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資金調達編
番外編 調査と全裸ファンタジア 後編
しおりを挟む薬草の丘まで戻ってきた風見は先程の戦闘で切られたアルラウネのツタを拾い集め始めた。
「……?」
「ちょっともらっていくな」
天然系のお姉さんみたいに不思議そうに見つめてくるアルラウネ達に風見はツタを振って見せる。
それが自分達のツタなのかどうかさえもはや覚えていない様子なのだが風見の顔に反応して笑顔を返してきた。
了承――なのだろうか?
まあ、見咎められてはいないということで彼は構わず森へと走った。
目標は先程見つけた未熟なマンドレイクである。
それの頭を僅かばかり掘るとツタを括り付け、伸ばして木と木の間にワイヤートラップの如くツタを張り巡らせる。
この周囲には探せばまだまだ未熟なマンドレイクがあり、彼はそれらにも同じ細工を施しておいた。
数は全部で十。これだけ数があると一仕事である。
「きっと大丈夫だよな。魔物って人より素体がずっと強そうだし」
うんうん、と自己完結していると「ダヨナー」と茂みの中から声がした。
出てくるのは例のナマモノ――完熟版マンドレイクである。
「そういえばお前らって同じマンドレイクなんだし何か効能ってないのかな?」
「ダダダヨナー」
「ですよねぇ。やっぱそういう返事しかないか」
「デズヨネェー」
しゃがれた低い声がオウム返しにしか返ってこないのはもう重々承知している。
こういった人の声真似をして旅人や冒険者をおびき寄せる習性でもあるのだろう。
ハーピーの一件が終わったらマンドレイクやアルラウネの生態を聞いてみればいいかと彼は回れ右して戻ろうとした。
そんな時、ぼふん! と。
「おっと、花粉かっ!?」
マンドレイクはくしゃみをするように何らかの粉を吐いた。
よく判らないが得体の知れないものに触れるのはまずかろうと風見は遠ざかり、急いで元来た道に戻る。
「ツタありがとなー!」
アルラウネには通りすがり様にお礼を言い、数十秒もすると戦闘の場まで戻ってこれた。
クロエは相変わらず張り切って戦闘しており、無数のかまいたちが乱打された時には木から木を足場にして立体的に避けていた。
これではどちらが鳥だか判らない機動力である。
ハーピーは足関節の腫れが痛いのかあまり高度を上げていなかった。
あれだけ風を吹かせていれば当然だろうか。読んで字の如く、それだけでも痛くなると有名である。
「クロエ、こっちだ。ついて来てくれ!」
「風見さまっ、見ていただけましたか!?」
「ん? ああ、なんか凄かった!」
リズが言ったことなんて知らない風見はとりあえず答え、クロエと共に走る。
それをハーピーが追ってくるものだから背後からは無数のかまいたちが飛んできて地面が次々と抉られていた。
なんだか火薬の花道を駆け抜けているような心地さえしながら二人は森に突入する。
「よしっ、まだついてきているな……!」
振り返って確認した風見はハーピーが急降下攻撃をしてくるのを認め、二人して左右に散ってうまく避けた。
「クロエ、右前方にハーピーを誘い込んでくれ!」
「判りました!」
たんっ! と地面や木の幹を足場にして跳んだクロエはハーピーの頭上を取ると鎖分銅で大きく横薙ぎに払った。
森にいるとはいえ、立体的に避けられるハーピーは高度を下げて難なく躱す。
しかしさっきまでの空とは違って枝が邪魔をするので自由に動けるわけではない。
ハーピーはそのまま真っ直ぐ滑空し、大きく旋回しようと――
「クロエ、伏せて耳を塞げっ!」
「え、あの、きゃっ!?」
着地したクロエに覆い被さるように押し倒した風見は耳を塞いだ。
突然のことにクロエは顔を朱色に染めたのだが、言われたことは忠実に守ろうと耳を塞ぐ。
すると直後にやってきたのは大絶叫だ。
黒板を引っ掻く音、断末魔、獣のいななきを足してアンプでさらに増強したような音の津波が空気や肌をびりびりと震わせながら通り過ぎる。
これは間違いなく音響兵器だ。
耳を塞いでいても頭の奥ががんがんとしてしまった風見はよろけながら立ち上がった。
まだ頭を押さえて蹲っているクロエにも手を貸してやる。
「ファンタジー式スタングレネードって半端ないな……。そりゃあ死人も出るわけだよ……」
「も、もしかしなくともマンドレイクでしょうか?」
「ああ。さっきちょっくら仕掛けてきたんだ」
見れば木からは虫達が落ちているし、野生の鳥なども失神して落下していた。
爆心地から十数メートルも離れた風見達の背後でもそんな感じなので大惨事である。
ワイヤートラップならぬツタトラップを仕掛けた場所に行ってみるとハーピーが失神していたが、命に別状はなさそうだ。
流石に魔物。体の頑強さは人間より上のようだ。
それにツタが上手いこと絡んで防護ネットとなってくれたようで墜落ダメージも見当たらない。
「よし、さっさと村へ戻ってこいつの痛風を治してやらないとな」
「痛風というとお年寄りがなる病気と聞いた覚えがあるのですが」
「確かにそうだ。ビールとかエビを食べ過ぎるとプリン体っていうのの取りすぎで血中の尿酸が高濃度になってしまう。その結晶が内蔵とか関節に溜まって痛い思いをする病気だ。まあ、体の中に小さな針がたくさん入ったようなものでかなり痛いらしい」
痛風とは内臓、もしくは関節近くに尿酸の結晶が溜まる病気だ。
尿酸の結晶は針みたいな形状になるので、それが組織内に大量に溜まればどれだけ痛いかは想像できるだろう。
クロエもうわぁと痛々しそうな表情をしている。
「人の場合は飲み会がよくある人とか、老人しかならないんだけど鳥の場合はちょっと違う。代謝がちょっと違って鳥はタンパク質を取れば尿酸ができちゃうんだよ。南へ飛び立つために肉の食いだめをし過ぎて内蔵も弱ったし、食べ過ぎたしっていうことでこうなったんじゃないかな」
プリン体というのは核酸の材料だ。
人などの哺乳類はそれを分解すると尿酸ができるのだが、鳥の場合は普通のタンパク質を分解しても作ってしまうのである。
これは代謝の経路が違うので人などとは発症の仕方が異なるとしか言えない。
その原因はビタミンA不足、タンパク質の過剰摂取、ストレス、感染症、遺伝的要素など。
タンパクとストレス辺りはこのハーピーにどハマりした原因と思われる。
「あ、いけない。他にもマンドレイクを仕掛けていたのを忘れてた。解除してくるからリズ達を呼んだりして待っててくれるか?」
「はい、判りました」
ハーピーを置いて走っていく風見を見送る。
そうして彼の背を完全に見送ったクロエはふと地面に転がったマンドレイクに目を止めた。
生まれたての動物のようにもぞもぞとしている。
これはもうしばらく経つと這い、完熟したマンドレイクのように歩いて逃げてしまうのだ。
捕まえるならば折る一歩手前まで圧力をかけて殺さないといけない。
「あ。そ、そういえば……!」
風見はこれを引っこ抜いたことをすっかり忘れて行ってしまった。
このまま放っておいたとしても勝手に逃げてしまい、”なかったこと”になる。
今の内ならここでクロエが手にしたという証拠はどこにも残らないだろう。
「……、」
ごくりと生唾を飲み、マンドレイクを見つめた。
お世辞にもかわいいとは言えない形だが入手法が困難なだけに効能も凄まじい薬の材料なのだ。
例えば。
これでとある薬を作り、既成事実を作って王族との結婚を認めさせた貴婦人の伝説が残っているくらいである。
その他にも男女仲に関する伝説ならいくつかあり、知らない人などいないくらいだ。
効力の高さで言えばサキュバスの体液と同等。これ以上というものはない。
これなら越えてくれない一線も越えてくれるのではないか。
これがあれば自分をずっと傍に置いてくれるのではないかと輝かしい宝にも見えてきてしまう。
「クロエ、そんなところでどうしたのかな?」
「ひゃいっ!?」
ノーマークだった背後から急に声を掛けられ、クロエは飛び上がった。
振り向き様に白服の中にマンドレイクを隠し、「いえっ、なんでも」とぎこちない笑みで返す。
ちなみに隠しながらマンドレイクをへし折り、息の根も止めた。意外と手癖が悪い子である。
「ひげぇっ……!」
「何か聞こえたような?」
「耳鳴りではないでしょうか?」
「それはあるだろうね……」
そこにはまだ耳がキンキンするのかリズとクイナは頭を押さえている。
「シンゴはどうした?」
「これと同じトラップをいくつか作っていたそうで解除しに行かれました」
「まったく、こんなものをけしかけるなんて殴り落とすよりも鬼畜だよ。おかげで私の耳もまだ麻痺している……」
「同じく、です……」
クイナと揃って頭痛持ちみたいな表情のままだった彼女だが、不意に眉を上げた。
クロエはぎくりと内心で悲鳴を上げそうになる。
「マンドレイクか」
「い、いえ、何も持っていませんよっ!?」
「何を言っている? 後ろだ、後ろ。さっさとここを離れるよ。あれらの苗床にされたらたまらん」
警戒するリズの声に背後を振り返ってみると完熟マンドレイク達が歩いて寄ってきている様子だった。
彼らはぼふんぼふんと黄色っぽい粉のようなものをまき散らしている。
あれは花粉なのだ。
吸い込めば幻覚作用のある粉で、本来はあれを吸って狂った動物をアルラウネが捕食する。
それで養分を得たところでこの花粉で受精し、次世代の種を残すというのが雄株のマンドレイクと雌株のアルラウネのやり方であった。
ある意味、動物の狩りと似たようなことをするのである。
ハーピーを荷のように肩に担いだリズは走って粉から離れ、声を張って風見に呼びかけた。
すると彼はがさっと茂みから飛び出してくる。
リズは一瞬、野生動物が出てきたかと思ってしまった。
「どうした?」
「誰が集めたかは知らんがマンドレイクの群れだ。エサがいっぱいいると見てこの一帯を花粉で包むつもりだ。アルラウネの養分になりたくないのならさっさと逃げるよ」
「すまん、集めたのは多分俺だな……」
「だと思ったよ」
そんなことを言いつつ、彼らはこの場を離脱するのであった。
□
風見が行った手術は簡単なものだった。
まずハーピーにエーテルを二分ほど嗅がせ、意識がないのを確認。
その後に強く皮膚に爪を立て、痛覚がないことを確認する。
この時、ぴくりと若干筋肉が反応するなら深部の神経にまで麻酔が届いていない証拠なのでもう少々嗅がせるのだ。
それからは足の腫瘍部分を少々切開し、白っぽいクリーム色の尿酸結晶をある程度取り除き、十分に煮沸消毒した湯で患部を洗い流して結晶を取り除いてやれば終了だ。
多少残ってしまう結晶も体がじきに吸収してくれるので問題ない。
あとは消毒してから簡単に糸で縫い、クロエの律法で傷を癒しつつ抜糸してしまえば足は元通りになってしまった。
「はい、手術終了。お疲れ様、クロエ」
「いえ、風見様こそお疲れ様です」
にこにこと微笑んでくれる助手の頭を撫で、改めてねぎらう。
作業が終わるのを見計らったリズとクイナもやってきた。
「シンゴ、ハーピーの風切り羽根は付加武装になるよ。このまま逃がしてもくたびれもうけでしかないが、それでも逃がすのか?」
「せっかく群れに帰れるようになったのにそんなことをしたら帰れなくなっちゃうだろ。やんないぞ」
ハーピーの風切り羽根は槍にあしらったり、防具にあしらったりする。
かまいたちを攻撃に用いたり、風を行動の補助にしたり、矢除けの守り風にしたりとただの戦争レベルなら十分に有用なのだが風見は興味がないようだ。
むしろ今はハーピーの翼をじっくりと見て異常がないか確かめつつ、骨格や筋肉などを知る方に興味があるらしい。
「本当に物好きだね。まあ、仕方ないか。うちのご主人は変態だもんね」
「誰が変態か」
一通り翼の触診を終えた風見は憤慨する様子で腰に手をつく。
リズは悪びれもしない様子でくつくつとやっているだけだ。
と、そんな彼女の向こうから視線をくれていたクイナはまた変なものを見る目を向けてくる。
流石にここまで来るとご褒美の目線でもなんでもない。
「あー、クイナ。俺は治療しただけだし、変なことなんてしてないからな……?」
「……さわってた」
「え?」
「……変な顔をしてハーピーの腕をにぎにぎしてた」
「……、」
傍目から見るとそういうことになってしまうのだろうか。
なっちゃうんだろうか?
深い疲れを感じてしまった風見は目頭を揉む。そんなつもりはないんだ! と訴えるのにももう疲れてしまった。
そしてもう一度クイナを見つめると彼女は近場に合った服をばっと羽織り、物陰に隠れてしまった。
重症である。
「なあ、リズ。俺には年頃の女の子の気持ちが判らないんだ……」
「揉んで確かめたらどうかな?」
「逆効果っ!」
クイナの頭も物陰にすっぽり隠れてしまった。
そんな光景を一通り笑ったリズは村で買った果実酒をあおり、一人だけ幸せそうに壁に体を預けていた。
傷口に塩を塗るか、火に油を注ぐかしかしてくれない駄犬である。
「風見様もお飲み物をどうぞ」
「……ああ、悪いな。ちょうど喉が渇いていたところだし頂くよ」
何かは知らないが、くいっと飲み込む。
きっとクロエのことだから元気の出る薬草か何かのお茶なのだろう。このパーティーで気が利くのはこの子だけだ。
何やら非常に苦くて青汁チックでありながら土臭い根っこ臭がする不思議な飲み物である。
良薬口に苦しというくらいだし、効力がかなりありそうな不味さだった。
「……これ、なんて飲み物なんだ?」
「えーっと、いろいろ入っているのでちょっと。しかし風見様に合わせたブレンドですのでご心配なく」
とびきりのエンジェルスマイルをしたクロエは飲み終えたコップを持って下がっていってしまった。
「あーあ、一服盛られたね」
「……はい?」
リズはぼそっと言う。
風見にはその意味が理解できなかったのだが、彼女は追及される前に「クイナ、寝るよ。こっちにおいで」とベッドに寝転がってしまった。
コップを片付けに行ったクロエもその頃には戻ってきて寝間着姿になっている。
「……けぷ。風見様、私達も休みませんか?」
「いや、二・三時間したらハーピーの麻酔も切れるだろうから俺はそれまで寝れないかな」
「ではそれまではお休みしましょう……!」
何かを飲んできたのかかわいらしく隠して息を整えたクロエは両手で風見の手を引いてベッドに誘ってきた。
うっかりと寝るわけにいかない風見はベッドに座り込み、クロエは今まで以上に積極的にぴとっとくっ付いてくる。
「シンゴ、私まで襲うなよ? あとクイナも」
「お前じゃあるまいし寝ているところに訓練だとかって言って奇襲をかける人種は少ないと思うぞ」
「ふうむ、それならそれでいいがね」
彼女は何も言うことがなくなってしまったのか、それっきり背を向けて寝てしまった。
わけが判らないなと風見は頭を掻く。
とりあえず彼はクロエが寝付くまではと猫をあやすように彼女の頭を撫でながら麻酔が切れる時が来るのを待つのであった。
――マンドレイク。
未熟なそれは滋養強壮作用、向精神性が非常に高く、使いようによっては栄養ドリンクやうつ病解消、戦闘時に士気向上などにも使えることだろう。
また従来は精力剤、媚薬などとして使われてきた。
完熟したマンドレイクには幻覚作用などが強くなり、毒性も強まってくるので薬用には適さない。
しかし完熟するまでにはいくらかの鎮痛、鎮静、下剤としての効果も持つために活用法もなくはない。
が、精力剤や媚薬としての効力があまりに強く、人の意志を捻じ曲げたりと悪用も考えられるため安易な使用は禁ずる。
特にクロエ。
風見の手記より抜粋。
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