが、結果的にマシュウの言う通りになったのだからそうなのだろう。


「とにかく皆には心配掛けた。 もう大丈夫だ、ありがとう」


マシュウは微笑んでいる。
ナナも同様に微笑んでウンウン頷いている。
ノアは俺の手を引っ張り、部屋へ突撃しようとする。
おい。
軽くノアの脳天にチョップを落とす。


「なんで!?」
「何がなんでかは分からんが、俺の部屋へ入ろうとするな」
「アタシはムコウマルさんを慰めようと」
「はいはい、もう十分慰めてもらったよ。 ありがとう」


相変わらず俺を揶揄うノアだが、このいつものやりとりに慰められたのも確かだ。
礼を言うと「ち~が~う~」と、ノアは俺に対して身構える。
何だ!?と俺も身構えるとナナが背後からノアを羽交い絞めにする。
顔は笑っているが、「ノ~ア~」と呼ぶ声は怒気がこもっている。

おいおい。
またケンカを始めるんじゃないだろうな。

パンッと手を叩く。
ハッとしたナナはノアを放す。


「ここでは周りに迷惑が掛かるからそれぐらいにしてタケシの店へ行くぞ」


今は昼の営業が終わった頃の時間だ。
タケシにも心配掛けたから安心させに行かないとな。

俺が歩き出すと、ノアは腕を絡ませてきた。
これはいつもの事なので、何も言わずそのまま歩を進める。

ナナは羨ましそうに眺めた後、チラッとマシュウを見る。
マシュウは、「はぁ~」とため息をつき肘を張る。


「今日はサトシさんの復活記念だから特別に」


マシュウが言うとパァっと顔を明るくするナナ。
そのまま腕を絡める。
復活記念って…… まぁ、それだけ心配を掛けていたんだろう。


「こらっ、胸を押し付けるんじゃない!」
「え~やないですかぁ~」


ナナの顔は蕩けている。
それを見たノアも胸を押し付けてくる。


「お前なぁ~」
「え~やん、え~やん」


まぁ、タケシの店はすぐ近くだ。
そこまでなら構わないか。


「おっ、来たかサトシ」
「心配かけたな。 それと、食事をありがとう。 美味かったよ」
「なに、こうして元気ならそれでいい。 メシは?」
「頼めるか」


タケシはニカッと笑って厨房へ入っていった。




「P・P内規の変更に伴い、現行機の撤去が決まりました」
「まぁ、そうなるだろうな。 で、撤去の期限は?」
「およそ1カ月ですね」
「それはまた急だな」


マシュウがP・Pに関してその後の情報を報告してくれる。
それだけの短期間で入れ替えが出来るのは、よほど体力資金があるギルドだけだろう。
ギルドが淘汰されていく未来しか見えないのだが、そこのスタッフ達にも生活があるはずだ。
そう言った連中は切り捨てるのか?
なんとも酷い話しだ。


「サトシさんはこの内規変更の影響で、ギルドの倒産が相次ぎ、そこで働くスタッフの生活の事を心配しているのですね」


俺の心を読んだのかマシュウ。
お前にそんな能力があるとは。


「サトシさんが真っ先にその事を心配するのは容易に想像できます」


そんなに単純か?俺。


「ですが、その辺りは大丈夫だと思いますよ」
「そうなのか?」
「ええ、一か月はあくまでも建て前、努力目標ですね。 実際は年内、およそ三カ月は目を瞑るそうです。 まぁ、これも努力目標ですが」
「みなし機ってやつか」
「そうですね、厳密には違いますが似たようなものです」


みなし機とは、認定期限の切れた機種をそのまま設置し続ける事だ。

元いた世界では、明確な法が無い事を理由に人気機種を設置し続ける事を指したのだが、こっちの世界ではその期間で徐々に入れ替えを推進する意味合いだとマシュウは言う。
確かに似て非なる物だが、これでギルドの倒産が矢継ぎ早に起こる事はなさそうだな。


「じゃぁ、攻略法で稼ぐのもその三か月しか出来ないって事だな」
「そうですが…… ノアちゃん、先日発売したばかりの攻略誌を持っていたよね」
「ええ、ありますよ」
「それをサトシさんに」


俺はノアから攻略誌を受け取る。


「これは……」


表紙に『ボルテージに新攻略法発覚!』との文字。
その記事を読むと、時計での攻略法が載っていた。


「少し考えれば誰でも思いつく方法だから、表に出るのは時間の問題だと思っていたが」
「雑誌は昨日今日では出来ませんから、攻略誌側はもっと早くから時計攻略を掴んでいたはずです」
「そうだな」


俺が思いつくくらいだ。
天才君ならもっと早く気付いていただろう。


「これで、この攻略法も終わったな」


俺の言葉に頷くマシュウ。

ここまで大々的に雑誌に載れば、ギルドも対策を施すだろう。
それは、時計攻略の終わりを意味する。
まぁ、元々俺は今後ボルテージを打たないつもりだったから問題ない。
ノアとナナはあれから数度、ボルテージで時計攻略を使い稼いでいたらしいから、残念そうにしていた。


「ですが、問題はボルテージだけではないのです」
「???と言うと?」
「実はですね……」


マシュウの説明を聞いた俺は絶句する。
規制する側、つまりマシュウとナナが所属する組織は内規の変更は随分と前から決まっていたとの事。
発表が遅れたのは、先に述べたようにスケープゴートにするギルドの選定が難航していたからだ。

表立った内規変更の理由はウラモノ違法な機種の撲滅。
だが、一気にウラモノを失くせば、それに慣れたエンドユーザーは見向きもしなくなる。
それは、ギルドの倒産に繋がりかねない。
そこで、規制する側は一気にウラモノを失くすのではなく、徐々に減らして行く方法を取った。
その方法なのだが、ギルドに直接赴き、基盤をまるごと正規基盤へ交換すると言う力業だ。
なんとも、手間と費用が掛かるやり方だが、規制する側ならではのやり方だな。

しかし、さすがに全機種を交換するには、手間はともかく費用が全く足りない。
まずは、テストケースとしてある一機種のみ先駆けて正規基盤へとすでに交換が済んでいるらしい。
それでも一機種のみとは言え、全国に設置されている全ての基盤の交換は出来なかったとの事。
まぁ、徐々に減らしていく方針だそうだから、それはそれで良かったのかもな。


「そのテストケースがフリーダムベルだった、と」
「そうです。 私も内規の変更が公に発表されてから聞いたのですが、今思えばなるほど、と思う節があります」
「マシュウもそう思うか。 俺も同じ意見だな」


フリーダムベルは、ある日突然全滅が使えなくなった台が激増した。
メーカー側も全滅は把握していたのだろうな。
交換した基盤は対策基盤だったのだろう。
だから、全滅が通用する台としない台があったのか。
そう考えると辻褄はあう。


「それで、その基盤交換が今ある全機種に及ぶのか」
「そうです、その基盤交換での費用をギルドは負担しなくても良いそうです」
「そうか、本来ならギルド側はウラモノをノーマルに戻すのは反対だろうが、無償なら応じるか」


無償と言う事で基盤交換は今後加速するだろう。
テストケースを経て、ノウハウも学んだだろうからな。

現在攻略法が存在、通用する機種の交換用の基盤は対策済みの可能性が高い。
となれば、コチンネタンルやマイルドキャッツの攻略法も使えなくなる。

これは大問題だ。
有塚記念までは、パチスロの攻略法で稼ぐつもりでいたからだ。

この世界が元いた世界の過去と同じ現象が起きているなら、変更後の内規の内容も俺は知っている。
将来、なんでもアリだった時代とまで謳われた内規だ。

そして、その新内規機にも攻略法は存在した。
しかし、それは新内規に変更になってから少し後に発売された機種に、だ。
つまり、それまで俺は金を稼ぐ手段がない。
頭を抱えている俺を見かねてマシュウが声を掛ける。


「フリーダムベルの例からも、全て基盤交換する訳では無いと思います。 流石に費用も無いですし、なにより近い将来には全て撤去させる予定です。 基盤交換はあくまでそれまでのつなぎでしょうから、攻略法が通用する台はある程度は残るはずですよ」
「それもそうだな」


有塚記念は年末に行われる。
それまでは、数は減るが攻略法は使える。
とは言え、今日、明日中に基盤が入れ替えられる訳ではない。
まだ、暫く猶予がある。
それまでに、稼げるだけ稼がねばならない。
明日、いや、今からでもギルドを回ると決めた。




※フリーダムベルはウラモノではありませんが、テストケースとして挙げられた機種です
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

【R18】スライムにマッサージされて絶頂しまくる女の話

白木 白亜
ファンタジー
突如として異世界転移した日本の大学生、タツシ。 世界にとって致命的な抜け穴を見つけ、召喚士としてあっけなく魔王を倒してしまう。 その後、一緒に旅をしたスライムと共に、マッサージ店を開くことにした。卑猥な目的で。 裏があるとも知れず、王都一番の人気になるマッサージ店「スライム・リフレ」。スライムを巧みに操って体のツボを押し、角質を取り、リフレッシュもできる。 だがそこは三度の飯よりも少女が絶頂している瞬間を見るのが大好きなタツシが経営する店。 そんな店では、膣に媚薬100%の粘液を注入され、美少女たちが「気持ちよくなって」いる!!! 感想大歓迎です! ※1グロは一切ありません。登場人物が圧倒的な不幸になることも(たぶん)ありません。今日も王都は平和です。異種姦というよりは、スライムは主人公の補助ツールとして扱われます。そっち方面を期待していた方はすみません。

処理中です...