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4章 2年目の中年レーサー

第46話 順位より優先するもの

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 飲み物を買いに行った後、観戦場所の第2コーナー出口付近に戻る。
 西野、北見さんと一緒に折り畳みチェアを広げたところで、木野さんが参加するスポーツクラスのレースが開始された。
 私達が観戦している前を選手集団が通過する。
 木野さんが丁度集団の中央付近にいるのが見える。
 レース前に今回が初のスポーツクラスだから、完走目的で走ると木野さんは言っていたが、集団中央で足を休めながら走る戦略だろうか?

「木野さんファイト」
「頑張って!」
「頑張れよー!」

 西野、北見さんと一緒に声援を送った。
 選手集団と共に木野さんが目の前を通過していく。
 そして、ホームストレートに戻ってきてリアルスタートを迎えた。
 選手集団が第1、第2コーナーを抜けて再び私達の前を通過する。
 レース開始で一気に選手が加速したが、木野さんも遅れずに走っている。
 エントリー25人中15番目くらいの位置だろうか。

「頑張れ木野さん!」
「落ち着いていきましょ!」
「前出ろ、前! 前でないと勝てないぞ!」

 西野、北見さんと一緒に声援を送るが……北見さんのは声援か?
 一瞬だけ木野さんがはにかむ。今ので嬉しかったのか?

 そのまま何事もなくレースは進行して5周目を過ぎた。
 流石に初心者を脱却した選手が参加するクラスだけあって、序盤で選手集団が乱れる事はないな。
 レースが動いたのは8周目。
 ヘアピンコーナーの立ち上がりで一人の選手がバテて遅れたようだ。
 立ち上がりが遅れた選手より前の10名の選手は影響が無かったが、後ろの選手は立ち上がりで遅れて集団が二分される。
 木野さんは……後ろの集団か!
 私達の観戦場所を先頭集団が通過した。
 遅れて木野さんが走っている第2集団がやってくる。

「負けるな木野さん!」
「まだ追えるわよ!」
「10秒差! 追える差だ!」

 私達の声援が木野さんに伝わったのだろうか。
 木野さんが第2集団の先頭を引いて先頭集団を追い始めた。
 だが、ヘアピンコーナーを抜けてホームストレートに戻った所で木野さんが先頭交代したが、第2集団の速度が遅い。

「あれは諦めたな。先頭を追う気がねぇな!」
「後2周あるのに、もう諦めた?」
「そうさ。まぁ、それも戦術の一つだよ。今から無理して先頭を追っても、最終周回で勝負する足が残せない。だから、第2集団で先頭を取る為に足を休めているのさ。これが序盤なら先頭集団を追っただろうけどな」
「そういうものなんですか?」
「チーム戦で勝たせたい選手が第2集団にいるなら別だけど、自分の順位を出来るだけ上げたいと思うなら妥当な戦術だな」

 北見さんの説明で状況が分かった。
 確かにそれも戦術としてはありだな。
 自分も同じ状況であれば速度を落とした第2集団で足を休めて、ゴールスプリントで第2集団の先頭でゴールする戦術を取るだろう。
 だけど、実際に走っているのは木野さんだ。
 彼はこの状況でどの様な走りをするのだろう。

「ファイト!」
「あと2周!」
「追えーっ! 追えーっ!」

 私達の前を通過する木野さんに声援を送る。
 北見さんはこの状況で追えと言うのか……さっきの説明通りだと、第2集団は先頭集団を追いかける気がないのに?
 北見さんの無茶ぶりが届いたのか、木野さんがバックストレートで第2集団から抜け出して一人で先頭集団を追い始めた。
 ヘアピンカーブを抜けて、ホームストレートを一人で走る木野さん。
 スタート地点に辿り着いたところで北見さんがタイム差を計測する。

「5秒差だ。10秒差だったから一人で5秒詰めたな」
「最終周回に入ったけど、何とか先頭集団に合流出来そうですね」
「難しいんじゃないかしら。先頭集団は先頭に残れる実力者が10人揃って走っているのよ。木野さん一人ではキツイと思うわよ」
「ノノの言う通りだな。それでも戦う意志を見せてくれたのが嬉しいね」

 それでは木野さんはどうなるのだ?
 先頭集団が通過した後、5秒差で木野さんが目の前を通過する。

「追えるよ! 木野さーん!」
「最後だよ! 頑張って!」
「後ろ来てるぞ! 先頭を追えっ!」

 最終周回だから、これが最後の声援だ。
 後は木野さんの頑張りを信じるしかない。
 バックストレートを10名の先頭集団を追いながら11位で通過する木野さん。
 後ろには最終周回で速度を上げた第2集団が追い上げてきている。
 ヘアピンコーナーを抜けて最後のホームストレート。
 先頭集団から遅れたしまったが、第2集団の先頭を走っている。
 負けるな木野さん!
 だが、その願いは叶わなかった。
 次々に腰を上げてスプリントを開始する第2集団の選手達。
 木野さんが次々に追い抜かれていく……一人で先頭集団を追った事で力尽きたのだろう。
 16、17……最終的に18位かな。

 レースが終わり木野さんが戻ってきた。

「応援有難う御座いました。お陰様で頑張れました」
「おう、頑張ったじゃないか!」
「凄かったわよ!」
「無茶ぶりしたけど大丈夫だったかい?」

 少し心配になり木野さんに声をかけた。
 私達の無茶ぶりで先頭集団を追って、順位を落とした事を悔やんでなければよいのだが。

「いやいや、僕へっぽこなのに、勝ちを信じて活を入れてくれて有り難かったですよー」
「信じてたぜぇ。あそこで日和ったら今後の成長は見込めねぇからな。応援しているから、今後もガンガン行けよ!」
「ありがとですよ。あそこで先頭集団に追いつけたらカッコ良かったんですけどねぇ」

 嬉しそうな木野さん。
 木野さんが自分の意志で先頭集団を追っていた事が分かって良かった。
 今の順位を守る事より、勝利への闘志を優先させるのが木野さんの走りか。
 北見さんの方が私よりレース経験があるからかな。
 私より選手の気持ちが分かっている様に思える。
 レース時の監督役は北見さんに任せた方が良さそうだな。
 最後は東尾師匠のレースの観戦だな。
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