私のわがままな異世界転移

とみQ

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ネストの村編 第1章 変わる日常

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  開け放たれた窓の外から、「ルールー」という聞き覚えのない音が聞こえる。
  虫の音だろうか。それとも何か小さな生き物の鳴き声か。
  だがどんな場所でも夜の涼しげな宵の虫のや小動物の鳴き声というのは、悪い気はしないものなのである。
  私達は四人、簡素な燭台にろうそくの火だけが灯された薄明るい部屋の中。一時のささやかな静かな時間を過ごしていた。

「本当に……まだ夢なんじゃないかって思っちゃうわ」

  椎名が眠り続ける美奈の顔を見ながら、同じベッドに腰掛け呟く。
  美奈はというと先程よりは少し落ち着いたのか、冷や汗は出ているものの、安らかな寝息を立てていた。

「そうだな。……今日の昼には私達四人、美奈の部屋で夏休みの宿題をしていたはずなのだからな」

「――私達……帰れるのかな。あそこに」

  私は言葉を詰まらせる。
  それに対する正着な答えは持ち合わせていない。それは椎名も同じ。
  答えが決まりきっている質問をするなど椎名らしくない。
  最も初めから答えなど求めていなかったのかもしれないが。
  椎名は、美奈の手にそっと自身の手を重ねた。
  彼女の丸まった背中を見ていると、少しいたたまれない気持ちになってくるのだ。
  今回のこと、美奈に対し彼女は相当の責任を感じている。
  それは今日一日、嫌というほど感じさせられた。
  私は特段責任など感じる必要はないと思っている。
  だがそう声をかけたとして、果たしてそれが彼女を安心させる結果になり得るだろうか。

「……さあな。今んとこそういう兆しは一切ねえもんな」

  工藤が会話を引き継ぎ言葉を紡ぐ。
  それから工藤が、もそもそと動いているのが目に映る。
  落ち着きなく頭をぽりぽりと掻いたり、何か言い出そうとしているのだけは分かった。
  私はそれを視界に入れつつ、黙って彼の動向を見守っていた。
  やがてふうと短い息を吐く。

「あのな、椎名」

  工藤は不意に椎名の名前を呼んだ。

「??」

  次の瞬間顔を上げ、まっすぐ彼女を見据えたのだ。

「言っとくけど、高野のことは皆の責任だからな。お前が一人でしょいこむ事じゃねえ。俺だって、何もできなかったんだ。それを言ったら俺の方が役立たずで、クソだ」

「そんな事……」

「思ってねえんだろ?  だったらそれでいいじゃねえか。椎名は悪くない。椎名は今日よく頑張った。お前は、偉いよ。俺も、隼人だって認めてるよ」

「うむ」

  ちょっと乱暴な言い方だとも思う。
  だがそれは私が言いたかったことでもあって。けれど彼女の気持ちを慮ると言い出せなかったのだ。
  いや、ただ単に私が臆病なだけなのかもしれない。
  それを言ったら嫌な顔をされるとか。泣かれたらどうしようとか。
  そんな打算的な気持ちが私の言葉に歯止めをかけたのだ。
  だが工藤は多少の逡巡はあれど、それをしっかりと伝えた。
  単純に、そんな彼が羨ましい。

「……分かったわよ。工藤くんのクセに……バカ」

  この時ばかりは椎名も言い返すことはなく。素直に工藤の言葉を飲み込んだ。

「ん」

  工藤はそれ以上は何も言わなかった。
  そこからはこの話は終わりとばかり、視線を村の人に貰った護身用の鉄の剣へと移して弄んでいた。
  鼻唄など歌いつつ、刃渡り一メートルはあるだろうか。鞘に収めた重そうなそれを、両手で交互に持ち替えたり上下に振ったりし始めた。
  何というか、かなり違和感のある光景だが。
  改めてそういう世界に来てしまったのだと思わされた。
  ふと再び視界の端に椎名の姿を捉える。
  今度は椎名の方が落ち着かなくもそもそしているのだ。
  ちらちらと工藤の方を見つつ、そわそわとしている様子が見て取れた。
  工藤の方はそれには気づかず相変わらず剣へと視線を落としている。
  今の工藤の言葉が気に入らなかったのかとも思ったが、その意図するところはすぐに判明した。

「あの……工藤くん」

「ん?」

  名前を呼ばれ、剣を弄ぶ手を止めて、工藤は再び椎名の方を向く。
  椎名は俯き両手を膝の上に置き、爪先をパタパタとしながら落ち着かない。
  やがてピタと足の動きを止め、横を向いたかと思うとぽしょりと呟いたのだ。
 
「その……ありがと」

「お――おう……」

  暗くとも彼女の顔が赤いのは容易に想像できた。
  あまりに唐突で、工藤もこれには戸惑いどもる。
  工藤もきっと、横を向けた顔は茹でダコのように赤くなっていることだろう。
  ふむ。予想と反して中々に妙な空気が流れたものだ。
  二人の間の雰囲気を眺めつつ、私自身ここにいていいものかと思ってしまう。
  もちろん喧嘩されたり険悪なムードになるよりはずっといいのだが。
  私だけが貧乏くじを引いた心持ちになる。
  勇気を出さずに一人ひよってしまった罰だろうか。
  「ルールー」と何物かの鳴き声は終始外から響いてきていた。
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