23 / 49
第21話 ギルドでのトラブル
しおりを挟む
「ベップ……さん?」
「ムコウマル……さん」
目の前の男はベップだった。
何故こんな所に居るんだ。
いや、他人の空似かも知れない。
「ナナの先輩のベップさんか?」
「そ、そうです、ハバさんの店でお会いしましたよね」
タケシの店を知っているのなら、あのベップに間違いない。
「どうしてここに?」
「研修でこの近くに来ていましてその帰りです。 ムコウマルさんこそ何故?」
「ん、あぁ、ちょっと試したい事があってね」
こんな所までパチスロを打ちに来たなんて言えば、中毒者だと思われるだろう。
まぁ、それでも別に構わないが。
てか、こんな遠い所のP・Pギルドに居る時点でそう思うだろうな。
「あのぉ、救急車が来たみたいですが」
ギルドスタッフが声を掛けてきた。
振り向くと、その向こうに救急隊員の姿が見える。
「では、私が」
ベップはそう言い救急隊員の方へ向かって行く。
俺は女をソファーへ座らせ、向かいに座る。
救急隊員はベップと話した後、女の所へやってきて何か話をしている。
女が数度頷くと、救急隊員は引き上げて行った。
救急隊員が何もせず引き上げたのだ。
女の体調に問題はないのだろう。
これで一安心か。
なら、コチンネタンルの続きを始めるか。
そう思い、戻ろうとした所で館内放送が響いた。
『当ギルドでは自然災害等で無効になった大当たりの補償は告知しています通り行っていません。 引き続きご遊技をお楽しみ下さい』
この放送に一部の客が大声をあげだした。
大当たりが無効にでもなったか?
P・Pは、電源が落ちてもラムクリ(スロットの場合はリセット)しなければ大当たりは残っているはずだが、この世界では違うのか?
なら、俺が打っていたコチンネタンルもフラグが消滅した事になる。
だが、それは分からないか。
消滅したのではなく、フラグ自体が成立していない事も考えられる。
つまり、攻略法が通用しない、もしくは対策されたかだ。
とにかく戻って続きをプレイするか。
そう思ったのだが、大丈夫そうだとは言え、倒れた女を一人放置するのも気が引ける。
旦那とここで待ち合わせをしていたようだし、それまで女の様子を見ていよう。
薬を飲んだが、また具合が悪くなるかも知れないからな。
「ご主人と約束していると聞いたが、時間は?」
「そろそろ来ると思います」
「そうか、気分はどうだ?」
「大丈夫です。 そ、その… ありがとうございました」
「さっきも言ったが俺は何も出来なかった、礼なんて言う必要ない」
そう言うと女は首を左右に振る。
「いえ、椅子から落ちそうな所を支えてくれましたよね、あれがなければどうなっていたか……」
そう言えばそんな事をしたな。
それは、お前がもたれ掛かってきて倒れそうになっている所を、支えない訳にはいかないだろ。
人によってはセクハラだと言いかねないが、この女はそういった類の女でなくて良かった。
尤も、時代的にハラスメント自体が認知されていないのかもな。
「とにかく、大事に至らなくてよかったよ」
俺が言うと、戻ってきたベップが「そうですね」と相槌を入れる。
「しかし、暫くはP・Pは控えた方がよろしいでしょう、また再発しないとも限らないですし」
「はい、今回はたまたま皆さんに助けて頂きましたが、毎回助けてくれる方がいらっしゃるとは限りませんから」
ベップは対処法も分かっていたから、その助言は正しいのだろう。
P・Pは控えろと言ったベップに対し、女は素直に助言を受け入れている。
「あっ、主人が来たようです」
女の視線の先に、男がギルドに入ってくる姿が見えた。
女が男に向かって手を振ると、気付いた男がやって来た。
「どうした? 何かあったのか?」
俺達を怪訝な目で見ながら男が女に向かって言う。
自分の女房が見知らぬ二人の男に囲まれているのだ。
そういった目を向けるのは仕方がない。
女が事情を話すと、俺達に頭を下げてきた。
「ご迷惑をお掛けし、申し訳ございませんでした」
「迷惑なんてとんでもありません、当然の事をしたまでです」
謝罪する男に、ベップは当然の事をしただけだと言う。
それを聞いた男は俺達に言う。
「何かお礼を」
男は礼をと言うがベップは「お礼なんてとんでもない」と返す。
そうですよね、という目で俺を見る。
「ああ、礼なんて必要ない。 奥さんを大切にしてやってくれればそれでいい」
男は「はっ、はいっ」と姿勢を正す。
女は頬をほのかに染めている。
ベップは俺をうっとりと見つめて目を離さない。
おい、ちょっと待て。
男と女の反応はいい。
だが、ベップよ、その反応はなんだ。
それは、まるで恋をしているような目だぞ。
そう言えば、ベップにはそういった疑惑を抱いていたな。
これは、疑惑が確信に変わってしまったんじゃないか。
俺にはそう言った趣味は無いから、この際ハッキリと伝えておかなければ、長年守り続けてきた俺の操が危ない。
ベップは警官だから、それなりに鍛えているだろうし、強引な手段に出られれば俺は簡単に蹂躙されるだろう。
「ベップさん、この際ハッキリ言うが、俺に『コチンネタンルコーナ、〇〇番台でご遊技中のお客様、お席をお離れになられて少々お時間が経っております、お席に戻られないようでしたら空き台とし整理します』って、あっ」
俺が、ベップに告げようとした言葉に被さって、館内放送が流れた。
コチンネタンルの○○番台は俺が打っていた台だ。
女が倒れて一騒動あったのはギルド側も知っているはずだ。
俺が関わっていた事を告げれば整理される事はないだろう。
その事をギルドスタッフに告げようと周りを見渡すが、スタッフの姿はない。
ならば、打っていた台に戻ろうと「お大事に」と、女に告げこの場を離れようとする。
女は「は、はいっ」と言ったのだが、俺の腕を掴む。
なんだ?
まだ何か用があるのか?
だが、俺の腕を掴んだのは女ではなくベップだった。
身の毛もよだつとはこの事だろう。
その掴んだ手は、絶対に逃してなるものかとの決意が伝わってきそうな程力強い。
ぐっ、やはり強引に俺を……
いや、落ち着け。
いくら何でもこんな公衆の面前では事を起こさないだろう。
「ど、どうしたんだベップさん」
俺が訪ねると、ハッとしたような表情になり掴む手を離した。
「す、すみません」
『先ほどお呼び出ししました○○番台ですが、お客様がお戻りになられないようですので空き台として整理、解放致しましたのでご了承下さい』
ベップが謝ったとほぼ同時に、館内アナウンスが流れる。
なっ、なんだって!?
いくらなんでも早すぎないか。
慌ててその場を離れる。
空き台として整理されたとは言え、まだ客が座っていないかも知れない。
だが、このギルドは客が多い。
現に、俺も台を確保するのに少し苦労したぐらいだ。
まだ誰も座っていないでくれと願い戻るのだが、残念ながらそこには客がいた。
それも、早々にビッグボーナスがスタートしている。
「…………」
俺は言葉を失った。
このようなトラブルはギルド側に言った所で、まず聞き入れてもらえない。
不本意だが泣き寝入りするしかないか。
思う所が無い訳ではない。
俺は人命優先で席を空けた。
その事はギルド側にも告げたから承知しているはずだ。
いや、待てよ。
整理されようとしている台を俺が打っていたとは告げてはいないか。
ギルド側は単に空き台の整理をしたかっただけなのかも知れない。
しかし、あまりにも最初の告知から空き台整理までの時間が短かった。
最初の告知を聞いてから直ぐに戻ったとしても間に合わないぐらいに。
若い頃なら俺もその辺りを理由に食い下がっただろうが、もうそんな歳でもないし、なにより面倒くさい。
今日はツイていない日だと割り切ろう。
せっかくこんな遠い所まで来たのだが、もう帰るか。
「どうしたのですか?」
女の旦那が声を掛けてきた。
俺は、「どうにもならない事なんだが」と断わりを入れて事情を話す。
すると、男は「なんだって!」と激怒。
「俺、ここのギルマスと知り合いなんで話つけてきます」
そう言って、男は近くのスタッフに声を掛ける。
いや、もう面倒くさいからいいんだけどなぁ。
だが、彼は善意でやってくれているんだ。
少し付き合うか。
でも、ギルマスってギルドマスターの事か?
それって、ここのギルドの責任者じゃないのか?
