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3章 言い伝えの領域へ
14-2 脊髄損傷の治療を対価に協力してもらいます
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「いや、用件を言うために彼女の自己紹介だけでも聞いてください」
心臓から離れた大腿動脈なら少なくとも十分以上の猶予はあるだろう。
しかし今後のためには竜を疲弊させない方が望ましいので説明は手早さを心がける。
僕はアイオーンに話を振った。
「お初お目にかかります、紅き神獣。私はアイオーン。隣におられるエルディナンド様より拝命しました。起源は《地の聖杯》が有した機能の一つです」
『汝らはこの結界の鍵も持たずに侵入した。であれば、特別な輩とは思ったが《天の聖杯》に対抗して寄せ集められた模造品か。汝らが獣人を守護したことまでは記憶にある』
多分、人間領が初めて《天の聖杯》の力を手にしたとかいう大昔の話になるんだと思う。
僕も人間ではあるので勇者と同じく嫌悪の対象になるかとひやひやしたけれど、それはないようだ。
ほっと息を吐き、本題に入ろうとするアイオーンを見守る。
「では、率直に申し上げます。私とマスターの力であればあなたの傷も、あなたの自由を奪った脊髄の損傷も治癒可能です。私たちの目的は勇者の討伐と、あなたと対になる竜による砂界の再生です。手を取り合うことはできませんか?」
『――!』
その問いは、竜の心をざわめかせたのだと思う。
刹那、地面が灼熱して形を失い、煮え立った。
足元が突然溶岩と化し、周囲には突然の熱波が発生する――そんな変化である。
テアが咄嗟に闇で僕らを包み、偶然にも熱波によって吹き飛ばされていなければ丸焼きにされていたかもしれない。
『ぬっ……!? すまぬ、小さき者共よ。昂ぶりを抑えられなんだ』
熱波と地の溶岩化は熱を奪われるかのように消え去った。
水晶に力を奪われているというのにこれとは本当に恐ろしい力量だ。
「だっ、大丈夫ですっ、一応! 二人はどうっ!?」
「無事だけど焦ったぁっ……!」
「……すみません。率直に訴えすぎました。相手は神造遺物と同格の神獣。もう少し距離と時間をかけて伝えるべきでした」
諦めきっていた積年の恨みに火がついた熱量だったわけだ。
テアとアイオーンは心底驚きながらも怪我はなさそうだった。
一触即発という言葉も生ぬるい。
アイオーンがこぼした言葉からするに、この竜は勇者に勝るとも劣らない怪物ということは理解できる。
細かいことは後に回すしかないけれど、今のようなことは極力避ける言葉選びをしなければならない。
『そうさな、《天の聖杯》の力を受けた者共に、我から奪いし力を貪る者共。全て灰燼に帰せども消えぬ怨嗟があるのは確かよ。汝らよ、よもやそれだけ口にして謀るつもりはあらぬな?』
ああ、恐ろしい限りだ。
感情を取り戻した竜は殺意に似たものを向けてくる。
漫然と垂れ流しだったものがはっきりと向けられるだけで竦んでしまいそうだった。
このプレッシャーにも勝てないで勇者と対峙するなんてお笑い種かもしれない。
けれども、これは生易しい洗礼ではなかった。
肌もひりつく圧であのテアまでくたんと膝が崩れし、アイオーンは言葉が喉から出ない様子だ。
そんな二人に代わって僕は前に歩み出る。
伊達に邪神の器になっていない。
何より、ここで竜と向き合えなければお世話になった宰相や獣人領の人々は人間領の食い物になり続ける。
それを変えたいという想いが勝った。
「養父に授かったシュタイナーの姓にかけて誓います。僕は《地の聖杯》の器として一度は命を落としましたが、授かった権能によって体を作り直しました。その力であなたも癒します」
『娘のどちらかで見せてみよ。さすれば――』
「できません。僕は大切な人を傷つけずに生きるためにここにいます。その信条は曲げられません」
「あっ……」
どちらにせよ治せるなら、テアもアイオーンも受け入れるとは思う。
そういう意味での声が背後から漏れていた。
けれどもそれはしたくない。
邪神の器となったのも、死後にてあの涙を拭おうとしたのも、全てはこの信条あったればこそだ。
今だって獣人領の仲間を救いたいからこそこうしている。
『くはっ。くはははっ! 認めよう。汝のその意志は我が知る人間とは異なる。傷ならばすでに刻まれておる。手始めにそれで証明してみせよ』
「わかりました」
交渉すると言って果たせなかったことで自責の表情を浮かべていたアイオーンの肩に手を置き、膝が崩れたまま座り込んでいるテアの頭をぽんと撫でて歩き出す。
竜の内股の裂傷は大きいけれど、切断面は非常に綺麗だ。
《原形回帰》で癒すにしても細胞の補完はごく僅かで済むので楽なものだった。
あっという間に終えて元の位置に戻ると竜の威圧は消えていた。
『汝の言葉、信頼に足ると認めよう。では、次に我の首も癒すのだな?』
「ちょっと待ってください。治せる余力はあるんですけど、神経が治っても何百年も動かしていなかった体はすぐに追いつかないと思います。僕らの存在とあなたの回復を知らない勇者を不意打ちで葬るための手段を考えつつ対処したいです」
『ほう。なるほど確かに。この身が癒えてすぐ人の世界を焼き払いに飛び立ちたいが――そうもいかぬか』
一度、勇者の連中に負けたからこそ竜はこうなっているはずだ。
怒りに身を任せて復讐なんて得策ではないし、体力回復に時間がかかるのはむしろ好都合と言える。
だからこそ、ここに往来する勇者討伐でストレス発散の計画を立てるのは有意義なことだ。
納得してくれた竜とまずは情報交換を始めるのだった。
心臓から離れた大腿動脈なら少なくとも十分以上の猶予はあるだろう。
しかし今後のためには竜を疲弊させない方が望ましいので説明は手早さを心がける。
僕はアイオーンに話を振った。
「お初お目にかかります、紅き神獣。私はアイオーン。隣におられるエルディナンド様より拝命しました。起源は《地の聖杯》が有した機能の一つです」
『汝らはこの結界の鍵も持たずに侵入した。であれば、特別な輩とは思ったが《天の聖杯》に対抗して寄せ集められた模造品か。汝らが獣人を守護したことまでは記憶にある』
多分、人間領が初めて《天の聖杯》の力を手にしたとかいう大昔の話になるんだと思う。
僕も人間ではあるので勇者と同じく嫌悪の対象になるかとひやひやしたけれど、それはないようだ。
ほっと息を吐き、本題に入ろうとするアイオーンを見守る。
「では、率直に申し上げます。私とマスターの力であればあなたの傷も、あなたの自由を奪った脊髄の損傷も治癒可能です。私たちの目的は勇者の討伐と、あなたと対になる竜による砂界の再生です。手を取り合うことはできませんか?」
『――!』
その問いは、竜の心をざわめかせたのだと思う。
刹那、地面が灼熱して形を失い、煮え立った。
足元が突然溶岩と化し、周囲には突然の熱波が発生する――そんな変化である。
テアが咄嗟に闇で僕らを包み、偶然にも熱波によって吹き飛ばされていなければ丸焼きにされていたかもしれない。
『ぬっ……!? すまぬ、小さき者共よ。昂ぶりを抑えられなんだ』
熱波と地の溶岩化は熱を奪われるかのように消え去った。
水晶に力を奪われているというのにこれとは本当に恐ろしい力量だ。
「だっ、大丈夫ですっ、一応! 二人はどうっ!?」
「無事だけど焦ったぁっ……!」
「……すみません。率直に訴えすぎました。相手は神造遺物と同格の神獣。もう少し距離と時間をかけて伝えるべきでした」
諦めきっていた積年の恨みに火がついた熱量だったわけだ。
テアとアイオーンは心底驚きながらも怪我はなさそうだった。
一触即発という言葉も生ぬるい。
アイオーンがこぼした言葉からするに、この竜は勇者に勝るとも劣らない怪物ということは理解できる。
細かいことは後に回すしかないけれど、今のようなことは極力避ける言葉選びをしなければならない。
『そうさな、《天の聖杯》の力を受けた者共に、我から奪いし力を貪る者共。全て灰燼に帰せども消えぬ怨嗟があるのは確かよ。汝らよ、よもやそれだけ口にして謀るつもりはあらぬな?』
ああ、恐ろしい限りだ。
感情を取り戻した竜は殺意に似たものを向けてくる。
漫然と垂れ流しだったものがはっきりと向けられるだけで竦んでしまいそうだった。
このプレッシャーにも勝てないで勇者と対峙するなんてお笑い種かもしれない。
けれども、これは生易しい洗礼ではなかった。
肌もひりつく圧であのテアまでくたんと膝が崩れし、アイオーンは言葉が喉から出ない様子だ。
そんな二人に代わって僕は前に歩み出る。
伊達に邪神の器になっていない。
何より、ここで竜と向き合えなければお世話になった宰相や獣人領の人々は人間領の食い物になり続ける。
それを変えたいという想いが勝った。
「養父に授かったシュタイナーの姓にかけて誓います。僕は《地の聖杯》の器として一度は命を落としましたが、授かった権能によって体を作り直しました。その力であなたも癒します」
『娘のどちらかで見せてみよ。さすれば――』
「できません。僕は大切な人を傷つけずに生きるためにここにいます。その信条は曲げられません」
「あっ……」
どちらにせよ治せるなら、テアもアイオーンも受け入れるとは思う。
そういう意味での声が背後から漏れていた。
けれどもそれはしたくない。
邪神の器となったのも、死後にてあの涙を拭おうとしたのも、全てはこの信条あったればこそだ。
今だって獣人領の仲間を救いたいからこそこうしている。
『くはっ。くはははっ! 認めよう。汝のその意志は我が知る人間とは異なる。傷ならばすでに刻まれておる。手始めにそれで証明してみせよ』
「わかりました」
交渉すると言って果たせなかったことで自責の表情を浮かべていたアイオーンの肩に手を置き、膝が崩れたまま座り込んでいるテアの頭をぽんと撫でて歩き出す。
竜の内股の裂傷は大きいけれど、切断面は非常に綺麗だ。
《原形回帰》で癒すにしても細胞の補完はごく僅かで済むので楽なものだった。
あっという間に終えて元の位置に戻ると竜の威圧は消えていた。
『汝の言葉、信頼に足ると認めよう。では、次に我の首も癒すのだな?』
「ちょっと待ってください。治せる余力はあるんですけど、神経が治っても何百年も動かしていなかった体はすぐに追いつかないと思います。僕らの存在とあなたの回復を知らない勇者を不意打ちで葬るための手段を考えつつ対処したいです」
『ほう。なるほど確かに。この身が癒えてすぐ人の世界を焼き払いに飛び立ちたいが――そうもいかぬか』
一度、勇者の連中に負けたからこそ竜はこうなっているはずだ。
怒りに身を任せて復讐なんて得策ではないし、体力回復に時間がかかるのはむしろ好都合と言える。
だからこそ、ここに往来する勇者討伐でストレス発散の計画を立てるのは有意義なことだ。
納得してくれた竜とまずは情報交換を始めるのだった。
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