9 / 49
第7話 有塚記念までの金策
しおりを挟む
「ええっ!未来の異世界から来たって!?」
俺の事をノアから聞いたナナは目を丸くする。
「せやで、だから『宝馬記念』も、結果を知ってるから当てられるねんて」
「そんな話を信じたん?」
ナナが尤もらしい事を言う。
確かにそうだな。
根拠は話したが、なぜハバとノアは俺の話をすんなり信じたのだろう。
だが、ここでハバが割って入ってきた。
「だろう、ナナ、そんな話は信じられない、まだ宇宙から来た方が信じられる」
どうやらハバは、どうしても俺が宇宙からやって来た生命体にしたいらしい。
もう、それならそれでいいよ。
面倒くさいから。
ただ、UFOは無いぞ。
「アホか、オジキは」
ナナがバッサリ切り捨てる。
「言葉の訛りから察するに、地方から来たみたいやけど、あんまり聞いた事がない訛りやな、出身は?」
警官としての職業柄か、身元が気になるようだ。
警官がそんな個人情報を聞き出すのはいかがなものかとは思うが、この世界ではそのあたりの法整備がまだ出来ていないのだろう。
適当に誤魔化す事もできそうだが、それで少々痛い目にも会っている。
ナナは信じていないようだが、正直に話すだけだ。
「南国だ」
「さざん? 聞いた事ないな、庁所在地は?」
「庁所在地──首都は南都だ」
そんなに大きな国じゃないんだよな南国は。
だから、都市も数える程しかない。
だが、人は驚く程多い。
もっとも、その大半は国民ではなく観光客なのだが。
「どっちも聞いた事ないな、身分を証明する物は持ってる?」
隠すつもりもないので、俺は鞄から身分証明書を出す。
「パスポートだが、これで良いか?」
突然海外に行かなければならない事が少なくない俺は、常にパスポートを持ち歩いている。
仕事柄、偽造パスポートも持ってはいるが、それを見せれば話が余計にややこしくなるだろう。
だから、今回は本物のパスポートを見せる。
「ホンマに南国って書いてるわ……でもこれ、偽造ちゃうやろな」
「仮に偽造だとしても何のメリットが? 恐らく南国はこの世界には存在しないのだろ、存在する国のパスポートを偽造して初めてメリットがあると思うのだが」
「でも、パスポートの偽造は犯罪や」
「だから、それはこの世界に存在する国のパスポートを偽造した場合だろ」
それもそやな、とナナは呟く。
納得したのか、どうやらこの話は終わりのようだ。
まぁ、俺が持っている偽造パスポートも、この世界に存在しない国だろうから大丈夫だとは思うが、それは俺の思い込みだ。
俺が知らないだけで、同名の国がこの世界には存在するかも知れない。
偽造パスポートを見せなくて正解だったよ。
それよりも。
「ところで、馬券はどこに行けば買えるんだ、やはり競馬場に行かないと買えないのか」
「ああ、それは大丈夫やで、ギルドで買えるわ」
何だって。
ギルドだと。
またまたファンタジーな単語が出てきたぞ。
俺はギルドについて尋ねた。
この世界でのギルドとは、所謂ギャンブルの元締めみたいな物との事。
ギルドは各地に支部があり、投票券はその支部でも買えるらしい。
競馬の馬券を買いたければ、競馬場か競馬ギルド支部。
ボートレースの舟券を買いたければ、競艇場か競艇ギルド支部ってな塩梅だ。
中には、ギルド支部内で行われているギャンブルもあるそうだ。
恐らくカジノの類だろうから、俺には関係ない。
カジノでの必勝法でもあれば話は別だが、そんなものは無い。
あったとしても俺は知らないからな。
「そうか、そのギルドの場所を教えてくれないか」
「う~ん、ちょっと説明しにくいから案内するわ」
「おおっ、それは助かるがいいのか」
「大丈夫、大丈夫、ヒマやし」
ナナがギルドまで案内してくれるらしい。
「ほな、早速行こか」とナナが言うと同時に、店のドアをノックする音が聞こえた。
ドアの方を見ると人影がある。
客か?
だが、今は営業時間外。
客は来ないはずなのだが。
すると、ハバが「ああー」と言いドアへ向かっていく。
横でナナが「ヤバッ」と言う表情をしている。
ハバがカギを開けると一人の男が立っていた。
その服装はナナとほぼ同じ。
「クラキ! 巡回の時間になっても帰ってこないかと思えばやっぱりか!!」
男が怒鳴ると、ナナはビクッとして顔を伏せる。
「またお前は、この前始末書を書いたばかりだろう」
「ご、ごめんなさぁい、マシュウ先輩」
ずざざーっと、ナナが土下座をする。
この土下座、やり慣れているな。
さっきヒマとか言っていたはずだが、巡回の予定があったじゃないか。
“また”とか言われていたし、こんな事は頻繁にあるのだろうな。
その甲斐あってなのか、なんとも見事な土下座だ。
「ご苦労だな、ベップ君」
「ハバさん、先日は申し訳ございませんでした」
「ベップ君は関係ないだろ、謝る必要はない」
「ですが、後輩のした事ですし……」
もうその事はいいじゃないか、とハバが笑う。
どうやら、この二人顔見知りみたいだ。
ベップと呼ばれる男は警官なのだろう。
巡回の時間になっても帰ってこない後輩のナナを迎えにきた、とそんな所か。
このまま巡回に行くぞ、とナナの手を引っ張るベップ。
ちょっと待ってくれ。
それは少々困る。
競馬ギルドまで案内してもらわないといけないからな。
「すまないが、ちょっと待ってもらえないか」
俺が声を掛けると、ナナが「あっ」と思い出したような顔をする。
ベップはナナの顔をチラッと見た後振り返る。
「!!!!!」
ベップは俺の顔をみると、なにやら驚いた表情を見せる。
なんだ?
俺の顔に何かついているのか。
「こ、こちらの方は?」
ハバの方を向きベップが尋ねる。
宇宙から来た知的生命体とか言わないよな。
ハバがそう思うのは勝手だが、俺は合わせないからな。
「あ、ああ、彼は俺の友人でな、今日地方から来たばかりなんだ」
ハバは地方から来友人だと紹介する。
宇宙うんぬんかんぬんとは紹介されなかった。
どうやら、その事は隠したいらしい。
そうしないと、UFOを見せてくれないとでも思ったのだろうな。
だから、UFOなんて無いって。
俺も「どうも」と軽く挨拶する。
だが、ベップは俺の声を聞くと、さらに驚いた表情をする。
まさか……
イヤな思い出が蘇る。
あれは、俺がまだ20代前半の頃だった。
怪しい男に言葉巧みに誘導され、危うく操を失う所だった。
そう……男にだ。
ちなみに、何事もなくその場から無事に逃げられたと追記しておく。
俺は操を守ったのだ!
このベップも同じ類ではないだろうな。
もしそうなら、全力で拒否させてもらう。
俺にそういった趣味はないからな。
不本意だが、暴力に訴えてでもだ。
いや、それは悪手か。
警官ならそれなりに対人訓練もしているだろうから、逆に蹂躙されるだろう。
ならば、言葉巧みに……は、やめておこう。
どうやら、俺のカバーストーリはガバガバらしく、すぐボロがでるからな。
自分の墓穴を自分で掘る結果になりかねない。
ならば、関わらないのが一番か。
「いや、すまない、何でもない」
そう言って、隠れるようにハバの後ろに回る。
ベップは何か言いたそうな顔をしていたが、ナナの腕を引っ張り出て行った。
「どうかしたのか」
ハバが俺に尋ねてくる。
「いや、競馬ギルドへ案内してくれると言っていたからな、だが、仕事なら仕方がない」
「そうか、確かにここから離れているし説明しにくいな、簡単な地図なら書けるが」
「おお、ありがたい、頼めるだろうか」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
ハバは、紙とペンを持って簡易な地図と、行くまでの行程を書いてくれている。
非常に分かりやすく書いてくれたので、競馬ギルドへは行けそうだが、一つ問題がある。
それは、電車を乗り継いでいくため、費用が掛かる事だ。
その額、往復で丁度1,000エソ。
手持ちが2,200エソだから残り1,200エソになる。
『宝馬記念』でのオッズが、最低100倍だとしても12万エソか。
かなり厳しくなってきたな。
だが、『宝馬記念』の馬券を買わないと言う選択肢はない。
2,200エソでは、良くて3食分にしかならないからな。
「ありがとう、早速行ってくるよ」
「本当は俺かノアが案内したい所だが、これから夜の部の準備がある、もし迷ったりしたら店の電話番号を教えるから電話してくれ、迎えに行けたら行く」
店の電話番号が書かれたメモを受け取り外へ出る。
うだるような暑さにウンザリするが、地図を頼りに歩を進める。
さしたるトラブルも無く、電車を乗り継ぎ競馬ギルドへ到着。
帰りは情報収集の為、街を色々と見て回る予定だ。
迷う事も考えられる為、公衆電話からの通話料の200エソは残し、③番⑥番の『馬番連勝』の馬券を1,000エソ分購入し、競馬ギルドを後にする。
予定通り街をブラブラするも、この暑さのせいで早々にギブアップ。
今なら迷う事なくハバの店に帰れるだろう。
これまで、大した情報は得られなかったものの、最初からそんなにアテにしていない。
街をブラブラするだけでは当然だろう。
情報は『宝馬記念』の配当で新聞を買った方が得られそうだ。
スポーツ新聞のみではなく、一般誌もすべて買おう。
その方が、この世界の経済や世論から芸能まで分かるだろうしな。
そう思い駅へ向かう。
来た時に駅にあった周辺地図を見た所、次の角を曲がれば駅のはずだ。
地図の通り、角を曲がると正面に駅が見えた。
そこで違和を感じる。
この世界での時刻の概念は不明だが、俺の基準からすれば午後の3時頃だろう。
空にはまだ太陽が輝いている。
それはもう、迷惑な程に。
にも拘わらず、煌々ときらめく電飾。
俺がいた世界でも同じような事をしている施設があった。
尤も、俺がいた世界では電飾と言う言葉がふさわしくないLEDだったが。
それは、パチンコ・パチスロ店
こっちの世界では、P・Pギルドとなっている。
なるほど。
ナナの説明にあった、ギルド支部内で行われているギャンブルがこれか。
てっきりカジノだと思っていたが、違うらしい。
俺が元いた世界でもP・Pは庶民のギャンブルとして人気だった。
だが、P・Pは南国では珍しく、払い出しの規制が強化されていった。
なぜ、規制が強化されていったかは、俺は興味も無く全く知らないが、払い出しの規制が厳しくなればユーザーが離れていくのは必至。
現に、規制が厳しくなるにつれ、ユーザー数は減少の一歩を辿って行ったらしい。
近い将来無くなる業界であろうと言われていたのだが、ここで業界の連中が俺に接触してきた。
ユーザーは業界が無くなったとしても楽しみの一つを失うだけだが、業界の人間はそうはいかない。
生活が掛かっているのだから必死だったのだろう。
俺は、当時の南国では、国内のギャンブルの大半を取り仕切り、事ギャンブルに於いては絶大な権力を持っていた。
それこそ、競馬の着順を操作できるぐらいに。
そんな俺なら、なんとか出来るだろうと泣きついて来た訳だ。
だが、さすがの俺でも規制をすぐに緩和できない。
仮に、直ちに規制を緩和させる事が出来、その規制に則った機械を新たに開発出来たとしても、機械を入れ替える体力がP・P店には最早ないだろうとの事。
そこで、俺が出した案が、すでに店に設置されている現行機械の射幸性を上げると言うもの。
俗に言うウラモノ化だ。
だが、既に店に設置された機械のスペックを上げるのは、規制が強化されている為、南国でも違法。
店側は難色を示したが、俺が勝手にやった事で、店側は一切関知がないと言い張れば良いと提案すれば、渋々受け入れてくれた。
そっちが泣きついてきたくせに、何だその態度は、とは思ったが。
すぐさま行動に移したが、これが中々に難航した。
設置後にスペックを上げる以上、取れる手段はプログラムを上書きするしかない。
だが、このプログラムの上書きが手強かったのだ。
P・P店で設置されている機械は人気のある大手メーカー製の物が多くを占めていた。
そういった大手メーカーはセキュリティーも万全で、後からプログラムの上書きは、スピードを優先するが故に困難を極めた。
結果、プログラムの上書きが出来る機械は、中堅以下のメーカーに限られた。
また、パチンコの方は、大手メーカー以外は製造していなかった為、これも上書きは不可。
まとめると、セキュリティーの甘い中堅メーカー以下製のパチスロ機でしかウラモノ化出来ないのだった。
そうなれば、全機種の射幸性を上げるのは不可能になるのだが、P・P業界はその方が良いと言ってきた。
全機種の射幸性を一気に上げると、規制する側から厳しい措置を受けるからだそうだ。
勿論、俺はそういった事も想定し、規制する側に圧力をかけるつもりだったから心配する必要は無いのだが、彼らが言うのだからそれで良いのだろう。
そのような経緯があり、所謂マイナーメーカ製のマイナー機種のウラモノ化に成功するのだが、これがユーザーに大いにウケた。
すると、調子に乗ったのかP・P業界は次々と機械をウラモノ化させていった。
どうやったのか、人気もあり、設置も多い大手メーカー製の機械までもウラモノ化に成功したらしい。
“らしい”と言うのは、その件には俺が関与していないからだ。
だが、驕れる者は久しからずか、当然の事ながら規制する側から脅しに近い注意喚起があった。
そこで、P・Pは再び俺に接触してきた。
なんとかならないかと泣きついてきた訳だ。
俺としては、そっちが勝手にやった事に対して、何故俺がケツを拭かにゃぁならんのかと憤ったが、当時最も信用していた相棒が説得してきた。
結局はその説得に応じ、規制する側に俺は圧力を掛けたのだが、もうこの話はいいだろう。
相棒の事を思い出してしまうからな。
暑さに参っていた事もあり、P・P店に入店。
打つ台を探すフリをし涼を摂る。
もちろん打つつもりもない。
そもそも打つ金がない。
店からすれば、迷惑な客だろう。
そんな後ろめたさもあり、適当に涼んで店をでようとした俺の目に、ある機械が飛び込んできた。
「これは……」
その機械をみた瞬間、検証してみたい衝動に駆られたがあいにく弾がない。
だが、これで『有塚記念』までの金策は目処が立った。
弾はないが、明日的中すれば補充が出来る。
全ては明日の『宝馬記念』の結果に掛かっているのだった。
俺の事をノアから聞いたナナは目を丸くする。
「せやで、だから『宝馬記念』も、結果を知ってるから当てられるねんて」
「そんな話を信じたん?」
ナナが尤もらしい事を言う。
確かにそうだな。
根拠は話したが、なぜハバとノアは俺の話をすんなり信じたのだろう。
だが、ここでハバが割って入ってきた。
「だろう、ナナ、そんな話は信じられない、まだ宇宙から来た方が信じられる」
どうやらハバは、どうしても俺が宇宙からやって来た生命体にしたいらしい。
もう、それならそれでいいよ。
面倒くさいから。
ただ、UFOは無いぞ。
「アホか、オジキは」
ナナがバッサリ切り捨てる。
「言葉の訛りから察するに、地方から来たみたいやけど、あんまり聞いた事がない訛りやな、出身は?」
警官としての職業柄か、身元が気になるようだ。
警官がそんな個人情報を聞き出すのはいかがなものかとは思うが、この世界ではそのあたりの法整備がまだ出来ていないのだろう。
適当に誤魔化す事もできそうだが、それで少々痛い目にも会っている。
ナナは信じていないようだが、正直に話すだけだ。
「南国だ」
「さざん? 聞いた事ないな、庁所在地は?」
「庁所在地──首都は南都だ」
そんなに大きな国じゃないんだよな南国は。
だから、都市も数える程しかない。
だが、人は驚く程多い。
もっとも、その大半は国民ではなく観光客なのだが。
「どっちも聞いた事ないな、身分を証明する物は持ってる?」
隠すつもりもないので、俺は鞄から身分証明書を出す。
「パスポートだが、これで良いか?」
突然海外に行かなければならない事が少なくない俺は、常にパスポートを持ち歩いている。
仕事柄、偽造パスポートも持ってはいるが、それを見せれば話が余計にややこしくなるだろう。
だから、今回は本物のパスポートを見せる。
「ホンマに南国って書いてるわ……でもこれ、偽造ちゃうやろな」
「仮に偽造だとしても何のメリットが? 恐らく南国はこの世界には存在しないのだろ、存在する国のパスポートを偽造して初めてメリットがあると思うのだが」
「でも、パスポートの偽造は犯罪や」
「だから、それはこの世界に存在する国のパスポートを偽造した場合だろ」