大袈裟にしたくはないのだが。
少しして、さっきの男が別の男二人を連れてやってきた。
二人の男はギルドスタッフだろう。
やはりその二人はギルドスタッフで、一人はギルマスだと言う。
あ~あ。
本当に来ちゃったよ、ギルマスが。
面倒くさい。
ギルマスは「ここでは他のお客様の手前がありますので事務所まで」と言う。
俺としては、さっさと終わらせて帰りたいから、ここで十分だ。
「事務所なんて勘弁してくれ、話ならここで手短に」
「ですが、ここでは周りの音で、お話が聞き取りにくいのですが」
「それなら、外はどうだ? 出入口がすぐそこにあるし」
視線を近くの出入口に向けて言う。
ギルマスは「……分かりました」と俺の提案を受け入れる。
外にでると地面がびしょびしょだが雨は降っていない。
夕立でもあったか。
夕方に雨が降るから夕立なのだろうが、朝方に降る雨はなんて言うのだろうか。
ここにノアが居れば即座に答えてくれそうだな。
なんて、くだらない事を考えて笑みが漏れそうになる。
「話はお聞きしました、この度はお客様を助けて頂いたばかりか、ご迷惑をお掛けしたそうで」
周りが静かだと確認すると、すぐさまギルマスと、スタッフが揃って頭を下げて言ってきた。
「もうその事は気にしていないから構わない、このギルドには今後来る事はないだろうから頭を上げてくれ」
頭を上げたギルマスが、俺の返答に青い顔をする。
気にしていないのは本当だし、このギルドに来るつもりはないのは遠すぎるからだ。
それは最初から決めていた。
しかし、ギルマスは俺が怒り心頭で発した言葉だと勘違いし、慌てて再び頭を深々と下げる。
「そうおっしゃらずに、今後ともお願いします」
「あっとすまない、そう言うつもりじゃなかったんだが」
俺は、単純に遠いだけで来るのが難しく、気分を害したからではないと告げる。
「そうでしたか…… 実を申しますと」
ギルマスはこれまで鬱憤がたまっていたのか話しだす。
聞くと、アナウンスから台整理までの時間が驚く程短かったのは、客にせがまれたからだと。
その客はこのギルドの常連で、素行も良くなく、ギルドスタッフどころか他の常連客からも煙たがられているらしい。
今回の件だが、フリーダムベルに限らず、パチスロは一定時間経過すると、自動的に全リールが停止する。
その停止型がリーチ目だったのだと言う。
そのリーチ目の台に、件の常連客が目を付けたのだ。
空席になって時間が経ちすぎたから解放しろと、ギルドスタッフに詰め寄ってきた件の常連客。
ギルドスタッフは席を空けた人物が人命を優先したのを知っていたのだが、その常連客は暗に暴力をチラつかせてきたらしい。
そこで、スタッフは仕方なしに台を解放したのだと言う。
「私に一言相談してくれればよかったのですが」
「申し訳ございませんでした」
一緒に来たスタッフがその人物なのだろう。
相談してくれればとギルマスに視線を向けられたスタッフが謝罪する。
なるほど。
俺もおかしいとは思っていた。
倒れた女の台も俺と同じ時間放置していたはずなのに、俺の台だけ整理されたのにはそんな背景があったのか。
何とも迷惑な客だな。
だが、これは俺にとっては悪くない情報だ。
なぜなら、攻略法が通用したと言う事になるからだ。
自力でボーナスフラグを引いていた可能性も否めないが、その可能性は低いだろう。
試したい所だが、なんだか気分じゃない。
「そうか…… お互い被害者って事だな。 今日は帰るよ」
「そう言って頂けると……。 近くに来られるような事がございましたら、ぜひとも当ギルドへお立ち寄り下さい」
「ああ、ぜひ寄らせてもらうよ」
そう言って店内に戻る。
タクシーを呼ぼうと、公衆電話へ向かうとベップが声を掛けてきた。
「お話は済みましたか」
「ああ、終わったよ」
「この後どうされます?」
「帰るよ、ちょうどタクシーを呼ぼうとしていた所だ」
「なら、私は車ですので送ります」
おお。
送ってくれるのか。
それは魅力的な提案だが、二人きりになるのはマズいか。
しかし、駅までは15分程だ。
それぐらいなら大丈夫か。
「悪いが頼めるだろうか」
「悪いなんてとんでもないですよ」
