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3章 言い伝えの領域へ
14-1 竜の望みを叶えて致命傷を与えます
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翌日、僕たちはあの紅い竜と接触するため、例の砂漠に足を運んだ。
「二人とも、準備はいい?」
「うん、アミュレットの調子も良好。だいじょーぶ」
「こちらも支障ありません」
アミュレットには耐火や耐熱の魔法が付与されている。
原理は物によって違うけれど、要するに魔力を込めれば自分の周囲の温度変化を抑えてくれる代物だ。
「じゃあ開くよ」
もし、竜が火を噴きかけてきたとしても対応するくらいの気構えだ。
以前と同じく空間の歪みを捉え、その隙間を広げる。
すると礫砂漠と水晶に貫かれた紅い竜――同じ光景が見えた。
「やっぱり僕らを見ているね」
「うん。魔力の高まりには注意しとこっか」
備えがなければ重傷を負いかねないほどの熱波を垂れ流しにする竜。
そんなものが攻撃の意思を見せるなら僕らの実力でも危うい。
「マスター。竜の正体には思い至るところがあります。交渉は私にお任せを」
「イオンはいろんな事情に詳しいもんね。よろしく」
「はい。努力いたします」
竜はエルフに並ぶくらい寿命が長い生き物だ。
《地の聖杯》としての長い記憶の中で面識があってもおかしくないかもしれない。
テアはこういうことに不向きだし、僕も普通の対応しかできないので心強いことだった。
「うあぁー、空気が重いよぉ……」
テアは顔を歪めて服の裾を握ってきた。
確かにこれはなかなかに辛い。漏れ出る魔力の圧は重力みたいだ。
獣人領で囲われた生活を送った僕としてはここまでの生物に会ったことがない。
近づくにつれて竜の視線が圧を増加させていく。
間合いはおよそ大股十歩ほど。
アイオーンの後に続いた僕らは、声を張らなくとも会話できる位置で足を止めた。
「あなたはこの砂界で語り継がれる竜――神獣の一体ですね? 置かれている状況には察しがつきます。私たちは敵ではありません。会話を許していただけませんか?」
アイオーンが丁寧に語りかける。
近づく間も、今も細心の注意を払って魔力の変化を追ってみたが、攻撃的な高まりは見えない。
このままなら、大丈夫なはず……。
そんな思いを抱きながら応答までの沈黙をひたすらに待った。
『……会話を望むか。ならば我に致命傷を与えよ。死すまでの暇であれば、汝らの望むことを教えよう』
長い生を過ごした竜は人語も解する。
竜はそれだけ漏らすと、こちらの観察に戻った。
勇者や伝説についての情報。
そして、砂界を緑化するために竜の協力を仰ぎたいこと。
全部を叶えるならば応じにくい要望だ。
「えっ。えぇ? 勇者を殺したいとか、人類死すべしとかってブチ切れるならわかるけど、あのドラゴンはなんで殺されたいの?」
テアはわけがわからないといった表情だ。
彼女の思考も大概物騒だけど、確かに誇り高い竜ならそうなっていてもおかしくない。
「テア、見て。あの水晶は竜の首の根元辺りを貫いてる。首から下が動かない状態にされて魔力だけ奪われているって状態だったらさ、解放されたいって思わない?」
「あっ……」
竜の存在がただの伝説になるくらい、この閉ざされた空間に隔離された。
その間ずっと動けもしないで搾取され続けたなんてぞっとする。
「私もそういうことだと考えます。しかし、テアが口にした怨嗟も当然持っていることでしょう。だからこそ、彼の望みを叶えた上で交渉するべきです。マスターにはそれができるだけの力がありますから」
「そっか。砂界に来る時に商人の護衛を助けたのと同じってことだね?」
矢によって脇の下の動脈が傷つき、失血死しそうだった人を助けたのを思い出す。
「はい。私たちと手を組めば妥協案に甘んじる必要はないと訴えましょう」
方針は決まった。
今後を思えば傷つけたくないとはいえ、そうでもしなければ対話もままならない心の壁を感じるので仕方がない。
僕は竜に視線を戻した。
「ある程度の会話をさせてもらいたいし、痛みを与えないために腿の付け根を通っている動脈を狙わせてもらいます」
『良かろう』
竜の外皮を断つのも容易ではないけれど、こういうことはテアが得意だ。
僕は彼女に頷きかける。
彼女は深呼吸をして存分に魔力を練ると魔法を使った。
闇の刃が一閃し、竜の内股から血が流れ始める。
治癒魔法で塞ごうものなら、最良でも足への血液供給が止まって壊死を起こすはずだ。
それが腐敗でもしていけば緩やかな死にも繋がる。
四肢切断をしなければ生きられないという野戦病院の末路と同じことになるだろう。
それを竜も知っていたのか、重く、長い息を吐く。
『はぁ……。ようやく、なのだな……』
望みが叶えられた喜びなんかではない。
疲れ果て、そのまま倒れて全てを諦めた時に吐くような息だった。
しばらくしてから竜は僕らと目を合わせる。
『時間は限られる。汝らの名より、用件を聞こう』
「二人とも、準備はいい?」
「うん、アミュレットの調子も良好。だいじょーぶ」
「こちらも支障ありません」
アミュレットには耐火や耐熱の魔法が付与されている。
原理は物によって違うけれど、要するに魔力を込めれば自分の周囲の温度変化を抑えてくれる代物だ。
「じゃあ開くよ」
もし、竜が火を噴きかけてきたとしても対応するくらいの気構えだ。
以前と同じく空間の歪みを捉え、その隙間を広げる。
すると礫砂漠と水晶に貫かれた紅い竜――同じ光景が見えた。
「やっぱり僕らを見ているね」
「うん。魔力の高まりには注意しとこっか」
備えがなければ重傷を負いかねないほどの熱波を垂れ流しにする竜。
そんなものが攻撃の意思を見せるなら僕らの実力でも危うい。
「マスター。竜の正体には思い至るところがあります。交渉は私にお任せを」
「イオンはいろんな事情に詳しいもんね。よろしく」
「はい。努力いたします」
竜はエルフに並ぶくらい寿命が長い生き物だ。
《地の聖杯》としての長い記憶の中で面識があってもおかしくないかもしれない。
テアはこういうことに不向きだし、僕も普通の対応しかできないので心強いことだった。
「うあぁー、空気が重いよぉ……」
テアは顔を歪めて服の裾を握ってきた。
確かにこれはなかなかに辛い。漏れ出る魔力の圧は重力みたいだ。
獣人領で囲われた生活を送った僕としてはここまでの生物に会ったことがない。
近づくにつれて竜の視線が圧を増加させていく。
間合いはおよそ大股十歩ほど。
アイオーンの後に続いた僕らは、声を張らなくとも会話できる位置で足を止めた。
「あなたはこの砂界で語り継がれる竜――神獣の一体ですね? 置かれている状況には察しがつきます。私たちは敵ではありません。会話を許していただけませんか?」
アイオーンが丁寧に語りかける。
近づく間も、今も細心の注意を払って魔力の変化を追ってみたが、攻撃的な高まりは見えない。
このままなら、大丈夫なはず……。
そんな思いを抱きながら応答までの沈黙をひたすらに待った。
『……会話を望むか。ならば我に致命傷を与えよ。死すまでの暇であれば、汝らの望むことを教えよう』
長い生を過ごした竜は人語も解する。
竜はそれだけ漏らすと、こちらの観察に戻った。
勇者や伝説についての情報。
そして、砂界を緑化するために竜の協力を仰ぎたいこと。
全部を叶えるならば応じにくい要望だ。
「えっ。えぇ? 勇者を殺したいとか、人類死すべしとかってブチ切れるならわかるけど、あのドラゴンはなんで殺されたいの?」
テアはわけがわからないといった表情だ。
彼女の思考も大概物騒だけど、確かに誇り高い竜ならそうなっていてもおかしくない。
「テア、見て。あの水晶は竜の首の根元辺りを貫いてる。首から下が動かない状態にされて魔力だけ奪われているって状態だったらさ、解放されたいって思わない?」
「あっ……」
竜の存在がただの伝説になるくらい、この閉ざされた空間に隔離された。
その間ずっと動けもしないで搾取され続けたなんてぞっとする。
「私もそういうことだと考えます。しかし、テアが口にした怨嗟も当然持っていることでしょう。だからこそ、彼の望みを叶えた上で交渉するべきです。マスターにはそれができるだけの力がありますから」
「そっか。砂界に来る時に商人の護衛を助けたのと同じってことだね?」
矢によって脇の下の動脈が傷つき、失血死しそうだった人を助けたのを思い出す。
「はい。私たちと手を組めば妥協案に甘んじる必要はないと訴えましょう」
方針は決まった。
今後を思えば傷つけたくないとはいえ、そうでもしなければ対話もままならない心の壁を感じるので仕方がない。
僕は竜に視線を戻した。
「ある程度の会話をさせてもらいたいし、痛みを与えないために腿の付け根を通っている動脈を狙わせてもらいます」
『良かろう』
竜の外皮を断つのも容易ではないけれど、こういうことはテアが得意だ。
僕は彼女に頷きかける。
彼女は深呼吸をして存分に魔力を練ると魔法を使った。
闇の刃が一閃し、竜の内股から血が流れ始める。
治癒魔法で塞ごうものなら、最良でも足への血液供給が止まって壊死を起こすはずだ。
それが腐敗でもしていけば緩やかな死にも繋がる。
四肢切断をしなければ生きられないという野戦病院の末路と同じことになるだろう。
それを竜も知っていたのか、重く、長い息を吐く。
『はぁ……。ようやく、なのだな……』
望みが叶えられた喜びなんかではない。
疲れ果て、そのまま倒れて全てを諦めた時に吐くような息だった。
しばらくしてから竜は僕らと目を合わせる。
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