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2章 進化する中年レーサー

第17話 甘くないスイーツコース

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 今日は西野がお気に入りの『スイーツコース』を案内してくれる日だ。
 迷子にならない様に、送ってもらったコースデータをサイコンにダウンロードして出発する。
 サイコンのナビ機能通り走って、目的地の狭い橋を渡り切った所で西野が暇そうに待っていた。
 どうやら地元なだけあって早めに着いていたようだ。

「おはよう。待たせたかな?」

 ロードバイクから降りて西野に挨拶した。

「おはよう猛士。待ったのは少しだけね。今日は予定通り、私のお気に入りのスイーツなコースを案内するわね」
「スイーツなコース? 途中で美味しいスイーツを売っている店があるのか?」
「スイーツのお店? 途中に無いわね。まぁ、走ってみてのお楽しみよ。猛士の実力に合わせて先導するからついて来て」

 スイーツなコースなのに、途中でスイーツが売っていないのは不思議だな。
 西野は走ってみてのお楽しみと言っているが、終点にお店があるという事なのだろうか?
 まぁ、ロードバイク始めたばかりで、何をやっても楽しく感じるのだ。
 黙って付き合うのも悪くは無いと思いながら、近くの自販機でドリンクを補充する。
 西野もサイクルボトルにドリンクを補充し終えたところで、一緒に走り始めた。
 走り始めは緩い坂道だったので、私でも問題なく走れる。敢えて問題を言えば、道幅が狭くて対向車とのすれ違いが怖いくらいだろうか。

「この辺りは見通し悪いから気を付けてね」

 西野が前を走りながらアドバイスをしてくれる。
 私は急ブレーキ時に追突しないように、少し距離を取って追走した。
 しばらく走り続けるとセンターラインが現れ、少しだけ道幅が広くなった。
 今までは住宅街だったが、この辺りから木々が目立つ様になり、峠を上り始めた実感を感じ始める。
 こんなにゆったり上れる道路があるなら、最初に連れてきてくれれば良かったのにと思う。
 最初に経験したヤビツ峠は、前半の斜度がきつくてギブアップしたからな。
 それはそれで、闘志がみなぎって楽しかったが、上りやすい峠で少し自信を付けてくれても良かったのに……そういう緩い考えを持った私の前にヘアピンカーブが突如現れた。
 真上から航空写真を撮れば、平仮名の『つ』の様な普通の形状のヘアピンコーナーに見るだろう。
 しかし、普通と明らかに違うのは、真横から見ても平仮名の『つ』に見える位に坂が急な事だ!

「ちょっと斜度がキツイけど、頑張れば大丈夫だから安心して!」

 壊れてねじ曲がったヘアピンの様な形状に見えるヘアピンコーナーに差し掛かったところで、アドバイスの振りをした無茶ぶりが飛んできた。
 西野は腰を上げて軽々とダンシングで上っているが、私に同じ事が出来る訳ないだろう!
 今の私の実力では、西野と同じ体力が温存出来る上りのダンシングでは上り切れない坂だ。

『それなら全力で挑むだけ』

 腰を上げ速筋の力を開放して、スプリントの様に全力でダンシングを行う。
 途中でサイコンを覗くと、斜度が15%と表示されている。
 ヤビツ峠で苦戦した10%前後の坂より遥かにキツイじゃないか!
 これではスプリントパワーが尽きたら上り切れないだろう。
 中途半端に休んで減速してしまわない様、一気にヘアピンコーナーを駆け上がる。
 ギリギリ曲がり終える事は出来たが、息切れが収まらず腰を下ろしてしまった。
 スプリント後の気怠い感覚を引きずったまま、ゆっくりペダルを漕いで呼吸を整えようとする。

「猛士大丈夫? 頑張って走りましょ!」

 西野が元気な声で私を気遣ってくれるが、肝心の私は心が折れそうになっている。
 非常に苦しいヘアピンコーナーを抜けた後に、ひたすら真っすぐな斜面が広がっていたのだから。
 それでも、まだ諦めるには早いと思う。
 激坂一個超えただけで疲れて諦めたら、走りに付き合ってくれた西野に申し訳ないからだ。
 まぁ、その西野が原因なのだけど……諦めずに舗装状態が悪く、真っすぐに続く坂道をひたすら上り続ける。
 ケイデンス70rpm……ケイデンス70rpm……ひたすら呪文の様に唱え続ける。
 効率良いケイデンスを維持する為に考えているのではない。
 自分が得意なケイデンスを思い返す事で、折れそうな心の支えにしているのだ。
 辛い時は得意な事や、強い時の自分を思い返すに限る。
 速筋の力は未だ回復しきれていないが、呼吸が落ち着き、少しだけ持ち直した。

「まだ終わらないのか?」
「何言ってるの? まだ今日のメインディッシュまでたどり着いていないじゃない? 美味しいコースはこの先なんだから!」

 メインディッシュまでたどり着いていない? 美味しいコースはこの先?
 これ以上何が待ち受けているのだ?

「結構走ったのにまだ何かあるのか?」

 私が問いかけたら、西野が道路脇の看板を指差して言った。

「ほらっ、あの看板見てよ。あの気持ち悪い大腸みたいなのが今日のメインよ」

 西野が指さした看板には、蛇がうねった様なヘアピンカーブの連続が描かれていた。
 確かに大腸に見えるけど……これをヒルクライムが苦手な私に乗り越えろと言うのか?!
 全く甘くないではないか!!
 そういう事か……嬉しそうな西野を見ていて理解してしまった。
 クライマーが美味しいって言うコースは、ただの激坂なのだという事を……
 どうやら今日の私の苦難は、まだまだ終わらないらしい。
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