ベップは笑顔で答える。
その笑顔……怖い……
大丈夫かな。
「ムコウマル……さん」
目の前の男はベップだった。
何故こんな所に居るんだ。
いや、他人の空似かも知れない。
「ナナの先輩のベップさんか?」
「そ、そうです、ハバさんの店でお会いしましたよね」
タケシの店を知っているのなら、あのベップに間違いない。
「どうしてここに?」
「研修でこの近くに来ていましてその帰りです。 ムコウマルさんこそ何故?」
「ん、あぁ、ちょっと試したい事があってね」
こんな所までパチスロを打ちに来たなんて言えば、中毒者だと思われるだろう。
まぁ、それでも別に構わないが。
てか、こんな遠い所のP・Pギルドに居る時点でそう思うだろうな。
「あのぉ、救急車が来たみたいですが」
ギルドスタッフが声を掛けてきた。
振り向くと、その向こうに救急隊員の姿が見える。
「では、私が」
ベップはそう言い救急隊員の方へ向かって行く。
俺は女をソファーへ座らせ、向かいに座る。
救急隊員はベップと話した後、女の所へやってきて何か話をしている。
女が数度頷くと、救急隊員は引き上げて行った。
救急隊員が何もせず引き上げたのだ。
女の体調に問題はないのだろう。
これで一安心か。
なら、コチンネタンルの続きを始めるか。
そう思い、戻ろうとした所で館内放送が響いた。
『当ギルドでは自然災害等で無効になった大当たりの補償は告知しています通り行っていません。 引き続きご遊技をお楽しみ下さい』
この放送に一部の客が大声をあげだした。
大当たりが無効にでもなったか?
P・Pは、電源が落ちてもラムクリ(スロットの場合はリセット)しなければ大当たりは残っているはずだが、この世界では違うのか?
なら、俺が打っていたコチンネタンルもフラグが消滅した事になる。
だが、それは分からないか。
消滅したのではなく、フラグ自体が成立していない事も考えられる。
つまり、攻略法が通用しない、もしくは対策されたかだ。
とにかく戻って続きをプレイするか。
そう思ったのだが、大丈夫そうだとは言え、倒れた女を一人放置するのも気が引ける。
旦那とここで待ち合わせをしていたようだし、それまで女の様子を見ていよう。
薬を飲んだが、また具合が悪くなるかも知れないからな。
「ご主人と約束していると聞いたが、時間は?」
「そろそろ来ると思います」
「そうか、気分はどうだ?」
「大丈夫です。 そ、その… ありがとうございました」
「さっきも言ったが俺は何も出来なかった、礼なんて言う必要ない」
そう言うと女は首を左右に振る。
「いえ、椅子から落ちそうな所を支えてくれましたよね、あれがなければどうなっていたか……」
そう言えばそんな事をしたな。
それは、お前がもたれ掛かってきて倒れそうになっている所を、支えない訳にはいかないだろ。
人によってはセクハラだと言いかねないが、この女はそういった類の女でなくて良かった。
尤も、時代的にハラスメント自体が認知されていないのかもな。
「とにかく、大事に至らなくてよかったよ」
俺が言うと、戻ってきたベップが「そうですね」と相槌を入れる。
「しかし、暫くはP・Pは控えた方がよろしいでしょう、また再発しないとも限らないですし」
「はい、今回はたまたま皆さんに助けて頂きましたが、毎回助けてくれる方がいらっしゃるとは限りませんから」
ベップは対処法も分かっていたから、その助言は正しいのだろう。
P・Pは控えろと言ったベップに対し、女は素直に助言を受け入れている。
「あっ、主人が来たようです」
女の視線の先に、男がギルドに入ってくる姿が見えた。
女が男に向かって手を振ると、気付いた男がやって来た。
「どうした? 何かあったのか?」
俺達を怪訝な目で見ながら男が女に向かって言う。
自分の女房が見知らぬ二人の男に囲まれているのだ。
そういった目を向けるのは仕方がない。
女が事情を話すと、俺達に頭を下げてきた。
「ご迷惑をお掛けし、申し訳ございませんでした」
「迷惑なんてとんでもありません、当然の事をしたまでです」
謝罪する男に、ベップは当然の事をしただけだと言う。
それを聞いた男は俺達に言う。
