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竜の試練 Ⅰ

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「さて、と」

 仕事を引き受けてしまったからには責任を持たなければいけない。狭間の里を出たミコトはついてくる五人の少年少女に目を向けた。
 年は自分より五、六歳若いだろうか。自分もその頃にお役目を継いだので、通過儀礼としては適切な頃合いである。

「みんなも将来は渡りとして働くのが夢なの?」
「あったりまえだろ。それ以外にロクな稼ぎなんてないし!」
「こら! 御子様にため口なんか聞くなって!」

 強気な少年を少女が諫める。
 この狭間において最も簡単な資源獲得法は幻想種狩りだ。強ければそれだけ裕福な暮らしができるし、弱ければ害獣や幻想種に悩まされながらの農耕などしか生きる道がなくなる。剣や杖を持ち、渡りを目指そうとするのは無理なからぬ話だ。
 その上で親類縁者による庇護を離れる時が最も危うい。保護者のいない実戦で、できる限りの恐怖を体感させるのがこの竜の試練でもある。

 とはいえ、怪我をされても困るのでミコト自身、彼らには配慮をしている。手が回らない事態なんてないだろうが、利口な至竜を十頭も周囲につける充実ぶりだ。
 竜は生半可な幻想種よりは強いので、彼らはむしろそこに怯えている気配すらあった。

「ハイリスクハイリターンを目指すのはわかるけど、よく聞いて。表層世界の影響で現れる原種は元になった物語の演出で特殊能力を持っていることが多いの。今回は狭間の浅いところだからまだいいけれど、深層に近づけば貴種さえ超える厄介さになることもあるから舐めちゃだめだよ」

 これが恐ろしいところだ。
 解決のキーが用意されている映画とは違い、こちらでは化け物のみが出現する。場所が場所ならば『しかしMPが足りなかった』などと肩透かしな演出では終わらないのだ。
 冒険者のひよっこをそんなところに連れて行くなんて、どちらにとっての試練なのかわからない。

「いやまあ、そういう話は大人からよく聞かされてるけどさ。特殊能力まで考えていたら一体何を基準に強さを図ればいいのかわからねえし……」
「君は近接戦専門っぽいもんね」

 そういうことも含め、魔力の感知能力が高ければある程度わかるものだが、少年は頭をぼさぼさと掻くのみだ。
 剣を提げていることからして魔術への適性は全体的に低いのかもしれない。

「ばっ、ばかっ! あんたどれだけ恐れ多いことを言っているかわかっているの!?」

 まだまだかわいいものだとミコトは笑って対応をするが、少女は少年を大きく揺さぶった。彼女はしきりに申し訳なさそうにしている。
 自分としてはそこまで礼節にこだわるわけではないので気にもしない。
 折角の機会だ。彼らの先生が例えでしか伝えられないものを実演して教え直すとしよう。

「確かに強さの尺度はわかりにくいね。体内魔力の貯蔵量、空気中の魔素の吸収効率で持久力が決まって、個人の魔力放出量によって使用可能な魔術と威力も変わってくる。基本はこの持久力と魔力放出量を尺度として、経験や知識から相手に出来ることを判断して危険度を図るの」

 これも耳にタコができるほど聞いた話なのだろう。少年は聞き覚えありげだ。
 一方、説明を続けていると少女には明らかな変化が現れた。失礼だからと叱る姿勢だったがカタカタと震えはじめる。
 少年はそこでようやく異変に気付いたらしい。震えが一向に止まらず、足の力が抜けてへたり込もうとする彼女を支える。

「お、おい。どうし――っ!?」

 周囲の竜が一斉に飛び退いて身構え、空の竜までいきなり散り散りになった瞬間、ようやく少年にも伝わったようだ。

 ミコトは説明の最中、徐々に魔力を高めていた。
 少年がそれにいつまでも気づかなかったため、最後に大きく膨れ上がらせたのである。
 ただの人よりはずっと強い竜にとっても『お遊びじゃないかもしれない。危険』と思わせる段階でようやく気付いたのだ。これはあまりにも感覚が鈍い。

 敢えて指摘しなくとも、少年はその事実を悟ったらしい。威圧をやめたミコトは彼の肩を叩く。

「今、一番怖がった人の意見を大切にするようにね。魔術は一瞬で形勢をひっくり返すこともあるし、臆病なくらいがちょうどいいと思うよ」

 ひとまず講釈は終わりとミコトは微笑みかける。

「私の仕事は、みんなに今の立ち位置を教えること。何を前にすれば逃げるべきで、何を前にすれば戦えるのか。できる範囲で見せるから、尺度として捉えてね。さ、至竜のみんな。遅くならないうちに移動しよっか」

 その言葉で竜たちが動いた。
 目的の湖までは距離があるので少年少女を首で跳ね上げ、背に乗せていく。
 乱暴な乗せ方にバランスを崩しかけている少年少女を眺めつつ、ミコトは指笛で一頭の竜を呼んだ。

「ちなみに私の立場上、みんなに気を付けて欲しいのは竜の体色かな。みんなの傍にいるのは黒や紫、赤以外の竜ばかりだよね。竜は体色によって特性が分かれる傾向があるから、里の人から学んでね? 竜の大地の傍で生きる以上は重要だよ」

 赤は孤高で誇り高い。人との命のやり取りで昂る、伝説上の竜らしい竜だ。気難しくとも、趣味さえ合えば恐ろしくはない。
 一方、紫や黒は特殊極まる。
 紫は地質の汚染などで追いやられた経験、黒は何かへの深い憎悪によって竜になった存在だ。普通なら接触するどころの話ではないが、御子はそんな至竜もまとめて束ねなければならない。
 この話は駆け出しの彼らも聞き覚えがあるのだろう。ミコトのもとに黒竜が伏せた時、明らかに顔色が変わった。

 前準備はこの程度でいいだろう。
 羽ばたいてくれる竜に任せ、一行は目的の湖に到着する。

『さぁー、始まりました。月に一度もない御子による竜の試練! 実況は私、狭間職業組合の女給が務めます! 解説は戦士としての経験も豊富な我らが里長になります!』

 里の南方に位置する湖に到着し、ミコトがゲリ、フレキと共に戦闘準備をしようとしたのと同時に後方上空から声が響いた。
 見れば目玉から触手が生えた召喚獣が映写機のように立体映像を映し出している。
 メインはこちらの画像で、サブには職業組合の一室が映し出されていた。まさに現場と解説室という具合である。

 それにしても何故こちらにまで画像と音声を飛ばしてくれるのだろう。これでは一騎打ちの名乗り上げと同じ。敵情視察もできない。
 頭痛じみたものを堪えていると湖の水面に変化が現れた。

 こちらを、見ている。
 なるほど。よくよく見れば魚ともカエルとも例えられた理由が分かる。扁平な顔つきに隆起して見える眼球、そして黒っぽい体表。例えるならばハゼに近い半魚人だ。

 潜望鏡のように顔だけ出してこちらを伺っている。
 ミコトはゲリとフレキに目を向ける。

「二人とも、魔力の圧は感じる?」
「一つだけ大きい」
「弱い至竜ならば食われかねない」
「うん、そんな感じだね。それはお手本に残すとして、まずは駆け出し君たちに実践を積ませてあげようか」

 二頭は情報伝達に関する能力があるだけあって感覚が鋭い。雑魚を散らしつつ、今も水中に隠れる親玉を迎え撃つ方針でいいだろう。
 湖までの距離は約百メートル。攻撃するには流石に遠いので一歩ずつ近づいていく。それに伴い、上空を旋回する竜たちも徐々に湖に近づいていった。
 駆け出しの若者はと言えば、自分の得物を構えておっかなびっくりと後方から追ってきている。

『里長。これから彼女はどのように原種と対峙すると考えますか?』
『今代の御子が得意とするのは調合や付与の魔術だ。その技術は彼女の現在の師匠である先々代から教わっているわけだが、戦闘向きではない。彼女が戦闘で主に用いるのは先代から教わった防御術式。つまりは結界で――』

 自分の技能をこうも解説されるのはむず痒いものがある。
 まあ、手の内がバレて困るものではないのでこの辺りの羞恥に耐えるだけだ。実況はないものとして、湖に近づいた。
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