それもそやな、とナナは呟く。
納得したのか、どうやらこの話は終わりのようだ。
まぁ、俺が持っている偽造パスポートも、この世界に存在しない国だろうから大丈夫だとは思うが、それは俺の思い込みだ。
俺が知らないだけで、同名の国がこの世界には存在するかも知れない。
偽造パスポートを見せなくて正解だったよ。
それよりも。
「ところで、馬券はどこに行けば買えるんだ、やはり競馬場に行かないと買えないのか」
「ああ、それは大丈夫やで、ギルドで買えるわ」
何だって。
ギルドだと。
またまたファンタジーな単語が出てきたぞ。
俺はギルドについて尋ねた。
この世界でのギルドとは、所謂ギャンブルの元締めみたいな物との事。
ギルドは各地に支部があり、投票券はその支部でも買えるらしい。
競馬の馬券を買いたければ、競馬場か競馬ギルド支部。
ボートレースの舟券を買いたければ、競艇場か競艇ギルド支部ってな塩梅だ。
中には、ギルド支部内で行われているギャンブルもあるそうだ。
恐らくカジノの類だろうから、俺には関係ない。
カジノでの必勝法でもあれば話は別だが、そんなものは無い。
あったとしても俺は知らないからな。
「そうか、そのギルドの場所を教えてくれないか」
「う~ん、ちょっと説明しにくいから案内するわ」
「おおっ、それは助かるがいいのか」
「大丈夫、大丈夫、ヒマやし」
ナナがギルドまで案内してくれるらしい。
「ほな、早速行こか」とナナが言うと同時に、店のドアをノックする音が聞こえた。
ドアの方を見ると人影がある。
客か?
だが、今は営業時間外。
客は来ないはずなのだが。
すると、ハバが「ああー」と言いドアへ向かっていく。
横でナナが「ヤバッ」と言う表情をしている。
ハバがカギを開けると一人の男が立っていた。
その服装はナナとほぼ同じ。
「クラキ! 巡回の時間になっても帰ってこないかと思えばやっぱりか!!」
男が怒鳴ると、ナナはビクッとして顔を伏せる。
「またお前は、この前始末書を書いたばかりだろう」
「ご、ごめんなさぁい、マシュウ先輩」
ずざざーっと、ナナが土下座をする。
この土下座、やり慣れているな。
さっきヒマとか言っていたはずだが、巡回の予定があったじゃないか。
“また”とか言われていたし、こんな事は頻繁にあるのだろうな。
その甲斐あってなのか、なんとも見事な土下座だ。
「ご苦労だな、ベップ君」
「ハバさん、先日は申し訳ございませんでした」
「ベップ君は関係ないだろ、謝る必要はない」
「ですが、後輩のした事ですし……」
もうその事はいいじゃないか、とハバが笑う。
どうやら、この二人顔見知りみたいだ。
ベップと呼ばれる男は警官なのだろう。
巡回の時間になっても帰ってこない後輩のナナを迎えにきた、とそんな所か。
このまま巡回に行くぞ、とナナの手を引っ張るベップ。
ちょっと待ってくれ。
それは少々困る。
競馬ギルドまで案内してもらわないといけないからな。
「すまないが、ちょっと待ってもらえないか」
俺が声を掛けると、ナナが「あっ」と思い出したような顔をする。
ベップはナナの顔をチラッと見た後振り返る。
「!!!!!」
ベップは俺の顔をみると、なにやら驚いた表情を見せる。
なんだ?
俺の顔に何かついているのか。
「こ、こちらの方は?」
ハバの方を向きベップが尋ねる。
宇宙から来た知的生命体とか言わないよな。
ハバがそう思うのは勝手だが、俺は合わせないからな。
「あ、ああ、彼は俺の友人でな、今日地方から来たばかりなんだ」
ハバは地方から来友人だと紹介する。
宇宙うんぬんかんぬんとは紹介されなかった。
どうやら、その事は隠したいらしい。
そうしないと、UFOを見せてくれないとでも思ったのだろうな。
だから、UFOなんて無いって。
俺も「どうも」と軽く挨拶する。
だが、ベップは俺の声を聞くと、さらに驚いた表情をする。
まさか……
イヤな思い出が蘇る。
あれは、俺がまだ20代前半の頃だった。
怪しい男に言葉巧みに誘導され、危うく操を失う所だった。
そう……男にだ。
ちなみに、何事もなくその場から無事に逃げられたと追記しておく。
俺は操を守ったのだ!
このベップも同じ類ではないだろうな。
もしそうなら、全力で拒否させてもらう。
俺にそういった趣味はないからな。
不本意だが、暴力に訴えてでもだ。
いや、それは悪手か。
警官ならそれなりに対人訓練もしているだろうから、逆に蹂躙されるだろう。
ならば、言葉巧みに……は、やめておこう。
どうやら、俺のカバーストーリはガバガバらしく、すぐボロがでるからな。
自分の墓穴を自分で掘る結果になりかねない。
ならば、関わらないのが一番か。
「いや、すまない、何でもない」
そう言って、隠れるようにハバの後ろに回る。
ベップは何か言いたそうな顔をしていたが、ナナの腕を引っ張り出て行った。
「どうかしたのか」
ハバが俺に尋ねてくる。
「いや、競馬ギルドへ案内してくれると言っていたからな、だが、仕事なら仕方がない」
「そうか、確かにここから離れているし説明しにくいな、簡単な地図なら書けるが」
「おお、ありがたい、頼めるだろうか」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
ハバは、紙とペンを持って簡易な地図と、行くまでの行程を書いてくれている。
非常に分かりやすく書いてくれたので、競馬ギルドへは行けそうだが、一つ問題がある。
それは、電車を乗り継いでいくため、費用が掛かる事だ。
その額、往復で丁度1,000エソ。
手持ちが2,200エソだから残り1,200エソになる。
『宝馬記念』でのオッズが、最低100倍だとしても12万エソか。
かなり厳しくなってきたな。
だが、『宝馬記念』の馬券を買わないと言う選択肢はない。
2,200エソでは、良くて3食分にしかならないからな。
「ありがとう、早速行ってくるよ」
「本当は俺かノアが案内したい所だが、これから夜の部の準備がある、もし迷ったりしたら店の電話番号を教えるから電話してくれ、迎えに行けたら行く」
店の電話番号が書かれたメモを受け取り外へ出る。
うだるような暑さにウンザリするが、地図を頼りに歩を進める。
さしたるトラブルも無く、電車を乗り継ぎ競馬ギルドへ到着。
帰りは情報収集の為、街を色々と見て回る予定だ。
迷う事も考えられる為、公衆電話からの通話料の200エソは残し、③番⑥番の『馬番連勝』の馬券を1,000エソ分購入し、競馬ギルドを後にする。
予定通り街をブラブラするも、この暑さのせいで早々にギブアップ。
今なら迷う事なくハバの店に帰れるだろう。
これまで、大した情報は得られなかったものの、最初からそんなにアテにしていない。
街をブラブラするだけでは当然だろう。
情報は『宝馬記念』の配当で新聞を買った方が得られそうだ。
スポーツ新聞のみではなく、一般誌もすべて買おう。
その方が、この世界の経済や世論から芸能まで分かるだろうしな。
そう思い駅へ向かう。
来た時に駅にあった周辺地図を見た所、次の角を曲がれば駅のはずだ。
地図の通り、角を曲がると正面に駅が見えた。
そこで違和を感じる。
この世界での時刻の概念は不明だが、俺の基準からすれば午後の3時頃だろう。
空にはまだ太陽が輝いている。
それはもう、迷惑な程に。
にも拘わらず、煌々ときらめく電飾。
俺がいた世界でも同じような事をしている施設があった。
尤も、俺がいた世界では電飾と言う言葉がふさわしくないLEDだったが。
それは、パチンコ・パチスロ店
こっちの世界では、P・Pギルドとなっている。
なるほど。
ナナの説明にあった、ギルド支部内で行われているギャンブルがこれか。
てっきりカジノだと思っていたが、違うらしい。
俺が元いた世界でもP・Pは庶民のギャンブルとして人気だった。
だが、P・Pは南国では珍しく、払い出しの規制が強化されていった。
なぜ、規制が強化されていったかは、俺は興味も無く全く知らないが、払い出しの規制が厳しくなればユーザーが離れていくのは必至。
現に、規制が厳しくなるにつれ、ユーザー数は減少の一歩を辿って行ったらしい。
近い将来無くなる業界であろうと言われていたのだが、ここで業界の連中が俺に接触してきた。
ユーザーは業界が無くなったとしても楽しみの一つを失うだけだが、業界の人間はそうはいかない。
生活が掛かっているのだから必死だったのだろう。
俺は、当時の南国では、国内のギャンブルの大半を取り仕切り、事ギャンブルに於いては絶大な権力を持っていた。
それこそ、競馬の着順を操作できるぐらいに。
そんな俺なら、なんとか出来るだろうと泣きついて来た訳だ。
だが、さすがの俺でも規制をすぐに緩和できない。
仮に、直ちに規制を緩和させる事が出来、その規制に則った機械を新たに開発出来たとしても、機械を入れ替える体力がP・P店には最早ないだろうとの事。
そこで、俺が出した案が、すでに店に設置されている現行機械の射幸性を上げると言うもの。
俗に言うウラモノ化だ。
だが、既に店に設置された機械のスペックを上げるのは、規制が強化されている為、南国でも違法。
店側は難色を示したが、俺が勝手にやった事で、店側は一切関知がないと言い張れば良いと提案すれば、渋々受け入れてくれた。
そっちが泣きついてきたくせに、何だその態度は、とは思ったが。
すぐさま行動に移したが、これが中々に難航した。
設置後にスペックを上げる以上、取れる手段はプログラムを上書きするしかない。
だが、このプログラムの上書きが手強かったのだ。
P・P店で設置されている機械は人気のある大手メーカー製の物が多くを占めていた。
そういった大手メーカーはセキュリティーも万全で、後からプログラムの上書きは、スピードを優先するが故に困難を極めた。
結果、プログラムの上書きが出来る機械は、中堅以下のメーカーに限られた。
また、パチンコの方は、大手メーカー以外は製造していなかった為、これも上書きは不可。
まとめると、セキュリティーの甘い中堅メーカー以下製のパチスロ機でしかウラモノ化出来ないのだった。
そうなれば、全機種の射幸性を上げるのは不可能になるのだが、P・P業界はその方が良いと言ってきた。
全機種の射幸性を一気に上げると、規制する側から厳しい措置を受けるからだそうだ。
勿論、俺はそういった事も想定し、規制する側に圧力をかけるつもりだったから心配する必要は無いのだが、彼らが言うのだからそれで良いのだろう。
そのような経緯があり、所謂マイナーメーカ製のマイナー機種のウラモノ化に成功するのだが、これがユーザーに大いにウケた。
すると、調子に乗ったのかP・P業界は次々と機械をウラモノ化させていった。
どうやったのか、人気もあり、設置も多い大手メーカー製の機械までもウラモノ化に成功したらしい。
“らしい”と言うのは、その件には俺が関与していないからだ。
だが、驕れる者は久しからずか、当然の事ながら規制する側から脅しに近い注意喚起があった。
そこで、P・Pは再び俺に接触してきた。
なんとかならないかと泣きついてきた訳だ。
俺としては、そっちが勝手にやった事に対して、何故俺がケツを拭かにゃぁならんのかと憤ったが、当時最も信用していた相棒が説得してきた。
結局はその説得に応じ、規制する側に俺は圧力を掛けたのだが、もうこの話はいいだろう。
相棒の事を思い出してしまうからな。
暑さに参っていた事もあり、P・P店に入店。
打つ台を探すフリをし涼を摂る。
もちろん打つつもりもない。
そもそも打つ金がない。
店からすれば、迷惑な客だろう。
そんな後ろめたさもあり、適当に涼んで店をでようとした俺の目に、ある機械が飛び込んできた。
「これは……」
その機械をみた瞬間、検証してみたい衝動に駆られたがあいにく弾がない。
だが、これで『有塚記念』までの金策は目処が立った。
弾はないが、明日的中すれば補充が出来る。
全ては明日の『宝馬記念』の結果に掛かっているのだった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【R-18】クリしつけ
蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる