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4章 人間領と獣人領と砂界の三つ巴

23-2 こうして僕らは手を組むことに

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「勇者は猪武者ばかりで、オレのような技術者は歴史を顧みてもいない。つまり、頼りになるのは少年だけだ。……こんなことをぼやくとは、存外、研究に絶望を感じ始めていたのかもな」

 答える彼女は今までの神経質な姿とは違った気がした。

 確かに彼女は常軌を逸している。

 けれどもそれはもしかすると、それは普通の感性を愚直に求めすぎた結果だったのかもしれない。


 人となりが見えた気がした。

 少なくとも、単なるマッドサイエンティストではないのだろう。

 そんな風に捉え始めたところ、エリノアはぽんと手を叩く。

「ああ、そうだ。つまり少年が望みを叶えられないならオレは数十年を徒労に費やし、失意のままに死んでいくんだろう。だからこそ、今一度聞いておこう。少年、今までの言葉に嘘偽りはないな?」
「そ、それはもちろんですけど……」
「よし。だったら試そう」

 そう呟いたエリノアの眼差しに真剣みが増した。

 それを目にしたテアは毛を逆立たせ、アイオーンも身構える。

 エリノアが指を立てると地面から金属が浮き上がり、彼女の首を囲う輪となった。


 攻撃の一手とは思えない。

 そんな雰囲気に戸惑っていたところ、輪は一気に収縮した。

 いやしかし、それでは自らの首を傷つけるだけ。

 そう思っていると、予想通りに首へと食い込み、ある意味でそんな予想を裏切り、首は両断された。


 ごとりと首が落ち、体が地面に倒れる。

 エリノアの魔力量は決して偽物などではない。

 これは間違いなく本人が自殺したとしか捉えようがなかった。

「えっ……。ええええっ!? どうしよう、これ!?」

 手を組むはずの勇者がこれだ。

 元は勇者二人を倒す予定だったとはいえ、これならしかたないとは受け止められない。

 だが、動揺するは僕ばかりだ。

 テアとアイオーンは冷ややかに見ている。

「つまり、これを助けて実力を証明しろってことでしょう? 本当に頭がおかしい……」
「死後にまで魔法を制御するのは至難の業です。しかしその気配も一切感じられないので、これは本当に実力を試されているだけかと思われます。理解しがたいですが」

 例えばホムンクルスと入れ替わっていて、油断して近づいたところで罠にハメる――そういう流れは恐ろしい。

 けれども、どれだけ気配を探ってもそれを感じられないのだから二人の言うとおりのようだった。


 十分に警戒はした。

 ならば後は言葉通り歩み寄るしかない。

 僕は意を決して近づき、エリノアの首を拾って断面と合わせる。

 問題はない。獣人領に侵入した冒険者で一度試したことだ。

「――《原型回帰》」

 断頭台と同じく、極めて鋭利な刃で二分されたので繋げるのは容易だ。

 体が元に戻り、心臓の鼓動に合わせて血流が回復する。

 要するに、首を絞め落とされたのと同じく一時的な気絶状態に数秒間の失血が加わっただけだ。


 虚ろだったエリノアの目には次第に生気が戻る。

 一応警戒して距離を取り直していたところ、ガバッと起き上がった彼女は僕に視線を合わせて跳びかかってきた。

「ふはっ。ふははは――ぼへっ!?」

 けれどもその手は届かない。

 アイオーンがその手と体を押し止め、テアが脇腹に回し蹴りをぶち込んだ。

 エリノアは地面を縦に、横に何回転もして吹っ飛ばされ、仰向けに倒れた。


 普通ならば大事故だろうけど、勇者はその強大な魔力のおかげで頑丈らしい。

 痛みとは違う意味で身もだえをする元気があるようだ。

「ふははは! 死の瞬間は気持ちいいと聞くが本当じゃないか! 未だにぞくぞくするっ。体の芯から疼くぞ。くふふっ、感動で人間を抱きしめるくらい許せよ、狭量め」
「マスター、距離を置いてください。あれは不健全です」
「同感。ウルリーカちゃんは微笑ましいけど、あれは危ない……」

 クスリがキマったように自制のない顔になっているので女性陣の目がトゲトゲしい。

 ここまで来て罠も何もないのだからもう少し信用してもいいとは思う。

 しかし、その知的探求心の追及ぶりはやはり常軌を逸しているようだった。


 協力するには違う意味で先が思いやられるかもしれない。
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