7 / 8
7.夢をみせて(2)
しおりを挟む
もういいよね、とでも言わんばかりに涙がぼろぼろとこぼれ落ちる。
出産直後に聞いてしまった『――義務だから』という言葉。
『寝室が同じだというのが辛いが』と後から続いた言葉で察した。
彼は夫である義務として、同じ寝室で眠ってくれているのだと。
たまにある触れるだけのキスは彼なりの誠意なのだと。
なにも珍しい話ではない。嫁ぐ前にもその可能性の話はお姉様方から聞いていた。
でも心のどこかで自分たちは大丈夫だと、あの優しく愛のある眼差しは『猫族』でも『ヒト』でも変わらないと信じてしまっていた。
止まらない涙を両手で拭うと、妄想の中の彼の指がそろりと頬を撫でてきた。優しい手つきさえ今は心臓を軋ませてくれる。
「……俺の夢、じゃないのか?」
え? と彼の顔を見上げると、そこにあったのは余裕のかけらも無い、驚愕と切なさをぐちゃぐちゃに混ぜたような表情だった。
なぜ彼がそんな顔をしているのか分からなくて目をそらすにそらせない。
「夢でないのに、君に触れられるなんて……そんな……」
「私の夢、ですよね……? だって、旦那様が触れてくれるはず……っ」
ハッとしたグレッグ様は自身の上衣のポケットに入っていたメモのようなものを取り出して、それから大きなため息をついた。
「……そういうことか」
なにがそういうことなのか。全く状況のつかめない私をよそに旦那様は私を逃がさないとばかりに強く抱きしめる。
「――なっ、なにするんですかっ、私は怒って……!」
「メアリー。君が怒るのは当然だ。本当にすまなかった」
うっ、と言葉に詰まってしまう。確かに怒ってはいるけれど、夢の中で謝罪されたかったわけじゃない。
静かに募る緩やかな絶望に肩の力が抜けて首を振る。逃げないと分かった旦那様の腕が少しだけ緩められて頬を撫でられ視線が重なるよう促される。残酷なほど綺麗な、蜜色。
すうっ、と彼が浅く息を吸って、なにか重大なことを告げるような雰囲気が漂う。
「メアリー、落ち着いて聞いてほしい」
「……はい」
どうせ夢だし、このまま寝室を別にしたいとか……離縁とか言われても……いやだけど、最悪の予行練習だと思って耐えようと身構える。
「これはメアリーの夢でも、俺の夢でもない。現実なんだ」
「……はい……え?」
旦那様は一枚の紙を差し出した。先ほど上衣から取り出していたものだ。
高度な呪文――魔法は専門ではないし詳しくは無いけれど夢に関する呪文と言うことはなんとなく分かる。
そして紙の端に指先ほどの大きさで隠すように魔法陣が描かれていた。
「デリック……今回の仕事で一緒だった魔導師に色々相談していて……その、妻の夢が見られる魔法をかけられたんだ。夢の中でくらい本音で話してこいってね」
彼は頭をわしゃわしゃと掻いて、はあっと大きく息をつく。
デリック……彼は天才魔導師であり旦那様の親友だ。そして、3年前に旦那様が本音を零していた相手。
「夢だって分かっていても……情けないんだけど我慢できなくて。いや、夢だって思ってたからかな。いつもならできるだけ見ないようにしてる寝顔を見たらもう……。まさか夢の魔法はフェイクで、家の寝室に転移しただけだったなんて」
「ぇっ……あの、現実って、あ、ではあの下着姿は……!」
そうだ。私はこの見たこともないふわふわしたレースの下着姿になっていた。
「あれは……たぶん、これ……です」
彼が呪文を指さして「欲望のままの姿で出会う」と読み上げた。
つまり、彼が私に着てほしいと願ったから……そうなった、ということになる。
妄想でも夢でもなく、目の前にいるのは互いに現実。
彼の親友が仕組んだ夢に見せかけた現実の互いに会話しろ! というフェイク。
出産直後に聞いてしまった『――義務だから』という言葉。
『寝室が同じだというのが辛いが』と後から続いた言葉で察した。
彼は夫である義務として、同じ寝室で眠ってくれているのだと。
たまにある触れるだけのキスは彼なりの誠意なのだと。
なにも珍しい話ではない。嫁ぐ前にもその可能性の話はお姉様方から聞いていた。
でも心のどこかで自分たちは大丈夫だと、あの優しく愛のある眼差しは『猫族』でも『ヒト』でも変わらないと信じてしまっていた。
止まらない涙を両手で拭うと、妄想の中の彼の指がそろりと頬を撫でてきた。優しい手つきさえ今は心臓を軋ませてくれる。
「……俺の夢、じゃないのか?」
え? と彼の顔を見上げると、そこにあったのは余裕のかけらも無い、驚愕と切なさをぐちゃぐちゃに混ぜたような表情だった。
なぜ彼がそんな顔をしているのか分からなくて目をそらすにそらせない。
「夢でないのに、君に触れられるなんて……そんな……」
「私の夢、ですよね……? だって、旦那様が触れてくれるはず……っ」
ハッとしたグレッグ様は自身の上衣のポケットに入っていたメモのようなものを取り出して、それから大きなため息をついた。
「……そういうことか」
なにがそういうことなのか。全く状況のつかめない私をよそに旦那様は私を逃がさないとばかりに強く抱きしめる。
「――なっ、なにするんですかっ、私は怒って……!」
「メアリー。君が怒るのは当然だ。本当にすまなかった」
うっ、と言葉に詰まってしまう。確かに怒ってはいるけれど、夢の中で謝罪されたかったわけじゃない。
静かに募る緩やかな絶望に肩の力が抜けて首を振る。逃げないと分かった旦那様の腕が少しだけ緩められて頬を撫でられ視線が重なるよう促される。残酷なほど綺麗な、蜜色。
すうっ、と彼が浅く息を吸って、なにか重大なことを告げるような雰囲気が漂う。
「メアリー、落ち着いて聞いてほしい」
「……はい」
どうせ夢だし、このまま寝室を別にしたいとか……離縁とか言われても……いやだけど、最悪の予行練習だと思って耐えようと身構える。
「これはメアリーの夢でも、俺の夢でもない。現実なんだ」
「……はい……え?」
旦那様は一枚の紙を差し出した。先ほど上衣から取り出していたものだ。
高度な呪文――魔法は専門ではないし詳しくは無いけれど夢に関する呪文と言うことはなんとなく分かる。
そして紙の端に指先ほどの大きさで隠すように魔法陣が描かれていた。
「デリック……今回の仕事で一緒だった魔導師に色々相談していて……その、妻の夢が見られる魔法をかけられたんだ。夢の中でくらい本音で話してこいってね」
彼は頭をわしゃわしゃと掻いて、はあっと大きく息をつく。
デリック……彼は天才魔導師であり旦那様の親友だ。そして、3年前に旦那様が本音を零していた相手。
「夢だって分かっていても……情けないんだけど我慢できなくて。いや、夢だって思ってたからかな。いつもならできるだけ見ないようにしてる寝顔を見たらもう……。まさか夢の魔法はフェイクで、家の寝室に転移しただけだったなんて」
「ぇっ……あの、現実って、あ、ではあの下着姿は……!」
そうだ。私はこの見たこともないふわふわしたレースの下着姿になっていた。
「あれは……たぶん、これ……です」
彼が呪文を指さして「欲望のままの姿で出会う」と読み上げた。
つまり、彼が私に着てほしいと願ったから……そうなった、ということになる。
妄想でも夢でもなく、目の前にいるのは互いに現実。
彼の親友が仕組んだ夢に見せかけた現実の互いに会話しろ! というフェイク。
50
お気に入りに追加
83
あなたにおすすめの小説
ずっと好きだった獣人のあなたに別れを告げて
木佐木りの
恋愛
女性騎士イヴリンは、騎士団団長で黒豹の獣人アーサーに密かに想いを寄せてきた。しかし獣人には番という運命の相手がいることを知る彼女は想いを伝えることなく、自身の除隊と実家から届いた縁談の話をきっかけに、アーサーとの別れを決意する。
前半は回想多めです。恋愛っぽい話が出てくるのは後半の方です。よくある話&書きたいことだけ詰まっているので設定も話もゆるゆるです(-人-)
最悪なお見合いと、執念の再会
当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。
しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。
それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。
相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。
最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。
黒豹の騎士団長様に美味しく食べられました
Adria
恋愛
子供の時に傷を負った獣人であるリグニスを助けてから、彼は事あるごとにクリスティアーナに会いにきた。だが、人の姿の時は会ってくれない。
そのことに不満を感じ、ついにクリスティアーナは別れを切り出した。すると、豹のままの彼に押し倒されて――
イラスト:日室千種様(@ChiguHimu)
色々と疲れた乙女は最強の騎士様の甘い攻撃に陥落しました
灰兎
恋愛
「ルイーズ、もう少し脚を開けますか?」優しく聞いてくれるマチアスは、多分、もう待ちきれないのを必死に我慢してくれている。
恋愛経験も無いままに婚約破棄まで経験して、色々と疲れているお年頃の女の子、ルイーズ。優秀で容姿端麗なのに恋愛初心者のルイーズ相手には四苦八苦、でもやっぱり最後には絶対無敵の最強だった騎士、マチアス。二人の両片思いは色んな意味でもう我慢出来なくなった騎士様によってぶち壊されました。めでたしめでたし。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
前世変態学生が転生し美麗令嬢に~4人の王族兄弟に淫乱メス化させられる
KUMA
恋愛
変態学生の立花律は交通事故にあい気付くと幼女になっていた。
城からは逃げ出せず次々と自分の事が好きだと言う王太子と王子達の4人兄弟に襲われ続け次第に男だった律は女の子の快感にはまる。
絶倫獣人は溺愛幼なじみを懐柔したい
なかな悠桃
恋愛
前作、“静かな獣は柔い幼なじみに熱情を注ぐ”のヒーロー視点になってます。そちらも読んで頂けるとわかりやすいかもしれません。
※誤字脱字等確認しておりますが見落としなどあると思います。ご了承ください。
義兄様に弄ばれる私は溺愛され、その愛に堕ちる
一ノ瀬 彩音
恋愛
国王である義兄様に弄ばれる悪役令嬢の私は彼に溺れていく。
そして彼から与えられる快楽と愛情で心も身体も満たされていく……。
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる