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第5話 ナナとノア

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─ ナナ視点 ─


アタシの職場に一本の電話がかかってきた。
でると、双子の姉のノアからやった。
全く。
こっちは仕事中やっちゅうねん。


「ここには緊急の時以外は掛けてくんなって言ったやろ」
「緊急やねん、伯父さんの店で食い逃げしようとしてるオトコがおるねん、すぐ来て」


伯父はレストランを経営している。
忙しい日には、ノアが手伝う事がある。
今日は週末やし、その手伝いの日やったな。
その店で食い逃げしようとしてるんか。

緊急にいささか疑問を感じたけど、ノアもこの都市の住人。
通報があった以上、警官であるアタシには対応する義務がある。
決して身内贔屓とちゃう、うん、ちゃうちゃう。

ましてや、同じギャンブル好きのノアと、ついでに明日の『宝馬記念』談義が出来るかも、とかなんて思ってへん、うん、思てへん思てへん。
職務中やからな。

交番の先輩に、通報があった店へ行く旨を伝える。
ノアの声を聴いた事で、頭の中は明日の『宝馬記念』一色や。

アタシの予想では人気通りに収まりそうやけど、穴党でオカルターなアタシはあえて人気どころは消す。
ノアに~たらまた怒られるんかな。
「そんなんやから、借金すんねん」って。

そんな事を考えてたら店に着いた。
この時間は昼の営業が終わる頃やから、店の入り口は閉まってるやろ。
裏の勝手口に回るとノアが待っていた。


「待ってたでナナ、早よ早よ」


ノアがアタシの手を引っ張る。


「分かったから引っ張らんといて」


ノアの手を振りほどいて中に入る。
すると、声が聞こえた。


「どうせそれも適当なのだろ!」


オジキの声や。

アカン。
この声色はオジキがめっちゃ怒っている時や。
筋トレが趣味の一つでもあるオジキは人より力がかなりある。
体格も立派やから、軽く小突いただけでも小突かれた方は大ケガをしかねへん。
相手は例の食い逃げ未遂犯か。
「早よ止めな」と思い、ノアを置いて急いで中に入ると、オジキが男性の頭を脇に抱えてる姿があった。


「ちょっと、何やってんの!?」


アタシが叫ぶと、オジキは驚いたようにこっちを見る。
その声で力が弱まったのか、抱えられた頭がオジキから抜けるも、椅子から転げ落ちた。
慌てて駆け寄り、大丈夫?と声を掛ける。

いくらなんでもやりすぎや。
アタシはオジキを非難の目で見る。
オジキは、こいつは食い逃げをしようとしたと言う。

やっぱり、この男性が食い逃げ未遂犯やったか。
でも、未遂や。
実際に食い逃げはしてへんし、本当にこの男性が食い逃げするつもりやったかも分かれへん。

けど、はっきり分かる事がある。
オジキの行為は暴行や。
アタシがこの目で見てもうたからな。


、つまり未遂やろ、でもオジキが彼にしてた行為は暴行と言われても言い訳でけへんしアタシも見た、現行犯や。 食い逃げしようとしたのはアタシは見てへん」


不本意やけど場合によっては、アタシはオジキを逮捕せなアカン。
世話になっているけど、それはそれ、これはこれや。

その前に、男性にケガが無いか心配や。
アタシが男性に尋ねると、ケガは無いが目眩がして首が痛いと言う。

アタシは顔から血の気が引いた。
目眩に首が痛い。
重度の後遺症が残るかも知れへん。

オジキの暴行が確定した。
つまり、アタシはオジキを逮捕せなアカンって事も確定した。

転勤でこっちに来た時から、オジキにはめっちゃ世話になった。
でも、職務を全うせなアカン。

本当はオジキを逮捕なんかした無い。
涙が流れそうなのを必死にこらえ声を出す。


「オォージィーキィー」


声が震える。


「傷害の現行犯で逮捕する」


声を出す度に涙があふれそうになる。
涙をこらえるコツは鼻の頭でガマンする事や。
顔が熱いのが分かる。

スマン、オジキ。
これがアタシの仕事で正義なんや。


「ちょっとナナ、逮捕はやりすぎちゃうの!」


様子を見ていたノアが叫ぶ。
ノアはアタシがこっちに転勤すると聞いて一緒に来てくれた。
ケンカはしょっちゅうするし、こないだこの前は、オジキの店でケンカを始め、店のカギを壊してもうた。
一度始めてしまうと、お互い動かれへんようになるまで終わらへんのは毎度の事や。
そんで、動けなくなったアタシ達を回収し、何も言わずご飯を食べさせてくれるのはオジキやった。

やっぱりオジキを逮捕なんてしたくない。
そう思うと、ノアがアタシに耳打ちしてくる。


「ナナにも立場があるのは分かってる、けどここは引いてくれへんかな」


幸か不幸か、現場を知っているのはここにいる人だけやから、とノアは付け加える。
確かに、アタシが目を瞑ればええ事や。
ホンマはオジキを逮捕なんてしたくないからな。

でも、ホンマにそれでええんか?
被害者は間違いなく存在してる。
その被害者の方を見ると、アタシを見つめている。
その目は訴えてきているようにも見える。

アカン。
職務に私情を持ち込んだらアカンのや。
やっぱりオジキは逮捕せな。

そう決めアタシは手錠を取り出す。
その手を、「ナナ、アカンって! ヤメて!!」と叫びノアが掴む。
振りほどこうにも、ノアの力は尋常とちゃう。
そう言うアタシの力も人並み以上。

何故かアタシ達クラキ家の女性は、人並み以上の力を持って産まれてくる事が多い。
血筋なんかな?
まぁ、それはええとして。

こうなると、取っ組み合いになるのはいつもの事や。
力がある者同士のケンカやから、止めに入った人はケガをする。
せやから、知っている人は誰も止めに入らへん。
ほんで、エスカレートするのもいつもの事や。

案の定、最初は「放せ!」「アカンって!」言い合ってたけど、ノアの「金返せ!」の一言でアタシもヒートアップ。
確かに、ノアにはお金を借りてた。
それも、結構な額を。

アタシは大のギャンブル好き。
一通りのギャンブルは嗜んでる。
周りは「それは嗜むではない、完全なギャン中ギャンブル中毒だ!」って言う。
まっ、まぁ、ノア以外にも、結構お金を借りてるから中毒なんは認めるけど。
でも、今それを言うか?


「無いモン返せる訳ないやろ!」


あったとしても、ゴメンやけどノアは後回しや。
他の人に先に返さなアカンからな。

そこからは、いつもの流れや。
こうなったらお互い動かれへんようになるまで終わらへん。

でも、ノアには感謝やな。
このまま、オジキの事は誤魔化せそうや。
ノアも、これが狙いやったんやろうから、遠慮なく乗らせてもらおう。
そう思ってた時や。


「明日の『宝馬記念』の結果を知って──じゃなく、当てる自信がある」


そんな声が聞こえた。


「「 『宝馬記念』!! 」」


アタシとノアは、その声に瞬時にケンカを止め食いついた。



*****



一度始めると、動かなくなるまで止まらないと聞いていた姉妹のケンカが、俺の一言でケンカをやめ、詰め寄ってきた。
眼がギラギラしている。


「ちょっとアナタ、『宝馬記念』を当てる自信があるって聞こえたけどホンマに!?」


そう言う女の名はナナだったか。


「いや、結果を知ってるって言ってた気が……」


ノアと言う名の女は、人の話を良く聞いているな。
知っている──のは、あくまでも俺の記憶と同じと仮定して、なのだが。

だが、何故動けなくなるまで終わらないはずのケンカが終わったんだ。
そう思い、ハバへ視線を向ける。


「二人とも重度のギャン中なんだ」


ハバはため息をつき、首を振りながらそう言う。
ギャン中?


「ちょっと伯父さん、重度のギャン中って、それはナナだけやで」
「なんやて!ノアにだけは言われたないわ!!」
「アタシは借金までしてギャンブルせぇへんし」
「借りたお金でギャンブルはしてませんんーー 生活費に充ててますぅぅーー」
「借りたお金で生活って、アホか!」
「うっ……」


ああ、ギャン中とはギャンブル中毒者の事か。
こっちの世界にも居るんだな。
それにしても、借りた金で生活しているとは、一体どれだけ借金があるんだ。


「せやから、生活は質素にしてますぅぅーー」
「質素? 晩酌を欠かせへん生活が質素??」
「晩酌は生きる糧ですぅぅーー。 病気の時以外に欠かしたらアカンのですぅぅーー」
「 “生きる糧” がこれ以上呑んだら絶対吐く~からの3杯おかわりなんか」
「せや!」
「胸張って言う事ちゃうやろ! そのあとちゃっかり吐いてるし。 吐くんやったら呑まん方がえーやろ、もったいない」
「でも、呑みたいんですぅぅーー」
「その、すぅぅーってのヤメろ! ムカつく」


終わったと思ったケンカがまた始まりそうだな。
まあ、好きにしてくれ。

それよりも、財布を買い取ってくれる場所だ。
そう思いハバに視線を向ける。
だが、ハバは立ち上がり、今にもケンカを再開しそうな二人に歩み寄ると、ゴンッゴンッとゲンコツを落とした。


「「痛ったー」」
「いいかげんにしないか!」


ハバが怒鳴ると、二人はおとなしくなった。


「で、メシは?」


ハバが尋ねると二人は揃って「食べる」と言う。
俺にも視線を向けるが、俺は首を左右に振る。
さっき食べたばかりで腹は全く減っていない。

ハバは厨房へ向かって行った。
残ったのは俺と二人の姉妹のみ。

食い逃げの件を問われるだろうな。
まぁ、それは示談したと言えば済みそうだが、問題はナナと呼ばれる女だ。
本物の警官っぽいから身分とか、詳しく聞かれそうだな。

身分か……
それを証明する物は勿論持っている。
だが、それはあくまでも俺が元いた世界での話だ。
この世界では、恐らく証明書としては機能しないだろう。

しかし、俺に取れる選択肢は全て正直に話す事しかない。
例え、信じてもらえなくても、だ。


「そう言えばアナタ」


俺に話し掛けてきたのは、やはりナナと呼ばれる女だ。
面倒だが、仕方がない。
だがその前に、ハバの為にも逮捕云々はしなくても良いと伝えなければ。


「ハバさんとは示談したから逮捕する必要は「 『宝馬記念』を当てる自信があるって言ってけどホンマに!?」えっ、『宝馬記念』?」


俺が言い切る前にそう言葉をかぶせてきた。
ノアと呼ばれる女の目も、キラーンと輝いているようにも見える。
って、そっち宝馬記念
ハバは親族なんだろ。
親族が逮捕されかねない状況よりそっち宝馬記念が重要なのか?

そう言えば、ハバがこの二人は重度のギャン中だと言っていたな。
なるほど、それで動けなくなるまで終わらないはずのケンカが終わったのか。


「その前に話を聞いてくれ、ハバさんとは示談が成立したから逮捕云々は勘弁してやって欲しいんだ」
「え~よ、で、『宝馬記念』なんやけど」


はやっ。
了承するのはやっ。
親族の心配よりギャンブルの方が重要なのか。
コイツはヤバ目のギャン中だな。


「そ、そうか、それは助かる。 『宝馬記念』はあくまでも俺の予想なんだが……」
「でも、当てる自信あるんやろ? どのが勝つと思う?」
「ちょっと待ってナナ、結果を知ってるって言ってなかった?」
「そ、それはその……」


この二人、圧がすごい。
俺が少々困っている所に、ハバが「できたぞー」と食事を持ってくる。
正直助かった。
しかし、二人にはハバの声が聞こえていないのか、俺に追求の手を緩める事は無い。

まぁ、全て正直に話すつもりでいたし、望み通り答えてやろう。
だが、その前に……


「分かった、分かった、質問には全て答える、だがその前にハバさんが作ってくれた料理を食べたらどうだ、話は食べながらでも出来るし、冷めると味が落ちるだろ」


俺がそう提案すると、ハッとした表情になり「「ご飯!」」と二人揃って叫んだ後、食事に貪りついた。
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