「何かお礼を」
男は礼をと言うがベップは「お礼なんてとんでもない」と返す。
そうですよね、という目で俺を見る。
「ああ、礼なんて必要ない。 奥さんを大切にしてやってくれればそれでいい」
男は「はっ、はいっ」と姿勢を正す。
女は頬をほのかに染めている。
ベップは俺をうっとりと見つめて目を離さない。
おい、ちょっと待て。
男と女の反応はいい。
だが、ベップよ、その反応はなんだ。
それは、まるで恋をしているような目だぞ。
そう言えば、ベップにはそういった疑惑を抱いていたな。
これは、疑惑が確信に変わってしまったんじゃないか。
俺にはそう言った趣味は無いから、この際ハッキリと伝えておかなければ、長年守り続けてきた俺の操が危ない。
ベップは警官だから、それなりに鍛えているだろうし、強引な手段に出られれば俺は簡単に蹂躙されるだろう。
「ベップさん、この際ハッキリ言うが、俺に『コチンネタンルコーナ、〇〇番台でご遊技中のお客様、お席をお離れになられて少々お時間が経っております、お席に戻られないようでしたら空き台とし整理します』って、あっ」
俺が、ベップに告げようとした言葉に被さって、館内放送が流れた。
コチンネタンルの○○番台は俺が打っていた台だ。
女が倒れて一騒動あったのはギルド側も知っているはずだ。
俺が関わっていた事を告げれば整理される事はないだろう。
その事をギルドスタッフに告げようと周りを見渡すが、スタッフの姿はない。
ならば、打っていた台に戻ろうと「お大事に」と、女に告げこの場を離れようとする。
女は「は、はいっ」と言ったのだが、俺の腕を掴む。
なんだ?
まだ何か用があるのか?
だが、俺の腕を掴んだのは女ではなくベップだった。
身の毛もよだつとはこの事だろう。
その掴んだ手は、絶対に逃してなるものかとの決意が伝わってきそうな程力強い。
ぐっ、やはり強引に俺を……
いや、落ち着け。
いくら何でもこんな公衆の面前では事を起こさないだろう。
「ど、どうしたんだベップさん」
俺が訪ねると、ハッとしたような表情になり掴む手を離した。
「す、すみません」
『先ほどお呼び出ししました○○番台ですが、お客様がお戻りになられないようですので空き台として整理、解放致しましたのでご了承下さい』
ベップが謝ったとほぼ同時に、館内アナウンスが流れる。
なっ、なんだって!?
いくらなんでも早すぎないか。
慌ててその場を離れる。
空き台として整理されたとは言え、まだ客が座っていないかも知れない。
だが、このギルドは客が多い。
現に、俺も台を確保するのに少し苦労したぐらいだ。
まだ誰も座っていないでくれと願い戻るのだが、残念ながらそこには客がいた。
それも、早々にビッグボーナスがスタートしている。
「…………」
俺は言葉を失った。
このようなトラブルはギルド側に言った所で、まず聞き入れてもらえない。
不本意だが泣き寝入りするしかないか。
思う所が無い訳ではない。
俺は人命優先で席を空けた。
その事はギルド側にも告げたから承知しているはずだ。
いや、待てよ。
整理されようとしている台を俺が打っていたとは告げてはいないか。
ギルド側は単に空き台の整理をしたかっただけなのかも知れない。
しかし、あまりにも最初の告知から空き台整理までの時間が短かった。
最初の告知を聞いてから直ぐに戻ったとしても間に合わないぐらいに。
若い頃なら俺もその辺りを理由に食い下がっただろうが、もうそんな歳でもないし、なにより面倒くさい。
今日はツイていない日だと割り切ろう。
せっかくこんな遠い所まで来たのだが、もう帰るか。
「どうしたのですか?」
女の旦那が声を掛けてきた。
俺は、「どうにもならない事なんだが」と断わりを入れて事情を話す。
すると、男は「なんだって!」と激怒。
「俺、ここのギルマスと知り合いなんで話つけてきます」
そう言って、男は近くのスタッフに声を掛ける。
いや、もう面倒くさいからいいんだけどなぁ。
だが、彼は善意でやってくれているんだ。
少し付き合うか。
でも、ギルマスってギルドマスターの事か?
それって、ここのギルドの責任者じゃないのか?
大袈裟にしたくはないのだが。
少しして、さっきの男が別の男二人を連れてやってきた。
二人の男はギルドスタッフだろう。
やはりその二人はギルドスタッフで、一人はギルマスだと言う。
あ~あ。
本当に来ちゃったよ、ギルマスが。
面倒くさい。
ギルマスは「ここでは他のお客様の手前がありますので事務所まで」と言う。
俺としては、さっさと終わらせて帰りたいから、ここで十分だ。
「事務所なんて勘弁してくれ、話ならここで手短に」
「ですが、ここでは周りの音で、お話が聞き取りにくいのですが」
「それなら、外はどうだ? 出入口がすぐそこにあるし」
視線を近くの出入口に向けて言う。
ギルマスは「……分かりました」と俺の提案を受け入れる。
外にでると地面がびしょびしょだが雨は降っていない。
夕立でもあったか。
夕方に雨が降るから夕立なのだろうが、朝方に降る雨はなんて言うのだろうか。
ここにノアが居れば即座に答えてくれそうだな。
なんて、くだらない事を考えて笑みが漏れそうになる。
「話はお聞きしました、この度はお客様を助けて頂いたばかりか、ご迷惑をお掛けしたそうで」
周りが静かだと確認すると、すぐさまギルマスと、スタッフが揃って頭を下げて言ってきた。
「もうその事は気にしていないから構わない、このギルドには今後来る事はないだろうから頭を上げてくれ」
頭を上げたギルマスが、俺の返答に青い顔をする。
気にしていないのは本当だし、このギルドに来るつもりはないのは遠すぎるからだ。
それは最初から決めていた。
しかし、ギルマスは俺が怒り心頭で発した言葉だと勘違いし、慌てて再び頭を深々と下げる。
「そうおっしゃらずに、今後ともお願いします」
「あっとすまない、そう言うつもりじゃなかったんだが」
俺は、単純に遠いだけで来るのが難しく、気分を害したからではないと告げる。
「そうでしたか…… 実を申しますと」
ギルマスはこれまで鬱憤がたまっていたのか話しだす。
聞くと、アナウンスから台整理までの時間が驚く程短かったのは、客にせがまれたからだと。
その客はこのギルドの常連で、素行も良くなく、ギルドスタッフどころか他の常連客からも煙たがられているらしい。
今回の件だが、フリーダムベルに限らず、パチスロは一定時間経過すると、自動的に全リールが停止する。
その停止型がリーチ目だったのだと言う。
そのリーチ目の台に、件の常連客が目を付けたのだ。
空席になって時間が経ちすぎたから解放しろと、ギルドスタッフに詰め寄ってきた件の常連客。
ギルドスタッフは席を空けた人物が人命を優先したのを知っていたのだが、その常連客は暗に暴力をチラつかせてきたらしい。
そこで、スタッフは仕方なしに台を解放したのだと言う。
「私に一言相談してくれればよかったのですが」
「申し訳ございませんでした」
一緒に来たスタッフがその人物なのだろう。
相談してくれればとギルマスに視線を向けられたスタッフが謝罪する。
なるほど。
俺もおかしいとは思っていた。
倒れた女の台も俺と同じ時間放置していたはずなのに、俺の台だけ整理されたのにはそんな背景があったのか。
何とも迷惑な客だな。
だが、これは俺にとっては悪くない情報だ。
なぜなら、攻略法が通用したと言う事になるからだ。
自力でボーナスフラグを引いていた可能性も否めないが、その可能性は低いだろう。
試したい所だが、なんだか気分じゃない。
「そうか…… お互い被害者って事だな。 今日は帰るよ」
「そう言って頂けると……。 近くに来られるような事がございましたら、ぜひとも当ギルドへお立ち寄り下さい」
「ああ、ぜひ寄らせてもらうよ」
そう言って店内に戻る。
タクシーを呼ぼうと、公衆電話へ向かうとベップが声を掛けてきた。
「お話は済みましたか」
「ああ、終わったよ」
「この後どうされます?」
「帰るよ、ちょうどタクシーを呼ぼうとしていた所だ」
「なら、私は車ですので送ります」
おお。
送ってくれるのか。
それは魅力的な提案だが、二人きりになるのはマズいか。
しかし、駅までは15分程だ。
それぐらいなら大丈夫か。
「悪いが頼めるだろうか」
「悪いなんてとんでもないですよ」
ベップは笑顔で答える。
その笑顔……怖い……
大丈夫かな。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【R-18】クリしつけ
蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる