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第3話 示談と情報
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解錠しない。
いや、正しくは解錠できない、だ。
鍵を開ける為のツマミがないのだ。
その変わりにあるのが箱型の金属に、U字型のパーツが取り付けられた金属。
南京錠だ。
この瞬間、俺は逃げる手段を失った。
仕方がない。
もう、なるようになれだ。
だが、待てよ。
なぜ店の出入口の内側を南京錠で施錠しているのだ。
それだと閉店時、外から施錠が出来ないじゃないか。
となれば、スタッフ用の出入口が別にあるはずだ。
可能性が高いのは厨房か。
厨房の場所はノアと呼ばれる女が奥に引っ込んで行った場所だろう。
ナナと呼ばれる女もそっちの方から来たようだし、そこにスタッフ用の出入口があるに違ない。
よし。
そこから外に出よう。
と、計画したは良いものの、それは少々現実的ではない。
位置関係が悪いのだ。
今俺がいる位置から厨房までの間には、言い合っている姉妹が居る。
そして、その向こうに男がいる。
男は厨房の入口を塞ぐように立っているのだ。
「お疲れっしたぁー」と軽ぅ~く従業員の仕事終わりのノリでさり気なく通ろうとしても、「おう、お疲れさん」とはノッてこないだろう。
なら、南京錠の鍵を探すか。
いや、もっと現実的ではないな。
……詰み……か。
いや、まだ打開策はある。
俺は、座っていた椅子に向かう。
そのタイミングで男が「はっ!」とフリーズから解放される。
そして、俺と目が合う。
俺は、椅子に腰かける。
「とにかく、最初は食い逃げをするつもりは本当になかったんだ、しかし、会計時に俺を放置した時にその考えが浮かんだのは事実だ、電子決済やカードが使えないならば、俺にはこの国で金を支払う手段がないからな。 だが、考えが浮かんだだけで実行はしていない、それは分かってほしい」
俺は男に声を掛ける。
まぁ、誤魔化して店を出ようとはしたが。
「そ、そうか。 いや俺も頭に血がのぼって冷静な判断が出来なかった。 ナナが言う通りアレは暴行だ、それについては謝罪する……すまなかった」
そう、これだ。
これこそが俺の打開策。
俺の匙加減一つでこの男は逮捕されかねない。
しかし、たかがメシ代ごときで男が逮捕されるのはなんとも気が引ける。
元々の原因は、俺である事は間違いないのだからな。
要するに示談だ。
目眩も完全に回復したし、身体の具合が悪い所もない。
が、さっきも言ったように後々具合が悪くなるかも知れない。
となれば、この男に保障をしてもらわなければならないだろう。
その為には俺が優位に立てる示談内容が必要だ。
まぁ、「食い逃げ“未遂”」と「暴行の“現行犯”」とを比べれば明らかに後者の方が罪状は重いだろうから俺が優位に立てるのは容易だ。
「いや、安心してくれ、暴行云々言うつもりはない、謝罪もしてもらったしな。 首の痛みもマシになってきた、ただ、何というか、その、後遺症とかが……」
「そうか……それは助かる。 それについては心配しなくていい、完治するまで面倒はみさせてもらう」
よしっ。
言質はとった。
これで、この場はとりあえず凌げた。
だが、まだ問題はいくつか残っている。
まずは、その一つ。
「ところで、どうするんだ?これ?」
「あぁ、まぁ、いつもの事だ、放っておくとそのうち収まる。 スマンがそれまで待ってくれ」
男はそう言って厨房へ向かっていく。
いつもの事?
これが?
俺はあきれたように目の前の光景を見る。
そこには、取っ組み合いのケンカをしている二人の女の姿があった。
「金返せ!」や「無いモン返せる訳ないやろ!」とか言い争っている。
どうしてそうなった……
少しすると厨房から男が戻ってきた。
その手には茶が二つある。
そのうち一つを俺に差し出し向かいに座る。
茶を手に取り、淹れてくれた茶を啜る。
二人の女は相変わらずケンカをしている。
その光景をため息交じりに見ながら男が話しだす。
「そう言えば名前を聞いてなかったな、これから長い……いや、後遺症があった場合は早く完治するに越した事がないから何とも言えないが、付き合いになるだろうからな。」
そう言って男は茶を啜る。
「俺はハバだ」
男が自己紹介する。
「確かにその通りだな、俺はムコウマルだ、どれぐらい世話になるかは分からないがこれから宜しく頼む」
俺がそう返す。
「ムコウマルか、国外の名前っぽくはないが、まぁ、そこはもういい」
「あっ!」
男が苦笑いをして告げる言葉に俺は「はっ」とした。
そうだ、外国から職を求めてやってきた設定だった。
思わず本名を名乗ってしまったが、この国らしい名前だったのだろう。
この場を乗り切れた安心感からか、すっかり失念していた。
「それに関してはどう説明すれば良いのか。 俺がこの国の者ではないのは間違いないのだが……」
俺がこの国の国民ではない事は確かだ。
明らかに、俺がいた国とは違うからな。
俺は、それを過去へタイムスリップか異世界へ転移したと仮説を立てたがそれを証明できない。
訛りや崩れているとは言え、言語は理解できる。
異世界転移モノに良くある界渡りにより授かる能力のおかげか?
だが、それも証明できない。
しかし男は、そこはもういいと言っている。
ならば、俺もこれでよしとしよう。
俺にメリットはあっても、デメリットはないのだからな。
だが、少し申し訳ないな。
これから世話になる事だし、少し情報をプレゼントしよう。
「……いや、ハバさんがもういいと言ってくれているならお言葉に甘えよう。 だが、それでは俺の気が済まないから情報を一つ」
「情報?」
「ああ、そうだ、ハバさんは飲食店を経営しているのだろう? 飲食店にとっては有用な情報だと思う」
「ほう」
「その前に聞きたい事があるんだが、この国にティラミヌと言う菓子はあるか?」
「ティラミヌ?」
この情報はさっきの新聞からの推測だ。
実はこの新聞。
俺が元いた世界での過去の出来事が、そのまま載っている。
いや、細かい所は微妙に違うのだが、まぁ、誤差の範囲だろう。
スポーツ新聞だったので、主にこれから行われるスポーツの展望などが載っている訳だ。
俺は、過去のスポーツの結果なんぞ覚えていないが、いくつかは覚えている。
そのいくつか覚えている中の一つのスポーツが、その新聞の一面にデカデカと載っていた。
競馬のレースだ。
そのレースは、翌日に行われる上半期の締めくくりとも言われる『宝馬記念』という名を冠した大レース。
俺がいた世界でも全く同名のレースが行われていた。
レースの格も同じだ。
そして、俺はとある年に行われた『宝馬記念』の全着順を完璧に覚えている。
なぜなら、着順がそうなるように俺が仕向けたからだ。
いわゆる八百長だな。
その俺が全着順を操作した年に出走した馬名と枠順。
それが、俺の記憶と全く同じ馬名と枠順でスポーツ新聞の一面を飾っている。
ならば、結果も同じではないだろうか。
問題は、八百長が行われているかどうか。
なんせ、勝つ馬はブービ人気の馬で2着は最低人気の馬だったからだ。
八百長でもなければ、その着順になる可能性は限りなく低い。
明らかに出走メンバーの中では実力も低く、調子も良くなかったからな。
ちなみに、その配当は当該レースの歴代最高配当として、数十年経た今でも塗り替えられていない。
そのおかげで、下火であった競馬界が盛り上がりを見せ、今では人気のギャンブルの一つとなった事を付け加えておく。
おっと、話が逸れたな。
それが、どう飲食店の有用な情報に繋がるか。
実は、その年のレースの直後、ティラミヌが爆発的な広がりを見せ、社会現象にまでなった。
いわゆる、ブームってヤツだ。
俺も初めてティラミヌを口にした時の感想は覚えている。
「なるほど、これは流行る訳だ」と。
甘いもの好きなんだよな、俺。
まぁ、競馬に関しては検証が必要だ。
レース名や馬名、さらには枠順も偶然の可能性もある。
明日には結果が分かるから、様子を見よう。
だが、飲食物については間違いないだろう。
さっき食べたこの店の料理の味からすれば、俺が元いた世界の人間と味覚は同じっぽい。
ならば、この世界の人間にもティラミヌはウケるはずだ。
結果、ブームに繋がる。
まぁ、まだこの国にティラミヌが普及していないと仮定してだが。
時系列も同じとは限らないからな。
「ああ、そうだ。 ホロ苦い味わいと濃厚な味わいのクリーミーなチーズが絶妙なバランスが特徴のスイーツだ」
「いや、聞いた事はあるような気はするが、この国では普及していないな、俺が知る限りで、ではあるが」
そうか。
スイーツは門外漢だとしても、料理人であるハバが言うのであれば普及はしていないのだろう。
それなら、この国でも流行る可能性は大だな。
ならば、ハバにはそのブームの火付け役になってもらう。
ハバにレシピを教え、ブームの先駆者となってもらい稼いでもらおう。
「そのティラミヌだが、近い将来間違いなく流行る! だからハバさんには他店より先駆けて店で出してもらえれば大きな利益が出せると思うんだ」
俺はそう提案する。
だが、ハバはうーんと唸り顎に手をあてる。
「“間違いなく流行る”ってその根拠が知りたい所だが、まぁ、それは後回しにして。 スイーツは少々畑違いだが俺も料理人の端くれ、レシピがあれば作れるとは思うが、そのレシピも無い、味が分かれば作れるかもだがそんなの食べた事がないしな」
「その辺りは大丈夫だと思う、ティラミヌは全く新しいスイーツではなく、外国ではすでに存在するからな、ほら、ハバさんも聞いた事がある気がするって言っていただろ?レシピは調べれば分かるだろう」
外国に存在すると言うのは俺がいた世界と同じだと仮定してだ。
元いた世界でもティラミヌは海外の菓子だったからな。
ハバは聞いた事があるらしいので、この国に普及していないだけで、海外では普通
に食べられているのだろう。
ついでだ。
レシピをスマホで調べてやろう。
そう思い俺はスマホを取り出す。
ブラウザを立ち上げ「ティラミヌ レシピ」と検索するが、一向に読み込まない。
なぜだ?
故障か?
それとも、電波が……
って、そうか!
回線の工事が済んでいないのか。
ならば、少なくとも過去へ転移したのは間違いなさそうだ。
となると、もうこれの使い道は限られてくるな。
まぁ、それはいい。
今は、ティラミヌのレシピをどう調べるかだ。
俺が、どうしたもんかと考えていると、ハバがスマホを見つめて驚いたような声をあげる。
「そっ、それはさっきも見せてもらったが、“すまーとふぉん”とか言うやつか、確かパソコンのような物だと」
「ん!? あぁ、パソコンとはちょっと違うが、インターネットで調べもの等、その場で出来る便利な端末だ、もっとも、今はインターネットに繋がらないがね」
俺がそう答えるとハバはちょっと見せてくれるかと俺に告げる。
俺はうなずいてスマホをハバに手渡す。
ハバはスマホを手に取り、まじまじと見る。
「確か、電話機能も付いていると言っていたな、ボタンが全くないが電話はどうやって掛ける?」
ん?
電話に興味があるのか。
……待てよ。
そう言えば、新聞にはスポーツ以外の記事も載っていたな。
その記事の内容もやはり、俺の元いた世界でも同じ事が起きていた。
そして、その後……
なるほど。
確かに、俺の元いた世界でも大きく取り上げられていたし、こっちでもスポーツ新聞に載るぐらいに注目されている。
ハバもその記事は気になるようだな。
ならば、ハバには未来に起こるであろう事を教えてやろう。
※)ティラミヌは作中世界のスイーツです
いや、正しくは解錠できない、だ。
鍵を開ける為のツマミがないのだ。
その変わりにあるのが箱型の金属に、U字型のパーツが取り付けられた金属。
南京錠だ。
この瞬間、俺は逃げる手段を失った。
仕方がない。
もう、なるようになれだ。
だが、待てよ。
なぜ店の出入口の内側を南京錠で施錠しているのだ。
それだと閉店時、外から施錠が出来ないじゃないか。
となれば、スタッフ用の出入口が別にあるはずだ。
可能性が高いのは厨房か。
厨房の場所はノアと呼ばれる女が奥に引っ込んで行った場所だろう。
ナナと呼ばれる女もそっちの方から来たようだし、そこにスタッフ用の出入口があるに違ない。
よし。
そこから外に出よう。
と、計画したは良いものの、それは少々現実的ではない。
位置関係が悪いのだ。
今俺がいる位置から厨房までの間には、言い合っている姉妹が居る。
そして、その向こうに男がいる。
男は厨房の入口を塞ぐように立っているのだ。
「お疲れっしたぁー」と軽ぅ~く従業員の仕事終わりのノリでさり気なく通ろうとしても、「おう、お疲れさん」とはノッてこないだろう。
なら、南京錠の鍵を探すか。
いや、もっと現実的ではないな。
……詰み……か。
いや、まだ打開策はある。
俺は、座っていた椅子に向かう。
そのタイミングで男が「はっ!」とフリーズから解放される。
そして、俺と目が合う。
俺は、椅子に腰かける。
「とにかく、最初は食い逃げをするつもりは本当になかったんだ、しかし、会計時に俺を放置した時にその考えが浮かんだのは事実だ、電子決済やカードが使えないならば、俺にはこの国で金を支払う手段がないからな。 だが、考えが浮かんだだけで実行はしていない、それは分かってほしい」
俺は男に声を掛ける。
まぁ、誤魔化して店を出ようとはしたが。
「そ、そうか。 いや俺も頭に血がのぼって冷静な判断が出来なかった。 ナナが言う通りアレは暴行だ、それについては謝罪する……すまなかった」
そう、これだ。
これこそが俺の打開策。
俺の匙加減一つでこの男は逮捕されかねない。
しかし、たかがメシ代ごときで男が逮捕されるのはなんとも気が引ける。
元々の原因は、俺である事は間違いないのだからな。
要するに示談だ。
目眩も完全に回復したし、身体の具合が悪い所もない。
が、さっきも言ったように後々具合が悪くなるかも知れない。
となれば、この男に保障をしてもらわなければならないだろう。
その為には俺が優位に立てる示談内容が必要だ。
まぁ、「食い逃げ“未遂”」と「暴行の“現行犯”」とを比べれば明らかに後者の方が罪状は重いだろうから俺が優位に立てるのは容易だ。
「いや、安心してくれ、暴行云々言うつもりはない、謝罪もしてもらったしな。 首の痛みもマシになってきた、ただ、何というか、その、後遺症とかが……」
「そうか……それは助かる。 それについては心配しなくていい、完治するまで面倒はみさせてもらう」
よしっ。
言質はとった。
これで、この場はとりあえず凌げた。
だが、まだ問題はいくつか残っている。
まずは、その一つ。
「ところで、どうするんだ?これ?」
「あぁ、まぁ、いつもの事だ、放っておくとそのうち収まる。 スマンがそれまで待ってくれ」
男はそう言って厨房へ向かっていく。
いつもの事?
これが?
俺はあきれたように目の前の光景を見る。
そこには、取っ組み合いのケンカをしている二人の女の姿があった。
「金返せ!」や「無いモン返せる訳ないやろ!」とか言い争っている。
どうしてそうなった……
少しすると厨房から男が戻ってきた。
その手には茶が二つある。
そのうち一つを俺に差し出し向かいに座る。
茶を手に取り、淹れてくれた茶を啜る。
二人の女は相変わらずケンカをしている。
その光景をため息交じりに見ながら男が話しだす。
「そう言えば名前を聞いてなかったな、これから長い……いや、後遺症があった場合は早く完治するに越した事がないから何とも言えないが、付き合いになるだろうからな。」
そう言って男は茶を啜る。
「俺はハバだ」
男が自己紹介する。
「確かにその通りだな、俺はムコウマルだ、どれぐらい世話になるかは分からないがこれから宜しく頼む」
俺がそう返す。
「ムコウマルか、国外の名前っぽくはないが、まぁ、そこはもういい」
「あっ!」
男が苦笑いをして告げる言葉に俺は「はっ」とした。
そうだ、外国から職を求めてやってきた設定だった。
思わず本名を名乗ってしまったが、この国らしい名前だったのだろう。
この場を乗り切れた安心感からか、すっかり失念していた。
「それに関してはどう説明すれば良いのか。 俺がこの国の者ではないのは間違いないのだが……」
俺がこの国の国民ではない事は確かだ。
明らかに、俺がいた国とは違うからな。
俺は、それを過去へタイムスリップか異世界へ転移したと仮説を立てたがそれを証明できない。
訛りや崩れているとは言え、言語は理解できる。
異世界転移モノに良くある界渡りにより授かる能力のおかげか?
だが、それも証明できない。
しかし男は、そこはもういいと言っている。
ならば、俺もこれでよしとしよう。
俺にメリットはあっても、デメリットはないのだからな。
だが、少し申し訳ないな。
これから世話になる事だし、少し情報をプレゼントしよう。
「……いや、ハバさんがもういいと言ってくれているならお言葉に甘えよう。 だが、それでは俺の気が済まないから情報を一つ」
「情報?」
「ああ、そうだ、ハバさんは飲食店を経営しているのだろう? 飲食店にとっては有用な情報だと思う」
「ほう」
「その前に聞きたい事があるんだが、この国にティラミヌと言う菓子はあるか?」
「ティラミヌ?」
この情報はさっきの新聞からの推測だ。
実はこの新聞。
俺が元いた世界での過去の出来事が、そのまま載っている。
いや、細かい所は微妙に違うのだが、まぁ、誤差の範囲だろう。
スポーツ新聞だったので、主にこれから行われるスポーツの展望などが載っている訳だ。
俺は、過去のスポーツの結果なんぞ覚えていないが、いくつかは覚えている。
そのいくつか覚えている中の一つのスポーツが、その新聞の一面にデカデカと載っていた。
競馬のレースだ。
そのレースは、翌日に行われる上半期の締めくくりとも言われる『宝馬記念』という名を冠した大レース。
俺がいた世界でも全く同名のレースが行われていた。
レースの格も同じだ。
そして、俺はとある年に行われた『宝馬記念』の全着順を完璧に覚えている。
なぜなら、着順がそうなるように俺が仕向けたからだ。
いわゆる八百長だな。
その俺が全着順を操作した年に出走した馬名と枠順。
それが、俺の記憶と全く同じ馬名と枠順でスポーツ新聞の一面を飾っている。
ならば、結果も同じではないだろうか。
問題は、八百長が行われているかどうか。
なんせ、勝つ馬はブービ人気の馬で2着は最低人気の馬だったからだ。
八百長でもなければ、その着順になる可能性は限りなく低い。
明らかに出走メンバーの中では実力も低く、調子も良くなかったからな。
ちなみに、その配当は当該レースの歴代最高配当として、数十年経た今でも塗り替えられていない。
そのおかげで、下火であった競馬界が盛り上がりを見せ、今では人気のギャンブルの一つとなった事を付け加えておく。
おっと、話が逸れたな。
それが、どう飲食店の有用な情報に繋がるか。
実は、その年のレースの直後、ティラミヌが爆発的な広がりを見せ、社会現象にまでなった。
いわゆる、ブームってヤツだ。
俺も初めてティラミヌを口にした時の感想は覚えている。
「なるほど、これは流行る訳だ」と。
甘いもの好きなんだよな、俺。
まぁ、競馬に関しては検証が必要だ。
レース名や馬名、さらには枠順も偶然の可能性もある。
明日には結果が分かるから、様子を見よう。
だが、飲食物については間違いないだろう。
さっき食べたこの店の料理の味からすれば、俺が元いた世界の人間と味覚は同じっぽい。
ならば、この世界の人間にもティラミヌはウケるはずだ。
結果、ブームに繋がる。
まぁ、まだこの国にティラミヌが普及していないと仮定してだが。
時系列も同じとは限らないからな。
「ああ、そうだ。 ホロ苦い味わいと濃厚な味わいのクリーミーなチーズが絶妙なバランスが特徴のスイーツだ」
「いや、聞いた事はあるような気はするが、この国では普及していないな、俺が知る限りで、ではあるが」
そうか。
スイーツは門外漢だとしても、料理人であるハバが言うのであれば普及はしていないのだろう。
それなら、この国でも流行る可能性は大だな。
ならば、ハバにはそのブームの火付け役になってもらう。
ハバにレシピを教え、ブームの先駆者となってもらい稼いでもらおう。
「そのティラミヌだが、近い将来間違いなく流行る! だからハバさんには他店より先駆けて店で出してもらえれば大きな利益が出せると思うんだ」
俺はそう提案する。
だが、ハバはうーんと唸り顎に手をあてる。
「“間違いなく流行る”ってその根拠が知りたい所だが、まぁ、それは後回しにして。 スイーツは少々畑違いだが俺も料理人の端くれ、レシピがあれば作れるとは思うが、そのレシピも無い、味が分かれば作れるかもだがそんなの食べた事がないしな」
「その辺りは大丈夫だと思う、ティラミヌは全く新しいスイーツではなく、外国ではすでに存在するからな、ほら、ハバさんも聞いた事がある気がするって言っていただろ?レシピは調べれば分かるだろう」
外国に存在すると言うのは俺がいた世界と同じだと仮定してだ。
元いた世界でもティラミヌは海外の菓子だったからな。
ハバは聞いた事があるらしいので、この国に普及していないだけで、海外では普通
に食べられているのだろう。
ついでだ。
レシピをスマホで調べてやろう。
そう思い俺はスマホを取り出す。
ブラウザを立ち上げ「ティラミヌ レシピ」と検索するが、一向に読み込まない。
なぜだ?
故障か?
それとも、電波が……
って、そうか!
回線の工事が済んでいないのか。
ならば、少なくとも過去へ転移したのは間違いなさそうだ。
となると、もうこれの使い道は限られてくるな。
まぁ、それはいい。
今は、ティラミヌのレシピをどう調べるかだ。
俺が、どうしたもんかと考えていると、ハバがスマホを見つめて驚いたような声をあげる。
「そっ、それはさっきも見せてもらったが、“すまーとふぉん”とか言うやつか、確かパソコンのような物だと」
「ん!? あぁ、パソコンとはちょっと違うが、インターネットで調べもの等、その場で出来る便利な端末だ、もっとも、今はインターネットに繋がらないがね」
俺がそう答えるとハバはちょっと見せてくれるかと俺に告げる。
俺はうなずいてスマホをハバに手渡す。
ハバはスマホを手に取り、まじまじと見る。
「確か、電話機能も付いていると言っていたな、ボタンが全くないが電話はどうやって掛ける?」
ん?
電話に興味があるのか。
……待てよ。
そう言えば、新聞にはスポーツ以外の記事も載っていたな。
その記事の内容もやはり、俺の元いた世界でも同じ事が起きていた。
そして、その後……
なるほど。
確かに、俺の元いた世界でも大きく取り上げられていたし、こっちでもスポーツ新聞に載るぐらいに注目されている。
ハバもその記事は気になるようだな。
ならば、ハバには未来に起こるであろう事を教えてやろう。
※)ティラミヌは作中世界のスイーツです
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