14 / 101
2章 進化する中年レーサー
第14話 初めて手にした順位
しおりを挟む
今日は前回足切りとなったクリテリウムに再挑戦する日だ。
この1か月間、師匠とトレーニングしたり、西野とヒルクライムを楽しんだりして結構成長したと思う。
そうは言っても前回の成績を考えれば、前回同様のビギナークラスで完走がやっとだろう。
最初から負ける気はないが、前回みたいに過度の期待はしないでおこう。
会場に着くと東尾師匠と西野が出迎えてくれた。
そして、出会って直ぐに東尾師匠が腕を組み私に問う。
「必殺技は完成したかい?」
「必殺技は完成してないけど、相棒なら完成したよ『深海の潜水者』だ」
「完璧だね。スプリント専用機って見た目で、名前もバイクの色と合っている」
ロボットアニメで新機体を披露する様なノリで、師匠にディープリムホイールでパワーアップした愛車を披露した。
「二人で何やってるのよ。猛士、子供っぽくなった? 東尾なんかに合わせなくても良いのに」
「俺は親しみやすい感じで良いと思うけどな」
「アニメっぽいノリも師匠の教えだからね。それに、仕事じゃないから威厳はいらないだろう?」
「それはそうだけど……」
西野がムスッとする。
西野がこういう子供っぽいノリを好きでないのは分かるけど、結構楽しいのだよ。
世代の差を越えて趣味で盛り上がるのは楽しいものだ。
レースの準備があるので雑談を終えて、受付、車検、試走と的確に進める。
参加するのは初めてではないし、レース常連の仲間が同行しているから安心感が違う。
そして、私が参加するビギナークラスの招集が始まった。
今回の参加選手は20名。
私は前回同様に集団の後ろに並び、レース開始の時間を迎えた。
最初のローリングスタートで心拍数と呼吸を整える。
そのまま何事もなく一周目を終え、リアルスタートを迎える。
第一コーナーを抜け、バックストレートに入った所で目の前の集団が加速を始める。
私もすかさず下ハンドルを握り、腰を上げて加速する。
師匠に習ったトレーニングの効果もあるのだろうが、ホイール交換の効果が絶大だ。
こんなにも軽くペダルが回せるのか。
バックストレートは集団の後ろでドラフティング効果が得られたので足を休められた。
続くヘアピンコーナーで前走者と距離が詰まり減速する。
ここで減速するとホームストレートでの加速が辛くなるが想定の範囲内だ。
速く走れもしないのに、走りやすいように前に出るような自分勝手な走りで、他の選手に迷惑をかけられない。
元々実力が無いのにハンデを背負うのは賢いとは言えないが、ロードレースは選手同士敬意を持てる走りをしなければいけない紳士のスポーツなのだから……
ホームストレートに戻っても集団から離されず追えている。
今日は誰も逃げなかったので、目の前の集団はローテーションを行いながら適度な速さで走っている。
まぁ、私にとってはギリギリ追える速さなのだけど。
毎回直線部分に差し掛かる度に、時速45kmまで一気に加速するってビギナー詐欺だろ。
コーナリング速度だって時速30kmを下回らないから原付より速いのだぞ。
周回を重ねて6周目、リアルスタートから数えると5周目の時点でバテ始めてしまった。
加速が鈍りバックストレートの立ち上がりで20m離されてしまう。
ここで私のレースは終了だな。
ドラフティング効果が得られない状況で集団を追う力など私には無い。
だけど、もう一つの勝負が残っている。
ラップアウトとの戦いだ。
ファイナルラップの8周回に入ればラップアウトは無くなる。
だから、この7周回目を持ちこたえられれば完走は出来る。
一人で集団の速度に対抗するのは非常にキツイ。
だけど、前回のレースと違ってディープリムホイールを装着している。
抜群の空力性能で巡行性能が上がるこのホイールなら、集団の巡行速度との差を最小限に留められる。
第一コーナーを抜けたところで、観戦していた東尾師匠と西野が激励を飛ばす。
「足切りになったら奢りね」
「バックストレートで爆発しろ!」
西野の応援は……彼女なりの激励だと解釈しよう。
師匠のアドバイスは理解出来た。私も同じ考えだよ。
そして、西野達が応援してくれたコーナーを抜けバックストレートに入った。
ここでスプリント能力の全てを開放する。
下ハンドルを握り、腰を浮かせ上体を下げる……深海に潜るダイバーの様に!
バイクを必死に振りながら、一気に時速55kmまで速度を上げる。
ファイナルラップ前の7周回目……目の前には誰もいない……だけど、そこには明確な目標があった。
私は全速力でバックストレートを駆け抜けた。
バックストレートから続くヘアピンコーナーで、速度が乗ている分、今まで周回より激しくブレーキをかける。
キィィィィッ!
ディスクブレーキが甲高い悲鳴を上げたが、何とか減速を終えてヘアピンコーナーを抜ける。
一人旅で前の選手との距離を気にしないで済むから、自由にコーナリング速度を上げられる。
何とかホームストレートに戻ったが、既に力尽きている。時速35kmを維持するのがやっとだ。
でも、これでいい。私は7周回目のスタート地点をそのまま通過した。
そう、足切りにならなかったのだ。
ゴールでもない7周回目のバックストレートでスプリントする事で、足切り基準の半周差を解消してホームストレートに戻れたからだ。
初めてのファイナルラップ。もう足切りはない、そのまま一人旅を続けて何事もなくゴールした。
『20人中20位』
一言でいえばビリだ……それでも嬉しかった。
今回初めて順位が付いたのだ。
それはDid Not Finish……『未完走』より一歩前進した証なのだからーー
この1か月間、師匠とトレーニングしたり、西野とヒルクライムを楽しんだりして結構成長したと思う。
そうは言っても前回の成績を考えれば、前回同様のビギナークラスで完走がやっとだろう。
最初から負ける気はないが、前回みたいに過度の期待はしないでおこう。
会場に着くと東尾師匠と西野が出迎えてくれた。
そして、出会って直ぐに東尾師匠が腕を組み私に問う。
「必殺技は完成したかい?」
「必殺技は完成してないけど、相棒なら完成したよ『深海の潜水者』だ」
「完璧だね。スプリント専用機って見た目で、名前もバイクの色と合っている」
ロボットアニメで新機体を披露する様なノリで、師匠にディープリムホイールでパワーアップした愛車を披露した。
「二人で何やってるのよ。猛士、子供っぽくなった? 東尾なんかに合わせなくても良いのに」
「俺は親しみやすい感じで良いと思うけどな」
「アニメっぽいノリも師匠の教えだからね。それに、仕事じゃないから威厳はいらないだろう?」
「それはそうだけど……」
西野がムスッとする。
西野がこういう子供っぽいノリを好きでないのは分かるけど、結構楽しいのだよ。
世代の差を越えて趣味で盛り上がるのは楽しいものだ。
レースの準備があるので雑談を終えて、受付、車検、試走と的確に進める。
参加するのは初めてではないし、レース常連の仲間が同行しているから安心感が違う。
そして、私が参加するビギナークラスの招集が始まった。
今回の参加選手は20名。
私は前回同様に集団の後ろに並び、レース開始の時間を迎えた。
最初のローリングスタートで心拍数と呼吸を整える。
そのまま何事もなく一周目を終え、リアルスタートを迎える。
第一コーナーを抜け、バックストレートに入った所で目の前の集団が加速を始める。
私もすかさず下ハンドルを握り、腰を上げて加速する。
師匠に習ったトレーニングの効果もあるのだろうが、ホイール交換の効果が絶大だ。
こんなにも軽くペダルが回せるのか。
バックストレートは集団の後ろでドラフティング効果が得られたので足を休められた。
続くヘアピンコーナーで前走者と距離が詰まり減速する。
ここで減速するとホームストレートでの加速が辛くなるが想定の範囲内だ。
速く走れもしないのに、走りやすいように前に出るような自分勝手な走りで、他の選手に迷惑をかけられない。
元々実力が無いのにハンデを背負うのは賢いとは言えないが、ロードレースは選手同士敬意を持てる走りをしなければいけない紳士のスポーツなのだから……
ホームストレートに戻っても集団から離されず追えている。
今日は誰も逃げなかったので、目の前の集団はローテーションを行いながら適度な速さで走っている。
まぁ、私にとってはギリギリ追える速さなのだけど。
毎回直線部分に差し掛かる度に、時速45kmまで一気に加速するってビギナー詐欺だろ。
コーナリング速度だって時速30kmを下回らないから原付より速いのだぞ。
周回を重ねて6周目、リアルスタートから数えると5周目の時点でバテ始めてしまった。
加速が鈍りバックストレートの立ち上がりで20m離されてしまう。
ここで私のレースは終了だな。
ドラフティング効果が得られない状況で集団を追う力など私には無い。
だけど、もう一つの勝負が残っている。
ラップアウトとの戦いだ。
ファイナルラップの8周回に入ればラップアウトは無くなる。
だから、この7周回目を持ちこたえられれば完走は出来る。
一人で集団の速度に対抗するのは非常にキツイ。
だけど、前回のレースと違ってディープリムホイールを装着している。
抜群の空力性能で巡行性能が上がるこのホイールなら、集団の巡行速度との差を最小限に留められる。
第一コーナーを抜けたところで、観戦していた東尾師匠と西野が激励を飛ばす。
「足切りになったら奢りね」
「バックストレートで爆発しろ!」
西野の応援は……彼女なりの激励だと解釈しよう。
師匠のアドバイスは理解出来た。私も同じ考えだよ。
そして、西野達が応援してくれたコーナーを抜けバックストレートに入った。
ここでスプリント能力の全てを開放する。
下ハンドルを握り、腰を浮かせ上体を下げる……深海に潜るダイバーの様に!
バイクを必死に振りながら、一気に時速55kmまで速度を上げる。
ファイナルラップ前の7周回目……目の前には誰もいない……だけど、そこには明確な目標があった。
私は全速力でバックストレートを駆け抜けた。
バックストレートから続くヘアピンコーナーで、速度が乗ている分、今まで周回より激しくブレーキをかける。
キィィィィッ!
ディスクブレーキが甲高い悲鳴を上げたが、何とか減速を終えてヘアピンコーナーを抜ける。
一人旅で前の選手との距離を気にしないで済むから、自由にコーナリング速度を上げられる。
何とかホームストレートに戻ったが、既に力尽きている。時速35kmを維持するのがやっとだ。
でも、これでいい。私は7周回目のスタート地点をそのまま通過した。
そう、足切りにならなかったのだ。
ゴールでもない7周回目のバックストレートでスプリントする事で、足切り基準の半周差を解消してホームストレートに戻れたからだ。
初めてのファイナルラップ。もう足切りはない、そのまま一人旅を続けて何事もなくゴールした。
『20人中20位』
一言でいえばビリだ……それでも嬉しかった。
今回初めて順位が付いたのだ。
それはDid Not Finish……『未完走』より一歩前進した証なのだからーー
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件
フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。
寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。
プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い?
そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない!
スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる