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第1章 少々特殊なキャンパスライフ
第4話 パートナー動物 ③
しおりを挟む「まだ知らない人も多いだろうが、公務員獣医師は獣医師全体の二、三割を占める就職先なんだ。大雑把に言うとその仕事は店や食品の安全を司る厚生労働省系と、産業動物の防疫を司る農林水産省系に分かれている。家畜保健衛生所は後者の配属先だ」
武智教授は口頭で述べた通り、黒板に二つの系統を書き表す。
「名前が長いので通称は家保と呼ばれる。ここは家畜版の保健所とでも思えばいい。牛、豚、鶏を中心として羊、山羊、馬、ミツバチの疾病予防もするのが主な仕事だ」
これは日原としても初耳だった。
獣医の代名詞といえば、もちろん動物病院。
次点で動物園あたりという認識しかなかったのだが、そのような仕事もあるらしい。
ほぼ一様な学生を前に、武智教授は小さく唸った。
もしかすると甘さを見て取ったのかもしれない。彼は声に重みを持たせ、見回してくる。
「いいか。これらはその生死も含め、君たちに立派な獣医師となってもらうための実習とも言える。レポート提出もあるのでしっかりと経験に結びつけるように!」
場を引き締めるための言葉がかけられる。
そもそもこのパートナー動物の特色に期待して集まった生徒が多い。その言葉で気を引き締めたと見える生徒は多かった。
それを目にした教授はもう厳しい言葉は重ねない。
「それではオリエンテーションは終了だ。引き取りを選択した生徒だけこの場に残って、あとは解散だ」
本日はこれに続く授業もない。
その指示を受けて生徒は退室していく。
最初の授業まではまだ数日の猶予期間がある。待っているのは何も上級生の洗礼的な飲み会だけじゃない。
その間にすべきことがあるので日原は残る三人に目を向けた。
「さっきの話だと、パートナー動物の受け取りは僕だけになるんだよね。まだ買っていない授業のテキストのことなんだけど、そのうち時間を合わせて買いに行かない?」
問いかけたところ、鹿島が最初に頷きを示した。
「そうだな。複数人で同時購入すれば安くなるらしいし、都合を合わせて買いに行こう。数パーセントの値引きもシャレにならない出費になりそうだからな……」
ぼやいた彼は必要テキスト一覧のプリントに目を向け、引きつった表情を浮かべた。
注目どころはプリントに記載された定価だ。
その表情には日原も深く同意する。
「ハイハイッ! あと、さっきの話に出ていた鹿島君のミツバチを見てみたい!」
一緒に行動するならこじつけたかったのだろう。渡瀬は勢いよく手を上げ、主張した。
養蜂は聞き覚えがあるが、そもそも内容も獣医の関わり方も知らない。その主張は日原としても魅力的だ。
物静かな朽木も好奇心が刺激されたらしく、テグーの手を上げさせて賛同を示してくる。
それらを見た鹿島は肩を竦めた。
「わかった。それならミツバチの世話を見た後、教科書を買いに行くか」
「私も羊の世話があるんだ。午前中ならその後がいいかも」
「折角の休みならあまり早すぎるのは勘弁だぞ。早くて九時だ」
畜産は朝が早いイメージだ。鹿島はジト目で渡瀬を見つめる。
その想像は概ね間違っていないのだろう。彼女はたははと苦笑した。
「ウチも朝はたいぎいね。せめて気温が上がってからで……」
鹿島の意見には朽木も同意らしい。
方言で大変や面倒という意味だっただろうか。全国から満遍なく生徒が集まる獣医学科では、様々な方言を耳にする。
項垂れた彼女は自分の代役とばかりにテグーを掲げた。
爬虫類が日差しで体を温めないと動けないように、飼い主も朝は時間が必要なのだろうか。
「うん、それじゃあそういうことで。夜は先輩の家で宅飲みらしいし、また後でね」
「そうだなー」
大学は僻地にある上、お金がない学生は宅飲みとなりがちらしい。
鹿島を筆頭に頷いた彼らとはここで一旦お別れをした。
そして保健所からの動物との引き合わせの時である。
彼らはラウンジのバックヤードに前もって運び込まれていたらしく、生徒が施設から出ていくタイミングで運び出されてくる。
教授の話の通り引き取り手が少ない老いた動物が多いが、一部には子犬子猫もいる。
その世話もまた経験になるので省かれていないのだろう。
見回す限り、保健所からの受け取りを選んだ生徒は六割程度だろうか。
「では、私と内科学の助教で受け渡しをする。呼ばれた者から前に来てくれ」
バックヤードからペットを運び出している人物は武智教授の関係者だったらしい。彼が頷きかけると、そちらでも受け渡しが始まった。
「日原君、待たせたな。君が預かる猫だ。説明をするのでこちらへ」
「はいっ!」
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