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第1話 ここはどこでいつ?

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ぐぅ~


腹が減った。
腹の虫がその事実を告げると同時に、落ち着きも取り戻せてきた。
改めて周りの状況を確認してみる。

文字は読める。
言葉も分かる。


ぐぅ~


違和感を覚えるのは道行く人の服装だ。
何といえば良いのか。
ひと昔、いやふた昔以前のファッション。


ぐぅ~


それに、さっきも見た街の看板だ。
こっちもデザインが少々古臭い。
電飾と言う言葉がピッタリなネオンサインは一部破損しているようにも見える。
あれ、電気を通して大丈夫か?


ぐぅ~


とりあえず残りのスポドリを全て喉に流し込む。
確かに暑いが熱中症の類ではない。
身体にケガも無ければ、具合が悪い所も無い。
うん大丈夫だ。


ぐぅ~


まてよ。
俺は異世界へ転生したと思い込んでいたが違うのでは?
異世界転生モノのアニメを観たり読みすぎた影響か?


ぐるぅ~


そう言えば、さっき店を覗いた際、ガラスに写った自分の姿を見たが、若返っていたり、全く知らない人物ではなく、そのまんまの俺の姿だった。
なら、転生ではなく転移か。


ぐるぅぅ~~


それとも、過去へタイムスリップ?
いや、理論上未来へ行く事は可能らしいが、過去へは行けないと聞いた事がある。
だよな、ア〇ンシュタイン。


ぎゅるぅぅ~


なら未来?
未来は言葉が訛って何もかも古くなったのか?


ぎゅるるぅぅ~


ちくしょう。
落ち着きは取り戻せたが、さっきから腹の虫が鳴って気が散る。
とりあえず飯を食おう。

さっき覗いた飲食店に入り適当に注文する。
待っている間、店内に置いてあった新聞を手に取る。
スポーツ新聞だが、少しでも情報が得られればと思い目を通していく。

新聞に目を通した限りでは、俺がいた世界とスポーツの種類は全く同じだ。
人気のスポーツも同じのようで、メイン記事は俺がいた世界でも人気があった。
いや、世界と言うよりこの場合は国か。
国が違えばメジャースポーツでもマイナースポーツになる。
少なくとも俺が居た「南国サザン」では人気があったスポーツだ。
もっとも、人気の理由はギャンブルの対象で、俺が著しく射幸性を高めたからなのだが。

そのまま読み進めると、ある記事が目に留まる。


「んん?これは……」


このタイミングで食事が運ばれてくる。
とりあえずメシを食おう。
が、さっきの記事が気になり食べながら記事を読んでいく。


「……偶然、か?」


検証してみたいが、今すぐには無理だ。
結果が分かるのは明日だからだ。

新聞を全て読み終え食事も全て平らげた。
大した情報は得られなかったが、一般に公表されているスポーツ新聞ならこの程度だろう。
新聞を戻し会計へ向かう。


「800エソになります」


会計の女が俺にそう告げる。
エソ?
あ、あぁ~この世界の通貨か。

俺はこの世界の現金どころか、元の世界でも現金なんか持ち歩いていなかった。
全ては電子決済キャッシュレスで行っていたからだ。
現金を持ち歩くなんて俺の国では奪ってくれと言っている様なものだ。
まぁ、現金を持ち歩いているかいないかの判断は出来ないのだが。

鞄からから端末を取り出し「電子決済で」と会計の女に当然のように告げるが女は首を傾げる。
聞こえなかったのか?
それとも、俺が聞き取れる言葉が訛っているように、俺が発する言葉も訛っているから分かりづらいのか。

なら仕方がない。
俺は端末の画面の「電子決済」の文字を指さしアピール。
相手がこの文字を読めるかは分からない。
読めなければ全力ダッシュをキメるしかない。
俺の体力はギリギリリサイクル可能なゴミ同然だが、この女の体力が俺以下だと祈ろう。

そんな事を考えていると「でんしけっさい……」と女がつぶやく。
どうやら文字は読めるようだ。
安心した俺は「ああ、頼む」と告げる。
すると、女は少し困ったような顔をし「少々お待ち下さい」と俺に告げ奥に引っ込んで行く。

もしかして電子決済の対応をしていない店なのか?
そう言えば、店中を見渡しても電子決済対応可の告知がない。
カード決済は可能らしいが、どれも聞いた事がないカード会社ばかりだ。

それにしても、やはりこっちは平和すぎる。
支払いを終えていない人間を放置するか?
いや、これだけで平和すぎると判断するのは早計か。
単純にあの女個人の問題かもしれない。
この店の経営者には少し同情する。

まぁ、どっちにしてもこれは逃げるにはチャンスだ。
だが逃げる?
この俺がメシ代ごときで?

800エソの価値は俺には分からない。
だが、店の雰囲気や食べた食事から考えても高価とは思えない。

莫大な金を動かしてきた俺からすると、痺れる程に微々も微々も、微々びびビビビ。
そんな事は俺のプライドが許さない。

しかし、俺は自らに利があるのであればプライドなんてあっさり捨てられる男だ。
そうやって今まで生き永らえて来たのだからな。

幸いにも他に客はいない。
逃げる決心を決め、踵を返そうとした途端、奥からさっきの女と共に男がやってきた。

「好きな言葉は?」と問えば「大盛り!」か「おかわり!」の二択になりそうな恰幅の良い男だ。
その身体を動かすにはそれ相応のパワーが必要だろう。

明らかにパワーは相手の方が上。
しかし、スピードは俺の方が上だろう。
抑え込まれる前に店外へ走り出せば逃げきれるか?

いや待て。
女の方が未知数だ。
頭がアレならフィジカルギフテッドとやらで、身体能力モンスターなら逃げるのは無理だろう。


「お客様、でんしけっさいとは一体どのような事でしょう」


やはり、この店は電子決済の対応はしていないらしい。
くっ、どうする。


「ああ、すまない、非対応とは知らなくて。 あいにく現金は持ち歩かない主義でね、この中で使えるカードはあるかな?」


俺は持っている全てのカードを見せる。
男は暫くカードを眺めこう声を発する。


「全部ダメですね」


やっぱりか。
この店で決済可能なカード会社は聞いた事が無いカード会社ばかりだったし、ここが俺のいた世界と違うのであれば使えないとは思っていた。
となれば電子決済キャッシュレスも、対応、非対応関係なく使えないな。

さてどうするか。
チラチラと外を見る俺が逃げるのではと察した男は「ここでは他のお客様の迷惑になりますのでこちらへ」と店の奥の方へ誘う。
イヤイヤ、他の客なんておらんやないかぁ~いと「西国ウェスト」なまりでツッコミを入れたい所をグッとこらえ男の指示に従う。


「現金は持ち歩かない主義だとの事ですが、本当に全く持っていないのですか?」


男が俺に尋ねる。


「ああ、持っていない」
「1エソも?」
「1エソも」


事実持っていない。
こっちの金なんて猶更だ。


「では、お知り合いに連絡して代金を持ってきて頂く事はできますか?」


はぁ~、とため息をついた後、男は俺に尋ねる。
知り合い?
こっちに知り合いなんている訳がない。
何を言っているんだこの男は。
いや、この男は俺の事情なんて知らないから当然か。


「あいにくこっちに知り合いはいないんだ」


こう答えると女は奥へ引っ込む。
男は「困りましたねぇ~」と再びため息をつくと出入口の方へと向かっていく。
「営業中」の看板を「準備中」に変え扉の鍵を閉める。
どうやら逃がす気はないようだ。


「いや、本当にすまない、習慣で電子決済が出来ると思い込んでしまっていたんだよ」
「でんしけっさい?そのでんしけっさいと言うのは何ですか?」
「何と言われても、電子決済としか言いようがないのだが……」


この男、電子決済を知らないのか?
非対応な店だとしても、それぐらいは知っておかないと時代に取り残されるぞ。


「アンタ、もしかして食い逃げか!?」


おっと。
さっきまでは「お客様」だったのが「アンタ」になって口調も変わったぞ。

確かに金を払って初めて客だ。
金を払えない今の俺は客でもなんでもない。
そんな俺に丁寧な口調で話す必要はないだろう。
それに、逃げようと思ったのは事実だ。


「いや、食い逃げなんてしようと思ってなかったんだ」


ここで逃げるつもりだったと言えば面倒な事になる。
いや、もう遅いか。
すでに面倒な事になっている。


「でんしけっさい等と適当な事を言って、食い逃げするつもりだったのだろう?」


食い逃げすると決めたのは俺を放置したからだ。
キッカケをつくったのは間違いなくさっきの女であり適当な事は言ったつもりはない。
改めて、この店の経営者には同情する。

んん?
待てよ。
ここが元いた世界と違うのであれば電子決済と言う概念がないのか?
この男に知識がない訳ではなく、この世界そのものに電子決済が存在しないのか。

とりあえず、俺は端末を取り出し、画面を見せながら電子決済の仕組みを説明しようとする。
すると、男は端末を見て不思議そうな顔をし、俺に尋ねる。


「これは何だ!?」
「これ? 携帯端末だが知っているだろう?」
「携帯? 電話か?」
「電話機能も付いているが、電話として使う機会は少ないな。 あぁ、端末と言うよりスマートフォンと言った方が分かりやすかったか」


現代でもスマホを持っていない人間は存在する。
初めてスマホを見る人間はその機器がスマホだと認識出来ない事もあるだろう。
この男もその類だと思い説明する。


「すまーとふぉん?」


やはりスマホを知らないようだ。


「ああそうだ、このスマホ内のアプリで飲食や買い物の支払いができる。 金は予めチャージしておくか、指定した口座から引き落とされ、後日飲食した店や購入した店に入金される仕組みだが、お宅の店は対応していないようだな」
「あぷり?」

「え~と、このスマートフォンで使えるソフトウェアと言った方が分かりやすいか」
「そふとうぇあ?」


そっからか。
まぁ、確かに知らない人間も多くいる。
さて、どう説明すれば分かりやすいか。


「う~ん、どう言えばいいのか……今お宅が着ている服は仕事用だろう?その服で結婚式とかには出席しないだろう」
「あたりまえだ」
「服には適した用途がように、ソフトウェアにも服と同じで適した用途がある。
服を着る本体がお宅なら、ソフトウェアの本体はこのスマホだったりパソコンだったりする。」
「パソコン!?この小さい機械がパソコンなのか!?」
「う~ん、パソコンとはちょっと違うかな? インターネットに特化したと言えばいいのか」


なんだか話が逸れてきた。
このまま誤魔化せるか。
試しに帰ると告げてみよう。


「そう言う事なので俺は帰らせてもらうよ」
「そう言う事がどう言う事かは分からんが、このまま帰れる訳がないだろ」


そう言って男は俺の腕をつかむ。
やはり誤魔化せなかったようだ。
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