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4章 2年目の中年レーサー

第38話 何の為に?

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 初詣で西野と行った冬の峠に懲りた私は、南原さんと海岸線ツアーを行っていた。
 体重が重いパワー系のサイクリストにとって平地は天国だ。
 同じパワー系のサイクリストである南原さんが同じチームに所属してくれたのは有り難い事だ。
 こうして一緒にサイクリング出来るしな。
 だから、休憩時に南原さんに感謝の言葉を伝えた。

「チーム所属してくれてありがとう。南原さんが所属してくれて良かったよ」
「いえ、こちらこそ誘ってくれて嬉しかったです」

 南原さんが礼儀正しく頭を下げた。
 今更だが、チームに誘った事を嫌がられていなくて良かったと思う。
 礼儀正しい20代の若者がついて来てくれた事は、私にとって誇らしい事だ。
 だが、疑問もある。
 彼なら他のチームから誘われる事は十分あり得るからだ。

「でも不思議だな。南原さんなら同級生や、他のチームからも誘われたりしていたのではないのか?」
「誘われていましたよ。蓮さんのチームが解散した後にですけどね……」

 南原さんが寂しそうな顔を見せる。
 南原さんも西野や北見さんと同じで、亡くなられた蓮さんと同じチームだったのだな。

「そうか、南原さんも所属していたのか。確かシゲさんのお店の名前と同じ『エンシェント・バレー』だったか?」
「そうですよ。でも解散した後に目的を失ってしまったのです。何の為に走っているのだろうと。次第に目的もなく、週末に走り慣れた所を走るだけになってました」
「楽しいから始めたのではないのか? 楽しいからが目的でも良いと思うけどな」
「楽しいから始めましたよ。でも、ただ走るだけで楽しいと思える時間は終わってしまった。蓮さんをアシストしてチームの勝利に貢献するのが生きがいになってから」
「チームの勝利に貢献するのが生きがいか……それなら私のチームでは生きがいが見つけられないな」
「えっ!!」

 南原さんが驚き、ドリンクボトルを落としそうになる。
 そんなに驚く事だろうか?
 私のチームにレースで勝利出来る実力者はいない事は、十分理解出来ていると思ったのだけど。
 この前のエンデューロレースみたいにメンバーを交代しながらなら別だけど。

「アシストしても勝てるエースがチームにいないからな。南原さんが本気で走ったら、ゲストメンバーの東尾師匠以外は全員置いていかれるさ。一番下のクラスでギリギリ完走のオッサンがエーススプリンターのチームだよ」
「そんな事はないですよ! 年齢のハンデがあるのにいきなり初めて完走出来るだけで凄い事ですよ!」
「気を使わなくて良いさ。それに聞きたいのはそういう事ではない。南原さんは悩みがあるのだろう?」

 南原さんが少し躊躇った後に話を続けた。

「正直に言えば、アシストが好きな訳じゃないです。元々、自分が勝ちたいって思いが強かったけど全然勝てなくて、いつも苛ついていました。ロードレースではスプリンターにゴール前で負け続けて、ヒルクライムでは全く歯が立たなかったから」

 礼儀正しい南原さんが、いつも苛ついていたか……若さゆえか。
 蓮さんが亡くなった当時は高校生だったからな。
 年を取れば自分だけが勝てば良いのでは無くて、周りとお互いに協調しあって生きる事を覚えるのだがな。
 でも、それを年上の蓮さんが、高校生だった南原さんに教えたのだろうな。

「それで、蓮さんと出会って変われたのか?」
「良く分かりましたね。ロードレースはチーム競技だと教えてくれました。初めてアシストを担当して、蓮さんが優勝した時は自分の事の様に嬉しかったです。自分を誘ってくれた蓮さんの力になりたかった……」

 南原さんは蓮さんが好きでアシストしていたのだな。それならーー

「そうか、それならアシストは止めた方が良いな」
「どうしてですか?!」

 南原さんが声を荒げる。

「蓮さんの為にアシストしていたなら、蓮さんがいないチームでアシストする必要はないからさ」
「それはチームにいる意味が無いって事ですか?」
「そうではないさ。レーシングチームだけどメンバーがチームに貢献する必要はないんだ。ただ一緒に参加して、楽しく雑談するだけで良いと思う。南原さんがもう一度アシストとしたいと、本気で思ってくれたら大歓迎だけどな」
「そこまで言われたら全力でアシストしたくなるじゃないですか」
「そうか? 私はもう一度優勝目指してみても良いと思うけど。タイムトライアルのレースは少ないけど、トライアスロンだったら結構開催されている。トライアスロンのバイクパートならダントツで一位になれるだろう?」
「よして下さいよ。バイクパートは余裕ですけど、マラソンと水泳はどうするんですか?」
「南原さんは泳げなかったのか?」
「泳げはしますよ。でもマラソンが無理です。スプリントで抜かれるより、マラソンパートで抜かれる方が精神的にダメージ大きいですよ」
「すまないな。順位はビリでもスプリントでは負けた事はないから、南原さんの気持ちは分からないな」

 南原さんが爆笑する。
 思えば南原さんが、こんなにも感情を爆発させるのは初めてだな。

「あの我儘な西野に付き合えるだけあって器が大きいですね」
「西野の我儘か……聞いた事がないな」

 不思議そうにしている私を見て、南原さんが驚いた顔を見せる。
 そんなに驚く事か?
 西野との思い返すが、自転車用品を買いに行ってくれたり、峠を紹介してくれたり……親切な人だよな?

「それは凄い事ですよ……まさか……」
「まさか?」
「何でもないですよ。そろそろ走り始めましょうか?」

 南原さんのリアクションが少し気になるが、再び走り始める事にしたのであった。
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